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ホットサンドとその中身

少しだけ残虐シーンがあります。苦手な方は素通りしてください。m(__)m

 そこはウィスタリア公爵家の地下の奥。


 分厚い鉄板の扉で塞がれた窓の無い一室。


 そこには5人の男たちが縛られたまま椅子に座らされ、覆面を着けた男たちに囲まれていた。


「やあ、済まない。お待たせしてしまった様だね」


 この場に似合わない優しい微笑みを浮かべ、まるで友人でも待たせてしまったかのような気軽さで部屋へとやって来た男。


 ロナルド・ウィスタリア。


 微笑の冷徹公爵と呼ばれるその男は、二つ名に似合わぬ優男。


 ビリジアン王国の王家によく出る色合いの白銀の髪に、黄金色の瞳を持つという他にない雰囲気があるロナルドは、客人を前にニッコリと微笑んだ。


「やあ、こんにちは。いや、初めましてというべきだね。セルリアン王国の諸君、ビリジアン王国へようこそ」


 そう言って微笑みを五人の男たちに向けるその黄金の目には冷たいものが見える。


 まるで長年の憎しみ相手を見つけたかのような冷徹な瞳。


 そこに感じるものは、言葉の穏やかさとは比べれらない程の激しく重い圧。


 彼らはビリジアン王国へと潜入する際、ウィスタリア公爵のことは十分に調べて来ていた。

 一部では冷徹だと言われているが、基本人当たりが良く、穏やかな性格。


 一体その情報はどこまで本当だったのか。

 自分たちが集めたその情報を過信していたのではないか。


 そう思う程、ウィスタリア公爵は一筋縄ではいかない、そんな雰囲気を持つ男だった。



「さて、お互い調べはついているだろうから自己紹介は省かせてもらうよ」


 ウィスタリア公爵はそう言って五人の男たちの前にあるテーブルにどさりと書類を置いた。

 見覚えのある書類だが、彼らもプロだ、勿論表情には出さない。

 それにその証拠が本物かどうかも、分からないのだから。


「これが君たちの隠れ家にあった書類だ。諜報員が文字に残すとは君たちはまだ半人前なのかな? 私の部下だったらクビにするところだねー」


 ハハハ、と笑うウィスタリア公爵。

 きっと自分たちの怒りを買おうと煽っているのだろう。


 だが自分たちは鍛え抜かれたセルリアン王国の諜報員。

 簡単に表情に出すような事はしない。


 それに今目の前にある書類は偽造の可能性が高い。

 自分たちの隠れ家はそう簡単には見つかるはずがない。

 彼らにはそう誇れるプライドがあった。


 無言のままただウィスタリア公爵を見つめる。

 目を離せば負けを認める、そんな気がしたからだ。


 沈黙のまま死を。


 どの道作戦が失敗した彼らに、未来など無いのだから。




「ああ、答える気が無いようだが、全然かまわないよ。イザベラの店が見える場所は限られているからね。君たちの隠れ場所を探すのは簡単だった」


 だから答えは始めから期待していないと、ウィスタリア公爵は笑って応える。


「さて、本題に入る前に、少し昔話をしようか」


 そう言って五人の男たちに向き合ったウィスタリア公爵の顔には、優しい微笑みなどまったく浮かんでいなかった。


 これがこの男の本性。


 男たちにゾクッと走るものがあった。





「私の母がセルリアン王国の王女だったことは君たちも当然知っているだろう?」


 マティルダ・ウィスタリア。

 セルリアン王国の赤い薔薇。

 その彼女がビリジアン王国へと嫁いだことは、当然誰もが知っている事。


「君たちは諜報部員だ。我が母の母国での扱いは知らないはずがないよね? 勿論、母の傷の事も……だ」


 マティルダの体にはいたるところに鞭で打たれたような、小さな刃物で切られたような傷があった。

 マティルダはセルリアン王国では珍しい赤い髪を持っていた。

 セルリアン王国の王族は金の髪が多い中、マティルダのその髪色は酷く目立っていた。悪い意味でもいい意味でも。


 それが気に入らなかった王妃は自分の娘を愛さなかった。

 まるで自分の中から生まれた異物だとでも言うかのように鞭を打ち、時には刃物で傷を付けた。王妃自らの手で。


「我が母は美しいからねー、美が衰え始めた王妃はそれも許せなかったんだろうね……」


 ロナルドの弟であるチャーリーが生まれたばかりの頃、マティルダが熱を出した。

 幼いロナルドは母を心配し、そっと見舞いに行き、そして母の体中にある傷を始めて知った。


『母上は、どうしてそんなに傷がたくさんあるのですか?』


 幼い息子の問いかけに熱のあった母は少しだけ目を潤ませ微笑むだけで何も答えなかった。


 聞いてはいけないことを聞いてしまったと幼いながらに悟ったロナルドは、その後独自に母の過去を調べ、そして事実を知った。


 いつか必ずこの報いを受けさせてやる。


 愛する母にされた愚行を優しい息子は許せなかった。




「さて、ここに薬がある。優秀だと自負している君たちにはこれが何か分かるかい?」


 静かな部屋にことりと音をたてて置かれた赤色の小さな小瓶。


 薬だと言われたが、セルリアン王国にこの様な薬は無い。強いて言うならばイザベラ・カーマイン侯爵令嬢が作ったと言われる咳止めの薬瓶に似ていなくもない。


 無言のままその薬瓶を見つめる男たちの前、ウィスタリア公爵は口角を上げ、それはそれは良い笑顔で笑っていた。


 まるで悪魔のように。


