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不登校が久しぶりに登校したらクラス転移に巻き込まれました。  作者: ちょすニキ


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26話 希望の星

「ふんっ!!」

「おっしゃっ!!」


ドーグとアレックスの協力した剣は無数に蔓延っている魔物を死へと至らしめた。


「ハァッ!」


アレックスの素早い剣の連撃。

何処で繋ぎを見せているかが分からないほど⋯以前とはまるで別人のようなアレックスの剣。勢い良く魔物を斬り伏せていく。


スキルも、職業も、何もかもが見合っていない。


これでもまだ(●●)剣士だ⋯何かがおかしい。笑いが込み上げて来る程に。


軽快なステップから放たれる舞踏のような美しさとそこからは考えられない威力が魔物へと向かい、一般的に普通のレベルをしている魔物達はまるで歯が立たなくなっていた。


靭やかさを存分に発揮しながら埃のように攻め立てる魔物達の首だけを斬り落とし、死体の道(デスロード)が出来上がるほどだ。



『キィッッ!!』

『クエエッ!!』


「タァッ!」


その少し先では──更に大きい音と掛け声と共に目の前の5体以上の魔物を吹き飛ばす。ドーグが楽しそうに魔物達を滅している⋯嬉々とした顔をしながら。


魔物の一種であるスケルトンが矢を放つ。しかし剣を円軌道で回しながら寧ろ前方へと突っ込み身体の中心にあるコアを丁寧で鋭い一刺し。それを何回も繰り返し、次の魔物の集団へと駆けた。


 ここまで簡単に流れを書いてはいるが、実際に行われている事はそんな低いレベルの話ではない。沢山の衝撃波が飛び交い、激しい剣撃の音と金属のぶつかり合う音がずっと絶えず響き渡っている。


あのーースキルも無い雑魚パーティー⋯⋯蒼き星が。


「あ、あれってーーアレックスか?」


第二ラウンドの戦いが始まってあれから既に40分程。休むことなく永遠に剣を持って戦い続けている間にーー他の冒険者が避難所と勘違いしてかなりの人数が元々行く予定だった避難所の横を通り過ぎた時、アレックスとドーグが戦っているのを目にする冒険者が大勢いた。


「お、俺達も加勢ーー」


ボロボロである一人の冒険者が続けて二人の加勢に入ろうと足を向けるのをーー数人の冒険者が止める。


「どうせアイツらではどうにもならないだろうから、俺達はさっさと避難所付近にいる奴らを回収して王都方面に逃げるのが一番だろう。人族はーー高いレベルの魔物に勝てないという絶対的な摂理なんだからな」

「し、しかし!」


ボロボロの冒険者が抵抗しようと声をあげたが、簡単に手で追い払うような仕草をとる。


「無謀と勇敢を履き違えているならそれでいい。俺達は勇者様でも何でもないんだからな」


そう冷たく話すのは、まさかのゾルドだった。

以前とは違って病みかける1歩前のような暗い雰囲気を思わせるような酷い表情をしている。


「ゾルドさん!」

「いいいい、俺はもう良いんだ。自分の命が最優先だから。とにかく、今は王都方面に逃げるのが一番手っ取り早い。幸い⋯⋯あの無謀な男二人が時間を稼いでくれてるようだから、俺達は安心して避難所にいる連中を連れてさっさと消えるぞ」


ゾルドがそう言うと、まわりの冒険者たちが頷く。


何故かーー全員が分かっているからだ。

⋯⋯ゾルドの言葉が正しい。誰かの為に自分の命を犠牲にすることなどーー口ではなんとでも言えるが、現実でそれを出来る者などいないからだ。現にこうして安全な立ち位置の奴らしか理想的な美しい回答をしていないのだから。


ボロボロの冒険者でさえもーー自ら動く事なく⋯⋯尋ねている。それが答え。


「くっ⋯⋯」


唇を噛み締め、悔しそうな表情を見せるボロボロの冒険者。


「別に行きたかったらいけ。俺は自分に正直なだけだから」


2つの拳を力強く握り締める。

だが、深呼吸と共にーーボロボロの冒険者も一緒にゾルドに着いていく。


「それでいい。俺達は、誰かの為になどという綺麗事など抜かす暇はない。俺はそうやって生き残ってきた。良いんだよ別に。たまに特異点となるバケモノじみた奴が現れるかもしれない。だがーーそれはソイツだから成し得た事であって、地力で行えるものじゃない。だからそんなに悔しがる必要はない。周りの奴らを家族なんて思うな。それがーー冒険者として生き残るために必要なことだ」


