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ハンバーガーとその中身

「さあリック様、上がって下さい。風邪をひいてしまいますわ」


 ベルと大公園に出かけ、これからがデート本番というところで運悪く雨が降ってきた。


 今日こそ、今日こそは良いところを見せようと頑張っていたリックだったが、突然の雨に天にも見放されたような気持ちになり落ち込んだ。 


 けれどベルの「お誘い」によって気分は向上する。


 自分の家へ招待する。

 それはベルがリックに心を許しているその証拠。


 それに


「お風呂に入って行って下さい」「泊っていって下さい」「夕食を一緒にどうですか」


 誘いの言葉ともとれるそのセリフに「そういう事では無いんです!」と焦るベルはなんとも可愛かった。

 濡れた体も相まってそのセリフの破壊力は物凄いものだった。


(少しは期待しても良いのかもしれない)


 麦の家に到着するころにはそんな希望を持った。




 ベルの店は店内から居住区に入れるようだったが、それとは別に外にも入口があり、そこから二階の住居部分へと上がれるようになっていて、目立たない外の玄関扉をあければ、目の前には小さな段差があり、壁側にはクローゼットの扉のような物がついていた。


「実はここからは靴を脱いで上がって頂く形になってまして、リック様も宜しいですか?」

「あ、ああ、別に構わないが、その、何故靴を脱ぐのか理由を聞いてもいいだろうか?」


 ベルは室内靴という柔らかい素材で出来た物を、一段上がった階段手前の床に出してくれた。

 それはリックがクローゼットだと思ったところから出した物で、そのクローゼットには靴が並べられていて、そこはシューズ入れだと分かった。


「靴は地面を踏むものです。こちらでは馬も牛も道を走りますし、道路があまり綺麗とは言えません。料理を作る店には出来るだけ汚いものは入れたくないのです」


 ベルの話を聞き確かにと頷いてしまう。

 生き物が道に汚物を落とすことは当たり前すぎて深く考えていなかったが、なんとなく自分の靴の汚さを実感してしまう話だ。

 

