ご令嬢とジャムサンド②
「あのー、こちらの店長さんはいつぐらいにお店に来ますか? もしかして今日はお休みですか?」
お腹が膨れて満足した様子の少女達が、ベルに話しかけて来た。
イートインスペースで小一時間。
苺のジャムサンドから始まり既に四種類もパンを食べている。
それも甘いもの中心で、若いとは素晴らしい。
途中ベルが麦茶のお代わりを入れてあげたので、お腹には麦茶の分二杯も入っている。お腹は大丈夫かしら? と心配だったが、若い女の子は甘いものは沢山入るようで、ベルの懸念は危惧で終わったようだ。
それに「美味しいから食べ過ぎちゃうわね」と彼女たちも言っていたので食べ過ぎを自覚しているようだ。自宅に帰ってドレスが着れなくなったと言われても麦の家のせいにはしないで欲しい。
そう思っていたところに店長話である。ベルはどうしたものかと思いながらも、きちんと名を名乗ることにした。
「お客様、店長ですが、それは私です」
「「えっ?」」
「私がこの店【麦の家】の店長、ベルと申します。どうぞこれからも御贔屓に」
「「ええええっ?!」」
若い女であるベルが店長だと名乗れば驚かれることはよくある。
なので彼女たちが驚くだろうことは予想していたが、それでも思った以上に驚かれこちらがビックリする。
「店長に、私に、何か用事がありましたでしょうか?」
驚愕の表情を浮かべ手を繋ぎ身を寄せ合う二人に、なるべく優しく見える笑顔で話しかける。
店の奥からは令嬢の大声を聞き、ルカやレオ、それに戻って来たミアまでも心配そうな顔をしてベルを見ていたが、大丈夫だと微笑んで見せる。
貴族からの横暴な行為は平民ならば誰しも知りえる事だ。だから三人が過分に心配するのは仕方がないこと。
この国は比較的そう言った事は少ない様だが、まだ出来たばかりの麦の家だって何度か迷惑な客が来た事がある。それも貴族男性が多いという最悪な現象。
どうやら見目が良いベルは愛人にちょうどいいようだ。そう言った誘いも多々あった。
勿論他の客が居る前できちんとお断りを入れ帰って貰った。
その後彼らから嫌がらせが無かったことを考えれば、大叔母の心配性が発動したのだろう。
彼らが無事であることを祈るばかりだ。
ベルの前、少女二人は視線を合わせ、意を決した雰囲気となる。
そしてごてごてワンピースの少女が立ち上がり一歩前に出ると、きちんとしたカーテシーを見せた。
「麦の家の店長さん初めまして、あたしは、いえ、私は、エクル男爵家が娘、アリア・エクルと申します。先日我が家の下男が起こした事件に対しお詫びに参りました。どうぞお話をするお時間を下さいませ」
「まあ、エクル男爵家のご令嬢でしたの?」
「は、はい。本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!」
「申し訳ございませんでしたー!」
二人の少女が勢い良くベルに頭を下げて来た。
店の中、いくら客が少ないと言っても全くいない訳ではない。
貴族に見える少女がパン屋の平民店長に頭を下げる。
まるでベルが脅しているようだ。
変な噂がたちそうで怖い。
「あの、宜しければ奥へどうぞ、ゆっくりお話も出来ますし」
ここは人目を避け、休憩室へ彼女たちを連れて行こうとベルは決めた。
もうすぐお昼時、また店が忙しくなるが、成長したミアとルカ、それにパートの女性二人が居れば何とかなるはず。
とにかく今はこの少女達の方が大事だ。
ベルの心配など気付きもせず、「いいんですかー?」と遠慮しながらも、ワクワク顔の少女二人を店の休憩室兼応接室へと案内した。
「宜しければこちらをどうぞ」
ジャムサンドのパンを好んで食べていた二人に、お茶請けとしてジャムサンドのクッキーを出す。
お茶は勿論紅茶だ。それも大叔母から頂いた特級品。分かる人には分かる、香り高い特別な紅茶だ。
「わっ、可愛いわ!」
「それに綺麗ですねぇ。宝石みたいですぅ!」
ハートの形の苺ジャムサンドクッキーと、花の形のブルーベリージャムサンドクッキーに少女達が目を輝かせる。
「店長さん、本当に食べて良いんですか?」
目をキラキラさせそう聞いてくる二人に食べるなとは絶対に言えない。
「勿論どうぞ。お口に合うと良いのですけど」
ベルのどうぞの言葉を聞くと、二人は早速ジャムサンドクッキーに齧りつく。
あれだけパンを食べたのにお菓子はやはり別腹。若いって本当に素晴らしいと実感する。
「アリア様ぁ、紅茶も美味しいですぅ」
喉が渇いたのか、ごくごくと紅茶を飲む二人。
そのお紅茶は味わって飲むものですよと言いたいが、ここは大人しく黙っている。
きっと大叔母付きの侍女が見たら卒倒する案件だろう。紅茶のお代わりを注ぎながら絶対に秘密にしようとベルは誓った。
「それでお話というのは、先日の事件の件で宜しいですか?」
二人と向かい合って座りベルが問いかける。
ジャムサンドに夢中になっていた二人は話があると言った事をすっかり忘れて居たようで「あっ」と思い出したように声を上げる。
そして食べかけのクッキーを皿に置き、紅茶をグイっと飲み干すとベルへと向き直った。
「あの、ウチの下男がご迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでしたー」
ガバリッと勢い良く頭を下げる二人。
テーブルに頭をぶつけそうでとても怖いが、どうにか大丈夫だった。
「あの、もう気にしておりませんのでどうか頭を上げて下さい」
そう声を掛けるが二人は中々頭を上げようとしない。
「本当にもう気にしていませんよ。もう十分にお詫びはして頂きましたので」
エクル男爵からは迷惑料としてあり得ない程の謝罪金を頂いた。
平民相手の事件としてはあり得ない金額。大叔母の影響力による金額だと思うが、ベルのぼったくりともいえるので謝られると罪悪感が募る。
「エクル男爵様にも宜しくお伝えください」
ベルの言葉を聞き少女達はやっと顔を上げた。
安心したのだろうとそう思っていたのだが、顔を上げた少女達の目には何故か涙が浮かんでいたのだった。