16話 結果と鬼
あれから大体五分程立った現在、俺とセレーヌの二人と、蒼き星達と共に──ラカゴの森の前へと向かっている。
「師匠!」
まぁ、ラカゴの森には一度行っているから全く道順に関しては問題はなく──
「師匠!」
「なんだ?」
面倒くさそうにそう返事を返すガゼル。そのままピィ〜ンとライターを開き、煙草に火を点けてアレックスの方へと目を向ける。
「師匠⋯⋯!もし俺達が討伐できなかったらどうするんですか!?」
「そうです!出来なかった時の事を少しはお考えください!」
「二人の言うとおりです!」
猛抗議が起こって話をするどころでは無いほど鬼のように喋りまくる3人。
'いやまぁ気持ちは分かるが⋯⋯'
「なぁ、お前達」
「「「はい!」」」
目の前にはもう森が見えており、止まった3人の少し先まで歩き、一定の場所でピタッと止まって後ろへ振り返るガゼル。
「見返してやりてぇんだろ?なら、ゴブリン討伐位やってみせろ。成長したのはステータスだけか?違ぇだろーが。お前らも「やってみせます!」くらいの言葉を少しは言ったらどうなんだ?そんなんじゃゴブリン討伐すら難しいって言われたままだろう?」
ガゼルがそう言うものの、三人の抗議は止まらない。
「そうですが」
「ですがあの条件は!」
「いくら何でも!」
「まぁお前らの気持ちは分かるが、もう決まった事は覆らない。とにかく嫌だってんなら気合い入れて臨め!いいな!」
「「「はい!」」」
そのままラカゴの森へと到着した。流石に到着すると文句を言う事はなくなり、持っている武器を触りながら準備万端と言いたげな表情でガゼルを見つめる。
「ふっ。文句はいくらでも終われば聞いてやるから──まずはこの依頼を無事終わらせてこい」
「「「はい!」」」
「なら良い。行ってこい」
その言葉と同時に蒼き星の三人が森の中へと慎重に進んでいく。ガゼルは念の為変な事が起きないか気配を確かめるが特に何も起こってはいない為、近くの丸太の上に座って煙草を吸い始める。
「⋯⋯ふぅ」
「ご主人様」
セレーヌがいつになく真剣な表情でガゼルを真っ直ぐ見ている。そしていつもの声色と空気感ではない事を感じたガゼルは、すぐにセレーヌを見上げた。
「どうした?」
「私の特訓はいつになったら出来るんですか!?」
「あ」
いつものセレーヌとはまるで別人のように強くガゼルに言っている。そして完全に忘れていたと白状するように思わず一文字だけが漏れ出ていた。
「今完全に忘れていましたよね!?「あ」って言いましたよね!?そうですよね!?ご主人様!?」
「え〜〜とな⋯⋯⋯⋯」
やべっ。正直な話──完全に忘れてた⋯⋯。だが忘れていたとは流石に言えないな。
「セレーヌは俺と森に入った時に指導をするからまだ先だ」
「本当ですか?」
疑うようにジト目でガゼルを見つめる。
「本当だ」とすぐにそう返事を返すと、なんとかセレーヌが納得したように頭を軽く下げる。
'はぁ⋯⋯なんとか納得してくれたようだ'
危ねぇ〜。セレーヌの指導内容も決まってねぇし、回復役の指導内容なんてすぐ決まらねぇよ。どうしたもんかなぁ〜⋯⋯⋯⋯。
内心なんとか切り抜けたとホッと安堵の鼻息を漏らすガゼルだった。
「さぁ、アイツらはどれくらいで戻ってくるだろうな」
「私は早いと思いますよ?」
「そうか?案外手間取って地獄でも見てそうだがな」
そう言葉をこぼすと、セレーヌが正気を疑うような目でガゼルを見下ろしていた。
「なんだその目は」
「ご主人様⋯⋯本気でそう思ってるんですか?」
「多少手間取りそうだなと思ってるだけだ。依頼は達成されるだろうな」
うんうんと頷きながら煙草の煙を反対方向に吐く。
「はぁ⋯⋯」
深い溜息を思わず吐くセレーヌ。
「なんだよ、そんなにおかしい事か?」
「おかしいに決まってますよ。たった一週間で──どうやったらあんなに身体が変わるんですか!?それに筋力もです!」
---森の中
一方アレックス達は真剣な表情で少しずつ奥の方へと進んでいく。
カサッ。
「⋯⋯ッ!!」
草木が少しでも揺れれば即座に反応し、すぐに視線を向ける三人だが、ただの風という場合が今のところほとんど。だが緊張を取ることは一切無い。自分達だけでなく──師であるガゼルまで命を乗せてきたのだ。
アレックスの表情が崩れる事は無かった。
'死んでもこの依頼──達成しなければ一生どころか、来世、来来世までの恥だ'
先頭を歩いているアレックスが静かに話し始めた。
「なぁドーグ、リーナ」
「何よ?」
「どうした?アレク」
「あそこまで言われたんだ⋯⋯絶対討伐しよう!」
アレックスの気持ちの入った言葉に2人は即座に頷く。
「それにしても、全くゴブリンと遭遇する事が無いな⋯⋯何かあったのか?」
歩きながらそう独り言を呟くアレックスに二人が総ツッコミに入る。
「アレク、勘弁してくれ。こんな時に限って上位個体でも現れでもしたら──勝負どころではなくなってしまうだろう?」
「そうよ?それに、何処かで縄張り争いても起きている可能性も否定できないわ?ゴブリン同士」
「それもそれで最悪じゃないか!?」
「「確かに」」
アレックスのツッコミに二人が苦笑いで前を向き直す。
そこからしばらく歩き続ける蒼き星だったが、魔物に全く遭遇する事なく奥へ奥へと歩き続けた。気付けばそこから30分程度時間が進んでいる事に緊張していた三人は気付いていなかった。
**
「あれ?」
先頭のアレックスが足を止める。
「どうした?」
「敵⋯⋯?」
3人の目の前にはある洞窟の前に到着しており、近くの岩壁にダンジョンボードが貼られていて、そこにはD級ダンジョンと報酬だけが書かれてあった。
※ダンジョンボードとは。そのダンジョンの等級と報酬が書かれてあるモノで、全ダンジョン入口付近に必ず配置されている物だ。
