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【完結】パン屋『麦の家』~女主人ベルの秘密と美味しい話~  作者: 夢子
エピローグ②

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麦の家とドーナッツ【コニー】

最終話

「みんな、おはよう」


 今日は麦の家への出勤日。

 いつものようにベルが厨房へ向かうと、従業員皆の視線が一斉にベルに集まった。


 何か有ったのかとミアに視線を向ければ 「おはようございます」 とちょっとだけ引きつった笑顔で答えられる。


 ルカに視線を送れば「おはようございます」と挨拶の後にちょっとだけ視線が泳いだ。

 いつものルカらしくない態度に疑問が湧く。

 

「ベルおねえちゃん、おはよう」


 レオだけは通常運転。

 いつも通りの良い笑顔だ。


 どうやら大人組にだけ何か有ったらしい。

 いや、一人だけは違う。


 新人のエディに視線を送れば、黙々と作業に没頭している。


 ミアとルカに何か有ったのだろうか?

 喧嘩でもしたのだろうか?

 でもそれとは雰囲気が違う気がする。


 もしかして遂に皆がエディの親父ギャグに気が付いた?

 それも耳を塞ぎたくなるような酷いギャグでも聞かされたのだろうか?


 そんな疑問を抱えているベルの前、ビルとジョージが近づいてきて「ベルおねえちゃん、ごめんなさい」と頭を下げた。


「あの、一体、何があったの?」


 ベルが問いかけるとビルとジョージは顔を見合わせ困った表情を浮かべる。


 詳しく話を聞いてみれば、孤児院の仲間である一人の少女が麦の家について来たらしく、ベルに会いたいとそう言っているようだ。


「俺たちダメだって言ったんだ、ベルお姉ちゃんの迷惑になるからって」


「そうなんだよ、だけどどうしてもベルお姉ちゃんに会いたいって、ここで働きたいって言うんだ」


 ビルどジョージより年上のその少女は、以前からベルの店で働きたいと言っていたらしい。


 けれど少女は既に別の場所で働いており、15歳になったため間も無く孤児院も出るそうだ。

 職場には寮もあり、待遇もさほど悪くは無い。

 なのに麦の家に来たい働きたいという少女の言葉は、ビルとジョージにはただの我儘に映ったようだった。


「こーゆーの、ダメだって院長先生も言ってたんだ」

「今働いてるとこにも迷惑かけるし、俺たちが頼んだらベルお姉ちゃんだって断れないって」


「でもコニーのヤツ、全然話聞かなくって」

「今日だって今の仕事休んで俺たちについて来たんだぜ」


 鼻息荒く怒り続けるビルとジョージ。


 コニーという少女は二人と同じぐらいの年齢から見習いとして今の職場で働いていたらしい。

 そして成人し、やっと一人前になった。


 せっかく育てた従業員が一人前になった途端に辞めてしまうのは、やはり今の職場の人たちにも印象が悪い。


 問題になれば今後孤児院からの子供をその職場はとる気がなくなる。

 ただでさえ少ない就職先の一つを無くしてしまう可能性もある。


 なので孤児院長先生の気持ちも、ビルとジョージの気持ちも分かる。


 だけど麦の家で働きたいと言っている少女を、ベルは無下には出来なかった。


「ビル、ジョージ、心配してくれてありがとう。取り敢えずコニーさんの話を聞いてみるわね。本人にやる気があるのなら麦の家で雇っても良いし」


「ベルお姉ちゃん?」

「いいの?」


 ビルとジョージの目が丸くなる。

 流石に断られる、そう思っていたようだ。


「もちろん、本人が本当にやる気があるならよ。ただ今の職場が嫌だからとか、そういう理由ならお断りするわ」


「うん」

「ありがとう」


 やっぱり一緒に孤児院で育って来た友達だからか、ベルが会うと言えばビルもジョージも嬉しそうな顔になる。


 それに正直、麦の家はこれから店舗を増やしていく予定なのでヤル気のある従業員はとても助かる。


