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不登校が久しぶりに登校したらクラス転移に巻き込まれました。  作者: ちょすニキ


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37話 E級ダンジョン〈2〉

神宮寺集団達と会話してから、それから30分過ぎた頃。 天道と鈴鹿は互いに無言のまま没頭するように無表情で僅かの淀みすらない動きで自身の得物を研ぎ続けた。

 

 何度か神宮寺達も声を掛けようかと思って近付くも、二人は脇目も振らずに集中していたのを目の当たりにし、今はタイミングが悪いと時間をずらした。


──シャ、シャ。


研いでいる二人の頭には、まるで背後から声を掛けているように一人の男の声が永遠というほど聞こえていた。


普通なら、おそらく「不快」だと思うだろう。


 しかしーーこの二人にとっては、「至福」という表現以外の感情がなかった。

 もしかしたら、数値で言うなら麻薬や性行為に近い快楽度すらあるかもしれないほど。



─いいか?ミリですらズラすな。


「「⋯⋯⋯⋯」」


─武器は心臓。俺達武人の核となる部分。それを疎かに出来る愚か者などーーただの生き恥だ。


「「⋯⋯⋯⋯」」


─確かに⋯⋯「武器だから」、「戦う為の道具だから」。気持ちは分かる。


「「⋯⋯⋯⋯」」


─だがな、戦う度に痛感するだろう。頼れるのは、その場にいない仲間でも、自分の身体能力でも、自分の勘でもない。


「「⋯⋯⋯⋯」」


─目の前にいる寝食すら一緒に行ってきた武器ひとつだけなんだよ。大事にしていればしているほどーーーーここぞという時に武器が意思を持ったように最適解へと動く時がある。

 それに武器に教えてもらうことだって多くある。そんな相棒を疎かに出来る者だぞ?俺達で言うなら、金を貸してやった相手から更に催促してきて逆ギレするようなものだ。


「「⋯⋯」」


─大丈夫。お前らなら出来る。ここまで生き残ってきたんだから。俺が保証する。


──シャ、シャ。


まるで息を合わせたかのようなタイミングで、ピタッと二人の研ぎが終わった。


それは舞台の上で華麗に踊る貴族のよう。

終わると、二人の表情はみるみる生気を取り戻したように瞳に光が宿った。


二人の視線の先には完璧に整った自身の得物。

満足気に深呼吸をおこなって二人同時に立ち上がった。


「行くぞ」

「ええ」


二人は歩いて待ちくたびれている神宮寺達の方へと向かった。



*


「あれ?二人とも!」

「悪い!神宮寺!研ぐことに一生懸命になりすぎちまってよ!」

「大丈夫さ!武器は相棒だしね!」


爽やかな笑みで鈴鹿に答える神宮寺。


「時間が掛かったわ。ごめんなさい」


両手を組みながらボソッと謝る天道に神宮寺はすぐにフォローに入った。


「天道さんにとっては、何か大事な事だったんでしょ?それなら仕方ないさ」

「ごめんなさいね。それで?状況はどんな感じかしら?」


天道が神宮寺にそう尋ねると、神宮寺はダンジョンの入口方面に指をさした。


「やっと二組目が入っていった頃だよ。俺達は最後ら辺に入ろうと思っていたんだ」

「最後?俺ってば、てっきり最初に入っていくかと思ったんだけど」


鈴鹿がヘラヘラ笑いながら神宮寺にそう話すとすぐに神宮寺は笑みを浮かべる。


「最初は入ろうと実際思ってたんだけど、渉がなんかスキルを持っているみたいで⋯⋯一応様子見したほうがいいなんて言うからとりあえず頃合いを見ている感じだね」


と、話し終わった神宮寺は「あっ」と声を漏らし、全員の視線は入口へと向いた。


不思議に思った全員が動いたその視線を見ると、その先にはーー重傷を負っている数人の集団が戦意喪失した表情をしながらとぼとぼ出てきていた。


見ていて思わず神宮寺も予想外のようで顔が強張っている。


「⋯⋯」


死んだ屍のように歩く数人のクラスメイトを騎士達が抱えてポーションを飲ませている。


『補給班!急いで次の箱を寄越せ!!』

『こっちもだ!毒で足が死んでる!』

『こっちは目が逝っちまってる!』


⋯⋯正に戦場。

補給班の騎士達はここぞとばかりに素晴らしい連携力を見せて倒れている勇者達を命懸けで救う。死んだ魚のようになっていたクラスメイト達の表情が段々と光を取り戻したように明るくなっていく。


