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初デートとハンバーガー②

 ベルとリックはゆっくりと大公園内を回り、屋台が広がっている公園の広場へとやって来た。


 リックから「園内には屋台があるよ」と聞いたベルは、何を食べようかと楽しみにしていた。


 貴族時代、絶対に出来なかった外での買い食い。

 幼馴染の男の子達は、市井を勉強するなどという理由付きで偶に城からお忍びで出掛け、庶民の屋台を楽しんでいた。ベルは教育係との勉強の時間だったのに。


 まだ仲が良かった頃は、お土産と言って元婚約者がりんご飴を買って来てくれたり、小さな髪飾りをくれたりもした。

 とても嬉しくって髪飾りは宝箱に入れ、そしてりんご飴はゆっくりと味わって食べようと一輪挿しのように机に飾っていた。

 だが侍女に「汚らしい」との理由で両方とも取り上げられてしまった。元婚約者からのせっかくのプレゼントだったのに。


 とても悲しかったし、辛かったが、後から従者が土産を準備し、婚約者はただベルに渡しただけだった事を知って、そんな事はすっかり忘れていた。

 

 悲しい記憶が多い故郷を思い出し、気持ちを切り替えようと空を見上げれば、上空には黒い雲が広がっていた。


「何だか雲行きが怪しいですね」

「うん、一雨来そうだな。ベル、お昼を食べたら送っていくよ」


 ベルが屋台を楽しみにしていた事を知っているリックは、すぐに帰ろうとは言わなかった。

 ベルもその優しさについつい甘えてしまう。


 せっかくの屋台だ。どうせなら目一杯楽しみたい。


「国民の休日や夏祭りの期間は大道芸が来たり、屋台ももっとたくさん並ぶんだ」


 リックからの情報を聞き、夏祭りにもまた来たいと思ってしまう。

 まだ雨は大丈夫そうだし、もう少し楽しんでも良いよねと、自分で自分を甘やかしたい気持ちもあった。

 それにこの世界には詳しい天気予報はないので、なんとなく大丈夫そう、という理由で油断もしていた。


 なにより冒険者に憧れていたベルは、『外で食事をしてみたい!』 と、小さな野望もあった。


 冒険者といえばやっぱり串焼きかしらと、肉の香りに誘われるようにリックを引っ張り、鉄くしにさして焼いた肉を購入する。ちょっとだけ前世のバーベキューを思い出す。


「ベル、こんな大きな肉を噛み切れるかい?」


 前回の堅パンの件があった為リックに顎の疲れを心配されたが、欲には勝てず。一人で一本丸々食べたいと、リックの分も含めて二本購入する。


 リックが支払ってくれようとしたが、自分で買ってみたいのだと断り、リックの分も含めてベルが購入した。


 串焼き肉の味は塩味のみで肉も固かったが心は満たされた。 

 自由を体感しているそんな気がした。


「リック様、とっても楽しいです。連れて来て下さってありがとうございます」


 本心でそう答えてみれば、心配そうだったリックも笑顔になった。

 硬い肉をモグモグと頑張って咀嚼し、冒険者気分を味わう。

 どうにか一つの肉を食べきり、次へ行こうとしたところでポツリと額に雫が落ちてきた。


「雨だ。ベル、本降りになる前に帰ろう。途中で辻馬車を拾ってもいい」


 屋台では串焼き肉しか買えなかったが、それでも庭園や薬草園を見て回り十分に休日を満喫できた。


 リックの案内がとても丁寧で園内にも詳しかったので、尚更楽しめた。


 流石第三騎士団の団長だけあって王都のことにはとても詳しいようだ。


 そう感心するベルだったが、実はリックがイーサンに願い出て、大公園について予習をしていたことをベルは知らない。


 そうでなければ広い大公園内を地図なしで案内できるはずもないのだが、気付くはずも無かった。

 いくら第三騎士団団長といえど記憶には限界があるのだ。滅多に来ない大公園の植物について騎士のリックが知る筈もないのだった。


「ベル、辻馬車だ、あれに乗ろう」

「はい」


 辻馬車を呼び止め、素早く乗り込む。

 思ったよりも雨の降りは早く、結構濡れてしまった。

 馬車の中でハンカチを使い身体を拭いてはみたが、まったく役に立たないことが分かる。

 リックは大丈夫かと横を見れば、水も滴る良い男が出来上がっていた。申し訳ない。


「北区の端の麦の家まで行ってくれ」

「へい」


 一緒に馬車に乗り込んだは良いが、ベルを麦の家まで送ってからリックが自宅へ帰るとなると、かなりの時間が経ち、鍛えた騎士でも風邪をひいてしまう可能性がある。


「リック様、途中で降ろしてください。私は雨にぬれても平気ですから」


 そう言ってみたのだが、絶対にダメだと言い切られてしまう。

 リックは紳士だ。女性を雨の中歩かせるなど出来ないのだろう。


(私が屋台を見たいって言ったばっかりに……)