腐ってもゾルドはBランクやその上すら目指せていた可能性を最も持ち合わせていた男。評判や態度はさておきーーその言葉に嘘はなかった。


歩く冒険者たちは、ただ必死に戦うアレックスとドーグをスルーして避難所の方へと向かう。


それはプライドを捨てた表情で。


「くっ⋯⋯はっ!ハァッ!!」


アレックスが近接をメインにして戦うゴブリンソルジャーを4体同時に相手している。常に複数方向からの警戒を怠る事は出来ず、必死に戦う姿が冒険者たちには映っている。


'すまねぇ'

冒険者たちはアレックス達と目が合わないように真横を向きながら歩く。


自分達の方が強いというのに、雑魚に命を救われているという現実を直視出来ず、心の中で謝罪の言葉を出しながら避難所へと進む。



'くっっっ!'


衝撃を押し殺しながら後退するアレックス。

痙攣している、と自分の右手に目を落とした。


カタカタと持っている剣が震えている。


「そろそろ限界かなーーこれは」


ガゼルが教えたとはいえ、時間制限は大いにある。元々のステータスが上がったとしても、それに耐える体はまだ整っていない。


なんせ、40分も激闘に耐えただけでも奇跡に近いだろう。


スキルも、職業の補正も、今の俺には役に立たない。一番欲しいのは回復だ。


「無理難題は言わない方がいいな、心が抉られる」


願えば願うほどーー惨めな自分のステータスに押し潰されそうになる。


ステータスは、この世界に存在するルールであり、絶対不変。

それを覆そうものならーーどれだけの努力と逆境に陥るか。


ブツブツ言っている間に矢が5本も迫る。


「独り言はーーここまでだっ!!」


カタカタと震える手つきだが、剣で全ての矢を弾き返して地面に片手をつき、ザァァァと音を立て後ろへと下がりながら止まるアレックス。


同時に、背中に何かがぶつかる感触があった。


「ん?ドーグ?」

「アレク?たまたまか」

「たまたまだ」


二人がクスッと笑みをこぼした。

背中合わせになりながら二人はそれぞれの方向へと剣を構える。


「どうだ、ドーグ?俺達ーー強くなれたよな?」


絶望的な苦しさの中だが⋯⋯アレックスは嬉しそうに尋ねた。


「ハァ、誰かさんのせいだがーー悪くない感覚だ。お陰でここまで強くなれたし、何よりーーこんな大量にいる魔物を相手に約1刻近くまで応戦出来ているんだ⋯⋯文句の言葉なんて出るわけ無いだろ?」


アレックスの笑みに応えるようにドーグもいつもの堅い笑みではなく、友達としてみせるような頬の上げ方で笑う。


ドシン──!


『GAAAAッッ!!』

『uuuuu』


何を考えているのかは全く分からない。しかしーーそんな二人を見る魔物達が怒り狂っているのだけは理解できる。


叫び声を上げる魔物達。


『グゥアアアアアアアアアア!!』

『ギィアアアアア!』


二人は若干の笑みをこぼす。

仕方ないだろう。もう体力は残り少ないなんてどころではない。今こうして立っているのもかなりの限界点だ。


「ふぅ⋯⋯」


水平に剣を構える二人。


行くしかないーーと、アイコンタクトで二人は察して頷く。


「ギィッッ!!」


20以上の魔物達が一斉に二人に向かって飛び出す。


「⋯⋯⋯⋯」


迫る魔物達の叫び声を聞くアレックスの双眸はピクリとも動かずにただ真っ直ぐ見据えながら数秒ジッとしたまま。


何かのタイミングを見計らうとその場で両足に力をほんの少し込めて、垂直に1mないほどふわっと飛ぶ。

───

──

「疲労⋯⋯ですか?」


あぁ、お前達は強くなったと思う。だが、それは一般人と比べると⋯⋯だ。この意味がわかるか?


