クリームパンとその中身
ベルの店がオープンする前のお話です。
「団長、街の兵士から気になる報告が上がって来ています」
第三騎士団団長の執務室。
団長補佐官が気になる書類に目を止めた。
団長に報告するには些細な事柄かも知れないが、と悩みながらも、街の事にはどんな事にでも心を配る騎士団長には必要だろうと書類を手渡した。
「新しく出来るパン屋の女将が美人過ぎると噂になっている……?」
騎士団長は眉間にしわを寄せながら、思わずその報告書を声に出して読み上げていた。
想像とはあまりにも違った報告に、困惑しているといえる。
書類から一度目を離し、もう一度読み上げる。
二度の確認でその報告が
間違いがないと分かったらしい。
「新しいパン屋とは、どのあたりに出来るか聞いている者はいるか?」
「はい、王都の端、北門の辺りと聞いております」
「北門……? あの辺りでは飲食店など儲けが出ないだろう? 昼にパン屋に行く者など少ないのではないか?」
「そうですね。商人が集まる西区ならばまだ需要はありそうですが、北区ですからね……行くとしたらせいぜい冒険者あたりでしょうか? ですが冒険者も昼間は街の外に出ていますからねー」
「売り上げを望んでいない店……ということか? その店主はまさか犯罪組織の関係者とかではないのだろうな?」
「今のところそのような話しは上がって来ておりませんね。ただ女将が美人だとしか……」
「怪し過ぎるな……」
「ええ、怪し過ぎますねー」
騎士団長はそのパン屋は犯罪の隠れ蓑にする為の店なのでは? と怪しむ。
ビリジアン王国は他国に比べ治安が良いとはいえ犯罪が全く無いわけではない。
大国なので毎日のようにどこかで事件は起きている。
未然に防げるものならば、防ぐことが第三騎士団の仕事でもある。
先日潰した飲み屋も、やはり女将が美人だと有名だった。
実はそこは賭博場で裏社会の者達が貴族を食い物にしていた場所だった。
そう言った事も有り、街の噂話には気をつけるようにしていたのだが、美人女将と、客入りが見込めない北区の店。
何か有るのではないかと騎士団長が疑いたくなるのも当然の事だった。
「ふむ……今から少しその店を見に行ってくる。平民に見えそうな騎士を二人程手配してくれ」
「畏まりました」
「ああ、因みにこの店の保証人は誰になっている?」
「それが非公開となっておりまして」
「非公開? 商業ギルドだけでなく王城にもか?」
「はい」
「それは益々怪しいな……非公開に出来る人間など限られている。よし、同伴者は見た目より口の堅い者にしてくれ、何かあった時に対応しやすい者だ」
「畏まりました」
騎士団長は二人の伴を連れ北区の端へとやって来た。
変装とまではいかないが、騎士だとは気づかれない程度のラフな服装をしている。
伴に付けられた騎士も、変装用に騎士団に用意してある服を着ているため、しっかり街に馴染んでいる。
補佐官が選んだ騎士二人は細身の若い騎士だ。
団長の伴をするということに緊張しているのか、言葉数も少ない。
今日見たことは緊張のあまり覚えていない可能性も高いだろう。
護衛というよりも本当に只ついてきただけ。
団長の強さを知る補佐官からすれば、それで十分に伴となると分かっての采配だった。
「ふむ……あそこが話題の店だな」
馬に乗り店付近までやって来ると、まだ開店前のはずの店には見学者のような人だかりが出来ていた。昼間の北区は人通りが少ないはずなのに、どうやら今日は違うらしい。もしかして新店舗が気になって見に来た者たちかも知れないが、それにしては多すぎる気がした。
騎士団長と伴は少し離れた場所から目を凝らし、店の様子を窺う。
すると一人の女性が、数名の職人らしき人物を連れて店から出てきた。
店舗前に置くものでも相談しているのか、話し声が聞こえてくる。
何を言っているかは分からないが、おっとりとした話し方から店主は貴族の女性のような感じがする。
紺色のワンピースに白い帽子。
少し裕福な家の女性が着そうな装いだ。
あからさまな貴族女性の変装の可能性もあるだろう。
怪しい動きはなさそうだと、そのまま女性を見つめていると、一瞬強い風が吹いた。
すると女性の帽子が高く空へと舞い上がる。
その様子をジッと見つめていれば、美人とだけでは言い表せないような美し過ぎる女性が立っていた。
(あれがあの店の女将か? あの貴族ぜんとした女性がパンを焼くというのか?)