「ハハハ、君達が知らないのも無理はない。当然だ、これはこの国で我が妹が作り上げた万能薬。そうだね、エリクサーと言えば田舎者の君たちにも分かりやすいかな?」


 エリクサーと聞いて流石の諜報員たちも目を見開く。


 まだ古の魔術が残るセルリアン王国には、以前はエリクサーと呼ばれる秘薬があったと言い伝えられている。


 それは初代聖女がセルリアン王国にもたらした秘薬。


 だが欲深き一部の貴族のせいで聖女と共にその秘薬は消えてしまった。


 そんな幻の薬が今目の前にある。


 いや、これは我々の動揺を誘う為の口実(噓)かも知れない。


 そう思いながらも知らず知らずごくりと喉が鳴った。


 そんな男たちの視線を尚更集めるためか、ウィスタリア公爵は小瓶をコツンコツンと指でつついた。


 欲丸出しな男たちを小馬鹿にするかのように鼻で笑いながら。


「この薬のお陰でね、我が母の酷い傷はあとかたもなく無くなったよ。我が妹には感謝しかないね、あの子は我が家の天使だよ。私も母も一生あの子には頭が上がらないだろう……」


 ビリジアン王国へと来たベルは、ビスク商会の手を借りてやっとこの万能薬を作り上げた。


 ビスク商会のオーカー男爵によれば、イザベラは万能薬についてとても詳しく、どこに何の薬草があるか、そしてどう煎じれば良いか、そこまで分かっていたという。


 まるでベルこそが本当の聖女ではないか、オーカー男爵もロナルドもそう思った。



「リンゴ味とブドウ味、優秀な妹は飲む相手の事まで考えて、二種類の味まで用意してくれたんだよ。素晴らしいじゃないか」


 ハハハハとまた笑うウィスタリア公爵を見ると、何故か恐ろしくて仕方がない。

 直接戦えば自分達が勝つはずなのに、まるで野獣の前に差し出された餌のような気分になる。


 きっと自分たちはこれから拷問でも受けるのだろう。

 諜報員である彼らは死をとっくに覚悟している。


 だがそれでもこの男を恐ろしいと感じてしまうのだ。


 それが何故かは彼らには分からなかった。




「ああ、彼らをここへ呼んでくれ」


 ウィスタリア公爵がそう指示を出すと、直ぐに三人の男が入ってきた。

 研究者のような風貌で、白い上着を羽織っている、細身の男たち。特に危険な様子は見られない。


「彼らは医師だ」


 そう紹介され、セルリアン王国の癒し人と同類の者たちかと理解する。


「さて、妹の他の発明品も君たちに紹介しようか」


 部屋にある白い布を掛けられていた道具が披露される。

 てっきり自分たちを痛めつける拷問具か何かだと思っていたようだが違うようだ。


 オーブン、保冷箱、保温道具。


 何故それらの魔道具を紹介されるのか意味が分からず、男たちはただ魔道具たちを見つめていた。

 そんな彼らにウィスタリア公爵は、これから行われる行為を、それは優しく丁寧に教えてくれた。慈愛に満ちた笑みで。


「彼らは我が家の専属医師で、人体にとても興味があるんだ。今までは亡くなった身元不明の人体を相手に学んだり、モルモットとして魔獣を使って勉強していたが、ほら、今回生きの良い実験台が手に入っただろう? ぜひ使って貰おうと、私が彼らに提案をしたのだよ。医学の為に役立ててくれってね」


 実験台。

 それは自分たちの事だろうか。


 これからこの医師と呼ばれた男達が自分たちを使い毒でも盛るのだろうか、と男たちはそんな事を考える。


「ここには万能薬がある。なので君たちを幾ら切り刻もうと、好きなように切り開こうと何度でも実験は行える。例えばこれ、このオーブンはね、温度を自動的に設定しこんがりと焼くことが出来るんだよ。彼らは人体が高熱に何度まで耐えられるか興味がある。そして焼かれた後皮膚や血肉がどうなるかとても興味があるようだ。それにこれ、保冷魔道具。こちらで人体を冷やせばどうなるか、私でさえも気になる。そしてこれ保温魔道具、蒸し焼きにした人体の状態、どうなるのかね。ハハハ、ここにはいくらでも傷を治せる薬がある。そして新鮮な実験台が五体もある。なので私は君たちを医師に自由に使って貰おうと思ってね。何故なら我々はもう十分に情報は掴んでいる。なので君たちの使用目的がない。証言なんてどうにでもなるからねー。それより折角入ったいい人材なんだ。君たちは鍛えているから痛みにも強いしね。ならば折角セルリアン王国が送ってくれたプレゼントだ。有効に使わせて頂こう、そう思っただけさ」


 ハハハと笑うウィスタリア公爵の目の冷たさにゾッとする。


 冷徹など甘い表現、こいつは本物の悪魔だ。


 楽し気に笑うウィスタリア公爵の姿に恐ろしさしか感じない。


 諜報員の彼らでさえ、ここまでの残虐行為は考えもつかなかった。


「じゃあ、私はこれで……先生方良い実験結果が出そろうことを祈っているよ」


 医師の肩をポンと叩き、ウィスタリア公爵は軽やかに部屋を出ていく。


 鉄扉が塞がれるその直前、男たちの叫び声が聞こえたが、ウィスタリア公爵は振り返らない。


「最後はあちらに送る。死なせないように見張っておけ。医師は熱が入ると何をするか分からないからね」


 扉に控える騎士たちにそう伝えウィスタリア公爵は去っていく。


 悪魔公爵。


 その名にふさわしい復讐は今まだ始まったばかり。


「母や妹を国から追い出したこと、ジックリと後悔させてやろう」


 そう呟いたロナルドのその顔には、普段通りの穏やかな微笑が浮かんでいたのだった。

大型の魔道具を作らせたロナルド。ビスク商会のオーカー男爵もノリノリです。

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