「わ、わかりません」


上裸で地面の上で正座の姿勢をしたまま煙草を吸うガゼルの話を信者のように耳へと聞き入れるアレックス。


まぁ、そうだろうな。アレク、この世界の根本には何がある?


「根本⋯⋯ですか?」


あぁ。俺が教えていない事で、もっとも知り得た知識であり、誰でも知っているのに知らないことがある。では誰も知らない事とはなんだ?


数秒アレックスが思考を巡らせるが、答えが出ない。


まぁ、そうだよな。

答えはーースキルと職業だ。


「あっ!!そうでした!すっかり忘れていました」


だろう?まぁ、厳密に言うと、俺自身もコレについてはそこまで詳しいわけではない。だからわざわざ講釈を垂れるつもりは全く無いが、コレだけは言える。

⋯⋯今教えたモノはーー全て例外の技であり、この世界の本来の戦い方としてはーーお前達は不利であるということだ。確かに強くなっただろう。しかし同時に、強力なスキルや職業を持った冒険者や魔物達と相対した時、お前達は間違いなく負けるだろうな。


「⋯⋯⋯⋯」


確かにーーとアレックスは頷きながら黙って話を受け入れる。


では何故わざわざ教えるか。という話だ。

勿論剣士として確実に伸びる物があるから教えた事も要因の一つだが、格上との戦いに慣らすためだ。


「格上⋯⋯ですか?」


あぁ。俺から十分な量と質を込めた時間がないお前達は、本来の力のちょびっとも出せていない。あくまでも少し強いくらい以下。なら、それを少しでも補填していくためにはーー常に深いLearning(ラーニング)をしていかなければ⋯⋯あ、勉強だな。すまんすまん


「⋯⋯?」


ごほんっ。まぁいい。

とにかく、常にお前達は目に見えている全ての物が勉強の対象となる。


例えばーー。


ガゼルが煙草を口に咥え、下にある剣を持つ。それをどうするのかとアレックスは見ていると、突然剣を上に向かって放り投げた。


「師匠!危ないです!」


そんなのはいい、よく見ろ。


アレックスは凝視する。


'え?ただ剣が回転しているだけにしか思えないが'


そのまま見ていると当たり前のようにガゼルの真横に剣は落ち、地面に突き刺さる。


「危ないですよ!」


そんな事は百も承知だ。今、お前にはどのように映った?


「え?それは⋯⋯剣が空中をこう、クルクル回って地面に落ちて最終的には地面の土に刺さりました」


そう。じゃあ次は、"もう一度""同じ軌道"と"回転"を起こすからーー剣が何回転したのか、当ててみろ。


「え、ええええ?」


アレックスのまじかよという表情そっちのけでガゼルはまたも""剣を全く同じように""放り投げる。


'どういう事だ?'


ブン、ブン。


何か意図があるのは分かる。だけど、何を俺にやらせたいのかが全く分からない。


そのまま剣はまた地面に突き刺さる。ガゼルは刺さっている剣を手にとってアレックスに瞳を向けた。


どうだ?何回転だった?


「わ、わかりませんでした」 


だろうな。


淡々とそう答えたガゼルにアレックスが首を傾げた。


「分からないことを前提にやらせたということですか?」


ん?分からないか?冷静に考えてみろ。

お前は今、自分で相手が言ったことの半分も理解できずに視界にある剣すら集中できないほど視野がぶれて狭い。

 ちなみに、今剣は6回と半ほど回って地面に突き刺さった。


""力の入れ具合、どれも俺の思った通りの結果だ""


「え?」

『え?』


ガゼルとアレックスの双眸が見合う。


'つまり'


この人は今ーー全部把握した上でどれだけ回転してこれくらいで刺さるというところまで全て把握してたってことか?そんな事出来るのか?


アレックスは震えた。

目の前でありえない現象を目にしたせいで全身が震え、唇を結ぶ。


これがーー俺が成らなければならない境地!!


高過ぎる。これが人族に可能なのか?スキルも、職業もなく?