 室内靴を履き、目の前にあった階段を登る。

 階段を登りながら、もし一階の店舗部分に強盗が入ったとして、こちらから逃げられるなと、仕事がらそんなことを考えてしまう。


 もしやベルもその考えからこちらにも階段を作ったのかもしれない。

 何故なら居住区への扉は外からは全くと言っていいほど目立たないものだったからだ。


 二階へ上がるとまた扉があり、中から楽しげに話す声が聞こえてきた。

 ベルが 「ただいま」 と明るい声で扉を開ければ、そこには三人の人間がテーブルを囲みお茶を飲んでいる姿があった。


「ベルさん、お帰りなさい、びしょ濡れじゃないですか」


 濡れているベルを見てやっぱりと困った顔をする。

 三人の近くにはタオルが数枚用意されており、ベルが雨に濡れて帰って来ることを想定していたようだ。


「直ぐに体を拭きましょう」


 三人を紹介されて、さっき馬車の中で話していた従業員だと分かった。

 前もって話に聞いていた通り、青年と少年、それと店で見たことのある少女だった。


 ルカとレオ、ミアと名乗った従業員たちは、ベルをとても慕っているようで、風邪を引いたら大変だと早くお風呂に入るようにと促す。

 どうやらこの従業員達は風呂まで手際よく準備をしていたらしい。


 お茶を淹れて飲んでいたのも、ベルがいつ帰って来てもいいようになのだろう。

 なんとも気配りのできる良い従業員だと感心をした。


「あの、リック様、宜しければこちらをお使い下さい。店の男性用の制服で、まだ誰も袖を通していない綺麗なものです。そのままでは風邪をひいてしまいますから、どうぞ」

「ルカ、有難う。使わせてもらうよ」

「は、はい」


 ベルが風呂へと行っている間、取り敢えず着替えをと、ルカと名乗った青年が店の制服を持ってきてくれた。


 客間で着替えて下さいと、その部屋へと案内をされる間ついじっくりルカをみてしまう。

 純朴そうな青年はまだ少年とも呼べなくない姿だ。


 これまでキチンと食事をとれなかったのか、それとも彼の体質なのか、体に肉は殆どなく痩せているのが分かる。


 ベルの側に若い男がいることを心配していたが、二人の様子を見れば姉と弟のような関係で安心をした。


 数年後は分からないが、今のところ恋愛へと発展する様子はないだろうと、ホッとする。


 子供に近い青年に嫉妬するだなんて。

 自分の心の狭さに羞恥心が溢れる。


 ベルと同居出来るだなんてと醜い考えまでもってしまい、着替えながら自己嫌悪に陥る。


 反省し、着替えて客間を出るとレオと名乗った少年が待っていた。


 お茶を淹れたからと手を引っ張られ、弟がいたらこんな感じかと可愛さに口元がゆるむ。


 そんなレオの年齢が10歳だと聞いて驚いた。もっと幼く見える。言動も幼かったからだ。


 あと二つか三つは下の年齢に見える体つきに、これまで大変な思いをしてきたのだろうとわかる。


 ベルお姉ちゃんが治してくれたんだと、病気が治って元気になったんだよと自慢するレオは、誇らしげであったが、リックの抱えていた疑問は深くなった。


 長年患っていた病気がここにきてすぐに治るだなんて……ベル、君は一体何者なんだ。


 リックの頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。




 お茶を頂き、体が中から温かくなりホッとする。

 雨に濡れて、その上少し時間が経ったため思ったよりも体が冷えていたようだ。


 ミアが淹れてくれたお茶を飲んでいると、珍しい菓子を勧められる。


 この前まで "今月のパン'' であったクリームパンは、卵の黄身だけを使うらしく、この菓子は余った卵白で作ったクッキーなのだと教えてもらった。


 口の中でサクッと音が鳴る。これまで食べたことのない食感でとても美味しい。


「ベルおねえちゃんが作るお菓子はぜーんぶ美味しいんだよ」


 人懐っこく話しかけてくるレオがとても可愛いくて和まされる。

 見た目も言動も年齢より幼くみえるが、中身もまた年齢よりも幼い感じがした。


「あのね、僕とお兄ちゃんのお部屋が三階にあるんだよ。ベルおねえちゃんが用意してくれたんだ。リックお兄ちゃんもみてみたい?」


 レオの隣でルカがすみませんと頭を下げる。

 遠慮のない弟の行動に手を焼いているようだ。

 気にしなくて良いと言ってもルカの顔色は悪い。

 まだまだ貴族は恐れられる存在なのだと、第三騎士団長としては残念に思う。


 きっとレオは元気になって動けることが楽しいのだろう。

 

「レオ、部屋を案内してくれるかい?」

「うん!! 任せて」


 リックがそう声を掛ければ、レオからいい返事が返ってきた。素直で屈託のない笑顔を浮かべるレオは可愛い。ベルが可愛がるのも頷ける。



 案内されたレオとルカの部屋は、従業員に貸し与えるには充分過ぎる部屋だった。

 部屋にはベッドが二つならび、間には小さなテーブルが置いてある。

 そして窓の近くにはコーヒーテーブルと一人掛けのソファーが二つ。

 リックの屋敷の使用人部屋とさほど変わらいぐらいの広さだ。

 侯爵家の使用人と比べてそん色ない部屋なのだ。一般の店の従業員としてはあり得ないほどの待遇だろう。




「食事にいたしましょう」


 夕食はハンバーガーという、麦の家では食べたことのないパンだった。勿論自宅の侯爵家でも出たことはない。


 その味のおいしさに思わず「美味い!」とうなってしまう。


 思わぬ雨にデートをつぶされてがっかりしていたが、ベルの私生活を垣間見ることが出来たし、こんな美味しくて楽しい食事にもありつけて、よかったのかもと嬉しくなる。


「モーニングが軌道に乗ったら、店をもう少し広げてランチも出せるようになったら良いなと思っています。ミアとルカもいるし遠い夢では無い気がするんですよね」


 楽しい食事の中、ベルが店の未来を語る。

 従業員たちはベルの期待に喜びを浮かべている。


 だがそこに

 ベルの夢の中に

 自分の入る場所がないことをリックは実感する。


 いや、自分たちは婚約しているわけでもいなく、恋人同士でもないのだ、ベルがリックとの未来を思い描くわけがないことは十分に理解している。


 でも

 それは耐えられない。

 友人関係だけでは満足出来ない。


 ベルと未来を共にしたい。


 ベルの横に立っていたい。




 夕食を終え、ベルが玄関先まで見送ってくれる。

 離れ難い気持ちが込み上げてくる。


「リック様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 きっとその笑顔に嘘はないのだろう。

 だけど未来を語るベルの笑顔はもっと素敵だった。


 雨に濡れ、うまくいかなかったデートだったが、楽しかったと言われホッとする。


 だが絶対にこのままでは後悔するそう思った。

 自分の気持ちを態度で示さなければ。


 気がつけばベルの手に触れていた。


「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう……その、ベル」

「はい」

「また……また誘ってもいいだろうか?」


 リックの言葉にベルの頬がだんだんと赤くなる。

 これはもしや少しは意識してもらえている。そう感じた。


「はい、是非……楽しみにしています」

「ああ、俺も楽しみだ。ありがとう」


 勇気を出し別れのハグをする。

 ギュッと抱きしめてみたがベルに嫌がられない、それが嬉しい。


「じゃあ、また。パンを買いに来るから」

「はい、お待ちしております。リック様、おやすみなさい」

「おやすみ。ベル、また明日」


 後ろ髪をひかれながら麦の家をあとにする。

 手を振るベルが愛おしい。


 麦の家は、一般家庭の女性では決して持てない店だろう。


 それに風呂や大きなキッチンまでついた居住区に、従業員が十分に生活をできるスペースつき。


 それに何よりも、病気まで治せるベルのその知識。


「ベル、君は一体何者なんだい……」


 好きだからこそ気になるベルの素性。

 出来れば無理矢理聞き出すのではなく、信頼され、安心され、ベルのほうから話してもらいたい。


 ベルの未来の中に自分も入りたい。


 すっかり暗くなった街を歩きながら、そう思うリックだった。

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