 もし雇う事になったら今の職場にはベルが頭を下げに行けばいい。

 金銭を要求されたとしても、ベルには支払うだけの貯えもある。

 夢に向かう少女を応援したい気持ちは強い。


 そんなことを思いながら応接室の扉を開けると、コニーと思われる少女が床に額をつけ頭を下げて待っていた。

 土下座だ。


「お願いします! あたしを雇って下さい!」


 ベルの顔を見ることなく、土下座したままコニーはそう叫ぶ。


「あたし、ずっとずっと麦の家のパンが好きだったんです。でももう就職先は決まっていたし、食べられるだけで我慢しようってそう思っていたんです! でもビルとジョージが麦の家で働くことになって、あたし、あたし、羨ましくって、我慢出来なくなって……それにこの前もらったドオナーツを知ったら、いてもたってもいられなくなって」

「まって、コニーさん、待って頂戴、とにかく話を聞くからソファに座ってちょうだい」


 矢継早に話し出したコニーを止め、ベルはソファへと座ってもらおうとする。

 だがコニーは土下座のまま首を横に振ると「お願いします」とまたベルに願いだした。


 どうやらコニーの思いは本物らしい。

 孤児院で育っているのだ、コニーだって今の職場と孤児院の事情は分かっているのだろう。


 ベルはコニーの側に行き、そっと肩に触れた。

 ビクリッと肩を揺らしたコニーに「大丈夫よ」と声を掛け、優しく体を起こしてあげる。

 

 顔を上げたコニーは涙を我慢している酷い顔だった。

 ベルがハンカチで目元を触るとポロポロと涙が落ちる。


 そんなコニーをなだめながらソファに促し、温かいお茶を入れてあげる。


 鼻をすすりながら泣くコニーの横へ座り、ベルは背中を撫でてあげる。


 成人したと言ってもまだ十五歳の少女だ。


 やりたい事が見つかったけれど、孤児院の為に我慢し諦めようとした。


 それでもどうしても諦めきれず、何とか夢を掴もうとした。


 過去の自分とコニーのその姿が重なり、胸が痛くてベルまで涙が出そうだった。




「す、すみません、あたし、泣いてしまって……」


 涙が落ち着いてきたコニーが、お茶に手を伸ばしグイッと飲み切った。

 そのカップにベルはまたお茶を足す。

 あれだけ涙を流したのだ。水分は十分に摂った方が良いだろう。


「コニー、何故麦の家で働きたいか教えてくれる? 今の職場だって嫌な訳ではないのでしょう?」


 コニーはこくりと頷く。


 今現在お針子見習いとして孤児院から服飾店に通いで働きに出ているそうだ。

 10歳のころからお世話になっている職場は特に可もなく不可もなく。

 仕事はきつい時もあるけれど、孤児だからと言って冷遇されるわけではなく、他の見習いと同等の扱いをして貰えているそうだ。


 給金だって特別良いわけではないけれど、見習いとしては妥当な金額を貰えている。

 それもこれまで孤児院出身の先輩たちがお針子の仕事を真面目に頑張って来たから。


 それともう一つ、孤児院長先生が元貴族の先生に変わった事も大きいらしい。

 どんな店だって貴族との繋がりは大事にする。


 だからこそコニーは悩んだ。

 店にも先輩たちにも孤児院の先生にも迷惑がかかる。

 それが分かっていたから一度は夢を諦めようとした。


 でもそれが出来なかった……


「だけど、あたしは、どうしてもここで働きたいんです。麦の家のパンを初めて食べた時、あたしはとっても嬉しくなったんです。母さんや父さんが死んでしまって孤児院に入ることになって、辛くて、悲しくて、でも働かなくちゃって、無理に頑張ってた時に、ここのパンを食べて元気をもらって……可愛いものが好きだからお針子になったけど、ここのクッキーやドオナーツを知って、あたしが作りたいのはこれだって思って……あたしだけじゃなく、みんなを幸せにする、そんな麦の家のパンをあたしも作りたい。だから、だから、お願いです。あたしをここで働かせてください!」


 皆を幸せにする、麦の家のパン。


 コニーの言葉は、ベルの心に幸せをくれる。

 

