サンドイッチとその中身
新しく雇用されるミアのお話です。軽いざまあ話ですね。
食堂の娘であるミアは、姉の結婚が決まって就職先を探していた。
父や母はそのまま自分達の店を手伝うことをミアに望んでいたが、ただ働きでこき使われるのはもううんざりだった。
その上両親の店はあの姉が継ぐのだ。
ミアを使用人のように扱う両親に跡継ぎだからとお姫様のように大事にされ続けたミアの姉。
父は料理だけは姉に教えたが、必要ないといって洗い物や掃除などは絶対にやらせなかった。
大事な店の跡継ぎだからと可愛い洋服を着せては姉と父の二人、高級飲食店へと食事へ行く事はよくあった。
母は自分似の姉を着飾っては可愛がり、父方の祖母に似たミアをあからさまに差別した。
洋服はいつも姉のお古で新しい物を買ってもらった記憶などミアには一度もない。
貴女は本当に不細工ねと、家事を担い日に焼けて出来たそばかすや、料理の手伝い中に負った火傷を見てはそんな事を母は呟く。
早く家を出たい。
そんな決意は幼いころから固まっていた。
それが決定的になったのは、姉が選んだ結婚相手が自分の好きな人だった事。
彼は数人いる店の料理人の一人だった。
父は店を継ぐ姉の為に店を任せられる職人を育てていた。ミアには碌に料理も教えないのに。
彼はそれほど料理の腕があった訳ではないけれど、家族に可愛がられていないミアにも優しかった。
「ミアはいつも一生懸命でかわいいね」
恋に落ちるのは簡単だった。
二人で買い物に出かけるなどのちょっとしたデートも経験し、この人ならば一緒にやっていけるかもしれないとそう思った。
姉の結婚が決まったら第二店舗という名で独立させて貰おう。彼とだったらきっと上手くいく。
彼とならば父も反対しないだろうし、ミアも料理人になるならば父も喜ぶだろう。
ミアを好まない母だってミアが進んで家を出ればきっと満足する。顔を見なくて済むのだから。
そんな淡い夢を抱いていたある日、姉がその彼と結婚すると父に報告した。
「父さん、彼とならきっとこの店をもっと大きくできると思うの」
姉の嬉しそうな様子に、父や母が結婚を反対するはずがなかった。
誰にでも愛想のよい彼は家族からも好かれていた。
料理の腕はいまいちだけど、姉が料理をし、彼が他を補えばきっと上手くいく。
ミア以外の家族はそう思ったようだ。
彼が優しかったのはミアにだけでは無かった。
彼が向ける穏やかな笑みはミアだけのものではなかった。
当然、跡継ぎである姉にも優しかったのだ。
姉はきっとミアが彼を好きだから相手に選んだのだ。
料理の腕ではなく、ミアの恋心を弄ぶために彼に決めたのだ。
勝ち誇ったような笑顔を浮かべる姉の姿が忘れられない。
またその顔が少しだけ自分に似ていて嫌になる。
少し困ったような表情で、ミアには勘違いさせちゃってたかなと言った、イケメンぶったあの男にも腹が立つ。
地獄へ落ちろ、皆いなくなれ。
もう無理だ。
この家には居たくない。
ミアはその足ですぐさま商業ギルドへ向かい、就職先を探してくれるよう手続きをした。
「女の料理人は受け入れてもらえないぞ」
報告をした父からそんな心無い言葉が帰って来た。
そのうえ外聞があるから女性料理人の店にしろとそんなことを言う。
「この子の見た目じゃキッチン以外は無理でしょう。レストランメイドなんて受かりっこないわ」
母が呆れた様子でそんな事を言う。
そんな母の姿を姉はまるで自分が褒められたかのように誇らしげな様子で見ていた。
「どこにも受からなくっても私の店で面倒見て上げるから大丈夫よ」
父や母に優しい子ねと褒められるためか、姉が心にも思っていないことを口にする。
いや、一生こき使える奴隷を手に入れたい宣言なのかもしれない。絶対に嫌だ。
