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招待とチーズパン②

「ベルから手土産があるんだ」


 応接室に通されるとリックがそう言って使用人に指示を出す。

 そしてベルの素朴なお土産をテーブルの上に披露してくれた。


 シャトリューズ侯爵への訪問が決まり、ベルが手土産は何が良いかとリックに相談すると、リックはベルが作ったパンが良いと、とっても良い笑顔で答えてくれた。


 貴族令嬢だった時であれば、相手の好みで一流品の中から手土産を揃えたところだが、今のベルは平民である。身の丈に合わない豪華な手土産は怪しまれる。


 かと言って、侯爵家へ出向くのに本当にベルの手作りパンで良いのだろうかと悩む気持ちも無かったわけではない。


 友人として招かれているのに、まるで店の売り込みをしているように思われないだろうか、そんな不安があった。


「ベルのパンは美味しいから家族も大好きなんだ」


 そんな迷いはリックの言葉によって一瞬で消された。


 自分のパンを美味しいと言ってくれているのならば、最大限の品をお持ちしましょう! そんな気合を入れた。


 それはリックの事が大切だから。


 友人であり、大切な常連客でもあるリック。


 その上、今ベルはリックに密かな想いを持ち始めている。


 そんなリックの家族には好印象を貰いたい。


 そう思ったベルは、リックにシャトリューズ侯爵家の家族の好みを聞いた。



「うーん……うちの男どもは皆好き嫌いもなくなんでも食べるんだよね。ほら、騎士だと遠征もあるし、堅パンなんかも食べるからね」


 悩むベルの前、益々悩ませるような言葉をリックは投げかける。

 いっそのこと美味しい堅パンでも作って持っていけば喜ばれる? と手土産にそんな事を考えてしまう。


「あー、シャトリューズ侯爵家は良質なチーズが特産で、母もチーズが好きだから、チーズが使われたパンが喜ばれるかもしれないな……」


 ぽつりと溢されたリックの最大のヒントに、ベルは全力で乗ることにした。

 チーズを使ったパンならいくらでも思いつく! グッと拳を握りしめ、勝ったと思った瞬間だった。




「本日はシャトリューズ侯爵領の特産品であるチーズを使ったパンをお持ち致しました。一つは中に柔らかいチーズが入ったダッチブレッド、それともう一つはゴロゴロしたチーズを練り込んだチーズフランスです。どちらもマーベリック様にお願いして、シャトリューズ侯爵領のチーズを使用させて頂きました。お口に合うと良いのですが、宜しければお召し上がりください」


 ベルはそう言って箱詰めしたパン二種類を差し出した。

 家族からの掴みはオッケーだった様で、パンとチーズの香りに誘われたシャトリューズ侯爵家の面々は感嘆の声を上げる。


「俺は試食で先に食べさせてもらったけれど凄く美味しかったよ」


 リックはチーズパンを食べた時のことを思い出したのか、蕩けるような顔でベルを見て来た。

 チーズパンを焼き上げ試食をお願いした日、リックは本当に嬉しそうだった。


(リック様のお気に入りのパンがまた増えて良かったわ)


 ベルはそう呑気に考えているが、実はリックが一番喜んだ理由はベルの自宅での試食会であった。

 そして今蕩ける視線を向けているのはパンではなくベル本人。

 その事に気が付くほどベルは恋愛に敏感ではない様だった。




「早速頂かせて貰おう」


 もう我慢できないといった様子でリックの父アーロンが二種のパンを自分の皿に盛る。


「私も頂こう」

「私もだ」


 長兄カーソンと次兄エリアスも使用人が取り分けるのを持ってられないとばかりに、自分たちでパンを取出すと皿へと盛った。


「貴方達お行儀が悪いですわよ」


 母ビクトリアだけは使用人がパンを一口サイズに切り分けるのを待っているが、その目はパンに釘付けだ。


 シャトリューズ侯爵家は食いしん坊。


 ベルの脳裏にそうインプットされた瞬間だった。


「美味い!」

「凄く美味しい」

「うん、チーズとパンが良くあってる」


 三人の男たちがぱくりとパンにかじりつく、豪快に見えるその姿だが、流石侯爵家の面々、豪快ながらも品がある。そんな姿がリックと重なり家族だなと笑みがこぼれる。


「まあ、本当に美味しいわぁ。パン自体にチーズを入れるだなんて……ベルさん、素晴らしい発想ねー」


 この世界、チーズとパンを合体させたパンはこれまで見たことが無かった。

 強いて言えばスライスしたパンにチーズをのせて食べたりするぐらいだろうか。


 チーズはチーズとして、パンはパンとして食べる、それが主流だ。


 応接室には会話を楽しむために通されたと思うのだが、皆無言でチーズパンを食べていて、ベルはちょっとだけ手土産を失敗してしまったかなと不安になった。


 だが、食べている皆の笑顔を見ていればそんな不安は消し飛んだ。


「兄上、食べ過ぎですよ。義姉上へのお土産が無くなりますよ」


 今日はパンを食べるのを我慢していたリックが、三個目のパンに手を伸ばした兄たちを睨みながらそう呟く。


 ちょっと多めにとパンを焼いては来たが、二種類のパンを一人三個も食べるとは予定外だった。

 リックの兄二人は結婚していると聞いていたので、勿論お姉様方の分も含め用意していたのだが、それを上回る食べっぷりだ。流石騎士様というべきなのだろう。


「ああ、うん、そうか……そうだな」

「いや、なんだ、ついな……」


 伸ばしかけていた手を兄二人は引っ込める。

 愛する妻へのパンだと聞けば、食べる訳にはいかないのだろう。愛妻家のようだ。



 

「まったく貴方達は……大人になったのだからゆっくりと味わってお食べなさいな」


 リックの母だけは使用人にスライスされたパンをゆっくりと味わっている。

 さすが侯爵夫人とそう言いたくなるほど優雅な姿だ。


 けれどお皿の上のパンは残り一かけ。

 それを見ながらビクトリアは小さくため息をこぼした。


「はあ、私もマーベリックのようにベルさんのお店に通いたいわ。頂いたパンがこれほど美味しいのだもの、きっと他のパンも美味しいのでしょう? リックが毎日通いたくなる気持ちが良く分かるわ」

 

 ベルに息子リックを常連客ではなく、友人以上だと認識してもらおうと思っていたはずなのに、そんな事はすっかり忘れ、余りにも美味し過ぎたパンを前に、ビクトリアがそんな言葉を吐く。

 それを聞きシャトリューズ侯爵家の他の面々もうんうんと頷く。


 恋より食い気、シャトリューズ侯爵家らしい行動だった。




「あの、宜しければチーズを使ったデザートでもお作りしましょうか?」


 食べたりない様子でしょんぼりとする大型犬のような人達を前にして、思わずそんな提案をしてしまうベル。

 隣に座るリックが、自室を紹介しながらゆっくりと二人で過ごそうだなんて、そんな魂胆があることに気付くはずもない。


「なに?! チーズを使ったデザート?!」

「まあ、ベルさん、宜しいの?」

「デザートだって?! ベル嬢はデザートも作れるのか!」

「それは是非食べてみたいな!」


 ぱああと花開くように笑顔を浮かべるシャトリューズ侯爵家の面々。

 本当にリックそっくりで可愛く見えてしまう。


「はい、是非作らせてくださいませ」


 そう言って笑ったベルの横、リックだけが今日も計画は失敗だと落ち込んでいた。

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