 セルリアン王国からこの国に逃げてきて、ベルは幸せになろうとそう誓った。


 以前から好きだったパン作りを仕事にし、少しでも周りに美味しいと言って貰い、皆を笑顔にして幸せを贈れればとそう思っていたが、どうやらベルはその夢を知らぬ間に実現出来ていたらしい。


(ああ、私、もう本当に悪役令嬢じゃないのね……人を幸せに出来る、そんな女性になれたのね……)


 グッとくるものを堪え、ベルはコニーに笑顔を向ける。

 喉の奥も詰まって、目頭も熱くなってきたが、泣きたくはない。

 嬉しいことがあったからこそ、笑顔でいたかった。


「コニー、始めはビルとジョージと同じで見習いになるわ、それでも大丈夫?」


「は、はい、勿論です!」


「それに麦の家は朝が早いわよ。冬の寒い日でも早起きが必要になるけど、頑張れるかしら?」


「はい、寒いのなんてへっちゃらです!」


「文字を覚えたり、計算も覚えないといけないわよ。勉強を頑張れる?」


「はい、文字は孤児院の先生に教わって少しは書けます。計算は苦手だけど、頑張って覚えます。ビルやジョージにも負けません!」


 絶対に麦の家で働いてやると気合の入るコニーは、ベルがどんな条件を出しても頑張るとそう答える。


 こんなにも麦の家を愛してくれている子を断るだなんて、そんな無情なことベルには出来ない。


 それにこれだけヤル気がある子を追い出すなんて出来るはずがない。


 ベルはコニーと話しながら、雇用しようとそう決意した。



「そうね、コニーにここで働いてもらうとしたら、先ずは院長先生を二人で説得しなければならないわ」

「えっ、いいんですか?」


「勿論よ、二人で院長先生を説得しましょうね」

「は、はい!」


 ベルとコニーは気合を入れていたが、孤児院の院長先生は説得がいらないほど雇用にはあっさりしたもので、ベルが良いのならと麦の家で働くことを許してくれた。


 ならばその勢いで今の職場に許しを乞おう。

 そう思ってまた気合を入れて出向いたのだが、お針子を多く雇っている服飾店の店長は、どうぞどうぞとコニーの転職を許してくれた。

 少しだけ悪い顔色で……


 もしかしたらなのだが 「心配だから俺もついて行く」 と言って、特級冒険者であるザックがベルと一緒に服飾店について来てくれたことも、説得の一因になったのかもしれない。


 それと 「商業ギルドには私から話しておこう」 と、ロナルドがそれと無く服飾店に商業ギルド経由で話を付けてくれたことも、大きな要因だったのかもしれない。


「さあ、みんな、間もなく麦の家第二店舗もオープンよ、力を合わせて頑張りましょうね」


「「「はい!!」」」


 ビリジアン王国には赤毛で美人なオーナーが営むパン屋 【麦の家】 がある。


 麦の家のパンはとても柔らかく、その美味しさから人々を笑顔にし、幸せを運んでくるパンだとそう言われている。


 麦の家に行けばいつだって幸せになれる。


 そんな噂とパンの美味しさで人々を魅了した麦の家は、ビリジアン王国に次々と支店を作って行く。


 そしていつしかビリジアン王国と言えば【麦の家】だよね、と言われるようになるのだが


 それはまだ、ずっと先の話なのだった。



~ おわり ~ 


こんばんは、夢子です。

これにて麦の家の完結です。

応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

皆様の応援があったからこそ、最後まで書くことが出来ました。

また多くの方に読んで頂き、感謝しか有りません。

ブクマ、コメント、いいね、誤字脱字報告など、読者の皆さまとの触れ合いがとても嬉しく、そしてヤル気を頂く源になりました。

拙い文章で読みづらい部分も多々あったと思います。それでも多くの方が麦の家を気に入って下さったことで読者様の優しさを感じることが出来ました。

これからもまた新作を書き続けると思いますが、目を運んでいただければ有難いです。

また私も皆さまの目に留まるような作品を書いて行きたいと思っております。

ここまでお付き合いありがとうございました。

夢子

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