だけど、本当に就職先が見つからなかったらどうしよう。
最低限の読み書きや計算ができることがミアの強みだが、料理の腕は姉には敵わない。母に似ていない顔は不美人だと自分でも思う。
そんな不安にさいなまれていたが、ミアの就職先は意外にあっさりと見つかった。
「ご紹介するお店はパン屋で【麦の家】という名の、最近王都で話題になっているお店なのですがご存じですか?」
「知ってます!」
父と姉が美味しかったと、食べたパンを自慢していたので【麦の家】の事は知っていた。
女性店主だとも聞いていたので父はしぶしぶ折れた。
母や姉はどうせ長続きしないと笑っていたが、この家よりはましだとミアは心の中で言い返した。
ミアにはもう迷いはなかった。
直ぐに出て行こう。
採用の連絡がきてすぐに部屋の荷物をまとめ、次の日には家を出ていた。
そしてドキドキしながら『臨時休業』と書かれたパン屋【麦の家】の扉を叩く。
「はーい」と女性の声が聞こえ、ドキドキしながら戸が開くのを待つ。
するとこの世のものとは思えない、姉なんかその辺の石ころにしか見えないほどの美しい女性が笑顔で出て来た。
「ミアさんね、お待ちしておりましたわ。さあ、どうぞ、入ってください。先に少しだけお話をしたいのだけど宜しいかしら」
驚き過ぎて返事が出来たか分からないまま、店の奥にある部屋へと案内される。
ここは従業員の休憩室に使う予定なのよと笑いながら、立派なソファーへと座らされますます緊張する。
店主自らお茶を入れてくれ、クリームパンという名のパンの余った卵白で作ったというシガレットクッキーというものを振る舞われた。
どう見ても高級な食器を使っているため、恐る恐る口をつければお茶もお菓子も美味し過ぎて驚いた。
思わず「美味しい」と溢せば、女神の様な美女に良かったわと微笑まれ、同性なのに照れてしまう。
ある程度ミアがクッキーを食べるのを見守っていたその美女は「実は当初の予定と変わりまして……」と困ったように口を開いた。
もしかして雇ってもらえなくなった?
私を見て嫌になった?
一瞬そんな不安が過ったが、美女の話はミアの他に雇った兄弟の話になった。
弟が病気で兄が仕事をクビになり、就職先に困っていたという話を聞けば、ミアは同情したし。
兄がなけなしのお金を使いどうにか安宿に泊めてもらって弟を守っていたと聞けば、自分の姉との違いに羨ましくなった。
そして実際にその兄弟と顔を合わせてみれば、二人共とても良い人で安心できた。
「ミアおねえちゃん、僕レオ、よろしくねー」
そんな風にレオに声をかけられれば可愛くって胸がキュンッとなって一瞬で虜となり、姉の結婚相手の事など忘れてしまった。
「俺はルカ。まだパン作りは半人前だけど頑張るからよろしくね」
弟を優し気に見つめるルカに、少しだけ男性不信になっていたミアの心を和まされた。
全世界の男があの男と同じはずがないもんね。
美女とミアをあからさまに差別しないルカを見て、ミアは仲良くやれそうだと思った。
「今日はミアおねえちゃんの歓迎会とー、僕達の歓迎会をするんだよー」
レオが嬉しそうにそんな話をしてくれた。
レオは咳が止まらない病気だと聞いたけれど、細い体と年齢よりも少しだけ小さいなと感じる以外、悪いところはないように見えた。
きっと安心して暮らせる場所を手に入れて心と体がホッとしたんだろうね。
辛い思いを沢山してきたミアは、レオの大変さがよく分かった。
姉が熱を出せば両親はとても心配したが、ミアの時は余計なものをもらってきてと部屋に閉じ込めて看病などしてくれなかった。
だからルカを尊敬するし、のびのびとしているレオを見て本当に良かったとそう思えた。
レオに手を引かれミアの部屋へと案内された。
