C級ダンジョン
地方の一つであるカルデアの街。
通称、冒険者の街。
しかしこの街の規模は日本で言うところの関東地方の約7割を指すほどの土地の広さである。
そして7割とまで言われるその際たる理由の一つが、圧倒的なダンジョンの量だった。
基本としてダンジョン等級はF級からSS級。
原則SS級に関しては完全王族管理の元運営されているため、実質Sランクまでである。
そのSランクダンジョンのほとんどがこのカルデアの街に出現しており、ここの街にはそれ以外にも数多くの等級ダンジョンが出現していた。
その数多くある中の一つであるC級ダンジョン。
中級冒険者の登竜門と言われているこの等級の中でも、ガゼルが指定したのは、もう一つの名が──《鬼の遺跡》であるダンジョンだった。
「セレーヌさん、準備はどうですか?」
「問題ない」
「他の皆も?」
ガルの呼びかけに全員無言で頷いた。
現在、ガル率いる奴隷パーティーは、この鬼の遺跡ダンジョンの扉の前で、挑戦する直前の準備を終わらせようとしていた。
ご主人様はS級ダンジョン突入の為に私達に課したことはたった一つ。
『お前たちがC級ダンジョンを踏破したら付いてきてもいいぞ』
そう。私達は全員、協力してこのダンジョンをクリアしなければならない。
それがなんであれ、何があっても。
⋯⋯主の側にいるのが奴隷の仕事であり、守る為にある。
それが守られてばかりいるなど⋯⋯あってはならない。
「では入ろう!」
私の言葉に続いて、全員で入っていく。
錆びた金属質の扉を潜った先は、いくつもの柱に支えられた血と獣臭の広がる一本道。
しかしその幅は人数十人分ある為、ミカエラが探知を発動していなかったら、そのことに気付くのにおそらく一刻は掛かっただろう。
「⋯⋯⋯」
視界の端には、ご主人様が横になる姿勢のままふよふよと宙に浮き、本を読んでいる。
しかし、当たり前のように神級魔法と言われる空を飛ぶ魔法を使って監視すると言い出した時は、動揺し過ぎて大変だった。
この人は自分の価値を全く理解されていない気もするが、今はそんな事よりも、周囲の警戒を怠るわけにはいかない。
目線でミカエラに敵がいるかの確認。
⋯⋯縦に1回。
つまりこの辺にはまだ、いない。
陣形は私が1人前の、その後ろにミカエラ、後方にセレーヌさんとミーズという配置。
そこから少し歩いたところで、松明の光がが僅かに揺れ動いたのを感じた。
「⋯⋯っ」
すぐに目線確認。
ミカエラの反応は縦横一回。
⋯⋯つまり、敵が複数いるという合図だ。
私は指で予め決めておいた合図でスキルを使って隠れてくれと合図を出し、私はその場で松明を上に投げる。
「闘心の咆哮!!」
手筈はこうだ。
挑発系スキルであるバイシハウルで敵をいっぺんに私の所へ集め、その間にミカエラが各個撃破。支援組の二人には敵は向かわないので、支援系のスキルを掛けてもらう。
『加速の歌!』
『腕力上昇! 防御力上昇!』
二人のスキルで私を強化し、懐から得物を出す。
『ウヴ!!』
姿が見えた。
あれはハイランドウルフ。
山岳地帯に多く生息しているが、知能が上がって集団攻撃してくるタイプの手強いウルフ。
⋯⋯しかし今の私には、ご主人様から賜った技がある。
──UUUU!!
全方位同時から狙ってるのが分かる。
いや、視える。
あの異常なスピードで何度も訓練したからか、ウルフの攻撃がまるでスローに見える。
私は得意だった槍から、両手剣に変えた。
以前の自分を捨てるという意味でも、ご主人様からの提案だったという意味でも。
『ゥウウウウ!!』
気合で覚えたご主人様の技──なんちゃって回転!!!
一瞬でその場から地面を蹴って真上へと跳躍。そこから回転しながら全部のウルフを確認して一回転した直後両手剣をブン回して的確に首を切断。そして切断した時の一瞬の反動を使って反射的に別の個体へと標的を変えて切断していくご主人様が見せた早業の一つ。
本物のレベルには程遠いが、数体を始末するまでにはレベルが上がった!
