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婚約者とブリオッシュ

「私、リック様とお家デートがしてみたいです」


 ベルを助け出したその日の晩。

 誘拐されて疲れが出たのか、ベルは熱を出した。


 精神的な疲れからくる疲労熱。

 そう聞いたリックは、次の日見舞いがてら様子を窺いにウィスタリア公爵家へと足を運んだ。

 するとベルからそんな可愛いお願いをされたのだ。

 断る理由はない。


「ああ、勿論だよベル、元気になったら一緒に過ごそう」


 リックがそう答えると、ベルは照れた様子で「はい」と答え、楽しみにしていると笑顔を見せてくれた。


 ここの所リックはずっと誘拐事件にかかりきりで、ベルとゆっくり過ごせる時間が取れなかった。


 それに休み返上で仕事をしていたので、自分でも疲れが出ているのが分かる。


 なのでベルはリックを気遣い、『お家デート』とそんな提案してくれたのだろう。


 自分が体調を崩していても、リックを気遣うベルの優しさに心がジーンと温まった。


(次の休みはベルが好きな場所へ行って、好きな事を沢山しよう!)


 リックはベルが外へ出て街中の店を見て回ったり、食べ歩きをすることが好きなことを知っている。


 デートの定番は市場という何とも締まらない物があるが、ベルが貴族令嬢に戻ってからは、市場デートだけでなく、観劇も行ったし、演奏会にも行ったりした。


 婚約者として夜会にも出席し、お揃いの衣装で着飾った事もある。


 なので元気になったらベルの好きなものを買いに出かけても良いし、今話題の観劇に足を運んでも良いだろう。


 そう思って色々と提案してみたのだが、ベルの口からはやっぱり「お家でデートがしたいです」というリックの体を気遣う言葉が返って来た。

 

(ああ、俺の婚約者は何て優しいんだ……)


 思わず目を瞑り、天を仰ぐ。

 ジーンと心が何かで満たされる音が聞こえたが、遠慮ばかりの婚約者に心配をかけている場合ではない。


 ほったらかしにしていた贖罪をしなければ、リックは安心できない。


 今もまだセルリアン王国の王太子がベルを望んでいる事を知ったのだ。国に戻ると言われないためにも、リックはベルに尽くしたい。いや尽くさせてもらいたい。それが願いだ。


「ああ、ベル、俺の体調の事はもう気にしなくってもいいんだ。シャトリューズ侯爵家の男は頑丈に出来ている。病気にだって負けたことはない。それに休みなく働いたって倒れることは無いし、ここの所デスクワーク中心だったから、体力だけはあり余っている状態だ。だからベルが本当は行きたいところがあるのならば、言って欲しい。ベルが望むのならば俺は君をどこへでも連れて行くよ。遠慮はしないで欲しい」


 熱で少し頬が赤く、瞳が潤んでいるベルが、リックを見つめ首を横に振る。


「私が、お家でゆっくり、リック様と過ごしたいんです……」


 恥ずかしそうに願われると、リックには効果抜群。胸に矢が刺さったような感覚に陥いる。


 ベルが可愛すぎて今すぐどうにかしたくなるが、ベルの体調の悪さと、扉の外で見張っているであろうウォルターの存在で、どうにか理性を保つことが出来た、己を褒めてやりたい。


 普段より少し子供っぽく甘えてくるベルは、破壊力があり過ぎて危険すぎる。


 リックはすぐにでもベルをベッドに押し倒したくなる衝動を抑え、ベルに紳士らしい爽やかな笑顔を向けた。


「……ベル、分かったよ。じゃあ、屋敷でゆっくり過ごそうか。ああ、そうだ、またお茶菓子でも一緒に作ってもいいね。あ、それともウチの親と食事会でもするかい? 皆ベルに会うのを楽しみにしているよ」


 いつも通り、屋敷で過ごす二人の定番をリックは提案した。


 ベルがシャトリューズ侯爵家へ来る時は、リックの両親が大歓迎する。


 シャトリューズ領を潤わせてくれた女神を、ちょっと思慮が足りない父や母が見逃すはずはなく。

 婚約者同士の逢瀬だというのに、邪魔だと言いたくなるほどベルから離れない。


 またベルもリックの親に気を使ってか、シャトリューズ侯爵家に来るたびに、嫌な顔をせず新しいお茶菓子を作ってくれる。


 手伝いに入るリックのエプロンは、既に複数枚を越えているのだ。どれほどベルがシャトリューズ侯爵家で料理をしているか分かるものだった。


 そしてウィスタリア公爵家で過ごす際は、先ずはマティルダと三人でお茶会をする。


 たまにロナルドも顔を出すことはあるが、仕事が忙しい現公爵は、ベルの菓子やパンを口にするとすぐに出かけてしまう。


 なのでマティルダと過ごし、その後は庭を散歩したり、ベル専用の厨房へ行ったり、ベルの部屋へ向かい、ウォルターが許す範囲で仲良くするのだが、どうやら体調を崩しているベルは外に出かけるよりも、そうやって穏やかに過ごしたいらしい。