信じられない物を目の当たりにしたかのように、騎士団長の動きが止まる。
女性の帽子は近くにいた子供が拾ってくれたようで、届けに来た子供に女性は礼を言うと、腕に下げていた小さな籠から何かを取出し子供に渡していた。
それも子供と同じ視線の高さに腰をおとしてだ。
貴族の女性ではあり得ない行為だった。
「おねーさん、ありがとう」
そんな子供の声が聞こえたと思うと、女性がニコリと微笑む。
その魅力的な笑顔は周りにいた見学者たちを虜にしたのだろう。顔が赤くなっているものや、見惚れてポーッとしているものが多くいた。
(あれは違う意味で危険な店かも知れないな)
開店したら暫くは見回りを強化させた方が良いだろう。
騎士団長が一瞬でそう判断するほど、彼の女性は美し過ぎた。
「皆様試食のパンが焼けましたわ。宜しければお召し上がりください」
暫く店を眺めていると、女性が店から焼きたてのパンを持って出て来た。
店前には小さなテーブルが用意され、そこに女性がパンを置くとわらわらと人が集まってくる。
「まだまだ試食のパンを持ってきますから慌てなくても大丈夫ですよ」
どうやら女性は小さな丸いパンを無料で配っているようだ。
開店前のパフォーマンスなのかもしれないが、無料でパンを配る。それは騎士になって長い団長が初めて見るものだった。
「いい香りですね……」
「お腹空いてないのに食べたくなりますね……」
ついて来た伴の二人がそんな事を呟く。
確かにこれまで嗅いだことがないほどのいい香りがあたりに漂っている。
先程女性の帽子を拾った子供も「おいしいおいしい」と言いながら嬉しそうに食べている。
子供は素直だ。不味ければあんな顔はしないだろう。
あれだけのパフォーマンスをするという事は、貴族女性が暇つぶしで起こした気まぐれな店でもないようだ。
騎士団長は目深に帽子を被ると、伴と一緒にパンを貰いに行くことにした。
「私にも一つ貰えるだろうか?」
「はい、どうぞ。あと一週間で店が開店しますので、美味しければいらして下さいませね」
そう言って女性はパンを騎士団長へと手渡した。
その女性の手首には少しだけ火傷の跡があり、彼女自身がパンを焼いているのだと騎士団長は理解した。
口にパンを含むと驚きしかない。
それはこれまで食べたどのパンよりも柔らかく、その上かすかに甘みがあり、もっちりとしていたのだ。
「美味い……」
思わずそう言葉が漏れるほど、彼女のパンは美味しかった。
また食べてみたい。
侯爵家で贅沢な食事にもなれている騎士団長がそう思う程、彼女のパンは美味しかった。
「お口に合って良かったですわ。是非店にもお越し下さいね」
「ああ、必ず寄らせてもらうよ」
この日を境に騎士団長こと、マーベリック・シャトリューズはパン屋【麦の家】の常連客の一人となる。
店主の笑顔に惹かれたのか、それともただただ美味しいパンに惚れたのかは、この時のリックにもまだ分かっていない事だった。
こんばんは、そして初めまして夢子です。
GW明けに投稿開始しようと思っていたのですが、フライング。
最初三話は未修整のまま投稿してしまいました。読んで下さった方そして誤字脱字下さった方有難うございます。そしてすみませんでした。あんぽんたんな私ですが今後も宜しくお願い致します。