「⋯⋯っ!!」


クラスメイトの一人が正気を取り戻し、抱きかかえられていた騎士を見上げる。


⋯⋯だが、その表情は嬉しいという表情は一切なく、全面に出ていたのはーー。


「来ないで!!!」

「勇者様!?どうなされたのですか!?私は何もしていませんよ?」


表情は恐怖一択。叫んだのは女子生徒だった。

ダンジョンに入った際、数体のゴブリンに囲まれ、袋叩きにあったのだ。


現代で診断をするならば、背骨の複数箇所が骨折。片腕骨折、内蔵破裂。

⋯⋯どれも常人ならば悲鳴を上げるようなものだった。


 それを同時に⋯⋯しかも、本当に死ぬギリギリまで手を貸さない騎士達。袋叩きにあった生徒達が瀕死になったところで救助があり、生徒たちの記憶はそこでストップしていた。

 その為急速に脳内では恐怖を叩き込まれた記憶ばかりが掘り起こされ、最悪の事態を追加で引き起こしたのだ。


「うぅ⋯⋯っ!!もう⋯⋯嫌だ!!」

「勇者様!気をしっかり!!」


頭を抱えてうずくまる数人のグループ。


蹲ってする事は、もういないはずのゴブリンに囲まれた事を思い出してただ恐怖して、震え、もう戦闘の意思は無いとただ途切れ途切れに話すだけだった。


暫くその姿を見たクラスメイト達は顔を引きつらせる。しかしゴルドや騎士達は無表情で次の組はこないのかと催促する。


「あのっ!!!」


一人の生徒が大声で発した。

ゴルドはその生徒を見て返答する。


「どうした?木下殿」

「この姿を見て何も思わないんですか?」


木下は必死に10人程蹲って動けなくなっているクラスメイトに掌を向けながらゴルドに問う。


「何も⋯⋯とは?」

「この光景ですよ!明らかにやり過ぎでは!?助けに入るのが遅いと思います!」

「と言うことは、木下殿はーーそれが我ら騎士団の責任だと?」


ゴルドは横目で木下を見る。

おそらくそんなつもりではないが、ゴルドの見る目は多少どころではない威圧感があり、その圧を必死に耐えている木下。


「はい!そうだと思います!」

「そうか。では助けたら⋯⋯貴殿らは強くなってくれるのか?」

「⋯⋯はい?」

「失礼だが木下殿。私からも質問がある。今来ている服、体の中を通る水、食事、それに武器や防具。全部いくらするのかわかっているか?」


数秒悩んだ末、木下はおよその値段を上げた。

しかしゴルドは首を横に振った。


⋯⋯呆れながら。


「100枚──」

「はい?」

「100枚だ」

「銀貨ですか?」


木下は引き攣りながら尋ねた。

しかしーーゴルドは腹を抱えて大笑いした。


「ガハハハハハハッ!平和の世界に生まれた⋯⋯あながち間違いではないようだな。冗談は止めてくれ。白金貨100枚だ。しかも、一人あたり1ヶ月に掛かる金額だ」


白金貨100枚。その価値は一億円相当。

ゴルドは真っ直ぐ木下を見つめてそう伝えた。


だがすぐに木下は疑問を抱いた。


「何でそんなに掛かるんですか?オカシイですよ」

「何がおかしいんだ?」

「え?だって食事なんて幾らでも⋯⋯」

「品質が保証されている王宮で出される食事はとんでもない値段がつくぞ?」

「服だって⋯⋯」

「普通の市場で出されている服に何が混ざっているか分からないぞ?その為王宮の使用人が出されるのは保証されている商店からだ」


その後幾つも尋ねる木下だが、返ってくるのはーーゴルドの溜息混じりの答えだけだった。


「わかるか木下殿。今この瞬間も──我らが動いているのにも金が掛かっている。

⋯⋯主に、民からの血税だ。必死な思いをしながら稼げるのは約1回回るごとに銀貨3枚で過ごしている。これはあくまで王国の調査によるもの。実際はもっと低い者が多く存在しているだろう。

 そんな民達が必死に納めている金をふんだんに使って私達騎士や兵達は戦っているのだ。それに加えて勇者様たちに使われているのは倍以上の資金。  

 分かりますか?過度に緊張し過ぎるのも良いとは思いませんし、勇者様達の世界は平和だと以前お聞きしております。なので私達もなるべくやりやすいように努力しておりますがーー」


木下から見たゴルドからは、濃い蒼い魔力が溢れ噴き上がっていた。


「勇者様の行動も少々見てみぬふりしているのも、こうしてお話を聞いているのも、全て努力です。失礼極まりないのは分かっていますが、余裕があるわけでは無いということだけはどうかわかっていただきたい」


この場に吹き荒れるゴルドの魔力から来る暴風。


その威圧混じりの風圧は全員の体を通り抜け、通り過ぎた瞬間────ある意味現実を知った勇者達の表情はまるで化粧でもしたかのような真っ白さに変わっていた。


「失礼、脅すつもりでは一切ありません。しかし理解もして頂きたいのです。今、皆さんを含め⋯⋯余裕があまり無い。少しでも気を抜けば、先程のような状態にいつでもなるのです」