「え?ここダンジョン?俺達どれだけ歩いたんだ?」
静かにアレックスは焦燥感に駆られ始めていた。国同士の取り決めによって、街から大分離れた距離じゃないと街の建設が基本的に不可というものだ。当たり前ではあるが、数十年前まではそれでかなりの代償を国や民が払っていて、やっとここ10年程で回収出来た。
そして今。自分の目の前にあるのはᎠ級やE級でも関係ない──ダンジョンなのだ。
'どれだけ歩いていたんだ⋯⋯'
マズイ。これが本当だとすると、俺達はかなり奥の方へといるわけだ。ゴブリンならもっと手前でよかったはずなのに。
そう心の中で呟くアレックスは視線だけで周りを確認する。
'つまりここは──俺達では全く通用しない魔物がわんさか現れてもおかしくない場所って事じゃないか。Fランクの俺達が対処できるはずも無い。
だが。やるしかない。
「アレク?まずくない?ここダンジョンよ?」
「確かに。俺達は居ないことにもっと早く重要視すれば良かっただろうが」
二人の表情が一気に不安に駆られて周りをキョロキョロ見回している。
「いや、このまま──」
アレックスがそう言いかけたところで、嫌なカサカサ音が少し距離が離れた所から三人の耳に入った。
「「「⋯⋯ッ」」」
アレックスは剣に手を掛け、リーナは杖、ドーグは盾全員が背中合わせになりながら三方向をそれぞれが見つめている。
「アレク」
「分かってる」
即座にそう返し、音の正体が分かるまで見続ける三人。
カサ、カサッ。
「⋯⋯っ!気のせいじゃない!ゴブリンだ!すぐに準備だ!」
「ケケッ!」
草木を分けて現れたのは⋯⋯数匹のゴブリン。目を大きく開きながら驚きを隠し、必死にアレックスが気付いて声を上げる。それに対してすぐにドーグとリーナも阿吽の呼吸で合わせる。
「ケケッ!ケェ〜⋯⋯⋯⋯」
数匹のゴブリンが持っているのは普通の少し錆びているショートソード。恐らく弱い冒険者から奪い取ったであろうモノを見た三人が顔を引き攣らせる。
理由は言わなくても分かるだろう。自分達もそうなるかもしれないからだ。
そしてゴブリンが下卑た目線を三人に向ける。それは、「思ったより弱い人間を見つけた」と言わんばかりに見下し、嘲り軽視しているような酷い目つき。
「はぁ⋯⋯」
アレックスにトラウマを思い出させるように高速点滅した記憶がパチパチ流れる。
──〉_:┃≠±__
━━━】"『』】・]]、!!
キィィンと突然想起される記憶にアレックスがゴブリン達に向かって叫ぶ。
「⋯⋯ッ!ハァァ!!」
いつかブチ殺してやる。
「ハァァ!!」
あの時も。
「ハァァ!!」
あの時も。──あの時も。
「アレク?」「アレク!?」
突然の叫びに驚いた二人がアレックスの身を案じて必死に声を掛けるが⋯⋯全くの無反応。それどころか、必死に何かに訴えかけるように叫ぶその姿は──まるで悪魔のようにも見えた。
──生きてね。アレク
まだ幼き少女が満面の笑みを自分に向けるその姿は⋯⋯表情と周りが違う。血塗れで首から下が泣き別れになっても絶やさないその笑みは──まるで天使とも悪魔とも言える純粋無垢な笑み。
アレックスは人生で一番の雄叫びを上げる。
"ここで逃げてはならない"
ビシィィ!!
電流に打たれたように震え、その衝撃で数々の血管がバキバキにパンパンに膨らんでいる。
──進め。
たった一言。それも自分の背後からそう言われたような気がした。
「⋯⋯?」
血管がバキバキに浮き上がっている首元をしているアレックスが、恐る恐るだが急いで背後へ振り向く。
だが、何もいない。
振り向き直したその瞬間──また声が聞こえた。
──進め。進み続けろ。
「⋯⋯っ!」
'誰だ?でも──何処かでこの声を聞いたことが'
そう独り言を呟くアレックスの真後ろには、人の気配を突然感じる。
「だが振り向いてはいけない」と勝手に解釈したアレックスは剣を抜く。
「ハァ、ハァ」
「アレク?どうしちゃったのよ?」
「⋯⋯分からない。なんだ?」
'突然身体が興奮して、闘争心のようなモノが大量に吹き出したような'
「悪い、突然沢山の記憶が流れ込んできて」
「そう」
それだけ返事を返したリーナが魔法を詠唱し宙に二本のファイアランスを展開する。
「ドーグ、スキル貰ってもいい?」
「勿論だ!【プロテクション】」
リーナとアレックスの身体に、スキル発動を確認出来る薄く白い膜が覆っている。
「行くぞ!二人とも!」
「ええ!」
「おう!」
アレックスは目の前のゴブリンに向かって一歩ずつ動き出す。
さっきとは違って別人のように冷静にゴブリンを中心に捉えながらじりじりと寄っていくアレックス。
冷静ではあるが、実践。それもこんなダンジョンという場所の目の前という緊張も相まって基本的な呼吸もままならない。
数歩進んだそんな時、またも背後に人の気配を感じるアレックス。
そして今度は⋯⋯親のように優しい手つきで後ろから自分の両肩にポンポンと、まるで「恐れるな」「大丈夫」という感触と本当にそう言われたような感覚がアレックスの中に入ってくる。
また幻聴か、それとも本物か分からない声が背後から聞こえる。
『恐れるな』
「⋯⋯ッ」
アレックスは動揺した。今まで錯覚だと思っていた程度の声だったが、今の一言はかなり大きい声量だったからだ。
「貴方は────誰ですか」
振り返らずにアレックスがそう質問を投げ掛けるが、声の主は何も発しない。
「⋯⋯⋯⋯そうですか」
『進め⋯⋯』
後退りしようというアレックスの深部にある気持ちを見透かしたように、声の主は応援するように優しく両肩をポンポンとしながら真正面に見えるゴブリン達に向けて威圧感のある双眸で見ていた。
『我流天惺──我が道、進むは修羅の道』
'な、なんだ?言葉なのか?'
