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商業ギルドとチョコフレーキー②

「ふむ、君がグラッチ・ガロズか……」


 ウィスタリア公爵であるロナルドに名を呼ばれ、グラッチの心は高揚する。


 ビリジアン王国一の大貴族ウィスタリア公爵に後見人になって貰える。

 これまでそんなギルド職員はいただろうか。いや、いない。これはもうギルド長になるしかない。


 自分の輝かしい未来を思い浮かべ、グラッチは緩む頬が抑えられなかった。


「では、話を始めようか」


 商業ギルド長ではなく、ウィスタリア公爵の声掛けで会議が始まる。


 グラッチは慌てて席に着こうと思ったが、何故か空いている席はどこにもない。


 それと部屋を見回したことである不自然さに気が付いた。


 役人のような男と、兵士だと思われる男が二人もこの会議室にいる。


 役員選出の場に相応しくない人物が目に入ったが、ウィスタリア公爵や冒険ギルド長もいるのだからと、そんな理由にならない理由でグラッチは納得する。


 それよりも不敬にならない為にも早く席に着かなければと焦る。

 近くにいる職員に声を掛け椅子でも運んでもらわなければ、そんな考えから指示を出そうとしたところでまた名を呼ばれた。


「グラッチ・ガロズ」


「は、はい!」


 動揺からか上擦った上に大きな声が出てしまった。

 ウィスタリア公爵の前で何という失態だと、益々動揺してしまう。


 まだ自分が商業ギルド長に決まったわけではない。

 後見してもらう為には少しでも良いところを見せなければならない。

 そんな欲を抱えていたグラッチは、取り敢えずその場で頭を下げた。


「君はクランプスの偶像団という名に心当たりはあるかな?」


「は? クランプスの偶像団……? ああ、あの有名な盗賊団ですね」


 試験なのか何なのか、商業ギルドの敵ともいえる盗賊団の名が出てきたが、グラッチはすんなりと答えられた。


 何故ならばこの盗賊団とは少しばかり縁があり、存在を知っていたからだ。

 セルリアン王国の親戚筋から【荷物を運んでほしい】と頼まれたのはもう半年も前のこと。

 それもセルリアン王国からではなく、他の国のものとして運べるようにして欲しい。そう願われた。


 グラッチは商業ギルドにいる。

 その上ツテも十分にある。

 自分の名を使わずとも、物を運ぶことなど朝飯前だ。金払いの良かった案件だけに良く覚えていた。


 そんな事もあって、その荷物であるクランプスの偶像団の事は知っていた。


 ビリジアン王国に入ってきたら、優秀な騎士団にすぐに捕まるだろうと思っていたが、案の定捕まったのだろう。

 そのせいで兵士や役人もこの場にいるのかもしれない。そう考えれば先程浮かんだ疑問はすでにグラッチの中から消え失せていた。


「そうか、流石だね。セルリアン王国の盗賊団を知っているとは……商業ギルドの職員として素晴らしい心構えだね」


「いえ、そんな、当然のことですので……」


 ウィスタリア公爵に褒められれば、グラッチも悪い気はしない。

 嫉妬からか現商業ギルド長や副ギルド長の視線が痛いものに変わるがグラッチは気にしない。


 ギルド長は実力主義。

 強いものがなるべき職。

 グラッチがギルド長になれば、当然自分の椅子が消えるのだ。焦る気持ちもあるだろう。

 ギルド長と副ギルド長の見る目が変わるのも仕方がない。

 自信からかグラッチの鼻は高くなっていた。


「それで君は、何故他国から我が国に彼らを入国させたのかな? 盗賊団だと分かっていながら彼らをこの国に入国させた……それは十分に罪になる事なのだが、まさか君は知らなかったとは言わないだろうね?」


「……へっ? は、はい?」


 ウィスタリア公爵の声色が変わり、その笑顔が冷たいものに変わった。


 ピリピリとした威圧のような物が部屋いっぱいに広がり、グラッチの背や額には汗が浮かぶ。


「わ、私には、何のことだか……」


 どうにか誤魔化そうと笑顔を作って見せる。

 だがグラッチ本人にさえ、今浮かべている笑顔が引きつっている事が分かる。


 きっと目の前にいる公爵には、醜く醜いものに映っている事だろう。


 グラッチは流れる汗を止めることなく、どうにか誤魔化せないかと思考を巡らせた。


「ふむ、なんのことか分からないか……では証拠を出そう」


「えっ……?」


 ウィスタリア公爵がそう言うと、役人が書類を数枚取り出し、机の上に置いた。


 それはグラッチが荷物を運ぶ許可を出した書類であり、到底盗賊団を引き入れる代物とは分からない物だ。


(大丈夫、これだけでは私が犯人だとは分からないはずだ)


