商会とコーヒーロール②
「イザベラ様、こちらがご要望頂いたガラス型保冷箱でございます。如何でしょうか」
「まあ!」
ダニエルとの挨拶を終えたあと、ベルは店の奥、ビスク商会でも一番厳重な保管庫へと通された。
そこで今日、ガラス型保冷箱ことショーケースと初めて対面し、その出来栄えに目を輝かせた。
ビスク商会が作り上げたガラス型保冷箱は、保冷される箱の長さは一メートルほどで、下に魔道具部分となる氷の魔石が付いており、前世の商店などでよく見かけたアイスショーケースにそっくりだった。
保冷具合はアイスを入れられるほど冷たくはないが、フルーツサンドやサンドイッチを入れるには充分だといえる。
「ダニエル完璧ですわ。想像以上です。ありがとうございます」
「イザベラ様に満足いただけてビスク商会の商会長として安堵いたしました。研究者や職人たちにもイザベラ様のお言葉を伝えさせていただきます」
「ええ、皆さまにもよろしくお伝えしてくださいね」
ビスク商会を一介の商会から不動の立場である大商会へと押し上げた理由に、良い研究者や良い職人に恵まれたという一因がある。
それらの人材はベルのお願いに近い要望から集まったもの達だった。
「ねえ、ダニエル。貴方の店に通訳兼秘書は必要ないかしら?」
「は? 通訳と秘書? でございますか?」
「ええ、そうなの通訳兼秘書よ」
ベルから話を詳しく聞いてみれば、才能が有りながらも実家が貧しいため進学を諦めなければならない下位貴族家の子供がいるのだという。
カーマイン家で執事見習いやメイドとして雇ってもいいが、ベルの実家では出自の家格で使用人たちの立場が決まる為、それでは宝の持ち腐れだと思ったらしい。
ダニエルの店はベル考案の薬で利益を得た。
その利益は十分すぎるもので、人を数人雇う事など何ともない。
だがベルの提案はすぐの就職ではなく、若人を学ばせるためにビスク商会が金を出し、学園へと通わせることだった。
そして卒業後はビスク商会で働く。
それはこれまでに無い形だった。
「学園には奨学金制度も勿論あります。けれどそれはどの分野にも長けている、全ての学科が高得点を取れる者限定の制度なのよ」
そしてそういった優秀なものは、勿論王城勤めとなる。
優秀な成績で学園を卒業出来ればどこかの貴族家へ養子に入ることも出来るし、婿先にも困らないだろう。
だがそれ以外の者たちはどうなるのか。折角語学の才が合っても学園に自力で通えない。
商売の才があっても貴族でなければ就職先は田舎の商会の下っ端から。
それが当然でありそれは人材の損失でもあった。
「ビスク商会の名はこの国では一目置かれています。その応援があれば学業で不自由を強いられることは無いでしょう。それに私も、侯爵家の娘として、そして殿下の婚約者として、彼らに目を掛ければきっと不当な扱いを受けることもないはずですわ」
そして何よりビスク商会が今以上に成長する手助けとなる。
成長すればビスク商会の薬はこの国だけでとどまらず、他国へと輸出することになるだろう。
その時、今の商会の人間だけでは対応できない。言葉の壁だけでなく、知識の壁もあるからだ。
ベルにそう諭されダニエルは是非にと頷いた。
そして一年後には――
「ねえ、ダニエル。貴方の店に優秀な研究者は必要ないかしら?」
と聞かれ。
そのまた一年後には――
「ねえ、ダニエル。貴方の店に魔道具を作る職人は必要ないかしら?」
と声を掛けられた。
ベルは未来の王妃として孤児院へ慰問へ行ったり、寒村へ出向いたりと各領内を見て回る度、優秀な人材を発掘しダニエルに紹介し続けた。
お陰でダニエルのビスク商会は各国へ支店を出せるほどの大商会となり、遂に大国であるビリジアン王国に本店を置く立場へとなれた。
今現在ダニエルはビリジアン王国の女性と結婚をし、妻の性であるオーカーを名乗る形になった。その際その優秀さからビリジアン王国で男爵の地位まで持つことが出来た。
一介の平凡な商人が、オーカー男爵となれたのだ。
夢物語以外の何物でもないだろう。
故郷であるセルリアン王国では、あれだけの成果を上げても 『陛下に声を掛けて頂ける名誉』しか貰えなかった。それはダニエルが平民の商人であり、小さな商会の出であったから。
だがビリジアン王国では、本店を建てるとともに国王からすぐに声が掛かり、男爵位を叙爵することが出来た。
妻の力もあったからなのだが、何よりもビリジアン王国には優秀な人材を見る目があり、ダニエルを国に必要な人物と判断した、ただそれだけだった。
「流石イザベラ様です。このコーヒーロール、とても美味しいですね。コーヒー豆を探し出すときのあの苦労が報われるようですよ」
「そうね、その際にはダニエルに無理を言いましたね。でもそのお陰でとても美味しい物が出来ました。感謝していますわ」
「いえいえ、それは私のセリフですよ。イザベラ様のお陰でコーヒーという素晴らしい物に出会えた。そして今日またこうして美味しい物に出会えた。感謝しかございません。それにしても……コーヒー豆は育て方によって全く違う味になりますね。ウチを真似した商会が酸味の強すぎるコーヒーしか作れず、倒産寸前まで行きましたからね。イザベラ様に紹介された人材のお陰で、今ではビスク商会のビスクコーヒー豆を超えるものはない、そうまで言われていますよ」
「そうね。ビリジアン王国の国王陛下に気に入られる程のコーヒー豆ですもの。ビスク商会の功績は素晴らしいものだわ」
「ええ、全てイザベラ様のお陰で、ですけどね」
「まあ、ダニエルは本当に煽てるのが上手なんだから」
コーヒーロールとコーヒーでティータイムを楽しみながら二人は思い出話に花を咲かせる。
ダニエルの左側にはベルが最初に紹介した人材である通訳兼秘書が控え、二人の会話を懐かしそうに聞いていた。
それにしても、とダニエルは目の前にいる美しい淑女に目を向ける。
イザベラ様はセルリアン王国にいた時よりも、化粧も薄く、服装も簡易なものだが美しい。
イザベラはこの国に来て平民という立場になった。
だが自由を手にした事で、故郷にいた時よりもずっと輝き美しく見えた。
きっとイザベラ様のためにはこれで良かったのだろう。
ダニエルは恩人であるイザベラにセルリアン王国がした仕打ちを許す気は無い。
イザベラとの思い出の味、コーヒーロールに手をつけながら、セルリアン王国への復讐を強く決意したダニエルだった。