絶望したアレックスの心情をガゼルは何かを察したのか、その場で剣を刺し直して近くにある木の根本の上に座る。


 まぁいい。今ので分かったか?お前は目の前の情報すらまともに整理出来ていないということだ。

 戦いは勘?馬鹿を言え。

そんなのはーー偶然で出るわけないだろう?それは至れていない奴らの戯言だ。

 

いいか?視野を常に広く持て。そして一つ一つの目の前に置かれている情報を冷静に受け取れ。


追加で例えばーー。


座っているガゼルが気付けば音もなく消えていた。


「え?」


刹那。真横から片手をポッケに入れ、もう片方でのフックがアレックスの顔面スレスレで止まる。


寸止め。しかし、ガゼルの有している力のせいで突風がアレックスの頬を掠める。


寸止めだ。怪我はしない。今ーーどう思った?


「どう⋯⋯思った?え、え〜と、見えなくなったと思ったら拳がここにーー」


指をさすアレックスの言葉を遮って目で下を見ろと訴えるガゼル。


「⋯⋯っ!!!!」


アレックスは驚愕し、反対にガゼルは笑みを浮かべる。


仕舞っていただろうもう片方の手がアレックスの脇腹の直前で指を立てて寸止めしているのが分かった。


分かったか?今お前は、顔面を狙われたーーそう思ったはずだ。


「そうです」


だが、実際に俺が狙ったのは脇腹だ。もしここに毒が仕込まれていたとしたら?お前は即死だ。スキルでもいい、職業の力でダガーで刺す直前に付与する事ができるかも知れない。


人の意識、人の体感速度と現実で行われている速度では全くの別物だ。スキルを使われるなら尚更な。ここでは実践訓練なんぞ取らなくてもかなりの短縮が可能になっているのがスキルや職業ってわけだ。


近接戦闘で短剣を達人級に使いこなせるような職業を持つ者ならここから横、縦、斜め、直前にフェイントして全くの別軌道で相手を制す事ができるだろう。


選択肢なんて有限だが、実際スキルが絡めば倍か更に増えていく、いいか?


「は、はい」


お前は真っ直ぐで聞き入れることが出来る素直な人間性をしている。


「に、人間ってなんですか?」


ん?人間を知らないのか?


首を傾げながら返事を返した。アレックスは「分からないです」とだけ返事をして、ガゼルの話を待つ。


そうか。なら性格で構わない。


 お前は今から全ての情報を一つずつ整理していく訓練を行う。それから段階を上げていく。速度を上げて、精度を上げて⋯⋯な。


そう話すとガゼルはアレックスに背を向けながら座っていた木の根の方へと歩き出す。


そして、座る前にーー背を向けたままガゼルが新しい煙草を咥えて火をつけた。


忘れるな?アレクーー。

──

───

「⋯⋯⋯⋯」


無機質にも見える生気の宿っていないアレックスの双眸。


浮かした二足が地面に着地した時、一気に魔物へと見えない速度になるほど引き上げて飛び出した。


ドォンッッッ──!!!

砂塵が舞い上がるほどのアレックスが引き起こすダッシュ。飛び出したアレックスが一気に魔物達との距離を詰める。


当然魔物達は自ら獲物がやってきたと悪笑を浮かべながら短剣やロングソードを構えながら応戦する。


距離は人換算で5人程。


'全部で5人。全員が武器持ち。剣二人、短剣、素手、弓だが近付いたのを見て腰に携帯している短剣に手を掛けている'


この処理ーー驚きの僅か1秒。


そしてそこから片足が地面に着地し、魔物達との距離──人一人分。


『ギイイイイイ!!』


振り上げ、斬り下げ、横薙ぎ、乱雑な刺突。


無機質なアレックスの瞳孔が高速で動く。その瞬間にーーアレックスの使う剣が緑のオーラを纏う。


キィィと光輝きながら高い音を響かせる。


「スキル:強斬撃(ハイスラッシュ)──」


アレックスは片足に力込め、目の前いる敵ではなく、上から飛びかかって来ている魔物にスキルを繰り出す。


ザシュ──!


