チョコフレーキーとその中身
セルリアン王国にあるオランジュ伯爵家。
現当主であるオランジュ伯爵には正妻と間に三人の子供がいる。
長男は齢40歳。
本来ならば当主の座を渡しても良い年齢なのだが、自分と比べると余りにも頼りなく、今もまだ当主代理程度止まり。オランジュ伯爵領で何もせずぼんやりと過ごす愚か者だ。
甘やかして育てたからか、向上心が全くない。
日々幸せならばそれでいい。貴族に向かない男に育ってしまった。
次に長女。
長女は欲深い女に育った。
恋愛結婚したは良いが夫とは上手く行っておらず、散財という憂さ晴らしでうっ憤を晴らしている。
それも夫との間に子が出来なかったことも原因で、妻に似てプライドが高かった娘は、出来なかったと言われるのが嫌なようで、夫に問題があったのだとあらゆるところで言いふらしているらしい。
嗜めてはみたが変わるはずもなく。
益々夫婦仲は冷めて行き、先日離婚申し立ての書類がオランジュ伯爵の元に届いた。
それも長女有責で。
相手には愛人と隠し子がいるようなのでそこを責める気ではいるが、長女の離婚は免れないだろう。
あの娘が家に帰って来ると思うとゾッとする。
不景気に落ち込むセルリアン王国。
当然オランジュ伯爵家も例外ではない。
長女にこれ以上好き勝手に動かれるわけには行かない。田舎にでも送ろうか、そんな考えでいた。
そして次男。
これは誰に似たのか女好きに育ってしまった。
最初に女に手を出したのは思春期真っただ中の頃。屋敷のメイドだった。
孕むことは無かったが、婚約者がいて傷ついた娘は死を選んだ。
その事で色々と問題になり、オランジュ伯爵家は多くの金を失った。
厳しく言い聞かせた次男は流石に学んだだろうと思っていたのだが、翌年には同級生の女子に手を出し、無理矢理その娘と婚約させることで落ち着いた。相手が爵位が低い家だったことも幸いした。
だがそれで飽き足らず次男はすぐに離婚し、次々に女関係で問題を起こし、遂には除籍し家を追い出した。
だが末子ということで妻が親離れできず、度々小遣いを渡している事をオランジュ伯爵は知っている。
いずれ人知れず処分しなければ。
そう思う程、今の次男は元貴族と思えない姿になっている。
なのでオランジュ伯爵が、自身の内密の子であるはずのアイザックに掛ける期待は大きい。
始めはただ可愛らしいメイドに手を出しただけのことだった。
嫌がる女を力づくで抱く快感をオランジュ伯爵は知っている。
これまで平民女を何人も玩具にして来た自覚はある。泣かれる度快感を感じた。
自身のそんな性癖が次男に受け継がれてしまった事も知っている。
けれど所詮平民女だ。貴族の自分が何をしようと文句が言えるはずもない。
相続の事を考え子供を作る事だけには注意していた。
なのにアイザックが生まれた。
これはメイドの罠だと、オランジュ伯爵は判断した。
そんな考えを察知したのか、メイドだった女は子を守るために孤児院にアイザックを預けた。
オランジュ伯爵がアイザックに気付くのが遅くなったのも、アイザックが小さな孤児院にいたからだ。
妻がメイドに嫌がらせをし、それが理由で亡くなって初めて子がいる事に気が付いたぐらいだ。
いつかオランジュ家の子だと名乗られ、金をせびられてはたまらないと、さっさと処分してしまおうかと、そんな考えも浮かんだが、自分の子供たちのあまりの出来の悪さに、念の為とアイザックに会いに行った際、その見た目の美しさに (これは使える) とそう考えを改めた。
「オランジュの名を名乗ることを許す。お前が頑張れば、いずれ我が家の子として認めてやってもいい」
幼いアイザックにそう話をすれば、期待のこもった瞳で見つめられ「はい」と素直に返事を返された。
孤児である自分が貴族になれるかもしれない。
幼いアイザックにもその喜びが分かり、嬉しくもあったようだ。