ピンクをメインに白や赤で統一されたその部屋はとても可愛くって、「ベルお姉ちゃんが一生懸命用意してくれてたんだよー」と聞いて尚更嬉しくなった。
そしてクローゼットを開けると、そこにはブラウンの店の制服に白いエプロンが三着。それからなぜか薄緑色の可愛らしいワンピースと、水色の奇麗なワンピースまで用意されていた。
手に取ると上質なものだと分かる。女神の私物かと思って振り向く。
「既製品を買ってみたのだけど、少しきつい部分があって……私のおさがりで申し訳ないけれどミアに着てもらえたらって思ったの」
そう言われ驚いた。
どこがきついかなんてベルさんの体を見れば聞かなくっても分かった。
残念ながらどう見てもミアにきつい部分はない。
それどころかサイズがぴったりに感じて驚いてしまう。
誰かのおさがりでこんなに嬉しかったことは無かった。
姉のおさがりとは雲泥の差だ。
こみあげてくるものをどうにか抑える。
せっかくの歓迎会。涙で困らせたくはなかった。
「それを着てまずはミアのご実家にご挨拶に行きましょうか。娘さんをしっかり預からせていただきますって私が宣言しますからね。歓迎会は帰った後よ」
フフフと笑う女神の笑顔がとても眩しい。
こんな姉なら周りに比べられたって平気だっただろう。
茶色の瞳のミアには薄緑色のワンピースが良く似合った。
皆に可愛い、よく似合っていると言われれば、いつも気になるそばかすがチャームポイントに見えて嬉しくなった。
「髪も結いましょうね」
女神が自らミアの髪を結ってくれる。
裕福な家のお嬢様のような気分になり、鏡を見れば自分が自分じゃないように感じた。
「火傷にはこの薬が効くのよ」
そう言って女神がミアの火傷にトロッとした薬を塗ると、たちまち火傷が消えて驚いた。魔法みたいだ。
少しお化粧も施され、いい香りのする何かを付けてもらい夢心地になった。
「レオは私を、ルカはミアをエスコートして頂戴ね」
呼ばれて来た辻馬車にエスコートされ乗せられる。
ルカのエスコートはどこかぎこちなくって、ミアを女の子だと意識しているのが分かって少し恥ずかしかった。
そして実家に着き、家族の前に姿を見せると、ミアを見て驚いているのが分かった。
ミア自身が自分じゃない様で驚いているのだ、ミアを馬鹿にしていた家族はもっと驚いただろう。
姉が顔を歪め、結婚相手が物欲しそうにミアを見つめていて、ざまあみろと思ってしまう。
そしてミアの後に続く女神を見て、家族はもっと驚き、腰を抜かしそうになっていた。
それもそうだろう、お姫様のような女神な女性がこんな平凡な店にやって来たのだ。
家族全員姉の婚約者も含め、声も出なくなっている姿が面白かった。
「ミアさんの事は私が大切にいたしますわ。安心してくださいませね」
まるでプロポーズのような言葉にミアは嬉しくなる。
驚き過ぎた家族は女神御一行にお茶も出さなかったが、帰りやすくて丁度良かった。
「さあ、帰ったら皆で食事をしましょう。歓迎会よ。美味しいサンドイッチをたくさーん作って食べましょうね」
ベルの言葉にルカとレオと共に笑顔で返事をする。
こんな素敵な日は生まれて初めてだった。
「ミア、今日は一緒にお風呂に入りましょうか?」
「ふぇぇ?」
「私ね、妹が出来たら一緒に寝てみたり一緒にお風呂に入ったり一緒に遊びたかったのよ。弟はルカとレオ、二人も出来たでしょう。二人とは先に一緒に過ごしたのだもの、今日は妹と一緒に夜まで過ごしたいわ。ねえ、良いでしょうミア、一緒にお風呂に入りましょうよ」
「ふはぁい」
とびっきりのプロポーションをもつ、新しく出来た姉のお願いをお断りする勇気はミアには無い。
それに一緒にお風呂に入る。そんな誘惑、楽しみ過ぎて乗るしかなかった。
ざまーみろっ!
私は最高に幸せだぞ!
実家の家族に向けて心の中でそう思ったミアだった。