襲撃とホットサンド③
「おーい! リック~、ベル嬢~、こっちこっちー」
不穏な空気を和ませるようなイーサンの声がベルとリックの耳に届く。
のほほんとしたイーサンの笑顔がベルとリックから緊張を解いた。
「イーサン」
「ジグナル様」
元気かー?と和やかに問いかけるイーサンが、先程までのピリピリとした雰囲気と合わなくて、リックの顔に苦笑いが浮かぶ。
だがイーサンのその背の後ろには、第三騎士団の面々が武装して揃っている。
まるで襲撃を見越していたような様子で登場した第三騎士団のその姿に(叔母様……)とベルは苦笑いになった。
「イーサン、なんでお前がここに……それに皆も……」
騎士団長でありながら情報が届いていなかったとリックが肩を落とすが、突然の陛下からの指示だと聞き、本当は誰の指示なのかがリックには分かった。
悪魔公爵。
冷徹公爵と世間では可愛く言われているが、陛下にさえ影響力を持つ男だと、悪魔のような存在だと一部の貴族に恐れられている男。
それがウィスタリア公爵、その人だ。
ベルの保証人がその公爵家だと聞けば、危機にタイミング良く駆けつけたのも頷ける。
そしてリックとベルを餌に、襲撃犯を引きつけたのだろうと当然気づいた。
今日のリックはベルに合わせ、平民に見える服装をしている。良く言って富豪の男、普通にみればちょっと裕福な平民あたりに見えなくもない。
平民への襲撃。
それは他国であっても簡単にもみ消せる。あの愚かな国が考えそうなところだ。
だが実際は第三騎士団の騎士団長を襲撃してしまった。
それも王家の覚えめでたいシャトリューズ侯爵家の子息への攻撃。
大国の重鎮相手に襲撃事件を起こしたのだ、今後のセルリアン王国に明るい未来は無いだろう。
悪魔公爵の構想が分かり、敵ながら少しだけセルリアン王国に同情した。
喧嘩相手を間違えたなと。
まあ、自業自得だろう。
「リックとベル嬢はウィスタリア公爵家へ向かってくれるー、マティルダ様とロナルド様がお待ちかねだからねー。あ、ここの指示は副団長の俺に任せてくれていいからさー」
気軽な様子のイーサンに肩を叩かれるリック。
「おめでとう」という小さなつぶやきがベルにまで聞こえ、何を指しているか分かり恥ずかしくなる。
馬場からは湖が良く見える。
見晴らしが良い場所だ、当然だろう。
だがそれはつまり、自分たちの行動も良く見えていたということ。
イーサン含む第三騎士団の面々は一体いつからこの場に待機していたのだろうか、そう思うとベルは居た堪れない気持ちになった。
「ベル、ウィスタリア公爵邸へ向かおう」
「はい」
リックがベルを優しくエスコートし、愛馬に乗せてくれる。
ベルを大切に扱うリックの姿を見て、団員から生温かい目を向けられているのを感じる。益々居た堪れない。
頬が熱くなるのを感じながら手綱を握る。リックもベルを囲むように愛馬に乗り込むと、すぐさま馬を走らせた。
「第三騎士団団長を襲撃し愚か者をこれより捕縛する! 敵は前方にあり! 全隊員前へ進め!」
「「「応!」」」
イーサンの普段とは違う真面目な声が背後から聞こえる。
団員たちもそれに応えるが、実際訓練よりも簡単な追い込みとなるだろう。
第三騎士団長であるリックが気が付かない程の能力のあるウィスタリア公爵家の手の者。
そんな彼らが既に敵に向かっているのだ。
第三騎士団のやることは敵を連れて帰るぐらいだろう。
そう考えれば酷く滑稽で、リックとベルを狙った犯人には同情した。
(叔母様やり過ぎないでくださいね……)
ベルは期待薄めな願いを込めていた。
「イザベラ、待っていたわ、怪我はなぁい?」
ベルとリックがウィスタリア公爵邸に着くと、待っていた執事にすぐに応接室へと通され、心配顔のマティルダと優しい笑みを浮かべたロナルドと対面した。
「シャドリューズ団長、イザベラを守ってくれてありがとう。襲撃の一報を聞いて私も母もとても心配していたんだよ。君が側にいてくれて良かった。君はイザベラの命の恩人だ。ウィスタリア公爵として礼を言う。本当にありがとう」