 けれど何故かウィスタリア公爵の笑みを見ると全く勝ち目がないように感じた。


 誤魔化せない。


 そう思ってしまう何かが、ウィスタリア公爵にはあるような気さえした。


「まず人事部の君が、何故荷を運ぶ部署にこの書類を出したのか、聞かせてもらえるだろうか?」


 きっとその理由もウィスタリア公爵は掴んでいるはずだ。


 けれど生き残るためには、グラッチは認めるわけには行かない。


 グラッチの頭の中は、あれ程切望していた商業ギルド長になる野望などは消え、今はどう身を護るか、その事しか考えられなくなっていた。


「それは、その、セルリアン王国の知り合いに、いえ、知り合いの商人に頼まれた、品でして……」


「ふむ、セルリアン王国から頼まれた品ね? それを何故他国を経由してこの国に運んだんだい? それでその品の中身は何だったのかな?」


「そ、それはですね……」


 どう言い訳をしていいか、グラッチは頭を悩ませる。

 何を言っても墓穴を掘る。

 そんな気がして言葉を発するのが怖かった。


「それと、人事の方だが……新人の女性職員の多くが部長職に就く君の秘書になっている様だね? 仕事もまだ知らない未熟者なのに」

「あ、いえ、それは」


 そんな事まで? そう焦ったところで、また書類が出された。


 愛人契約書。


 グラッチが手書きしたその書類を見て、ギルド長達の顔が嫌悪で歪んだ。


「君はこれまで数名の女性と愛人契約なるものを結んでいる様だね」

「いえ、そんな、ことは……」


 体中から汗という汗が噴き出す。


 ただの部長職でしかないグラッチが、多くの女性と愛人関係にある。

 その金をどうやって工面したか、それを聞かれたらマズイ。


 貴族である兄にも迷惑がかかる。

 きっと妻や子にも話が伝わる。

 そう考えると言葉が出なかった。


「君の親戚筋にセルリアン王国のオランジュ伯爵家があるね、君の母君の生家、だったかな?」

「……っ!」


 兄のことどころか、母の生家まで調べ上げられていることにグラッチは驚く。


 だが良い言い訳は浮かばない。

 思考がうまく動かない。

 不倫で身を滅ぼすなど愚かだとそう思っていたはずなのに。


 だがそんなグラッチに対し、ウィスタリア公爵は手を緩める事などしなかった。


「それから君は商業ギルドの情報を個人的に使用し、流出させていたね。商品の事だけでなく、特級冒険者であるアイザック殿の情報までも売り払っていたようじゃないか。有名冒険者の情報だ、さぞかし良い金になっただろうね」

「……」


「それから、君の甥っ子だったか? 評判の悪いギルド職員だったらしいが、左遷する予定だったのにまだこの王都の職員でいるようじゃないか、それも君の指示でね」

「……」


「甥っ子と問題を起こしたパン屋が、現在従業員募集を掛けているそうだが、今だに商業ギルドからは連絡がないらしい。ギルド長に確認してみたが、その募集は取り下げられていたそうだ。それも店主が知らない間にだ。何故だろうか」


 君がどう考えているのか知りたい。


 ウィスタリア公爵にそう言われたが、グラッチの言葉はもう失われていた。


「そうそう、君の甥っ子が目の敵にしている麦の家は、我がウィスタリア公爵家の店なんだけどね。フフフ、その顔を見ると知らなかったようだね。その上私の可愛い妹と、仲の良いアイザック殿との噂も流してくれたそうじゃないか。フフフ、私に喧嘩を売ってきた者など久しぶりでね、心が弾んだよ。まあ少し物足りなかったがね」


 ウィスタリア公爵にニッコリと微笑まれたグラッチは、その場に力なく膝をつき真っ白な顔色になってしまった。


 知らなかったとはいえ、売ってはならない相手に喧嘩を売ってしまったのだ。商業ギルドの人間としてあり得ない行為だろう。


 グラッチはある意味情報に疎かった。

 自分に必要な情報にしか興味がなかったし、周りがグラッチには大事な話は伝えなかった。とも言える。


 グラッチ・ガロズは、そのまま兵士と王城の役人に引っ張られるように部屋を出て行き、もう二度と商業ギルドへ戻って来ることは叶わなかった。


 結果、妻とは離婚。

 兄の家は取り潰しとなり、貴族の名を捨てることになった。


 ギルド職員だった甥っ子は勿論解雇。

 もう一人の甥っ子も、当然入商が許可されることは無かった。


 当然の結果と言えるだろう。

新作投稿始めました。

いつか結婚しよう、そう言われました。です。

https://ncode.syosetu.com/n7079jp/

良かったら目を運んで頂けると有難いです。

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