相談と揚げパン②
「ごきげんよう。本日第三騎士団団長マーベリック・シャトリューズ様のご注文をお届けに参りました、パン屋【麦の家】のベルと申します。お取次ぎをお願い致します」
あの後ベルはルカとミアそしてレオにも手伝ってもらい、第三騎士団に届けるパンを作った。
リックの甘い物というリクエストに、最初は焼き菓子とでも思ったのだが、自分はパン屋なのだ絶対にパンにしようとそんな熱が湧いた。
大急ぎでコッペパンを焼き上げ、揚げた後にお砂糖をまぶした。
リックの職場は騎士の人たちばかり、絶対にお腹にたまるパンがいいだろうとそう思った。
リックの注文を聞き、思いつきで揚げパンにしたのだが、パンを揚げるいい香りが店内に漂った為、常連客達からは食べてみたいとの要望が沢山上がったので、明日も揚げパンを作り店にも並べてみようと決めた。
ミアやルカ、レオも大賛成だったので、彼らも揚げパンを気に入ってくれたようだ。
そして昼の忙しい時間を過ぎると、城から迎えの馬車がやってきた。
辻馬車を使って王城まで出向こうと思っていたベルだったが、大量の揚げパンを持っての移動は厳しいかも、ルカに手伝って貰おうかと思案していたので、馬車の手配までしてくれた気が利く男であるリックには感謝しかないし、相談事を持ち込んだ手前申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ベル嬢をお迎えに上がりました」
迎えに来た若い騎士二人の内の片方が店前でそう声をかける。
前回と同じ騎士たちがお迎えに来てくれたようで、ベルの顔を見てニパッと笑顔を返してくれる。
ルカと変わらないぐらいの若い騎士なので、ついかわいい子ねと思ってしまった。
「すぐに身支度を整えてまいりますので少々お待ちください」
騎士二人に気が付いたミアが、応接室に二人を連れて行き、お茶と焼き菓子を出してくれた。
その間にベルは着替えるべく裏へと向かうが、「ごゆっくりどうぞ」とミアが声を掛ければ、若い二人はもう焼き菓子に夢中だった。
ミアに「すっごく美味しいです! ありがとうございます」と元気よくお礼を言っている声が二階まで聞こえ笑ってしまった。
お昼を食べたばかりの時間だけれど、どうやら若い男の子たちはすぐにお腹が減ってしまうようだ。
きっとあの食べっぷりではあと三つはミアが焼き菓子を追加するだろうなと思うとまた口元が緩む。
さっと化粧を直し、髪を整える。
今日はグレーの婦人スーツを選び、パパッと着替える。一人暮らしにも慣れたベルは自分で着替える事もすっかり慣れた。姿見で自分を見て、可笑しいところがないと確認するとすぐさま階段を下りた。
「はー、サンドイッチも美味しいですね、最高です」
「おい、このフルーツサンドもうまいぞ、絶品だ」
「前に団長にもらったクリームパンもうまかったっすよねー」
「この店のパンはどれも上手い! 何個でも食べられそうだ」
店へと降りてみれば騎士たち二人は、焼き菓子どころか出されたパンをしっかりと食べていたらしい。その食べっぷりにミアが苦笑いを浮かべている。
もしかしてお昼を食べていないのかしら? と心配になったが、ベルトが苦しいと嬉しそうに話しているので、ここでの食事は別腹だったようだと分かってホッとした。
「お待たせいたしました」とベルが声をかければ、若い騎士二人はキリリとした顔で立ち上がる。
だが頬にクリームが付いているのに気が付き、そっとペーパーナフキンで拭いてあげた。
若い騎士の一人は真っ赤になった後なぜか真っ青になり「団長に殺される」と呟いていたので、大丈夫つまみ食いの件は黙っていますよと、心の中でそう呟いたベルだった。
「今日はまた……前回以上に殺人級の匂いがしますねぇ……」
受付を過ぎ手荷物検査室へと通されると、女性職員二人にそんなことを言われ困ってしまう。
前回のカレーパンの時もそうだったが、今回の揚げパンもまたいい匂いが漂う商品だ。食欲をそそってしまったようで申し訳なくなる。
「廊下で襲われないようにして下さいね……いや、その前に私が襲いそうで危険ですけどね……」
先ほどの騎士の言葉といい、この女性職員たちといい、王城の人たちはすぐに事件に物事をつなげたがるようで、セルリアン王国では持ちえない思考に苦い笑みを浮かべるしかない。
「あの、宜しければこちらをどうぞ……」
涎をたらしそうな女性職員二人の姿にさすがに同情が湧いたベルは、リックとイーサン用にと多めに持ってきた焼き菓子を賄賂のように渡してしまった。
「よよよよろしいのですか?!」
「ああああありがとうございます!!」
本当に嬉しそうにされ、ベルも笑顔を返す。
店の宣伝だと思えば痛くも痒くもない賄賂だ。
部屋を出るときに「見つかると殺されるわね」「ええ、逃げ切りましょう」との呟きが聞こえ、王城では流石に殺人事件は起きないですよね。とちょっとだけドキドキして心配になった。
それ程彼女達の笑顔は光っていたのだ、商売人としては嬉しいけれど、疑ってしまった。
「ベル嬢ー、相変わらずモッテモテだねー」
今日も迎えに来てくれたイーサンがそんなことを言ってきたが、「殺される」からどうして「モテモテ」を連想するのかわからない。そこは第三騎士団の副団長なのだから殺人犯を突き止めてほしいところである。ベルは不穏な言葉にそんな可笑しなことを連想していた。
「ベル、よく来てくれたね。それに本当に商品を作ってくれたんだ。すまない急がせてしまっただろう?」
「いえ、こちらが無理を言ってお願いしたのですもの、当然のことですわ。それよりこちらを、私からご相談を持ち掛けたのに商品の代金を受け取ることはできません、朝渡された金貨はお返しさせていただきます。どうぞお納めくださいませ」
包んだ布を開き、リックに朝渡された金貨をテーブルの上に置く。
今日持ってきた差し入れの品は「相談料の一部にさせて頂きたい」とそうも言ったのだが、市民の安全を守ることが第三騎士団の役目だからと言ってまた金貨を返されてしまう。
いやいや受け取れません。
いやいやこちらこそ受け取れないよ。
と何回かの応酬を重ねていると、あきれたイーサンが声を出した。
「もうさー、ベル嬢がそのお金で定期的に商品をここに届けるってことでいいんじゃない? その方がみんな喜ぶし、リックも嬉しいでしょっ?」
そんなイーサンの言葉になるほどと二人で頷く。
リックはベルに会える理由が増えるのならばそれで良いし、ベルはベルでお礼が出来るのならばそれで満足だ。交渉成立、二人共笑顔になった。
「それにー、今日非番のやつにこのパンのことを知られたら、傷害事件が起きるかもしれないしねー」
王城の第三騎士団内で傷害事件。大問題だ。ぜひ未然に防いでほしい。
騎士団長のリックにそんな思いを乗せて視線を送れば、うんうんと頷いて肯定していた。
それでいいのか第三騎士団団長殿。
ベルはそう突っ込みたかったが、笑顔を張り付けるだけに留めておいた。こんな時にも妃教育は役に立つようだ。受けて良かったとやっとそう思えた。
「あー、ベル、それで相談っていうのは何だろうか?」
イーサンとの軽口を止め真面目顔になったリックに、ベルは相談を始めたのだった。