突然聞こえる男の声にアレックスは動揺を露わにした。そんなアレックスなどお構いなしに──遥かに強大で、荘厳な異質の存在は更に言葉を続ける。
『修羅を超えし者──鬼とは神。神とは鬼である。即ち修羅の道は神道である』
'神道?修羅?なんの話だ'
『我が血を分かつ同胞よ、進むのだ──』
再び自分の両肩に感触がある。そして今度は、鼓舞するように力強くバシッと2回叩く。
叩かれた瞬間──急速に全身に力が漲り、自分が強くなったと錯覚する程の力が全身をかけ巡る。
気付けばアレックスは剣を抜き、片手で構えている筈の動作ではなく、両手で斜め後ろに構えていた。
「⋯⋯?なに?」
「アレクから謎の威圧感が」
「⋯⋯⋯⋯」
誰にも見えてはいない。しかしアレックスの身体へと見えない力の奔流が急速に集まって一つに収束していく。
『進むのだ──進めぇぇぇぇ!!!!』
「ハァァァァ!!!!」
男の声に感化されたのか、アレックスはとんでもない覇気と威圧感を全面に飛ばし、試験の時とは別次元の速さでゴブリンのいる目の前に移動していた。
アレックスが剣を瞬の内に振り上げている。
─ありがとう。
─頑張れよ。
─進め。
─俺らならやれる!
高速で再び掛け巡る記憶と言葉がアレックスに眠る潜在意識を目覚めさせる。
「ふんっ!!」
真っ直ぐな軌道を描いて一体のゴブリンを一刀両断に分ける。
ドゴォン⋯⋯⋯⋯。
そのまま剣は地面に衝突し砂塵が吹き荒れ、数秒の後に晴れた景色。それはスキルも発動していない。なのにアレックスの目の前にはゴブリンの斬った死体すら無く、あるのは1m以上ある深さの穴が出来上がっており、その一番深部に緑色の血が一体分あるだけだ。
「はっ⋯⋯?」
キィン!
驚いているアレックスを他所に、ゴブリンが放つ弓矢を必死に防いでいる二人。
「アレク!何が起きたのかわからないが、とにかく頼む!」
そう呟くのと同時にドーグに放っているゴブリンが錆びた短刀を持ち出してドーグへと走り出す。
「グギャッ!」
「2人とも下がれ!」
振り返ったアレックスが瞬きする間に二人と入れ替わって前に出る。少ない動作で両手で剣を構え、迫るゴブリンが振るう短刀を防ぐアレックス。
「キキッ!」
「⋯⋯⋯⋯」
嘲笑っているゴブリンと冷静にゴブリンを見据えているアレックス。2つの武器で押し合っていたが、すぐにアレックスが下半身を回して膂力だけでゴブリンを押し払った
「ハァッ!」
──ドンッ!!
ゴブリンが飛ばされた軌道上にある木に打ち付けられる。それを見た他のゴブリンも動き出そうと持っている武器を構えようとするが、その目の前に火の槍が現れ、動きを止められる。
「⋯⋯ごめんなさいね?ウチのリーダーの邪魔はしないでもらえるかしら?」
「キキキキッ!」
リーナが上手く行ったと上からゴブリンを舐めた双眸で見下ろしている。そして二人に危害が及ばないように周りを警戒するドーグ。
座学の授業も受けていた三人は、ある程度行動に移していた。そのおかげもあってか、阿吽の呼吸と共に3人の練度で隙があまりないパーティーへと少しだけだが向上していた。
「キッ!」
「ハッ!」
打ち付けられたゴブリンが一気にアレックスの元へと走り出す。それに合わせてアレックスもゴブリンの元へと一気に駆ける。
互いに持っている武器を構えた。
'負けない'
ドンッッ!
駆ける一歩一歩。その度にアレックスは自分自身を鼓舞するように心の中で呟く。
'勝つんだ!'
ドンッ!!
「キキッ!」
「ハァァァ!!」
距離はもう近い。だがアレックスは、試験での記憶を脳裏に思い出していた。
師匠の動き。力が入っていなくてもそこから最大加速するあの動きと、しなやかさ。そしてあの片手の振り下ろし。
キンッ。
アレックスが持ち方を変える。それは自分が一週間と少しの時間で考え続けた一人の師である男の動き。
ドンッッッ!!!
あの時、あの人は──。
'左足で強く踏み込み、そのまま右足を浮かせつつ前に行くように切り替えながら前進'
鍛えた膂力の後押しでスキルに近い加速を見せるアレックス動き。
それは風が後押ししているように、近かったゴブリンとの距離を更に詰め、下がっている重心から刺突の動きを見せるアレックス。
'そのまま全部の体重と持ってる力を右手に上手く全て合わせる!'
ガゼル、完璧ではないが、これで決める!!
