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シャトリューズ侯爵家とロールパン

リックと家族中心のお話です。

「リック、あー、今夜少し話をしたいんだが……時間の都合はつくか? 話し合いは家族全員で、だ……」


 身支度を終え仕事へ向かおうとしたリックの後ろから、父親であるアーロン・シャトリューズが声を掛けて来た。


 そう言えば朝食の席で母の様子が可笑しかったことを思い出す。


 何となくソワソワとしていた、そう感じた。


 それに次兄であるエリアスが、昨夜急に帰って来た。

 

 リックと顔を合わせると引きつった表情になる。

 誤魔化すときの次兄の癖。それを今思い出した。


「その、な、あー急に休みが取れたから、は、はは、そう母上に会いに来たんだ!」


 そんな事を言っていたがあの兄だ、いつもならば家族の待つ家に帰っていた事だろう。

 婿養子で愛妻家の次兄がそんなことを言いだしたことに疑問を持つべきだった。


 それにいつもリックより出勤時間が遅い長兄カーソンの姿が無い。

 今夜の家族会議の為に早めに出勤したのだろう。


 そして今日のリックの仕事内容は、特に急ぎの用事もない平々凡々な一日だったはず。


 まるで先に予定を調べたかのような父の問いかけ。


 もしかしたらリックの友人であり、第三騎士団の副団長であるイーサン・ジグナルに都合がつくように依頼したのかもしれない。ちょっとだけムカついた。


 あらゆる情報(思い当たること)をリックは飲み込み。平静を装って「承知いたしました」と答えた。


 これは絶対にあれだ……


 思いつくことは一つしかない。


 そう、リックの想い人。


 ベルのことしか無いだろう。



「はあー、なんといったものか……」


 父からの呼び出し。

 思い当たる事案はただ一つだけ、今気になっている女性ベルの事だと流石のリックも気が付いた。

 だがまだ恋人にもなっていない間柄。どう説明して良いか迷う所だ。


 リックは腐っても侯爵家の子息。

 幾ら恋愛に寛容なビリジアン王国でも余りにも大きな家格差に周りから何か言われる可能性もある。


 例え両親が寛大であっても、平民との恋は反対される恐れもあった。

 もしリックのこの想いがまだ恋に変わっていなくとも、侯爵家として噂だけでも批判を浴びる見込みもあった。




 はーとまた大きなため息を吐きながら、リックは愛馬にまたがり仕事へ向かう。


 けれどその前に、リックは自身の女神の下へ向かった。


「リック様、おはようございます」


 いつものように麦の家に着くとホッとする。

 ベルの笑顔が今日も眩しい。


「おはようベル。今日もいい天気だね」


 窓へと視線を向ければ曇り空。

 いい天気とは言えないどんよりとした雲が広がっている。


「あの、リック様、お疲れですか? 何だか元気がないようですけど……」


 心配気な表情を浮かべるベルにズキンと胸が痛む。

 もし交際を反対されたらば……と悪い考えが勝手に浮かんでしまう。


「ああ、いや、そんなことは無いよ。ちょっと考え事をしていただけさ」


 出来るだけ明るい声で答えたリックはいつものようにロールパンと今月のパンを手に取り、何でもない風を装って会計カウンターへと向かった。


(ベルは何も知らないんだ、表情に出すな)


 叱咤しながら会計カウンターへと商品を持っていけば、紙袋の中に「おまけです」と言ってベルがジャムを一瓶入れてくれた。どうやら元気づけようとしてくれているらしい。嘘をついているようでまた心が痛んだ。


「お仕事頑張ってくださいね」

 

 その笑顔とその気遣いがとても嬉しい。だけど良心が痛む。


 いつの間にかリックの中でベルはとても大きな存在となっていた。


 彼女が訳ありな事ぐらい鈍いリックだって分かっている。

 どう見ても平民には見えない彼女が、市井で暮らしているのだ。何か有ったのだろうと悟ることは簡単だった。


 けれど彼女が話す前に自分から聞くことは出来なかった。話すことが出来ないということは、まだベルが乗り越えていないからかもしれないからだ。

 傷ついた彼女の心を興味本位で抉る事は出来ない。リックにもその辛さが分かるから。

 自分にも辛い過去がある。

 勿論既に乗り越えはしたが、元婚約者の事だけに簡単には忘れられなかった。


 今では彼女と結婚しなくて良かったと素直にそう思えるが、当時は自分の何が悪かったのだろうと、とても落ち込んだし、仲良くやれていると思っていたからこそ尚更胸が痛かった。