──よしッ!一体仕留めた!
しかし、まだ2体ほど残っている。
私はすぐに落ちていきながら真上に向かって声を張り上げた。
「ミカエラ!」
落ちてくるウルフのさらに上、ウルフの影の中から、ミカエラがヌルっと出てきては残りの二体を手早く片付ける。
「助かる!」
「その為のアサシンでしょ」
微笑みを浮かべ、慣れた手つきで腰のベルトの中へナイフをしまうミカエラ。
「今の所順調だな」
「そうね、ご主人様⋯⋯もしかして力加減間違えてたなんてことはないわよね?」
「ないだろう? 見てくれよ、あんな所で神級魔法である飛行魔法を平然とこなしながら、本なんか読んでるんだから。我らがご主人様がそんな間違いを犯す訳がない」
そう全員が円になって近付き、更にダンジョンを進んでいく。だいたい時間にして30分程が経過した頃、ガルは高速瞬きをしながら言った。
「なぁ⋯⋯魔物が全くと言っていいほど出現しないんだが」
ガルの悲しそうな一声に全員が同じように頷いてストップする。
⋯⋯この時点で彼らは全く気付いていなかったが、全員の能力値はガゼルの鍛錬により超成長と言って差し支えないレベルまで進化しており、C級難易度を軽々クリア出来る強さにまで上昇していた。
それに加えてセレーヌとミーズの補助魔法とスキル。戦力で言えば⋯⋯かなりオーバーパワーだった。
──魔物はなるべく弱者を狙う。
相手がある程度以上の実力であれば、基本的に狙わない。
「とりあえず事前に調べていたボス部屋までの道のりを少し速度を上げて進みましょう?」
話し合いの結果、セレーヌの一声で全員の意思決定が完了し、一気に移動速度が上がる。
道中魔物が数体現れたが、影に隠れたミカエラに戦闘職のバランス型となったガルに勝てる訳もなく、一撃で倒れてしまう。
全員は喉から手が出るほど言いたい言葉があるのだが、その言葉はグッと堪えて無言のままボス部屋まで辿り着いたのだった。
***
「やっぱりこの辺には冒険者が結構いますね、セレーヌさん」
「そうみたい。ご主人様も気付かれないように飛行魔法は止めて端っこで壁に寄りかかっているしね」
セレーヌが顎で全員に彼処にいるよと指した。
全員がその方向を見ると苦笑いを浮かべる。
この場に全くと言って似合わない美貌と読書という似合わなすぎるセットを行う自分たちの主を見て苦笑いをせずにいられるだろうか?
「多分アレでも私達のことを信頼してもらっているようだから、このまま進むか迷うんだけど⋯⋯」
セレーヌの視線の先は、巨大なボス部屋を向けていた。私もすぐに気になってその視線を追った。
『⋯⋯くそっ! なんなんだよ!今は時期が悪い! 撤収だ!』
血塗れの鎧を着た男たち10人程。見ると明らかにC級冒険者辺りのランク帯だろう。
この辺りは狩場としては最適だし、一番伸び悩む時期でもあるだろうから仲間内の喧嘩やいざこざからよく見る光景だ。
見ていると周りにいる冒険者たちもコソコソ何か話している。
『おい、今日はオークのレベルが段違いらしいぜ? やめとこうぜ』
オークのレベル? 確かボスはハイオークの上位種であるオーガだったはず。全員で協力すれば難なく倒せるレベルの魔物のはずだったが⋯⋯。
「何か異変があるようだけど、ガルは何か知ってる?」
「ここのダンジョンボスはオーガだったはずですが、周囲の声を聞くに、多分何か異変が起きているのは間違いないと思います」
セレーヌさんがご主人様をチラっとだけ見つめ、考え始めている。
「行きましょう。ご主人様はもしかしたら察してあえて何も突っ込まない可能性がかなりあります」
⋯⋯その意見には同意だ。ご主人様は力量の把握力がピカイチだ。
「陣形は一緒。ただ、ダンジョンボスっていうところを考えるとミカエラの機会がかなり重要になったくるから、そこは私達も含め、しっかり狙っていきましょう」
全員の息はバッチリ。私達はご主人様の期待に答えるべく、撤退していく冒険者の中を逆らってボス部屋の中へと進んで行った。