荒い風圧と共に強烈な風斬り音が4回聞こえる。
それは風を纏ったスキルに近い何か。音が止んだその瞬間──ゴブリンの身体は4ヶ所の異常に大きく空いた穴があり、そのまま後ろへと無力なまま倒れた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
倒れたゴブリンを見下ろすアレックスに他のゴブリン達が動揺している。そして少しずつだが後退りを始め、次第に背を向けてアレックス達の元から去っていった。
「「アレク!!」」
「二人共」
緊張の糸が解けたアレックスが遅れたように深呼吸している。
「何よこれ!さっきの一撃もそうだけど──」
リーナが有り得ないと目の前にある状況を見てそう言い放った。
「俺もだ。前までは動きに制限があったはずなのに、急に良くなっているんだ」
「ドーグも?」
「あぁ、リーナは?」
「私も。魔力が前とは比較にならない程増えてるし、制御もかなり良くなってる。これが訓練の成果?」
'こんな話は聞いた事がない'
アレックスが死体となっているゴブリンを見ながらそう心の中で発した。
前提として俺達が弱い事なんてのはこの世に産まれてから何千回と言われてきた事だからよく分かってる。
その上で話すなら──普通の冒険者からすれば、ゴブリンが弱い生き物だということは理解している。だが、少なくともF級の中ではゴブリンは決して弱い訳ではない⋯⋯。理由は明確で、少なくとも死んでいる冒険者はかなりの数居るからだ。
様々な場所でゴブリンの巣を見つけた冒険者達がいつも軽蔑しながら話していた。奴らは弱いフリをして冒険者に襲い掛かって繁殖やその他に利用しているって。巣にあるゴブリン達の強奪している持ち物には、それこそ新米冒険者達だったろう私物や宝物がわんさか出てくるらしい。
そしてそれからも分かるように、決して侮ってはならない魔物である事に変わりはないし、弱いだなんて思っちゃいけない。ゾルドさんはCランクだから「ゴブリンなんて雑魚」なんて言っているが、実際⋯⋯F級冒険者にはゴブリン討伐は中々辛い。なぜならステータスが弱いからだ。
金持ちの貴族様やコネがある奴以外はステータスの詳細が分からないし、戦いの心得も知らない。逆に聞きたいが、そんな何も知らない新米冒険者や一般人がどうやってその魔物を超えていくのだ。
「俺達は無限に続く搾取、強奪をしていかなきゃ生きていきないってのか?」ずっとそう思いながら生きてきた。
「ハァ⋯⋯ハァ」
呼吸が正常に戻っていくアレックスの目はぼうっとしている。
──100点だ、ガキンチョ。
最初の言葉を思い出したアレックスが自然と笑っている。
'しかし今は'
師であるガゼルさんが教えてくれた剣がある。
死体を背にしたアレックスの表情を見た二人も恐らく同じことを思っていた。
"あの人、化物だ───"
「へっくしゅん!!!」
「ご主人様?」
「いやぁ悪い悪い。なんか誰か噂でもしてんのかな?」
頭を掻きながら笑うガゼルと心配しながら毛布がないか探しに行き始めるセレーヌだった。
「アレク?何よさっきの一撃」
「分からない、だけど⋯⋯とりあえず強くなったって事でいいんじゃないか?」
はははと軽い笑い声を上げながら二人にそう返す。
「とりあえず──二人も相当強くなったと思う。今の段階だと、多分ゴブリンなら力を合わせればいけるんじゃないかと思うんだけど⋯⋯どうかな?」
「うん」と言いたげな二人の表情を見たアレックスは、ダンジョンを背に来た道を少し引き返し始める。
「とりあえず、この辺にゴブリンがまだいるはず。とりあえず片っ端から当たっていこう」
「「了解!」」
笑顔で二人も快諾する。
全員、以前とは違って「もしかしたら?」という気持ちがドンドン増大し、戦いたくてウズウズしていた。そのまま三人は慎重にゴブリンを探しながら戦いを仕掛けた。
---森の入口
「アイツら中々帰ってこないな。大丈夫か?」
上に向かって煙を吐くガゼルと、他人の目を気にしながら隣で小さく座るセレーヌ。
「絶対帰ってきますよ!必ず!」
「だな」
ゆっくりと吐きながら煙の行く方を見ているガゼル。
'大丈夫だろうか?'
別に依頼を失敗する事を心配している訳ではない。
アクシデントの方だ。格上の魔物や──それとも、それよりももっとめんどくさい負けたくない奴の邪魔⋯⋯とかな。
こっちの世界はいつ、どこで、敵に遭遇するか分からない。日本のように明確な安全な場所が無いからだ。
これは日本人独特の思考回路とも言える。
"安全過ぎる"
この思考が残ったまま旅行目的で行った日本人が何人死んだことか。
まぁ、それくらい我が祖国は豊かな国な訳だがな。
「ご主人様?」
突然ゆっくりと立ち上がるガゼルに言葉をかけるセレーヌ。
「あぁ悪い、少し待っててくれ」
「え?一緒に行きますよ」
「そこにいるあの人に声を掛けるだけだから⋯⋯すいません〜」
**
「⋯⋯ふぅ」
上がっていく自分の煙草の煙を眺めながら弟子達の帰りを待つガゼル。
1分。5分。10分。30分。全然帰ってこない三人。
10体の討伐でそこまで時間がかかるのかと不安になりながらも、帰りを待つガゼルの耳に足音がしたのは──それから更に3時間程過ぎた後だった。
コツ、コツ。
重たい金属音がガゼルの耳に入り、振り返ると
少し遠くからだった為に姿までは分からない。
「⋯⋯⋯⋯」
'失敗したのか?'
ガゼルがそう思うのも不思議ではない。少しして姿が見えた3人の表情は、とても暗く静かなモノだったからだ。
三人はそのままガゼルの方へと歩き、見ていたガゼルと目が合う。
「師匠!」
ガゼルは無言で返事代わりに軽く手を上げた。
'どうやら倒せたんだな'
笑顔で走って向かってくる三人を見て一安心し微笑みながら呟くガゼル。
「お疲れさん⋯⋯で、一応結果は?」
「はい!ゴブリン全部で70匹、並びにウルフ4頭、コボルト6体──無事!無傷で討伐しました!」
声高らかにそう宣言するアレックスと嬉しそうにしている横二人。
「これを」
アレックスが手渡しでガゼルに一つ鞄を渡した。鞄は地球のスクールバッグで、部位保存用に渡していた物だ。
ガゼルは鑑定で中身の確認を行う。するとしっかり70匹分の素材とその他魔物の部位も入っていた。
'ん?70?'
本当だ。指導した効果はしっかりあったようだ。一匹ですら難しかった奴らが──今ではここまでこなせるようになるとは。
苦楽を共にした三人だ。最初から元々練度が異様に高いなとは思ってた。だがその練度が進化するとここまで見違えてくるのか。やはり面白い。
中身を確認し終えたガゼルがよくやったと褒める為に見上げると、少し様子が変なことに気付いた。
'ん?'