 もしかしたら誘拐事件のせいで、まだ外に出るのが怖いのかもしれない。


 盗賊団の男達に攫われたのだ当然の心理だろう。


 事件を起こしたフレッドが尚更憎くなる。

 自らの手で切り裂いてしまいたいぐらいの憎悪が溢れ出す。


 そんな恐ろしい考えに至っているリックの前、ベルはまた子供のような仕草で首を横に振った。

 

「リック様と、お部屋でずっと一緒にいたいんです」


「ぐっ……」


 リックは思わず胸を押さえた。

 なんて可愛いことを言ってくるんだ、胸が苦しい。


 先程まで殺したいぐらい憎んでいたフレッドのことなど、どこかへ飛んで行ってしまった。


「リック様……ダメでしょうか?」


 涙目で見上げてくるベルの破壊力。

 どうして自分の婚約者はこれ程可愛いのだろう。


 二人きりでは自分の理性が保てないからダメだ、なんてそんな情けない理由ではとても断れない。


 それに何よりも、ベルと二人きりで過ごす時間は自分への最高のご褒美だ。


 リックに断るなど、そんな選択はあり得なかった。


「分かった……じゃあ、次の休みはゆっくり過ごそう、勿論二人きりでね」


「はい、リック様、我儘を聞いて下さって有難うございます。楽しみにしていますね」


 幼い子供のように、ニコッと笑うベルがとても可愛い。

 このままずっと愛でていたいと思ってしまうが、熱があるベルを疲れさせる訳にはいかない。


 それに心なしか先程より頬が赤い気がする。

 もしかしたら熱が上がって来たのかもしれない。

 無理をしているのだろう。


 そろそろ帰ろうかそう思ったところで、ベルに服の袖をクイッと掴まれる。


 そのままベッドの脇に腰を下ろすと「リック様は、リック様のお部屋と私のお部屋、どちらがゆっくりとくつろげますか?」と、不意打ちの攻撃を受け、心臓を撃ち抜かれた。


「ぐふっ……」


 一体、目の前の婚約者はどこまで自分を攻撃すれば気がすむのか。

 痛む胸を誤魔化しながら、優しい笑顔を浮かべリックは考える。


 自分の理性を保つには、どちらがいいか。


 自分の部屋か。


 ベルの部屋か。


「うん、ベルの部屋にしようか」


 リックは考慮の末、鉄壁なウォルターがいるウィスタリア公爵家を選ぶことにした。


 出来る執事はリックからも絶大な信頼を受けていた。


 ウォルターがいるなら大丈夫。


 自分の理性よりも、ウォルターの方がリックからの信用度は高かった。


「じゃ、じゃあ、ベル、俺は帰るよ。早く良くなってね」


 そっとベルの頬に触れ、別れの挨拶をする。


 名残惜しいが仕方がない。

 ベルの健康が第一だ。


「あの……リック様、良い夢が見られるように頬にキスしてくださいますか?」


 ベルがベッドの中から嬉しい願いを言ってきた。

 なんて可愛いんだ。


「本当は口付けが良いのですが……熱が移ってはいけないから……」


 真っ赤になってリックを見上げるベル。

 もう今日はこのままベルの傍にいてもいいのではないだろうか。

 うん、絶対にそうするべきだ!


「マーベリック様、そろそろお時間です」


 ノックと共に、扉の外から出来る執事の声がする。

 ウォルターはリックの理性の限界を把握しているようだ。


 仕方なくベルの両頬と額に口付けを落し、リックは今度こそベルの傍を離れる。


「ベル、お休み」


 最後に声を掛け、立ち去りがたい思いに蓋をする。


「おやすみなさい、リック様。夢でも会いに来てくださいね」


 背中にそんな呟きが聞こえ、思わず振り返る。


 布団に隠れ、小さく手を振るベルを、やっぱり連れ帰りたくなった。




「ウォルター……君の家のお嬢様は可愛くって危険すぎるよ……」


 部屋を出たリックは、話を聞いていたであろうウォルターに声を掛ける。


 いつも通りの表情をしたまま、ウォルターは小さく頷いた。


 そんなことは当然だと言っているのか、満足気な表情は得意げに見えた。


「マーベリック様、分かっておいでだとは思いますが、イザベラお嬢様をお願い致しますね……」


 キラリと光ったウォルターの瞳には、言葉以上の重みを感じた。

 誘拐され少し箍が外れているベルを、色んな意味で守れと言っているようだ。


「ああ、勿論だとも、必ず守るよ」


 リックは理性を保ち本能に負けない約束を、ウォルターに誓ったのだった。

イチャイチャさせたい。

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