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商会とコーヒーロール③

「さて、イザベラ様、次のご要望はどんなものでしょうか?」


 ベルと付き合いの長いダニエルには、ベルの次の行動などお見通しだった。

 新しい商品を作り上げたその根も乾かないうちに次の注文が入る。

 ベルの発想力は無限だとダニエルは知っていた。


「ダニエルに無理を承知でお願いするのだけど……緑茶という緑色のお茶を探して貰いたいの」

「りょくちゃ? でございますか?」

「ええ、もしかしたら煎茶とかほうじ茶とかそう呼ばれているかもしれないわ……余り聞きなれないお茶だけれど、東の方の小国にあると何かで読んだ事があって……」

「ほう、流石博識なイザベラ様ですね。商人の私でも聞いたことのないお茶をよくご存じで……」

「ええ、そうね、読書は好きだから……」


 ベルが造詣が深いことを良く知っていたダニエルだったが、全く聞いたことのないお茶の名が出て流石に驚いた。


 それもベルはすでにどこにあるのかも分かっているような口ぶり。東と言っているが本当はどこの国かも知っている。そんな様子だ。


 コーヒー豆を探し出した時もそうだった。

 ハッキリとは言わないが暖かい国にあるかもしれないと言われ、南地方に問い合わせてみればすぐに見つかった。


 地元民だけに知られていたコーヒーを、ここまで知らしめたのはベルの力あってのことだと、そう言っても過言ではないとダニエルは分かっている。

 すべてビスク商会の手柄とされているが、ハッキリ言ってベルの知識あってのものだからだ。


「東の国ですか……」


 ダニエルが東にある国々を思い出していると、秘書兼通訳の秘書が何かを思い出したように呟いた。


「会長、東にある小国のジャパジアンに確かマ茶という名の緑のお茶があったはずでは?」


 記憶力の良い側近の言葉にダニエルもマ茶を思い出す。

 数か月前仕事で訪れたジャパジアンで、とっても渋いお茶を出され毒を盛られたかと焦った記憶があった。


 その上ジャパジアンでは椅子を使わず地べたにそのまま座ることが主流で、足がしびれ立てなくなったことも記憶に新しい。


 確かにあのマ茶は緑色だった。

 秘書の話に頷きベルの方へと視線を送れば、答えが合った顔をしていた。


「まあ、抹茶がありましたの? それこそ私が一番欲しいお茶ですわ」


 自分の欲しいものが見つかる度、ベルは少女のような笑顔を見せる。

 貴族令嬢でありながら、これまでベルが強請ってきたものは宝石やドレスでは無かった。


 自分の為と言いながら、常に誰かの為、街のため、そして国の為に、人々の生活が少しでも良くなるようにと、ベルは様々なものを探し出してきた。


 そんな彼女に母国がした仕打ちが追い出しだ。


 喜ぶベルを見ながら、今後ベルが作り出す商品があの国に並ばないことに胸がすく思いがするダニエルだった。





「ではジャパジアンに問い合わせましょう。あの国にはちょうど支店を建てる計画が出ていますので、直ぐにでも取り寄せられると思いますよ」

「まあ、流石ダニエルね。本当に貴方に頼めば間違いはないわ。抹茶の商品が出来たら一番にダニエルに持ってきますからね。楽しみにしていてね」

「おお、それは妻も喜びますな。しかし……あのマ茶が美味しくなるのですか……コーヒーを初めて口にした時もイザベラ様は何というものを好まれるのだと驚きましたが美味しくなりましたからねー。あの苦いマ茶もきっと美味しくなるのでしょうね。想像もつきませんが」

「まあ、ダニエルったら、意外とお子様なお口なのね」

「私がお子様ですか。初めていわれました」

「イザベラ様にかかると会長もかたなしですね」


 秘書の突っ込みに皆で笑い合う。

 心からの笑顔を浮かべるベルを見て、ダニエルの心は安堵を覚える。


 イザベラを王家に紹介したその日から、ダニエルが悔いないことは無かった。

 自分があの日、薬の成果をイザベラの偉業だと言わなければ。

 イザベラが傷つくことは無かったと今でも悔いている。





「ダニエル、今日はありがとうございました。とても良い商談が出来ました」

「こちらこそ、イザベラ様のお陰でまた儲かりそうで、商人として頭が上がりませんよ」


 時間となりベルとの面会を終える。

 ガラス型保冷箱は後日麦の家に届ける予定だ。


「実はね、店のイートインスペースを広げたいと思っているの。その時にまたダニエルに相談してもいいかしら?」


 麦の家が開店してたった半年。

 それでもう店を広げる話が出るのだ、流石イザベラ様だとダニエルは思う。


 あの麦の家の繁盛具合を見ていればなんの不思議もない。

 街を歩けば所々で麦の家の話題が耳に入る。それが誇らしい。


(イザベラ様の知識と行動力があれば成功するのは分かっていたが)


 それでも短期間の成果にダニエルは同じ商売人として頭が下がるばかりだった。


「イザベラ様、勿論でございます。他の商会に話しを持っていかれたら私は泣きますよ」

「まあ、それは奥様に怒られてしまうわね。大切な夫を泣かせるなんてと恨まれてしまうかしら?」

「いいえ、妻に恨まれるのは私の方ですよ『イザベラ様に見限られたの!』ってケツを叩かれるかもしれませんよ」

「確かに」

「もう、貴方達そんな事を言って、冗談でも奥様に怒られるわよ」


 ベル、秘書、そしてダニエルと、三人で声を上げて笑う。

 セルリアン王国での生活が嘘のように感じるほど今のベルは幸せそうだった。

 

 王城に住んでいたころのイザベラは常に気を張り窮屈な生活を強いられていた。

 そう考えれば、この国に逃げて来たことは間違いでなかったそう言えるだろう。


 けれど、だからと言って、彼らが行った事が消せるわけではない。

 イザベラが国を追いだされて無事であったのは本人の危機管理能力と、運が味方しただけだ。


「セルリアン王国の者たちよ。せいぜい今を楽しむが良い」


 ベルの乗る馬車を見送りながらダニエルはそう呟く。


 大商会となったビスク商会の影響力は強い。

 すでに本店はビリジアン王国へと移している。

 これから徐々にあの国との縁を切り離す。

 その準備として今は他国に支店を作り、セルリアン王国以外の国で商売を成功させる予定だ。


 それこそが商売人ダニエルの復讐。


 ベルを見送るダニエルの顔には大商会の会長の笑みが浮かんでいた。

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