 年上の彼女に憧れのような恋心を持っていたから、失恋の痛みもあったのだろう。年頃の少年に「男性として意識出来ない」との彼女の言葉は深い傷を作った。


 だが家族の前では平気なふりをした。

 男の意地で、元婚約者には「お幸せに」とそう伝えた。


 結局その後彼女は浮気相手とは結ばれなかったらしい。どうやら家族からの強い反対に合ったそうだ。繋がりを大事にする貴族家としては仕方ない。結婚前の令嬢に手を出すような男だ。気に入られるわけがなかった。


 彼女は子供を産んだ後、修道院へ入れられたと人づてに聞いた。


 相手の男の事は良く分からない。知りたくもなかった。

 ただ雇主の娘に手を出したのだ、クビになったことは間違いないだろう。


 そんな事も自分を責めるきっかけとなった。

 自分のせいで相手が不幸になった、そう感じた。


 まだ若かったからこそ、多感な時期だったからこそ、不幸な自分に酔っていたのかもしれない。


 相手の行動は自業自得だった。大人になった今ならばそう思える。

 だけどもっと自分が上手くやれたら。

 皆が幸せになる道があったのではないかとそう思ってしまった。



「ベルはどこか自分と似ているんだ……」


 ふとした時に暗い表情が表れることがベルにはある。

 何でもないときに何かを思いだしている。

 自分にも経験があるのでそれが分かった。


 いつか自分に、ベルは全てを話してくれるだろうか。


 そして自分も、ベルに全てを打ち明ける日が来たとしたら。


 ベルと想いを通じ合う事が出来たなら。


 そんな淡い期待を浮かべるリックだった。




「イーサン、ちょっと。話がある」


 騎士塔に着くと着替えを済ませ、イーサンを待ち構えた。


「おはよーん」と呑気な様子でやって来たイーサンの首根っこを捕まえ引っ張って行く。


 リックとイーサンのじゃれ合いは騎士の間ではいつもの事。

「いやん、助けてー」とイーサンが騒いでも、また何かやらかしたんだろうと気にする者はいない。


 第三騎士団の団長応接室に入り鍵をかける。

 こんな時でさえ「いやーん、俺手籠にされるー」とふざけているイーサンをリックは睨んだ。



「イーサン、正直に答えろ、何があった? 何を聞かれた? どうしたんだ?」


「えっ? はっ? リック、何の事? 俺、人の心読めないんだけど、えっ? 何言ってんの?」


 普段から戯けて掴みどころのないイーサンだが、リックは副団長として信頼している。その表情からして本当に心当たりがないことは長い付き合いで分かった。


 なので正直に今日父親に呼び出されたことをリックは話した。

 イーサンにも父親から何か話があったのでは? とそう思ったからだ。


 リックの言いたい事が分かった途端、イーサンの口元がふにょふにょと動き出す。

 どうやら信頼する友人はリックの困り顔が楽しいらしい。

 友人と呼ぶのは止めるべきだ。リックはその顔を見てそう思った。


「あー、確かにーリックが暇な日はないかって侯爵様には聞かれたねー。幾つか候補は出したけど、まさか家族会議をするだなんて……ウプ、プププッ、リックってば愛されてるねー、このこのこのー」


 二十半ばも過ぎた男相手に、両親の行動は過保護すぎると良く分かっているので、憎たらしいイーサンには拳骨をお見舞いする。


 取り敢えず冷静になろうとイーサンがお茶を入れ始めた。

「はあー、こんな時はベル嬢のパンが食べたいなー」と言うので、仕方なくロールパンを一つ分けてやった。本当に憎たらしい奴だ。


「えー、一個だけー?」 と文句を言うイーサンを無視し、出されたお茶を口に含む。

 お湯か? と疑う程に薄い味に、コイツにはもうお茶は入れさせないと誓った。


 満足そうにロールパンにかじりつくイーサンが今度はリックに質問を掛けた。


「んで? 家族会議はベル嬢のことでしょう? そんで? 二人はどこまで進んでんの? もしかして結婚の約束までもうしちゃったのかなー? そりゃあ侯爵様も心配になるよねーん」


 当然顔でそう声を掛けたイーサンのセリフに、ただただ固まったリックだった。


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