全身の必要な部分だけ鍛え上げたアレックスの身体は即座に頭に思い浮かべている動きを行動に移し、降ってくる2体を綺麗に仕留める。


'次'


本来、一撃でしか使えないはずのハイスラッシュ。しかしーー。


キィィィ──。


緑の輝く光が途絶える事はなく連続でアレックスが振るい続ける。

───

──

「くっ⋯⋯!!ううっ!」


アレックスがガゼルの力に勝つことは出来ずに踏ん張りながらも後退する。


踏ん張った痕が綺麗に二人の間に残る。


よく成長している。出来高としては満点に近い。


「本当ですか?」


あぁ。素直な性格がいい成果を生み出している。


ガゼルが口から細い煙を吐き出しながらそう微かに嬉しそうな声色で呟く。


選眼が以前の5倍以上は上がっている。

これを成功と言わずしてなんというんだ?


「あはは、褒められると恥ずかしいですね」


ふん、まぁいい。これで教える事は以上だ。


「以上⋯⋯なんですか?」


不満気なアレックスの返事に苦笑いを向けるガゼル。


よく分かったな。まぁ、どんなに優れた奴らだろうと、一週間の間に鍛え上げるのは不可能だろう。


俺は全部を教える気はサラサラない。必要なモノをーーソイツの必要な時に植えるのが持論でな。


ドーグには緊張を解かせる事。リーナには、制御と基礎魔法の向上を。


お前には、最低限の剣しか教えていない。


お前に教えた事はーー選択の目だけではなく、常に全ての事柄を深層意識にまでラーニングさせる事だ。


「ど、どういうことですか!?」


簡単だーー。

見えている全てーー格上との戦いに役立て、自分の戦いに全反映させる事だ。

その為にまず始めた事はーー

──

───

脳内でガゼルと対話した事がドンドン語りかけてくる。


『キィィィッッッ!!』


アレックスの攻撃のほんの僅かに生じた隙を狙ってゴブリンが剣を斜め方向へと乱暴に振り下ろす。


ブンッッ──!!


『キッ?』


ブリッジしているんじゃないというほど上半身を反らすアレックス。


創一がよく使う上半身反らし。


──「まず、鍛え上げることで最初にお前に始めたことはーー身体機能の改善」


靭やかなアレックスの身体は、それだけ反らしても全くキツそうな表情をしない。


そこから持っていた剣を地面と平行になりながら手をパッと離し、ゴブリンの振り下ろしを避ける。


そしてアレックスは上半身を起こしながら反対の拳を握り締める。


握り締めた事によって筋肉が浮き上がり、ありえない程血管が浮き上がる。


──「こう⋯⋯ですか?」


違う。力の使い方が成っていない。俺達人族はーーそもそも全く人体の構造を理解していない。


「ふんっっっっ!!!!」


アッパーとは呼べない独特な軌道。アレックスの拳がゴブリンの顔面へと突き刺さる。


そうーースマッシュ。

創一が比較的多く使う種類の技。


ドゴン──!


ゴブリンの顔面はアレックスの鍛えた拳がめり込み、後ろへと回転しながら後方へぶっ飛ぶ。


ドォンンン──!!


──「力の流れる感覚と制御、その他色々あるが、感覚を掴めたのならーー後は常に学習させること。常に学習しろ。そんで、戦いに関する事から細部に至るまでーー記憶と学習を繰り返せ。俺が一週間で辞める理由はーーそこにある。俺が居なくなってもいいように、リーダー───蒼き星、アレックス。お前が全員を操れ」


ただ上半身を反らしながら拳を魔物へと放っただけ。だが、その威力はーー通常の何倍もの増幅を生み、思わずドーグが目を大きく見開き驚愕する。


「ドーグ!!今の内に矢が飛んでくる!急いでスキルを頼む!!」

「そんなに俺のスキルなんて知ってたか?」

「シールドで十分だ!」

「⋯⋯まじか」


'いつの間に俺のスキルをここまで正確に把握していたんだ?'


