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麦の家とドーナッツ【エディ】

「初めまして、レストラン【ブオノ・ビジリエ】で働いておりましたエディと申します。本日より麦の家で働かせていただきます。皆様、どうぞよろしくお願い致します」


「ビルです。今日から見習い始めます。どうぞよろしくお願いします!」

「ジョージです。俺も見習いから始めます。よろしくお願いします!」


 麦の家のある日の休日。

 新店舗の開店も近づき、今日は新しく麦の家の従業員となるメンバーと現従業員との顔合わせの日となった。


 少し緊張気味のミア、ルカ、レオ。

 そして元気いっぱいのビルとジョージ。


 その中で一人だけ落ち着きを払っているのが、有名レストランで働いていたエディだ。

 面接の際も貴族令嬢であるベルに臆することなく質問を投げかけて来た。


「麦の家のパンはどなたが生み出したのですか?」


 麦の家のパンに惚れたのだと豪語するエディは、料理の腕前を見せてもらう試験で、他のライバルたちよりも頭一つ抜け出すパンを作り上げ、ベルを感嘆させた。


 ベルが手本を示した麦の家の食パン作りでは、全く同じものと言えるレベルのものをすぐに作り出し、デニッシュパン作りではベルよりもよっぽど芸術性の高いものを作り上げたのだ。


「粉も準備され、ほぼ形成のみの作業なので料理人として当然です」


 真面目顔でそう答えたエディに、ベルも新店舗の店長は彼しかいないとそう考えた。


 流石王都の有名店のシェフだったというだけのことはある。

 本当に良く麦の家に転職しようと思ったものだと、苦笑いが浮かんだベルだった。




「では、キッチンに行って皆で何かを作ってみましょうか」


 仲良くなるにはまず共同作業だろうと、ベルは皆をキッチンへと誘う。

 麦の家のキッチンは他のパン屋よりは広いと言えど、これだけの人数が一か所に集まればいつもよりとっても狭く感じた。


「きっちんと片付けられたキッチンですね」


 フフフと小さく笑いながらエディがそんな事を呟く。


 褒められて嬉しいベルは有難うと答えたが、何となく嫌な予感を感じて心のふたを閉じる。


 まだ直感でしかない。

 疑ってはいけない。


 そんな疑惑に蓋をしておく。


「今日は皆の歓迎会も兼ねてお祝いをする予定なので、色々な種類のドーナッツを作りましょうか」


 そう提案すればドーナッツを知っているミア、ルカ、レオは「はい」と素直に答える。

 ドーナッツをしらない他の三人は、ドーナッツとは何だろうと興味津々な様子だ。


「では、ミアはビルと、ルカはジョージと、そしてレオと私はエディと一緒に作業しましょうか。各自自由に考えて好きなドーナッツを作るのはどう? きっと食べるのも見るのも楽しいと思うわ」


 皆がわあと歓声を上げ、楽しみだと答えてくれる。


 そんな中、ベルが蓋をしたはずの扉を開ける呟きが聞こえる。


「ドーナッツとは、どーなつてるの?」


 横に来てそんな言葉を小声で呟きクスクスと笑うエディを見て、嫌な予感が当たってしまったとベルは額に手を当てる。


 どうやらエディは独特の個性の持ち主らしい。


 いやハッキリ言えば、親父ギャグが好きな男性のようだ。


 この世界に親父ギャグなるものがあるかは分からないが、ぼそぼそと呟くエディに何と言っていいか分からなくなる。

 他の皆は気付いていない様だが、ここは笑うべきなのだろうか。


 今のところ自分で言った言葉に自分一人で楽しんでいるようなのでなんの問題もない。

 今後周りに笑いを強要するようならば、雇用を考え直さなければならなくなるだろう。


 そんなパンとは関係ない事を考えながら、皆とのドーナッツの生地作りは進んでいった。


「じゃあ、揚げるグループはどんどんドーナッツを揚げていって、蒸しドーナッツを作る人はこちらに、飾りつけは最後に皆で行いましょう。皆の形成スキルも見せてもらいたいから頑張ってね」