渋る妻には、あの見た目ならばいずれ高く売れると説得をし、納得をさせた。
アイザックには遺産をのこすつもりも、オランジュ家を継がせるつもりもない。
そうきちんと書面に残せば、まあいいだろうと妻は首を縦に振った。
「アイザック、奉公にでないか」
十歳を過ぎたアイザックにそんな話を持ちかけた。
知り合いの貴族夫人が可愛い少年好きだと聞き、妻がアイザックはどうかと進めて来たのだ。
「俺は冒険者になる予定なので」
以前とは違いつっけんどんな態度でそう言われた。
憧れの人物を見るような、熱を帯びた視線を自分に向けていたはずのアイザックは消えていた。
変わりにオランジュ伯爵を見るアイザックの視線はどこまでも冷たいものだった。
関わり合いなど持ちたくない。
お前を父などと思いたくない。
そう言われているような気がして驚いた。
まるで別人。
そう感じるほど、久しぶりにあったアイザックは変わり過ぎていたのだ。
アイザックはその後すぐに冒険者となった。
まあ、死んでもいいと思っていた子供だ。
家の役に立たないならば好きに生きろ。
そんな考えでいた。
だがアイザックが魔法を使えると知り、何故家で引き取らなかったのかと後悔した。
冒険者として頭角を現すと、子供として育てておけば良かったとそんな欲が湧いた。
「アイザックを家に戻す。妻との契約で実子としては認められないが、アイツは役に立つ。オランジュ性を名乗らせてやった恩を返させてもらおう」
アイザックをオランジュ伯爵家へ戻すため、色々と手を回した。
知り合いの商人の伝手を使い、アイザックの居場所は常に把握した。
有名冒険者になればなるほど、オランジュ伯爵家の名は上がる。
だがアイザックは自分は孤児であり親などいないと、頑なにオランジュ伯爵家の子であることを名乗ろうとはしなかった。
特級冒険者となると、冒険者ギルドに守られ、オランジュ伯爵家からの嫌がらせも功を奏さなくなってしまった。
「アイザック、結婚をしろ、良い女を紹介してやる」
甘い誘惑で誘ってみたが、アイザックからは返事が来ない。
セルリアン王国は不況の真っただ中、アイザックがオランジュ伯爵家に戻ればその金で家は潤う。
流石の妻も、もうダメとは言わなくなった。
長男、長女、次男の様子を見ていれば、家の危機だと流石に分かったようだ。
アイザックがビリジアン王国に拠点を置いたと聞き、家に戻らせるために噂を流した。
婚約者がいる女性に懸想をしている。
それが巷に広がれば流石にアイザックだってその場に残るわけには行かなくなる。
特級冒険者としての評価にもかかわる。
これで結婚の話にも乗る気になるだろう。
アイザックが幾ら特級冒険者といっても、所詮卑しい血を引く子供なのだ。
オランジュ伯爵家のコマでしかない。
もう大きな顔はさせない。
自分の立場を分からせてやる。
そう意気込んでいたのだが、ある日オランジュ伯爵家に一通の手紙が届いた。
『アイザック・オランジュはビリジアン王国のウィスタリア公爵家に養子に入り、アイザック・ウィスタリアとなった』
大国ビリジアン王国のウィスタリア公爵家からの手紙に目を疑う。
成人しているアイザックは、本人の希望で養子縁組を結ぶことが出来る。
妻との約束がなければオランジュ伯爵だって息子として処理していただろう。
「どういうことだ! アイザックは我が家のものだぞ! こんな勝手なことが許されるはずがない! ウィスタリア家に抗議の手紙を送らなければ!」
怒りが湧き、そんな言葉が出てしまう。
小国でしかないセルリアン王国の伯爵が、大国ビリジアン王国の公爵家に文句を付けるなど出来る筈はない。
だが何かしなければ腹の虫がおさまらない。
特級冒険者であるアイザックの稼ぎは、もう簡単に諦められるものではなくなっているからだ。
「先ずは陛下にお話して……いや、商業ギルドに話しを通すのが先か……それともアイザックに直接ーー」
