視察とフルーツサンド②
「まあ、リック様見て下さい、マンゴーがありますよ。 それにバナナまで! 店主さん、こちらは品が豊富なお店ですわね。素晴らしいです!」
葡萄をメインに仕入れている果物屋で購入の手続きを済ませると、ベル達は先へと進んだ。
品物は帰りに受け取る予定で、店主には預け金分多く支払いを済ませた。
自分が誘ったからとリックが支払いを申し出てくれたが、これは店の品なのでそれは受けいれられませんとベルはきっぱりとお断りをした。当然である。
この恋人同士は女性の尻にしっかりと敷かれているなーと、目の前の店主の目が気まずさからまた泳いでいるが、これまた興奮気味のベルは気が付いていない。
品揃え豊富な市場に、大興奮しているベルは目の前の品に夢中なのだ。折角のデートなので何か買ってあげたいというリックの男心など気付くはずもない。
そして今、ベルはリックを引っ張りまた別の果物屋に来ていた。
今度の店主も市場に不釣り合いなベルとリックの登場にだいぶ緊張気味だ。
目の前ではお姫様のような女性が自分の用意した品物に見入っているのだ。どんな品評会よりも緊張する。少しでも傷んでいるものでもあるのならば首が飛ぶのではないかと、逞しい体のリックを見てこれまた怯えしかない。
店主が本気でそう思う程、今日のベルとリックは市場では場違いであった。
「マンゴーは少しお高いですわね。うーん……普段使いには難しいかしら。でもバナナは大丈夫そう。お手ごろだわ。後は苺かオレンジが欲しいところだけど……」
「で、でしたらお嬢さん。あっちにリンゴとオレンジの安い店がありますんで。む、むこっ側です」
「まあ、店主さん、ご親切にありがとうございます。では、こちらではマンゴーを二つと、バナナを一房下さいます?」
「へい、ありがとうございます」
ここでの買い物は少なめの為、荷物はリックが持つことになった。
お礼を述べたベルは、あれ程繋ぐことを恥ずかしがっていたはずのリックの手をサッととると、次の店へとこれまた引っ張っていく。
勿論淑女教育がしみ込んでいるベルだ、本気で引っ張っているわけではない。ただリックより先に立ち、前へ前へと進むだけ。
リックはその手に引かれながらも、いつもと様子が違い子供のようにはしゃぐベルの可愛さに惹かれていた。こんな一面もあったのだなと、新しく見えたベルの姿が心を許して貰えたようで嬉しかった。
「うん、リンゴは酸っぱい物ですね。お菓子向きで良いかもしれません。リック様、お味はどうですか?」
「うん、今まで食べたリンゴの中で一番美味しい気がするよ」
「まあ、それは良かったですわ」
ここでも味見用に切られたひとかけらのリンゴをベルがリックの口へと運ぶ。
段々と食べさせられることになれて来たリックは、ベルにアプローチしてみるが全く届いていないようだ。それが何だか楽しくってリックの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
ただでさえ目立つ二人は仲の良さからも市場で噂になる程だった。
「ベル、ベル、そろそろ食事にしないか? もうすぐお昼時だ」
「まあ、もうそんなお時間ですか? 楽しいと時間が経つのがとても早いですね」
「ああ、俺もとても楽しいよ。ベル、何か食べたいものはあるかい? 一応この辺りの店には詳しいんだ。なんでも希望を言ってくれ」
「ありがとうございます。では、パンが食べたいです。この近くにパン屋さんは有りますか? 他の店を見て見たいです」
「ああ、パン屋か、ハハハハ君らしいな。うん、近くに有名なパン屋があるよ。行ってみよう。でもベル、君、かなり試食をしていたが、お腹は大丈夫かい?」
「そうですね……確かにあまり食べられないかもしれません。リック様さえ宜しければ色々なパンを買ってシェアして頂いても宜しいですか?」
「シェア? 俺は構わないけど、ベルは良いのかい?」
「はい、勿論です。とても嬉しいですわ」
さあ行きましょうとベルがまたリックの手を掴む。
ベルの中では、平民間では友人や家族であれば食べ物や飲み物を分け合うことは当然なのだとここ数ヶ月の生活で理解していた。
それはリックも何となくは分かっていた。
けれどベルがその相手に自分を選んでくれたことがただただ嬉しかった。最低でも友人とは思われている。心の距離がグッと近づいた気がして笑顔が自然と溢れた。
「ここがこの街一番のパン屋だよ。ベルの店を除いてね」
リックが耳元でそう囁きウインクをして戯けてみせる。
ベルの店が街一番だと言ってくれていて、ベルはクスクス笑いながらもまた嬉しくなった。
この街一番の店はベルの店の倍の大きさがあった。
ひっきりなしに客は出入りしているし、とても賑わっている。
店に入ると商品へと視線を送る。
ベルの店ほど品数はなく、形が違う硬パンが沢山並んでいるという感じだ。
その中には冒険者用の日持ちするブロックパンも三種類あり、通常、硬め、激硬、と並んでおり、硬ければ硬いほど日持ちするのだと、リックがそっと教えてくれた。
この世界のパン屋ではベルのパン屋のように取り盆もトングも用意されていない。カウンターでこれとコレをとパンを指差し、それを自前の袋か購入した麻袋に入れるか、もしくは手で持って帰るかが基本だ。
ベルの店のように無料で紙袋に包むなどあり得ない。
定番ではない商品はカウンターとは別の棚に並んでいることが多い、それを手掴みで持って行き支払いをするのだが、誰が触ったかは分からない商品を買う勇気はベルにはなかった。
なのでリックと並んでカウンターの商品を選ぶ。ひそひそと相談し合い定番の硬パン三種類を注文する。それと一度は食べて見たかった冒険者用のブロックパンも買ってみた。
歯がかけてはいけないので一番無難なものを選んだのだが、リックにはそれでもかなり硬いからねと念押しされてしまった。ちょっとだけ噛み切れるか心配だ。
そして近くにある小さな広場のベンチに座り、ハンカチに包んだパンを広げる。麻袋を購入しても良かったのだが、綺麗好きのベルにはどうしても無理だった。令嬢だったベルも現貴族であるリックも当然ハンカチを持参しているのでそれに包んで持ち帰る事にした。
ベルの店になれているリックも、麻袋購入は遠慮したいようだった。
パンをリックが割り、小さい方をベルに渡してくれた。
モグモグと無言で咀嚼する。いや、噛む事が大変で話せないと言った方が正しいだろう。
小さくちぎってパンを口に入れたが、それでもなかなか噛みきれない。普通のパンでこの硬さかと驚くレベルだ。ベルの店にはフランスパンがあるのだが、それがかなり柔らかく感じる固さだった。
故郷ではすでにベルがパンを開発していたため、これ程硬いパンは久しぶり……いや初めてといえた。
(味は悪くない……でも毎日食べるのは辛いかもしれないわね)
この世界の平民の顎の強さに感心しながら、ベルはリックとパンを分け合って食べたのだった。