ゴルドは言い終わりに少し歩いて、落ちてある樽の上においてあったポーションを一つ手に取った。


「見てください、木下殿」

「はいーー」


木下の返事を遮ってゴルドが地面にポーションを投げつけた。そのまま割れたあとも、ゴルドは割れたポーションから漏れでる液体を黙って見続ける。


今までに無かったゴルドの行動に全員が沈黙の体勢の生徒達。


「木下殿、このポーション──幾らすると思いますか?」

「相場の価格⋯⋯ですか?」

「違います。一本──白金貨20枚ほどします。何故だと思いますか?」


「品質の保証⋯⋯ですか?」


「勿論。それもありますが、座学で教わっているはずですーーポーション精製には、恐ろしいまでに失敗に対する危険が沢山あるのです。

 例えば、低確率で起きる誤発動による爆発。そして、そのポーションを精製できる程の腕の持ち主⋯⋯それを何十人集めさせてやっとの思いでここに並べられているのです。きっと作り上げた本人たちに喋らせれば、まだまだ他に言葉を並べられるでしょう。

 しかし、彼らは文句を言いません。なぜかって?相手が勇者様達だからです。世界を救う勇者様たちの為ならーー命だって捧げますと即答した高貴なる魂の持ち主達なのだ。そんな者達が結集して作った魂の一品を、程々に頑張ってるような軟弱者達が使っていると知ったらーーどう思うでしょうか。ここでは皆様方が思うような事が安易にまかり通る事はありませんし、皆さんの発言の一つ一つが、情勢や状況を変えかねないのです」


長く並べられたゴルドの言葉はこの場にいる全員の胸に届いた。


それに対して騎士団は完全同意の目を。

生徒達は地獄のような絶望の目を。


「勇者様の立場になっていない私も落ち度はあると思います。しかし、この世界では皆様が考えているよりもずっと⋯⋯強さや経験というのはどんな事よりも凄い意味をもたらします。それをどうかお忘れなくお願い致します。もしご不快になられたら申し訳ありませんでした」


ゴルドはその場で綺麗に体を折りたたんで直角になるまで頭をさげた。


その姿を見た勇者の中でどよめきが起こる。


「す、すいません〜!」


この流れは良くないと思い、ガシッと木下の肩に手をかけ神宮寺が強制的に一緒に頭を下げる。


「ちょっと初めての挑戦で気が動転してたんです!ほらっ!木下も」

「すいません!」


二人で頭を下げるのをみたゴルドは頭を上げる。


「そうですよね。戦いを知らないのが大変なのは皆分かっています。しかしこうする他無いのです。どうか、わかっていただけると幸いです」

「はい、私達もそのような気運を持ってできるだけ精進していく所存です」


その後もゴルドと神宮寺の熱い会話を繰り返し、周囲の雰囲気が良くなった頃合いで次々と入場を始めた。



*


そこから暫くの時間が経過した。

帰ってくるメンバーの表情は様々だった。


主にスキルや立ち回りの差だろう。

慎重に立ち回っているメンバー達は被害は少ないが、当初の目的である一層、二層の攻略。


ダンジョンは基本的に層ごとに特色がある。

一層はゴブリン系のモンスターだが、二層目はレベルアップしたゴブリン系であるかもしれないし、全く違うパターンだってある。


このE級ダンジョンでは、基本的に3層からなる構造である。仮にダンジョンボスを攻略してしまうと、そのダンジョンに出入り出来なくなってしまう。


 だから実際に挑戦する時は、三層のボスを攻略せずに帰ってくる。そうすれば何度も挑めるからだ。

 

そして今の所、数組が向かって──ほとんどが1時間半ほどの時間で無事生還して帰ってきた。

先程の会話が効いたのか、全員の意気込みは正に本気だった。


慎重に進み、魔物の襲撃があればすぐに下がり、完全に安全地帯になるまで決して油断はせず。


全員はこれが現実で、ここが今ーー自分が生きている世界なのだと気付いた。


この一ヶ月。

何処か他人事な少年少女達だった。

⋯⋯ただ少し豪華なドッキリにすら感じていた。


だが違う──。

誰も助けてはくれないし、誰も応援さえしてくれない人情味などこれっぽっちも無い無情な世界だと気付いたのだ。


ダンジョンから出てくる少年少女達の瞳は、まるで一皮も二皮も剥けた顔つきになって帰ってきた。


⋯⋯そんなクラスメイトの姿を長い事見つめていた集団がやっと動き出す。


「さて、俺達も行こうか──天道さん、鈴鹿」


勇者らしい太陽のようなオーラを放ちながら数人の取り巻きを連れてゴルドの待つ受付へと歩き出す神宮寺。


二人も勇者らしい姿に一瞬驚きながらも立ち上がってその取り巻きの背後に付いていきながらダンジョンの入口の前に立つ。


'緊張するな'


これから俺もーー魔物とちゃんと戦わないといけないのか。


神宮寺は横にいる騎士たちに目をやった。


様子から見て、まず間違いなく助けは入らないだろうな。慎重に考えて行動しなければならないな。


だが、このメンバーなら確実に攻略可能だ。


特殊職業を持つ者、斥候ができる者、珍しい魔法系統を持つ者、そして⋯⋯近接でも活躍できる者もいる。俺達が負ける要素は殆どない。

⋯⋯行くぞ、やり切る!


「行くぞ!皆!」


 神宮寺のその一言で全員が声高らかに返事を返した。緊張しながらも意気込み十分な神宮寺達は気合いを入れ直してE級ダンジョンへと足を進めたのだった。

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