 我儘な自分が余りにも申し訳なさ過ぎて、居た堪れない。

 なんであの時屋台で買い食いをしたいだなんて欲を出したのかと、あの時の自分を殴ってしまいたい。


 何かお詫びをしなければ。

 そう思ったベルは「リック様、宜しければ私の家でお風呂に入って温まって下さい」と提案を出した。


「えーと……今、なんか自分に都合のいい事が聞こえた気がしたんだけど……ベル、何か言ったかな?」


 リックが不自然な笑顔のまま固まる。

 どうやら強くなってきた雨のせいでベルの言葉がハッキリと聞こえなかったらしい。

 いや、もしかしたら、庶民の風呂というのは桶に入って行う水浴びだと勘違いをされているのかもしれない。


 リックは侯爵家の子息だ。庶民の家にある風呂がどんなものか知らない可能性もある。それにベルの家の風呂は特注だ。その事をリックが知る筈もない。


 突然の雨で冷静さを失っているベルは、リックに迷惑をかけてしまった事で尚更焦っていた。

 なので自分が何を言っているか深くは考えられないでいた。


「私の店には小さいですけれどきちんとしたお風呂があります。私の家で湯船につかって温まって頂ければ風邪も引かないと思います。もし雨が酷くなるようでしたら泊って行って下さっても構いません。それと少し早いですが夕飯も召し上がって行って下さい。今日はハンバーガーにしようと思っていたんです。きっとリック様も気に入って下さると思います。自慢の一品が出来たんですよ」


 ベルが風呂の説明を加えたが、リックは不自然な笑顔でまだ固まっている。何故だろう。


(もしかしてリック様はこの後何か用事があって早く帰らなければならないのかしら? それとも庶民の家になど入れない? いいえ、リック様はそんな方ではないわ)


 そんな事を考えながらベルは首を傾げた。

 リックは今日用事があるなど言っていなかったし、庶民を嫌っている様子も勿論なかった。そもそも庶民嫌いならばベルの店になど来るはずがない。


 どうしたものかと困惑していると、リックが赤い顔をして口をパクパクさせた後、ぼそりと小さく呟いた。


「いや……その……ベルの気持ちは有難いが……女性の一人暮らしの家で……風呂は……」


 リックの呟きを聞きベルはやっと理解する。


 貴族社会、未婚の男女が一緒の部屋に入れば、そういう関係だと思われても仕方がない。

 なのにそんな考えを持つリックに対し、一人暮らしだと思われている自宅に誘い、その上風呂まで進めているのだ。ベルがやる気満々だと思われても仕方がない。

 一気に頬が熱くなるのを感じながらベルは違いますと首を振る。


「リック様、そ、そ、そういう意味ではなくってですね、いえ、そう言う意味っていうのもどう言う意味かってことですけど、いえ、そうじゃなくって、やだ違う、何を言っているんでしょう。えーと……ですからね、そう! 私、リック様に言われて商業ギルドへ雇用願いを出したんです。それで、ですね、私の店には新人の二人が、ミアという女の子と、ルカという男の子と、その弟のレオが入ってくれました。ですので、決して、決して、邪な気持ちがあってお誘いしているわけではなくってですね。雨に濡れたら風邪をひいてしまうから、リック様に」

「ベル、ベル、大丈夫、落ち着いて。俺ならわかっているから、うん、大丈夫だよ。勘違いはしないから」


 半分涙目になりながらリックを見上げて見れば、リックはクックックと笑いだし、口元を押さえているのだが耳が赤い。本当は大丈夫じゃないのだろう、照れているのが分かる。


 そう言えばリックはミアには会った事はあるはず。だが住み込みで働いている事は伝えていない。

 ルカの方はまずは料理になれるためにと一日の殆どが厨房だし、レオはそんなルカの手伝いをしているのでリックとは顔を合わせていない。


 朝の混雑時間に来るリックとは挨拶程度の会話しかベルはしていない。なので「一人暮らしではない」という重要な話が抜けていたことに今更気づき恥ずかしくなる。


 まるで痴女のような振る舞いをしてしまった自分を恥じる。

 お風呂に食事、その上宿泊と、あっちのお誘いのオンパレードだ。


 何度も何度もリックをあちらに誘った形になってしまい。恥ずかし過ぎて死にそうだった。


(もう! 穴があったら入りたいわ)


 今のベルは正に、その言葉がピッタリの心境だった。


「あー、ベル。その、お言葉に甘えて風呂を借りても良いだろうか。それと食事も、ハンバーガーだったかな? 君の作るパンはどれも美味しいからとっても楽しみだよ。ありがとう」

「……はい、召し上がっていって下さい」


 自分から誘っておいてなんだが、リックの顔を見て返事をすることが出来なかった。

 勿論リックも、お誘いの返事を返すのにあらぬ方向を見つめていた。


「お熱いこって……」


 辻馬車の御者のそんな言葉は二人には届かない。


 ただし照れ合う二人を乗せた馬車は、雨の中少しだけゆっくりと進む。


 大人な御者は甘い空気を醸し出す二人の様子を見て、馬車の旅を楽しませたのだった。

遅くなりました。

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