なんか⋯⋯微妙な表情をしているな。
なんだ?どういう心境の変化なんだ?とりあえずは進めるか。
「よくやったな!これでお前らの汚名も⋯⋯少しは晴れたんじゃねぇか?」
そう言いながら3人の頭を撫でると、3人は少し恥ずかしそうにしている。
'恥ずかしそうだな'
「帰るぞ。疲れただろう?今日はご馳走だな」
「はい!」
「ええ!」
「ああ!」
4人を連れてギルドへ歩くガゼル。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
三人の表情は、それこそ無表情。まるで歴戦の猛者のように。
'俺達──'
アレックスが未だに信じられなさそうに空を見ながら歩いている。
やったんだよな。クソみたいな中⋯⋯俺達全員で70匹のゴブリンと、少数の格上の魔物を倒せたんだよな。
無表情の理由は、自分達がやれた事を信じられないということと、先頭に歩いているこの男にどう感謝を伝えればいいか全く検討もつかないこと。まだまだ溢れる様々な感情がアレックス、リーナ、ドーグの中で渦巻いた結果──この無表情三人組というわけだった。
そしてこの瞬間。自分達が男に対して二度と永遠に頭が上がらない師弟関係が完成し、後に"神門式"という既存の技術体系が門派と為し、遠い未来──神が作った最強の技として貴族しか使えない日が来る事になる。
そして今日この時。それが出来上がる最初の一歩となった。
**
ガチャン。
木の中扉が開く。
中にいる数十人の冒険者達が扉の方へと集中し、入ってくる連中を見て「帰ってきた」と鼻を高く構えて視線がその数人の方へと向いている。
一方ガゼル達はそのまま受付の方へと向かい、書類と鞄を取り出す。
「コブリンの討伐完了したぞ」
当然と言えば当然の口調ではあるが、最初から達成すると思っていたガゼルは、当たり前にそう一言メリッサに言いながら部位の入った鞄をカウンターの上に置いた。
「⋯⋯え?」
余韻を残しながらそう一言発し、メリッサが急いで鞄の中身を確認した。
ガサゴソ。
珍しく受付嬢らしくない手つきで中身を漁り、「本当だ」と手を止めて自分の足元に置いた。
一方。ゾルドを含んだ鼻を高くして待っていた冒険者達は予想外の展開に動揺し、思わず声を荒げた。
「そ!そんな訳あるか!証拠はあるのか!?」
「いや、今提出してるだろ?それに、聞いた話のところ、3人はゴブリンの巣を見つけたらしい。それでかなりの数を倒したみたいだ。それで──覚悟はいいな?オッサン共」
首をゾルド達へと曲げ、ガゼルがそう言いながら笑みを浮かべ目を向ける。
反対にゾルドと周囲の冒険者が焦っている。傍観していた冒険者達は特にだ。
'まぁそうだろうな'
実際問題、仮にこれで俺が指導していなければ、多分3人はゴブリン討伐出来なかっただろうな。ステータス的にも多分難しかっただろう。
ガゼルはそう頭で独り言を呟いていると、メリッサが数人の解体連中?の男達に鞄を渡して作業を待っている。それから数分後、解体か何かの連中が数え終わったのかしっかり書類と鞄をメリッサに渡している。
「ガゼルさんを疑う訳ではないんですが、ガゼルさんは強い方とお見受けしています。関与している可能性がありますので⋯⋯手伝っていないと証拠はありますか?」
メリッサが愛想笑いをガゼルに向け、見ていたゾルド達冒険者達がここぞとばかりに一斉に責め立てる。
「そうだぜ!居るわけねぇんだからな!」
「分かってたんだよ!最初からおかしいと思ってたんだ!」
ギルドホールの空気は完全にゾルドの圧勝。ガゼルも思わず苦笑いするほどに盛り上がっている。だからこそ──最初からこうなる事を分かっていたガゼルは片頬が上がる。
「なら、ラカゴの森の受付の兵士に聞くといい。一応俺としばらく話していたし、ずっと俺とここにいるセレーヌを監視するよう取引したし──ていうか連れてきた」
その途端──一瞬で空気が凍る。
「こんにちは!どの人にお話すれば?」
扉が開き、ガゼルの隣に急いでやってきたのは──一人の兵士だった。すぐに兵士から話を聞き、納得したメリッサが頷きながらカウンターへと戻る。
「はい。確認できました──この賭け、蒼き星の勝利です!」
ギルド内がシーンと静まり返る。納得していないゾルド達は歯軋りをしながら先にいるガゼルを見つめて怒りを露わにしている。
「いや〜どうもありがとうございました」
「いえっ!蒼き星の皆さんが頑張っていることは知っていましたが、こうして──助けになったのならとても喜ばしい事です」
「ほれっ、お前ら良かったじゃねぇか。こんな優しいことを言ってくれる人たちもいるんだぜ?」
とガゼルがそう言い切る前に、既に三人は兵士を囲んでブンブン腕が取れるんじゃないかと思うくらい全力で握手を交わしていた。
「ありがとうございます!!いつかこの御恩は返します!」
「え?あっ」
「ありがとう!いつか貴方の息子さんにでも魔法を教えるわ!」
「ありがとう⋯⋯ございます」
苦笑いで返事を返す兵士。
「俺も盾の基礎程度なら教えられますから、いつでも呼んでください!」
「はい!蒼き星の皆さんのご活躍を遠い所から見させていただきます──皆さんは覚えていないでしょうが、昔、駆け出しの頃だったんですかね⋯⋯命を助けて頂いた事があるんですよ。その時のお礼と思っていただければ」
そう言い残して兵士は恥ずかしそうにそそくさホールから去っていった。
「なんだ?お前ら人を救った事があったのか?」
ガゼルが不思議そうに質問すると、三人は覚えていなさそうに首を傾げた。
「そうか。まぁ、何かをやった側ってのは──あんまり覚えていないもんだからな」
'まぁいいだろう'
ガゼルが一歩進むと木の軋みが響き、ヤケに大きく聞こえる。
「さて──」
これからどう料理をしようかと考えているような上擦った声。
「待て!!」
ゾルドが馬鹿みたいな表情をしながら必死に声を荒げている。
「こ!これは何かの間違いだ!そうだろ!?お前ら!」
必死に周りの冒険者に怒鳴り込むゾルドだが、証拠もある以上、誰も不当とは言えずに黙り込んでしまう。
「くっ⋯⋯!」
苦い表情を浮かべどうしようかと考えているゾルド。
「なぁオッサン?」
「な、なんだ!?」
「聞くがオッサン──逆に聞きたいんだが⋯⋯討伐していない証拠は出せるのか?」
片手をお椀型にしてゾルドへと伸ばす。まるで証拠を寄越せとばかりに。
「お、俺は書面に名前は書いたが、契約はしていない!こんなの無効だ!」
喚き散らかすゾルドと冷静にその光景を見つめるガゼル。どちらに信用性があるのは明らかであった。
「それはつまり──証拠は出せないが俺達がいけない⋯⋯そう言いたいのか?オッサンは」
「っ!!」
「オカシイなぁ〜」
そうゆっくりそう呟くガゼル。その直後、ピィ〜ンという綺麗な音とボウッと火が灯る。ガゼルの口元が明るくなるなりすぐに細い煙がモクモク溢れ、煙突のように煙が上がっていく。
「確か⋯⋯ここにいる全員が俺とオッサンの証人だったはずだが?オカシイなぁ〜。こんな光景──神様が見てたら絶望するんじゃねぇかァ〜?」
口から細い煙を吐くガゼルが──獰猛な双眸で周りにいる全ての人間を睥睨している。その力は想像以上で、全員が思わず頭を下げるべきと即座に感じる程異常に強いモノだった。
「こんなの⋯⋯こんなの無効だ!!お前ら!」
'くっそ!予定と違うじゃないか!'