驚きを隠せていないドーグが笑う。


そのままアレックスは回転しながら残りの魔物を蹴り上げた。その半拍、アレックスは剣を回収してドーグの足元へと飛び込む。


「スキル:シールド!!」


『キキッ!!』


遠くの方で構えていた弓部隊が目を丸くさせながらも矢を放つ。


キンキンキンキン。


ドーグのシールドで降り注ぐ矢を全て弾き、九死に一生を得る二人。


「ナイスだ、ドーグ」


そう言いながら2回ドーグの肩を軽く叩き、颯爽と自分の守る方へと駆けるアレックス。


「⋯⋯⋯⋯成長したんだな。アイツも」


悔しそうにそうこぼし、ドーグも更に盾と剣を構える。



◇◇◇

『おい、あれがーーお前らが言ってた雑魚パーティーなのかよ?冒険者ども!』

『そうよ!逃げるのも大事だけど、あの人達が頑張ってるんだから、貴方達も加勢しないと!』


老人の数人が若い冒険者からベテランまでの冒険者達に怒鳴り込んでいる。


理由は明白だ。逃げようと入口からでた先でーー雑魚と言われていたパーティーの二人が懸命に死守⋯⋯どころではなく、少し上回る位の強さを見せつけていたからだ。


なのにもかかわらず、ここで逃げようとしている冒険者を見れば、怠そうに明日の話をしている者達やビビってさっさと離れたいと表情に出ている者達ばかり。


普通の町民が思わずこぼした言葉がきっかけだった。


「雑魚とか言い放っていたのに、今じゃ逃げ腰で誘導するなんて上のランクの者として恥ずべき事だ」と。


そこから入口付近で町民達がここぞとばかりに言葉を荒げながらも加勢するよう怒鳴っていた。


「うるっせぇよ!!」

「この間だって、貴方達が雑魚だ雑魚だって言ってたじゃない!今貴方達が価値を証明したらいいじゃない。彼らが可哀想よ!」


巻き起こる町民と、冒険者の論争。

そんな光景を見ながら、ほかの冒険者たちは苛立ちを募らせているのが表情に出まくっている。


そして、面倒になってきたのか軽く脅そうと剣に手を掛ける者が数人現れる。


「じゃあテメェがいけよ!」

「私達は何のために高い税金を払っていると思うの!?」


もはやここが侵攻場所なのかと疑いたくたくなる光景。


口々に聞こえる騒音のような言い争いの中、一人の少年は鼻で笑った。


「ふっ」

「ん?」


鼻で笑ったのを聞いていたのはーーゾルドだった。


「何を考えてる?やめておけ、その内止まる」

「⋯⋯⋯⋯」

「少年?」


少年と呼ばれる子供は、一歩前へ踏み出す。


「聞こえなかったのか?止めておけと言っているんだ」


それでも少年はまた一歩進む。


「はぁ、いい加減にしろ」

「僕は逃げる為に冒険者になったわけじゃないんです」


手で顔を覆い、溜息をこぼすゾルド。

そして溜息混じりの声で続けた。


「お前に何ができる?スキルも、職業もクソな状態で?E級冒険者コウラ」


そう言われたコウラは立ち止まった。

そして口を開き、笑みを浮かべながらこう続けた。


「何も出来ませんよ?しかし、僕のような雑魚冒険者でも続けばーー数人が動いてくれるはずです。そして数人が動けば、更に数人が。そうして彼らの為になるはずです」

「それが結果的にーー地獄へと向かう道だとしても?」


真顔で問うゾルド。

対して縦に無言で頷くコウラ。


「私はE級冒険者ーーコウラ!!」


コウラは腰に差している剣を天に掲げる。


「雑魚かもしれません。死ぬかもしれません!多分、後者の方が多いはずです!しかし、私達が冒険者になろうとした動機はーーお金や、権力なんかの下品なモノでは無かったはずです!!」


全員がコウラの言葉に耳を傾けている。

それはまるでS級冒険者のような貫禄すら出しながら。


「我々は、あのような勇敢な冒険者にいつだって憧れていたはずです!!!今!!この街を、このトラシバという愛する街を、守るべき時ではないんですか!!言い争っている場合じゃありません!!僕はーー命を捨ててでも、救います⋯⋯この街を!!」


