商業ギルドとチョコフレーキー
ビリジアン王国、商業ギルドの人事部長グラッチ・ガロズは誰もいない自身の仕事部屋で一人ほくそ笑んでいた。
今日、商業ギルドのギルド長からの呼び出しがあった。
それもギルド長だけでなく、副ギルド長やそのほかの幹部役員も出席の会議への参加だと聞いた。
この時期に大事な会議が開かれる、それはつまり……
ギルド長か副ギルド長の交代の可能性がある、という事だろう。
「ムフフフ……私も遂に役員の仲間入りか……ムフフフフ」
グラッチ・ガロズはガロズ子爵家の六男で、跡取りでは無いため商業ギルドへと就職した。
たとえ六男でも貴族は貴族。
商業ギルド内で貴族家出身というのは大きな強みになった。
その上子だくさんだった実家のお陰でグラッチは他国にも知り合いが多く、商人への融通を促し見返りを受けた。
その恩恵で商業ギルド内で通用する力を持つことが出来た。
人事部の部長職に登り詰めたのも実力ではなく、実家の力だともいえる。
甥っ子の一人を商業ギルドに斡旋してやり、貴族である兄に大きな貸しを作り礼として金銭を貰えた。
そしてその甥っ子が問題を起こすたびその事件をグラッチがもみ消してやり、今現在長兄は自分に頭が上がらない状態だ。
そんな兄には商業ギルド内での後見人になって貰い、後押しをして貰った。
グラッチは親戚筋にも片っ端から連絡し、願いを聞き入れ見返りを貰った。
『冒険者のアイザック・オランジュの情報が欲しい』
セルリアン王国にいる親戚にはそんな願いを申し込まれた。
アイザック・オランジュは拠点を作らず、あちらこちらの国へと歩き回る少し変わった冒険者だ。
その美しい見た目から庶民だけでなく貴族にも人気で、彼の情報が欲しいのもそう言った理由からだろうと思っていた。
その親戚は金払いが良かった為、グラッチは進んでアイザック・オランジュの情報を渡した。
商業ギルドへはアイザック・オランジュは度々顔を出すので、伝手があるグラッチが情報を掴むのは簡単だった。
その上冒険ギルドにもグラッチの親戚がいる。
ちょっと金を渡せばアイザック・オランジュの話を聞くことはやはり簡単だった。
ただ最近はセルリアン王国は酷い不景気になっている為、その親戚とは疎遠になっている。
それにアイザック・オランジュは特級冒険者になってしまった。
なので情報を掴むことも以前よりもずっと難しい。
グラッチはのし上がるため様々な手段で金を稼ぎ、それをばら撒き、自分の取り巻きを作った。
その力で商業ギルドの人事部長となったグラッチだったが、幹部役員になるにはまだ少し足りない。
商業ギルド内での推薦だけでなく、元幹部役員の推薦や商人の推薦、そして力のある貴族からの推薦が必要になるからだった。
「兄の推薦だけでは足りなかったが……」
兄には常に商業ギルドでの推薦人の役割を頼んでいた。
お陰で部長職に就く際はすんなりと決まったし、グラッチがなりたかった人事部長にも問題なくなれた。
ギルド内の人事を自由に動かせる。
それはグラッチだけでなく兄にも甘い汁だった。
甥っ子を入商させたし、その弟もと頼まれれば勿論承諾した。
きっと兄もこの伝手を手放せなくなったのだろう。
なので今回懇意にしているどこかの貴族家にグラッチの推薦を頼んでくれたのだ。
急な招集にそうとしか考えられなかった。
「部長、お茶が入りました」
「ああ、いつも有難う、そこにおいてくれ」
「はい」
商業ギルドで美人と評判の新人女性職員を人事部長の権限で自分付きの秘書にした。
彼女的には大出世だ。グラッチには恩義があるからだろう、どんなことを頼んでもいつも笑顔で接してくれる。
そんな彼女の油断こそがグラッチの欲しいものだった。