どうにかしないと⋯⋯いや──。
ゾルドはニィと顔を歪ませ、背後にいる数十人程いる明らかにガラの悪い連中に声を掛けた。
「お呼びっすか?ゾルドさん」
「あぁ!頼む!」
数十人の男達がテーブルから立ち上がり、ゾロゾロとゾルドの前へと移動する。
「アイツだ!アイツらに教えてやれ!」
『うっす!』
『やってやるぞ!』
数十人の男達がそう息巻きながらガゼルの方へと歩き出す。見ていたメリッサは、まずいとすぐに移動を始める。
「どうしよう!?止めないと!」
「⋯⋯⋯⋯」
メリッサの腕を軽く触り、ガゼルが大丈夫と足を止めさせる。
「ガゼルさん!?相手は──」
'そうだ──この人'
「へへへ⋯⋯まさか直々に殺ってもいいなんてな⋯⋯」
まずは5人程で正面にいるガゼルへと向かう。
「ッたく、これだから異世界人は」
小さい声でそう呟きながら煙草を一吸いするガゼル。そう呟くガゼルの前に1人が3m以内に移動してくる。
「おいガキ!今謝るってんなら──許してやってもいいぞ?まぁ⋯⋯代償は払ってもらうがな」
ガラの悪い奴らの笑い声がギルドホールに響いている。だがそんな中、ガゼルは一歩前に進む。
「あぁ?」
「これだからこの世界の連中ってのは──」
「あ?舐めてんのか?ガキがっ!!」
体格の良い男が拳を振り上げてニタニタした表情でガゼルに殴りかかった瞬間──ドォンン!!!と嵐が突如やってきたような凄まじい音がホールに響いた。
「なっ、なんだ?」
見ていた冒険者の一人が静かにそう呟いた。
「ケケケ⋯⋯ッおい!どうした?」
後ろで待機している4人が殴りかかった男に対して尋ねているが──返事は返って来ず。
「おい!どうした!」
すると大男の身体は男達の方へと飛ばされ、4人の目の前に一人の大男が転がった。
「なっ!?」
「あのガキ!」
「嘘だろ?」
「おい!」
転がって4人の目に映った一人の男の鼻は完璧に潰されており、もはや拳の痕が残ったままガゼルが4人の方へと投げたのだ。
全員の表情が完全に強張る。
ギシッ。
床の軋む音がヤケに大きい。それくらいホールの中が静まっているということだろう。
「これだから最近の奴は」
煙草を吸っているガゼルが髪を掻き上げながら、怠そうに溜息まじりに呟いている。
「礼儀がなってない。約束事すら守れないのか?」
細い煙を前に飛ばしながら無の感情の双眸を見せるガゼル。
ギシッ、ギシッ。
ガゼルが数歩進む。突如として異常なほど膨れ上がった緊張感に耐えられない一人が、ガゼルへと本気で殴りかかった。
「てめぇっ!よくも仲間の↓×≧≠※っっッ」
ヒュン。
ガゼルが人差し指を真っ直ぐ立てながら煙草を男に飛ばす。男はそれを流れるように片手で弾き落としてから再度行こうとするが。
ドォン!
叫びながら殴り掛かる一人だったが、その一瞬で力が入っているようには全く見えない左半身の前傾姿勢から飛び出る左ストレート。突く動作から風を切る音が発生し、顔へと到達した時には──それはもう嵐をぶつけているよう。
「近頃の若者達は約束すら守れないような奴らなのか?」
そう呟くガゼルを見てまずいと思い、すぐにもう一人が咄嗟に走り出してガゼルへと殴り掛かる。
──だが。
ブォンン!バキッッッッ!!
「遮るなよ──俺の話を」
拳を握り、肘を少し曲げたフックに近いその状態で⋯⋯上から地面スレスレまで身体全体で振り下ろす。
砲弾の発射音にも似た音がしたコンマ数秒⋯⋯振り下ろしの拳は殴り掛かる男にヒットし、地面へと打ち落とされる。地面には大きく深い凹みが出来上がり、胴体はほぼ中に埋まっている。
ピィ〜ン──ボウッ。
倒れた男のすぐ近くでウンコ座りになって火の点いていない煙草を口に咥え、火を点けて一吸い。そして細い煙を上から優雅に男に吹きかけるガゼル。
「⋯⋯ふぅ」
「な、なんだよあの威力!」
「あんな子供が」
「あ、あり得ない⋯⋯」
周りの冒険者からどよめきとそんな言葉が沢山出て来ている。
「お前ら、武器を持て」
三人の内の一人がそうこぼした。納得が行かない二人ではあるが、否定はできない。
たった一撃であんな顔面が潰れるような拳を貰わないようにするためには──武器でも使わない限り無理だと。
「ガキ⋯⋯あまり怒らせるなよ?お前が強いのは分かった。だがな?何も拳で戦う必要はない」
「⋯⋯⋯⋯」
無言で見つめるガゼルにぷっと笑い声を上げながらロングソードを自身の肩に軽くトントンとしながら構える三人。
「し──」
アレックス達が加勢しようと剣を手に掛けた。だが二人がそれを止める。
「なんだよ!?」
「見なさいよ」
「え?」と向き直すと、目の前に広がる光景に言葉を失った。
「食らえー!!」
「終わりだよ!」
「ガキ、死ねぇ!!」
武器を振り上げガゼルにそう叫び散らしながら飛び上がる三人。
流石にマズイという空気が辺りを支配していたが、その刹那──。
ズドンッズドンッズドンッ。
「え?」
「は?」
「あ?」
両手をポケットに突っ込みながら、ガゼルは蹴りだけで武器を破壊していた。その衝撃音は拳に鳴っていたモノよりも強く、激しく、重い3連撃だった。
音割れしたような雷の如く聞こえたその三連撃を放たれた後──三人はそのままガゼルの上に何も出来ることなく落ちていく。
「マズイ⋯⋯!!」
ドゴンッッッッ!!