少しの間静寂が訪れる。そんな中、コウラは緊張しながらもアレックス達がいる地獄へと足を前に踏み出した。


「風よ、我が祈りを聞き届けよ!風の足(ウインドステップ)!!」


コウラが魔法を唱えて地獄へと走り出す。


静寂の中、一人の男が「俺、行くわ」と感化されて声を上げた。それに対して次々と賛同の声が広がっていった。


中には先程まで口論しているもの達もいたが、皆一様に言葉に動かされた冒険者達が一斉に動き出した。


「⋯⋯⋯⋯」


その様子を最後まで見ていたゾルドは、一呼吸ついた。


「はぁ、確かにーーな」


──「俺も、世界を救えるような勇者様になりたいんです!!」


ポリポリと頭を掻きながら昔の自分を思い出すゾルド。


'もっと俺が後に生まれていたらーーどうしたのだろうか'


いや、そんな事はいいか。過去は変えられない。俺も悪人だ。金で出所したところでーー何も変えられないか。


最後の一人になったゾルドも次第に前へと走り出していた。

それは、昔の自分を思い出したように笑みを浮かべながら。


**

**

「くっ⋯⋯!」

「アレックス!!もうポーションはねぇぞ!」

「はい!!」


あれから更に20分程が経った。

以前として魔物の減り具合は変わらない。

数人の冒険者が残って、避難民の8割ほどを外に出す事に成功したらしい。


⋯⋯誠に嬉しい事だ。自分達の力だけでーー初めて人を救えたと言える。


だが、残った二割の殆どがもう身体の機能が駄目になっている者達や奴隷だ。

こればかりはどうしようもない。


兵達も加わってはいるが、被害が増え続けるばかり。


アレックスが魔物の一撃をパリィ、そして回転しながら横一閃を決める。


『ギャアアア!!』


「はぁっ、はぁっ、」


あれからまるで身体が別人のように変わったアレックスの深呼吸はまるでーー獰猛な獣のような息遣いに変わっていた。


震えていた程度で済んでいた最初の頃とは違って、身体で息をしている。


色んな意味での、身体の限界。


ガゼルさん⋯⋯師匠はどうしたんだ?何処に行っているんだ?もう街から離れていたのか?分からない、だけど⋯⋯あの人しかもう頼りがない。


ここのエリアはギリギリ。


向こうに見えるもう一つの前線では、どうやらギルド長を含む少数精鋭が守ってくれているらしい。だが、俺達若い奴らではもう限界だ。


ドンドン斬られては餌にしかなっていない。


実はこの少し前ーーガゼルは魔族幹部と戦闘中であった。その為、アレックスのアテが完全に外れていた。


「くそっ、強いーー」


身体が鉄のように重い。鎧を何重にも羽織っているようだ。


気合と根性でも⋯⋯もうそろそろ倒れる。


アレックスがそう呟く背後から、光に満ち溢れ、だがそして地獄のような言葉が聞こえた。


「アレックスさん!!」

「⋯⋯どうしまーー」


アレックスの言葉が止まる。

何故なら、目の前にいたのは⋯⋯セレーヌと知らない少女2名だったからだ。


「ゴホッ、ゴホッ!!ドーグ!」

「なんだ?アレク?」


辛そうにドーグも投げやりに言葉を返す。


「セレーヌちゃんが!!」

「⋯⋯っ!!」


ドーグも少し距離を置いてアレックスの方へと移動した。二人は他の冒険者に少しの間耐えるよう伝えてセレーヌのいる場所へと駆け付けた。


「⋯⋯だ、大丈夫ですか!!」


セレーヌはそう言いながら二人に対して微量の魔法でヒールを入れる。


「セレーヌさんのお陰でまた少し戦えそうです!」

「私もです」


二人は迷惑をかけまいとカラ元気の状態で体をブンブン動かした。だが、セレーヌはそれを見透かしたように続ける。


「座ってください、足しにもなっていないのは分かってますから」


セレーヌの言葉を聞いた二人。しかし無言で首を横に振った。


「もう、座ったら立ち上がれなさそうなんです」

「同様です」

「そんな⋯⋯!」

「恥を承知でお尋ねさせてくださいーー師匠、ご主人様の行き先はわかりませんか?」

「も、森にいくと言って、それから」