ロナルドが深く頭を下げ、その後ではマティルダも頭を下げている。
公爵と前公爵夫人の礼に冷や汗が浮かぶ。
「閣下! どうか頭を上げて下さい! 私は当然の事をしたまでです! ベル嬢は私の大切な人なのですから」
実際、襲撃犯の情報を掴んだのも、捕縛するだろう者もウィスタリア公爵の手のものたちだ。
ベルの手前リックに感謝して見せているようだが、無いもしていないリックは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「シャドリューズ団長、貴方が咄嗟の判断でイザベラを守ってくれた事は我々の耳にも届いているんだ」
ウィスタリア公爵はそう言って優しく微笑む、その笑顔は陛下に良く似ていて胸にグッと来るものがあったが、ロナルドが作り出した茶番劇の中で踊らされていたようで素直に喜べない。
「それであなた達、上手くいったって事でいいのかしら? ウフフ」
感動の余韻も何もなく、マティルダが話をぶった斬る。
いつの間にかベルはマティルダとソファへと腰掛けていて、何か言われたのか顔を赤くしていた。
リックはその様子に苦笑いだ。
同じように二人を見て笑うウィスタリア公爵に一礼したあと、リックはマティルダとベルの前に膝まづいた。
「ウィスタリア前公爵夫人、私は無骨者で女性の気持ちや扱いには疎いところがあります。ですがベル嬢の側に寄り添い、ベル嬢を支え、一生裏切らない事をここに誓わせて頂きます。ウィスタリア前公爵夫人、どうか私の宣言の保証人になって下さい。私はベル嬢を必ず幸せにするとここに誓います」
「リック様……」
感動するベルの横、マティルダが紅く艶やかな唇に弧を描く。
リックの後方にいるロナルドの「フッ」と息を吐く音が聞こえ、笑っているのが分かった。
「宜しいわ、シャトリューズ団長、いえ、マーベリック。貴方と我が娘イザベラの仲を認めましょう。しっかりと娘を守って頂戴ね。期待しているわよ」
「はい、畏まりました。この命続く限りベルを、イザベラ嬢を全力で守り続けると誓います」
それからは早かった。
いつの間に準備していたのか、ロナルドが養子縁組と婚約の書類を取り出す。
養子縁組の書類には保証人としてウィスタリア公爵とビリジアン王国国王陛下の名が連名で書かれており、婚約の書類には見届け欄にシャドリューズ侯爵とウィスタリア公爵夫人の名が書かれていた。
「イザベラ、マーベリック、来月には盛大に婚約披露を行いますからね。しっかり準備しておいてちょうだい。良いわね」
ウキウキした様子でそう宣言する大叔母に、一体いつから準備を始めていたのだろうと呆れると共に、喜んでくれて嬉しいと複雑な気持ちが湧いてくる。
「あの、ベルにドレスを贈りたいのですが……」
リックが恐る恐るといった様子で手を上げる。
体が大きい立派な成犬がご主人様の顔色を伺っているようで微笑ましい。
ベルと同じ気持ちになったのか、マティルダとロナルドもリックの表情を見てフッと笑う。
「マーベリック、ごめんなさいねー、この子のドレスは今回私が準備してしまったのよ、だから結婚式の時はあなたが素敵なドレスを贈ってあげて、イザベラの魅力を存分に引き出すものをね」
「はい! お任せください! 最高の物を贈らせて頂きます」
「ウフフ、ですってイザベラ、優しい婚約者様で良かったわね」
「いえ、ベルが婚約者で良かったのは俺の方です。ベルは世界中探しても見つからないぐらい素晴らしい女性ですから」
「まあ、マーベリック、よくわかっているわねー。私の娘は可愛いでしょう?」
「はい、可愛いし、美人だし、料理上手だし、気が利くし、俺には勿体ないぐらいの素晴らしい女性です。そう、あの時もですねーー」
マティルダとリックの掛け合いは続く。
ベルが両手に顔を埋め「お二人ともやめてください」と呟いても聞こえないふりだ。
「母上とマーベリックは悪戯好きなところが似てるらしい……」
母と義弟がはしゃぐ姿を見てロナルドは嬉しそうに呟いた。
「二人ともほどほどにね……」と。