生々しく重い音、骨から悲鳴が上がるのが聞こえた。
左回し蹴りを一回。直後にその体勢から左足だけでもう一人の顔を斧のように左へと蹴り飛ばし、最後の一人は蹴り飛ばした反動で今度は上に蹴り上げた。
三人の男達が一言も発することなく倒れる。それはまるで充電が切れた携帯電話のように。音もなく動く事もなく──無。
倒れた男達をチラッと見下ろしてからゾルド達の前にいるガラの悪い連中に対して無の双眸を向けるガゼル。
「アイツ──なんなんだ?」
連中のリーダーが動揺している。周りにいる男達も同様の反応を見せ、少し後退りすら見せている。
「一斉に掛かるぞ⋯⋯それしか方法はない」
ガラの悪い荒くれ者達数十人全員がガゼルの方へと歩き出す。
「⋯⋯ふぅ」
ヒュン。
煙を吐いたガゼルが煙草を飛ばす。
「はぁぁぁぁ!!」
空中から5人が斬りかかる。だがこの男に当たる訳がない。
ゴォォォンッ!!!
既にガゼルは腰の真横に両手を引いており、斬り掛かっていた5人は鼻から大量の血を飛ばしながら後ろへ跳ね返されていた。
見えないガゼルの拳。気付けば吹き飛ばされる5人。動かない訳には行かなかった。残りの奴らも本能的に動かないと死んでしまうと察した。
ガゼルに襲いかかる三人。
ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!
宙に軽く浮いているガゼルの両腕が殴り終わった動きを見せており、殴り掛かった三人の内一人は地面に。もう一人は近くの壁に。もう一人はその反対の壁に。
一瞬の内にガゼルが三人を殴りつけたその姿は⋯⋯正に鬼。
恐怖が支配していく。
伝播していく。
震える。怖い。死ぬ。
⋯⋯それはもはや狂気。
ドォン!!ゴォン!バコォン!
武器を持てば壊され、素手で向かえば突かれ、叩き落とされ、吹き飛ばされる。
長く白い髪をしている1人の鬼は⋯⋯何十人もいる荒くれ者達をたった一人、それも素手で全て制圧した。
そして何よりも恐ろしいのは⋯⋯⋯⋯この男──魔力など1回も使っていないのだ。使ったのは最初のウルフと戦ったハイキック使用時のみ。
それ以降──魔力など一度も使わずに魔力を使う荒くれ者達を制圧したのだ。
これ程恐ろしい事などない。この男は異世界に来ているにも関わらず、素手だけで勝利したこの状況──怪物。
「⋯⋯ァァ⋯⋯化け⋯⋯モノ」
ギシッ。
「ぁぁ──」
1歩ずつ。ゆっくり進んでくる煙草を吸う目の前の1人の鬼。
ゾルドは椅子から転げ落ち、目を泳がせながら慌てて後ろへ後ろへ下がって行く。
だが──。
「⋯⋯ぁ」
後ろは逃げ場がないただの壁。そして視界に映るのは、仲間達だった奴ら数人が壁に埋まっているのと、血だらけで倒れている数十人の体格のいい男達。
そしてその通りを軋る音を立てながら歩いてくる⋯⋯それに似合わない体格と貴族のような美しい顔をしている少年。血だらけの道の真ん中を進むその少年の絵面は美しく、そして悍ましくもあった。
ギシッ。
「っ⋯⋯ぁぁ⋯⋯」
鬼が真上に立っている。悪魔が立っている。
無の表情をしながら。
「もう謝っても許さないぞ?」
「⋯⋯ぁぁ⋯⋯」
足が震え、手が震え、恐怖で目が泳ぐ。
そして前回と同じ──赤いオーラがガゼルから溢れ始める。
すると建物全体が地震のように揺れ始め、全員がその恐怖に当てられて──メリッサを含め、全ての冒険者と受付嬢達がガゼルを見れない程恐怖が支配していた。
「こ、これは!?なんだ!?」
「なぁオッサン、イイ根性してるじゃねぇかオッサン?」
ゾルドは何も返事が出来ずにただ子供のように泣き叫び、尿を漏らし、恐怖で口がおかしな事になっていた。そこに更に追い打ちを掛けるガゼル。
「それにな⋯⋯いいか?そこにいる奴らとオッサン?金輪際二度と俺達には関わるな二度とだ。確かにな?アレックス達は弱かったが、今では少しは強くなった。そんな所でオッサン達みたいなゴミ同然のカスに時間を割いてる余裕はねぇーんだよォ。分かったら返事だ。へ、ん、じ!」
必死に震える身体を動かして蒼き星達に土下座しながら叫び散らかすゾイド。
「な、なぁ!!すまなかったってぇ〜!!!俺が悪かった!俺が悪かったから──だから殺さないでくれぇ!頼むよ?な?」
それからアレックス達が返事を出そうとする度に叫びながら同じ事を繰り返すゾルド。だが、数回同じことを繰り返したところで、アレックスが静かにゾルドの両肩に手を置いた。
「ゾルドさん⋯⋯金輪際関わらないでください。今まで長い間’’教えていただき"ありがとうございました」
アレックスが冷静にそう話し終わると──「良かったぁ〜」と子供が玩具を買ってくれた時に出るような声で必死に落ち着かせるように叫んでいた。
'3人とも精神的に強くなったな'
これなら俺も安心して自分の事とか色んな方面に手が出せそうだ。
ガゼルはそのままゾイドの方へと横目で刺すように向く。
「さて⋯⋯オッサン?」
笑顔で見つめるガゼルの表情は、悪魔が契約を結ばせる時のような理不尽さを感じさせる。ゾルドはもう──圧倒的な恐怖が全身を支配しすぎて話せないほど震え、口が思うように動かずに死んだような目でガゼルをチラ見し続けている。
そんな戦意喪失している男に──悪魔は一言。
「はぁ────食いしばれよ?」
白い悪魔は、そう言って自身が出せる1.5割の力を使い、拳で地面に頭を殴り落とした。