辛そうにそうこぼすセレーヌ。

二人も励ますように背中を擦りながら元気付けている。


「ありがとうございます、しかしーー」


セレーヌは二人の身体に視線を向ける。


もういつ壊れてもおかしくない鎧に、ヒビが少し入っている鉄剣、肌は所々キズが付いていてもう限界といった顔。明らかに戦える状況ではない。


「ま、まずいですよ!それ以上戦ったらーー」


セレーヌが止めようと声を上げるのを遮って二人は前へと踏み出した。


「⋯⋯っ!!」

「セレーヌさん、他にも欠損奴隷の方達もいますよね?運命って怖いですね。そのおかげでーー師匠が駆けつけてくるはずです!その間、僕達が時間を稼ぎます!どうか、死なないで。それとーー」


背中を見せていた二人が同時に立ち止まる。

そして少し首をセレーヌの方へと向けて笑みをみせている二人。


「ヒール、ありがとうございます!これでまだまだ戦えます!」


二人は笑顔でそう言葉を残して、再び少し先の前線へと走り出した。


「ご主人様⋯⋯!!」


セレーヌはミウとアリスを抱きながら静かに祈っていた。



◇◇◇


ドンッッ───!!!


空中を歩いてるような速度で駆けるガゼル。地面に着地しては、地面に亀裂が入るほど両足に力を込めて再び飛び上がりながら街へと戻っている。


「急げ!」


ロイヤードの吠える声が聞こえた直後、森一色だった景色に終わりが訪れた。


だがーー。


「ど、何処だ?」


ガゼルの目、そしてロイヤードの嗅覚で間違いなく着いたはずの森の入口。


だが、そこは見覚えのある場所では無くなっている。


更に進むとそこにはーーー人間の死体だったモノの山が築かれていた。恐らく魔物達が喰い尽くした後だろう。


そして周りは火の海。

パチパチと家や人を燃やし尽くし、正に地獄と言えるような光景だった。


'クソッタレ'


そう心の中で悪態をつきながら煙草を一本咥える。


無意識だった。

煙草なんて本来吸っている場合じゃない。


だが、ガゼルは霧散した兵士達⋯⋯人間の死体を集めて作った山に火をつける。


ヴォォォ──!!


火が舞い上がり、燃えている山が火葬されていく。


ガゼルはーー汚い血の上で黙ってその場であぐらを組み、煙草を吸いながら燃えかすとなった火の中を覗きながら両手を合わせた。


「いつか、報われる日が来ますように」


ジジーー。


「うっ⋯⋯!!!!」


ガゼルが謎の頭痛に頭を抱えた。咥えていた煙草がポロッと落ちて火葬されている方へと転がっていく。


「⋯⋯⋯⋯」


突如視界が歪み、大量のノイズ音とモザイクが掛かる。


ジジーー。

ジジーー。

───

──

「なぁ※※」

「ん?どうした※※※※」


大量のお墓の前で二人の人影が座って見ていた。


「てか、煙草やめろよ」


そう一人が言うと、もう一人が軽く微笑む。


「そう言うなって。もう、ただのヤニカスなんだから」

「辞めたら治るぞ」

「これはな※※、仲間達⋯⋯家族の弔いなんだ」

「弔い?」

「あぁ、いつか⋯⋯魂が浄化されて良い人生がやって来るようにってーー」

「それが煙草を吸い出した理由か?」


そう尋ねるともう一人が頷く。


「なら、俺も始めようかなーー煙草」


そう言いながら手を出し、寄越せと言わんばかりに笑みを向ける。


「ほらよ」


そう煙草一本とライターを手渡して火をつける。だが、当たり前のように吸い込むと苦しくなって思い切りむせている。


「ゴホッ!ゴホッ!煙草最悪じゃねぇかよ※※※※」

「あっはははは!ようこそ!カスの世界へ」

「「ぷっ、ははははは!」」

──

───

「⋯⋯⋯⋯」


頭痛が止んだ。

ガゼルは見える火葬現場を再度見上げた。


「⋯⋯何だったのかは分からないが、来世は良き人生になるようにな」


静かな怒りを秘めて、ガゼルはその場を背にして街の方へと走り出した。

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