「「「はい」」」


 良い返事が返って来たところで、次の作業を始める。


 火を使い出したから、エディの軽口(親父ギャグ)は出てこない。


 ジッとドーナッツを見つめ真剣な顔をしているエディは、おやじギャグを言うような人物には全く思えない。


「ベルおねえちゃん、僕は何すればいーい?」


 形成を終え手が空いたレオが、ベルにそう声を掛ける。

 働き者のレオは、少しの時間でも休もうとは思わない。

 ちょっとでもパン作りが上達したいと、普段からこうやって声を掛けては色々な手伝いをしてくれる。


「じゃあ、レオはもうデコレーションに入りましょうか」


「うん、やってみたい」


 ルカとよく似て手先が器用なレオは、幼いながらも上手にデコレーションを始めた。


 ここまで麦の家で色々と鍛えられてきたスキルがあるからといえるが、初めてのデコレーションでこれ程上手に仕上げられるのはやっぱり元から器用だからだろう。


「レオのドーナッツ美味そうだな」

「白とかピンクとか色んな色があるけど、ベル姉ちゃん、これって何?」


 ビルとジョージも手が空いたのか、レオの手元を覗き込む。

 ベルは二人に笑顔を見せて、答えを教える。


「ウフフ、これはチョコレートよ。ビルとジョージも以前食べたことがあると思うわ」


「おお、あれか!チョコって色んな色があるんだな」

「甘くって美味しいやつだ、良い匂いするもんな」


 チョコと聞いて、揚げ物を担当しているエディの視線がベルの手元に向かう。


 まだビリジアン王国内でも珍しいチョコレートだが、麦の家ではビスク商会のお陰もあってほぼ使い放題だ。


 色付きのチョコレートも教えたところ、ダニエルには拝まれてしまった。


 ザックからも 「ベルさんスゲー、チョコもカカオからの手作りか」 と尊敬と呆れたような言葉まで貰ってしまった。


 食いしん坊は前世からの引継ぎだと理解している。

 そうでなければもっと重要なことを覚えていたはずだろう。

 残念ながらベルの記憶は食べ物中心だった。


「チョコをちょこっとちょうだい」


 味見をしたいのか、エディがレオにそんな願いを乞う。

 喋る言葉一つ一つが親父ギャグに聞こえてしまうが、もしかしたらエディに深い意図はなく、ベルの気持ちの問題なのかもしれない。


「はい、エディさん、どーぞ」


「ーーっ!!」


 レオからスプーンでコーティング用のチョコを一口貰い、口に入れたエディはフルりと震える。


「くっ、チョコだけにもうちょこっと食べたくなる味だ」


「えへへ、でしょう!」


 感想の意味は分からないが、どうやらかなり美味しかったらしい。

 有名店とはいえブオノ・ビジリエではまだチョコを取り扱っていなかったのかもしれない。


 ただしベルの気になるところは、そこではなく。

 何で誰もエディの言葉を気にしないのだろう、という事だった。



「さあ、蒸しドーナッツも、定番のドーナッツも、デコレーションドーナッツも出来上がった事だし、居住区へ行って皆で食べましょうか」


 簡単に片づけも済ませ、居住区のリビングへと皆で向かう。


 ビルとジョージは初めて入る居住区に、ワクワク顔が隠しきれていない。


 第二店舗にも居住区はあり、ビルとジョージは成人したらそこに住む予定である。


 なので今から楽しみなのだろう。

 自分達が住む場所が気になる。

 それは当然のことだった。


 食事がドーナッツだけだと味気ないので、ベルは前以って準備していたサラダとフルーツを冷蔵魔道具から取り出す。


「小型の冷蔵魔道具もあるのですか……」


 感心した様子で冷蔵魔道具を覗き込むようエディ。


 まだ小さな店である麦の家に冷蔵魔道具があるだけでも珍しいのに、居住区にまで冷蔵魔道具があって驚いたようだ。




「さあ、それでは、新しい麦の家のメンバーを歓迎して、乾杯」

「「「かんぱーい」」」


「俺、このチョコのかかったドーナッツ食べる」

「俺はずっと気になってたこのピンクのやつだ」


「僕は蒸しドーナッツが食べてみたい。緑のやつ、面白そう」

「俺も蒸しドーナッツ初めてなので食べてみます」


「私はドーナッツの真ん中を抜いた部分を食べます。これなら色々な味が食べられそうだから」


「私は最初にサラダを食べる、皿だ、皿、小皿を取ってくれ」


 皆がドーナッツに手を伸ばす中、エディだけはベルが作ったサラダが気になる様で一番に手を伸ばす。


 美味しい美味しいと色々な味に舌鼓を打ち、こうしたら、ああしたらと、ドーナッツについて話をする皆は、もうすっかり打ち解けたようでベルも内心ほっとする。


「オーナーはお料理もお上手なのですね」


 お世辞かも知れないが本物のシェフに褒められ、ベルは有難うとお礼を言う。


「それに私の独り言にも嫌な顔をせず対応して下さって有難うございます」


 むしゃりむしゃりと野菜を食べながらエディがそんな事を言う。


 どうやらエディの今までの言葉は、親父ギャグではなく、意識していない独り言だったらしい。


「私も独り言は良く出ますから……」


 無難にそう答えたベルの前、ニッコリ笑ったエディは 「私は天才だと言われていましたが貴女の方がよっぽど天才です」 と言ってくれた。


 ただどんな言葉を聞いても、エディの言葉はベルにはもう親父ギャグにしか聞こえなかった。


 麦の家の新しい従業員達は頼もしく、そして面白いメンバーの様だった。


新連載、『いつか結婚しよう、そう言われました。』

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良かったら目を運んで頂けると有難いです。

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