ゾルドの頭は木材の地面に完全な穴が空き、ゾルドはそこに完全に埋まっていた。
それから埋まったのを確認したガゼルはカッコよく煙草に火を点けて冒険者達へ一言「修理費、お前らが出せよ?」と笑顔でそう言い放った。
ガゼルの一言に全員が無言で頷く。
違う、頷かないと⋯⋯次はお前だと言わんばかりの似合わない愛想笑い。埋まったゾルドを背にしたガゼルはそのまま出口へと一歩進む。
「宿に帰るぞみんな」
ガゼルの言葉に4人とも頷き、背中を追いかけながら続いて出ようとしたその時──メリッサが声を掛けた。
「ガゼルさん。帰りたいのは分かりますが、ひとつよろしいでしょうか?」
歩む足を止めて振り向くガゼル。
「ああ、どうした?メリッサさん」
「ギルドマスターが直々に会いたいそうなので2階に来ていただきませんか?」
「断る。俺はFランクで構わない、以上だ⋯⋯メリッサさん」
ガゼルの即答。
メリッサはあまりの早さに驚き、困惑した。
'説明のときも聞いた'
ここのシステム上、ノルマ義務が発生するからな。ていうかそう説明で聞いたしな。
一応冒険者ギルドでは、ランクがDを超えると、月に5回以上依頼を受けるという義務が発生する。そしてランクが上がれば上がるほど依頼の質と報酬が変わるが、その代わり格下の魔物の売上額が下がる。
だから多分強そうな奴は、ギルドとしてはランクを上げさせたいのだ。いつまでも強い方に属している奴を減らして売上を増やしたいというギルド側の結果だろう。
「よろしいのですか?ギルドマスターはここのギルドではトップですよ?元S級冒険者です。それでも逆らう覚悟がおありですか?」
メリッサが最後にもう一度──そうガゼルに言葉を返した。
'ほう?S級冒険者か'
中々面白いじゃないか。
だが。残念ながら俺の前ではそれは理由にならねぇな。
俺があっちの世界でもこっちの世界でも嫌いなもんがある⋯⋯それは権力者と媚びるやつ。後男女平等の対応をしない奴だ。正直嫌いなモノが多すぎでどうしようもないが、主にコレだ。
まぁメリッサさんはそんな意図があるようには見えねぇが、しょうがない。
「なぁ?メリッサさん」
威圧感は先程に比べたら全く無いに等しいが、無表情が少し崩れ、明らかにビビっているのが分かる。
「はい。なん⋯⋯でしょうか?」
一般人なのによく耐えているな。並の奴なら耐えれねぇって言うのに。
「俺はな?お前らみたいな奴らの言うことがこの世で一番嫌いなんだよな。だからその口を今すぐ閉じろ。いいな?俺は男も女も関係ない。
2度は言わん。次、俺にそんなこと言ったら女でも容赦しないからな?」
'はぁ'
と言ってはいるものの、そもそも今手加減した段階で俺は平等な事をしていない。やはり自分でも甘くなったなと感じる。
「ガゼル様申し訳ありませんでした。以後この様な事がないよう務めますのでご容赦を」
メリッサはすぐにガゼルに対して謝罪の言葉と頭を下げた。だがガゼルは手で頭を下げるなと止めさせる。
「今まで通りでいい。様はつけるな。偉そうにしてはいるが、別に俺はそんなに偉いやつじゃねぇんだから気にするな」
「は、はい」
メリッサも威圧を受けているせいで上手く反応できずに一言しか返事が出来なかった。
'やはり女性にやるのは気が引ける'
はぁ⋯⋯だから女性は嫌いなんだよ。まぁ下手な事しなければそれでいいんだが。
「帰るぞアレックス、ドーグ、リーナ、セレーヌ」
ガゼルがそのまま再度歩き出しながら後ろにいる4人に声を掛ける。それに対して4人全員が「はい!」と全員声を出しているが、なにやら顔が緊張しているな。何かあったのか?
「まぁいいや、帰ろうぜ」
最後まで不思議そうにアレックス達を見つめながら出ていくガゼル。
そして察しがいい癖に──何故かこういうところは自覚できていないガゼルだった。
---4人視点
ガゼルのとんでもない戦いの最中──4人は静かに目があってしまった。そのまま4人は円陣組みながらコソコソと話し出す。
「アレク⋯⋯あれ、本当に人族?」
「いや、分からない」
「真顔で言うなよアレク」
話しながら爆笑してしまっているドーグに全員が思わず笑いながら話している。
「ご、ご主人様⋯⋯あんなに凄かったんですね」
「あぁ、セレーヌさん。貴方のご主人様はなんとえげつないことか」
うんうんと二人が頷く。
「とりあえず、俺達が師匠を心配するというのは必要ないってのは──分かったな?」
三人は無言で縦に首を振る。
「いいか?皆、ガゼルさんの嫌いな物は分かったな?今後⋯⋯絶対に怒らせてはいけない!絶対な!あんなの見てからじゃ──怖すぎる」
アレックスの言葉に全員が凄い勢いで頷いた。
ガゼルが強いと言っても、どれくらい強いのかが見当付かなかったというのが本音だった。だが、今回の事で全員がハッキリとした。
"多分この人より強い人は本当に少数だと"
'ご主人様'
セレーヌは本当の意味で強くなるという決心がこの瞬間についた。
自分がご主人様を支えられるような存在にならなければと今からどれほど時間を掛ければ強くなれるのかも全く分からない。だが、いつか右腕として役に立てるように何処までも努力しようと更に今後の自分に希望を抱いたセレーヌだった。
「帰るぞ」
「はい!!」
結果──ただただ全員ガゼルから発する強いオーラにビビっている4人でした。それに気付かない本人もまたポンコツだったとさ。