大抵の新人女性はちょっと優しくすればすぐ気を許す。
そこからグラッチの愛人にするのは簡単なものだ。
新人だからこそ、優しく頼りがいのあるグラッチにほだされる。
妻が嫌いなわけではないが、この遊びは止められない。
若い子と付き合う。
それはグラッチの楽しみの一つだった。
「君、今度夕食を一緒にどうだい? 美味しいと評判の店を視察に行きたいんだが」
「視察ですか? 私も一緒で宜しいのですか?」
「ああ、勿論だとも、若い女性の意見は大事だしね。それに君は私の秘書じゃないか、遠慮しなくてもいいんだよ」
「は、はい、部長、有難うございます!」
嬉しそうな様子で部屋を出て行く女性を見送る。
これで彼女もグラッチとの愛人契約を結ぶことだろう。
ただ、やり過ぎてはいけない。
変な噂がたとうものなら簡単に足をすくわれる。
商業ギルド長になることこそが、グラッチの目標だ。
女性関係で問題を起こせばその夢は断ち切れる。
なので女性に交渉を持ちかけるのは一度きり。
それも十分に好感度を上げてからだ。
そして別れの時はたっぷりと金を払う。
世の男たちが愛人関係で問題を起こすさまをグラッチは冷めた目で見ている。
最初からきちんと契約していればいいものを、家族にバレ、職場にバレ、首が回らなくなるなどあり得ない。馬鹿な奴らだと見下している。
盛り上がってついとか、流れで何となくとか、そんなものは愚か者の行為だ。
真実の愛? 運命の出会い? どこぞの王子がそんな事を言って浮気を正当化したようだが、グラッチは迷わない。愛人は所詮愛人、遊びなのだ。
期間限定の恋。
だからこそ盛り上がる。
職場や、妻に見つかってはいけないスリルがたまらなく楽しいのだから。
「部長、そろそろ会議のお時間です」
「ああ、有難う」
キッチリ着こなしたスーツを鏡で確認する。
今日は街で一番の服屋で作らせた新作のスーツを着て来た。
大事な日にはこの店のスーツだとグラッチは決めている。
ちょっとギルド職員には高級すぎるスーツだが、貴族出身のグラッチならばなんの問題もない。
「ムフフ、中々様になっているじゃないか」
今日のグラッチは普段の数倍カッコ良く見える。
あの秘書の機嫌が良いのも、そんなグラッチに気持ちが高揚しているからだろう。
「ムフフフ……さあ、人生の大一番の場へ向かうか」
ニンマリとする口元を誤魔化し、グラッチは意気揚々と部屋を出た。
そしてギルド長たちがいる大会議室の扉を叩く。
「グラッチ・ガロズです」
「入れ」
グラッチが入室すると、最初にギルド長の顔が目に入る。
そして副ギルド長と幹部役員数名も当然いる。
そして何故か冒険ギルドのギルド長ベン・フロスティと、副ギルド長のピーター・マカロフもいて一瞬我が目を疑う。
(何故冒険者ギルドの関係者が?)
そんな疑問が湧くグラッチの前、一人の男がグラッチの名を呼んだ。
「ふむ、君がグラッチ・ガロズか……」
自分の名を呼んだ男に目を奪われる。
銀色の髪に黄金の瞳を持つ美丈夫。
こんな希少な容姿を持つ男はグラッチの知る限り一人しかいない。
(ウィスタリア公爵だ……まさか、兄上、そんな大物に?!)
グラッチは慌てて頭を下げながら、心の中で兄に感謝する。
まさか兄がウィスタリア公爵と知り合いだとは知らなかった。
その上後見人をお願いしてくれたなど、見返りの大きさには驚くしかない。
(もしや、商業ギルド長に大出世か?)
思わぬ大物公爵の登場にグラッチの心は興奮を隠しきれず、その口元は醜く歪んでいたのだった。
新作投稿始めました。
いつか結婚しよう、そう言われました。です。
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