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相談と揚げパン③

「実は最近店を見張られているようでして……」


「「えっ?!」」


 ベルの相談内容を聞き、リックとイーサンが驚きの声を上げる。


 軽い気持ちで話したベルも悪かったが、二人共もっと気軽な相談内容だと思っていたようだ。リックの顔は険しくなり、イーサンの顔は青くなった。


「……ウチじゃない……」


 イーサンがポツリとそんな言葉を呟き、ハッとした表情の後ブンブンと首が取れそうなほど首を横にふる。イーサンが言う ”ウチ” というのは、第三騎士団のことか、それともイーサンの実家であるジグナル家のことか。


 その怪しい動きに一瞬リックの顔に怒りが浮かんだが「ないないあり得ない」と焦るイーサンに、リックは何やら納得したようで怒りを収めた。

 きっと二人の中で何か会話が出来たのだろう。幼馴染にしか分からない何かが二人にはあるようだ。仲が良さそうな様子で幼馴染たちとは縁が切れたベルはちょっとだけ羨ましくなった。


 ベルは怪しいイーサンの言葉に特に突っ込むことはしなかった。

 ただ妃教育の賜で、ジグナル家は騎士というよりも諜報員の家系なのね、と一人納得をしていた。


 そんな呑気なベルとは違い、リックが難しい顔で訪ねて来た。


「ベル、見張っている人間の人相は分かるか? ざっとでいいんだが」


 王太子妃教育を受けていたベルは人の顔を覚えるコツを知っている。


 聖女に夢中になり王太子教育を疎かにしていた元婚約者の代わりに、ベルは本来受けるべき以上の教育を受けていたと思う。

 大叔母と話し、色々と過去を思い出して、一人で納得できた今だから分ったことだ。


 本来ならば王太子と王太子妃が分担して覚える事も、ベル一人に押し付けられていたのだと、今頃になって気付いた。


 あの当時は全てが精一杯だった。

 ゆっくり考える余裕など 【イザベラ・カーマイン】 には無かったのだ。


(どんなことでも役に立つものね……)


 実際は人の顔を覚えることは元婚約者の側近が一番頑張らなければならない事だった。

 ただ元婚約者と同じく、聖女に夢中になっていた彼らは、全くと言っていいほど役に立たなかった。


 その為ベルは人の顔を覚えるという教育を教育係ではなく、その分野の専門的な者から学んだ。完璧にするために。

 教師役はイーサンの実家のような諜報員を兼ねる者たち。どれ程の物をベルに求めていたのだろうと、今更だが呆れてしまう。


 だが今になって客の顔を覚えるためにその教育はとても重宝している。

 あの当時は必至で大変だったが、自分の為になったと思えば良かったのかもしれない。


「怪しい者は三人おりまして、皆男性なのですが……」


 ベルは男たちの人相を出来るだけ詳しくリックとイーサンに伝える。

 髪の色、瞳の色、身長、歩き方。

 店に来る時間や、滞在時間。

 ついでに好んで食べるパンの種類まで。


 そして伝え終え、ホッと息を吐くと、目の前ではリックが頭を抱えていた。


「ベル……申し訳ないが、その人物達はもしかしたらウチの者たちかも知れない……」

「えっ……それは第三騎士団の方たちということですか?」


 イーサンと同じく 『ウチ』 という言葉を出したので、ベルは第三騎士団の者かと思った。


「いや……騎士団の者ではなく俺の家の……シャトリューズ侯爵家の手の者だと思う……」

「まあ」

「すまない!!」


 深く深く頭を下げるリック。

 耳や尻尾が垂れ下がった 大型犬のようでとても怒る気にはなれない。


 どうやら屋敷での朝の鍛錬の時間に、最近見かけないと感じる騎士が数名いたらしい。

 休みか、遠出の仕事かと余り気にしていなかった様だが、ここに来て合致したらしい。


 その者たちの人相が余りにもベルが話す人物と酷似している。


 こればかりは両親に確かめて見なければ確実とは言えないが……と言いながらも、かなり高い確率でシャトリューズ侯爵家の者だろうとリックは判断していた。


(そう言われてみれば、リック様の来る時間を避けていたものね……)


 確かに、彼らはリックの来る時間には店を見張っていないし、まるでその時間が分かっているかのように避けていた。

 リックが第三騎士団の団長だからと思っていたが、どうやら主家の子息だからリックを避けていたようだ。


 それを思えばベルを見張っているはずの大叔母の手の者たちが、何も手を下さなかったことも頷ける。


 ベルの友人であるリックの関係者と分かれば放置するのも当然だった。




「リック様、頭を上げて下さいませ。ご家族の気持ちは分かりますから……」


 騎士団長であるリックはこうしてベルと親しくしてくれているが、本来平民でしかないベルが気軽に口をきける相手ではない。

 リックはこの国の騎士団長であり、貴族であり、あの有名なシャトリューズ侯爵の子息なのだ。

 周りが心配しベルを見張るのも当然だと言えた。


「きっと私がリック様に対して良い相手ではないとお思いなのですのね」

「「そんなことは無い!!」」


 リックだけではなく、イーサンまでもが声を荒げたのでベルは驚き目をパチパチとさせる。

 リックとイーサンはお互いの顔を見た後で苦笑い、幼馴染同士気が合う行動に気恥ずかしい様だ。


「俺の親は心配症なんだ」

「リックの親は過保護なんだよ」


 またリックとイーサンの声が揃い思わず笑ってしまう。

 本当にこの二人は兄弟のようだ。


 誰が過保護だ、お前んちだよ、というやり取りも面白く、断罪された時のように「嫌われ者の悪役令嬢」だと落ち込み始めていた心が浮上する。


 ついベルも卑屈になり、己が全て悪いのだと、そう思う癖が付いていた。

 けれど相手が何も言う前から自虐的になる必要もない。

 それにこんな優しいリックのご両親なのだ。

 女性一人の店だと思って心配をしてくれていた。

 そう思う方がずっと真実らしかった。



「実は両親が君に会ってみたいと言っていて……」

「まあ、そうなのですか?」

「ああ……」


 どうやら以前リックが家族にと購入したロールパンをご家族が気に入ってくれたらしい、友人ならば連れておいでと言ってくれたようだ。


「ベル、良かったらウチに遊びに来ないか? その、勿論友人として」


 そんな言葉を聞きベルは嬉しくなる。


 友人


 これまでそんな風に呼べる相手はベルにはいなかった。


 悪役令嬢的に言えば取り巻き達は沢山いたし、王太子の婚約者として価値があるとそう見る者達も沢山いた。


「私がリック様の友人で良いのですか?」


 思わず緩む口元が止められない。

 きっと今のベルはデレデレッとした酷い顔をしているだろう。


 向かいに座るイーサンの顔には「あ~あ~」という呆れたものが見えるので、見るに堪えない程の顔かも知れないと、ベルはちょっとだけ恥ずかしくなった。


「とっても嬉しいよベル。是非友人として遊びに来てくれ」

「はい、是非」


 どうやら友人のとしてのお付き合いを嬉しいと思うのはベルだけでは無かったようだ。

 ベルと向かい合うリックのその顔もとても緩んでいる。


 やっと友人だと認識し合ったベルとリックに挟まれたイーサンは、「初等科以下だな……」と小さく呟き、幼馴染の言動に呆れるしかないのだった。

 

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