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襲撃とホットサンド

「とても美しい湖ですね」

「ああ、ここは俺のお気に入りの場所の一つなんだ」


 今日、ベルとリックはピクニックに来ていた。


 エタンセルルナーレと名付けられたその湖は、北区の城門から出てすぐ近くにある湖で、デートスポットとしても有名らしく、平日の昼下がり、ベルたちと同じような恋人同士や家族連れがちらほらと湖のほとりで楽しむ姿が見えた。


 リックの実家であるシャトリューズ侯爵家へと遊びに行ってから初めての二人でのお出掛け。

 リックは今日も(今日こそは!)と気合いを入れ、ベルもまたある決意を持っていた。


「あそこに東屋があるんだ。そこでお昼にしようか」

「はい」


 手を繋いで湖の周りを歩き、美しい景色に酔いしれる。

 ビリジアン王国に来て忙しい毎日だったベル。

 こんな風にゆっくりと景色を見て楽しむなど初めてのことだった。


「お昼はホットサンドを作ってきました。まだ温かいと思うのですけど……」


 保温機能の付いたケースに入れ持ってきたお弁当をベルはテーブルに広げてみせる。


 シャトリューズ侯爵領の特産品の一つであるチーズを使ったホットサンド。

 本当は出来立てを食べてもらいたかったが、ビスク商会で作った保温道具を試してみたかったので、今日の出番となった。


「温かいスープと温かいお茶もありますよ。一緒にどうぞ」


「本当だ、全部が温かいままだね。これがビスク商会の新商品、保温道具か。これなら遠征でも使えそうだな」


 リックはまずチーズとハム、それに目玉焼きが挟まったホットサンドにかじりつく。

 ビスク商会の保温道具は良く出来ているようで、ホットサンドは思った以上に温かいままだったのだろう。ハフハフと言いながら食べていて、ちょっとだけ犬の様だと思ってしまう。


「うん、スープも温かいね。それにこのお茶も」


 お茶とスープに口を付けたリックは、モッツァレラチーズとトマト、そこにバジルとちょっとだけ生ハムを挟んだホットサンドに手を伸ばす。


「これは美味い! 新しい味だ。凄く美味しいよ」


 間違いない組み合わせのホットサンドはリックを唸らせる。

 幸せそうなその姿はベルの母性本能をくすぐった。


「リック様、口元にトマトが……」


 ナフキンでリックの口元を拭ってあげる。

 リックは意外と子供っぽいところがあって年上だけど弟のように感じる時がある。

 そう言えば昨日はレオの口元を拭ってあげたなと思いだしていると、目の前のリックが真っ赤な顔のまま固まっていた。


「あ、すみません。私、出過ぎた真似を……」

「いいや、いやいや凄く嬉しい……って、それは可笑しいな。うん、ありがとう、というべきか……いや、俺が綺麗に食べればよかったんだよな。ごめん美味し過ぎて……」


 恥ずかしがるリックを前にベルの方まで顔が熱くなる。

 それを誤魔化すようにベルもホットサンドに口を付けた。

 味が分かるか心配だったけれど、最初の一口から美味しいと感じられた。


 ベルが選んだものは、玉ねぎを炒めてからハムと蕩けるチーズと挟んで焼いたもの。ちょっとだけだが高級な胡椒が入っていて良いアクセントになっている。


「シャトリューズ侯爵領のチーズはとても美味しいですね」


 ベルの言葉にリックが「ありがとう」と答えてくれる。

 そんな当たり前のことが幸せ過ぎて、胸に温かいものが溢れて来た。


 この人ならばきっと……


 そう思いながらも信じるのが少しだけ怖い。


 だけど勇気をもって打ち明けてみよう。


 美味しいホットサンドに舌鼓を打ちながら、ベルは自分の弱い心に気合を入れていた。




 食事を終えたリックとベルは、また湖の周りを散歩する。

 空になった弁当箱は朝と同じようにリックが持ってくれ、もう一方の手でベルの手を握る。


「冬にはこの湖が一面氷で覆われるんだ。一番寒い時期はスケートを楽しむものもいる。その頃にまた来ようか」


 当然のように誘ってくれるリックに「はい」と答える。


 ベルの過去を知ってもまた誘ってくれるかしら? とどうしてもそんな気持ちが出てしまう。


「ああ、あそこのブランコまだあったのか、俺が子供の頃からあそこにブランコがあるんだ、行ってみよう」


 リックが指さす場所を見て見れば、木の枝にブランコが作られていた。

 自分の子供の頃よりも立派なブランコに変わっていると言って、リックはベルをブランコに座らせる。


「背中を押すよ」


 最初は優しく。少しするとちょっと勢いをつけて。

 リックがベルの乗るブランコを押してくれて、子供のようにワクワクした。


「凄く楽しいです。私、ブランコなんて初めてです」


 前世では乗った事のあるブランコも、今世では初めてだ。

 城の中庭ではしゃぐ幼馴染たち。

 ベルだけは城に残され妃教育を受けていた。


 未来の王太子妃だから、そう言われ子供らしく遊ぶことも忘れていたが、そもそも王太子が教育を受けていない中、何故ベルだけが指導されるのか、今考えればどう考えても可笑しい。

 その当時はそんな簡単な事にさえ気付かなかったのだ。


(悪役令嬢なのだからって……そんな事にも鈍感になっていたのだわ)


 自分は嫌われて当然で、人よりも多くの事を学ぶのも当然だと思い込んでいた。


(悪役令嬢だからって全てを諦めていたのね)


 もっと足掻けばよかった。


 嫌だと言えば良かった。


 王太子妃になりたくないって言えば良かった。


 そんな我儘が受け入れられたかは分からないが、何も言わないベルは喜んで受け入れているのだと思われていたのかも知れない。


 今更考えても仕方のないことだけれど、リックの優しさに触れて過去の自分に向き合うことができた。


「強く押すぞ」


 揺れるブランコが木の枝にくっつきそうな勢いで弧を描く。


 楽しくって声を出して笑ってしまう。


 リックといるといつも笑ってばかり。


 ブランコが高い位置に来た瞬間、ベルはピョンッと飛び降りてみた。


 後ろにいるリックが慌てている様子を感じたが、トンッと音を立てて無事に着地が出来て大満足だ。


「ベル、びっくりしたよ。急に飛び降りるだなんてーー」


 心配そうに駆け寄ってきたリックの胸の中に飛び込んでみる。

 騎士として鍛えているリックは非力なベルが抱き着いてもよろけることは無く、無事に抱きしめてくれた。


「どうした? ベル、どこか痛めたのか?」


 本当にこの人はいつも自分の事を心配してくれる。


 どうしたい? 


 何がしたい?


 どこへ行きたい?


 その声掛けがとても嬉しかった。



「私、リック様が大好きです」


 リックは目を見開き驚いた顔をした。

 ベルの告白が突然すぎたのか、それともベルの気持ちになど気づいていなかったのか。

 リックはへにょりと眉が下がると情けない顔になり、ベルの肩に項垂れる。


「俺が言いたかったのに……」


 その声がその姿が余りにも情けなくって可愛くって愛おしい。


 大好きな人の胸の中、思わずまた声を出して笑ったベルだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >俺が言いたかったのに…… ヘタレの告白待ってたら、10年経ってもプラトニックなままだろがいw
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