そこまで言いかけたところで、オランジュ伯爵は首元にヒヤリと冷たい物を感じた。
短剣がオランジュ伯爵の首を狙っていて、後ろには一人の男が立っているのが分かる。
窓に映る男は覆面をしており顔は分からない。
だが自分の命を狙う暗殺者であることは理解できた。
「動くな……」
ぼそりとそう呟かれ、これまでにない程の恐怖を感じる。
身動き出来ない中ダバダバと汗が噴き出す。
「アイザックから手を引け、これは警告で有り、命令だ。お前の命はいつでも落とせる。その事を努々忘れるな……」
恐怖の中どうにか頷くと、男は去って行った。
どうやったかは分からないが、一瞬で姿を消したことで何かしらの魔法を使ったことが分る。
(……従うべきか……いや、取りあえず陛下にだけはご報告を……)
恐ろしさに震えながらも、貴族の意地で陛下に手紙を書いた。
だが翌日、その陛下がひっそりと退位したことを知り、オランジュ伯爵は恐ろしさに打ちひしがれた。
屋敷に戻ると妻が寝込んでいた。
腹を壊したそうだが、約束を守らなかった自分のせいで、微毒を盛られたのではないかと疑心暗鬼に陥る。
生き延びるために商業ギルドへ連絡をするか、そんな考えでいると、取引のある商家から一斉に断りの手紙が送られて来た。
この先オランジュ伯爵家とは取引はしない。
懇意にしていた相手からの手紙に、しっかりとそう書かれていて驚いた。
不況で仕入れも難しい中、商家に縁を切られてしまっては何を買うにも困難になる。
これまで縁故関係で安く購入できていたものが、そうはいかなくなった。
ならばアイザックに直接会って戻れと命令しよう。
そんな考えでいたところ、冒険者への不当な扱いの件でオランジュ伯爵家が訴えられることになった。
その上、オランジュ伯爵と息子や娘、それに妻のこれまでの悪事も世間にさらされ、後ろ指を指されるまでに追い詰められた。
「オランジュ伯爵家は爵位を返上するように」
守ってくれるだろうと期待した王家には、簡単に切り捨てられた。
新王となったクリスタルディにそんな理不尽な命令をされ、当然断れば問答無用で爵位を剥奪されることになった。
貴族でなくなったオランジュ伯爵はどう生きていいのか分からず、今まで通りの生活を望んだが、そんな事は到底無理だった。
結局平民となったオランジュ伯爵は、罪を償う為に鉱山へと送られた。
妻や子供たちも同じ様な道をたどったようだが、もう二度と会うことも無かった。
「私は、間違っていない……悪いのは弱い王家だ」
爵位を奪われたことも相まって、オランジュ伯爵の恨みは王家に向いた。
前王や、現王クリスタルディの名を出しては、恨みを吐き続け、遂にオランジュ伯爵は処刑される事となった。
首を落されるその瞬間まで、オランジュ伯爵は王家の悪口を言い続けた。
自分の行いなど棚に上げ、国が荒れている全ての元凶は王家にあるのだと、いつまでも言い続けていた。
それは呪いの言葉となって、セルリアン王国内を走る事となる。
王家こそが悪。
不況で苦しむ国民に、その呪いの言葉が浸透していく。
そのお陰か、クリスタルディが何をやっても、世間に認められることは無かった。
いや、元々の評価が低いクリスタルディが、誰にも相手にされなかったと言える。
根回しも気遣いも出来ないクリスタルディ。
苦言を呈する側近もおらず、頼りになる妃もいない。
なのに自分には甘く、その上正義の使者でいたがり、周りのミスや悪行には厳しく、自分を追い詰めていった。
所詮、裸の王様。
どこまでいっても愚かな王。
セルリアン王国一の愚王、クリスタルディ。
そう呼ばれるようになるのは、あっと言う間の事だった。
新作投稿始めました。
いつか結婚しよう、そう言われました。です。
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