店主と従業員 5
それから数日ほど経つ。宿屋でおとなしくエドウズからの連絡を待つライファットの前に現れたのは、彼がよこした使いの者。あの屈強な男たちのうちの一人だった。
「先生からです」
「ああ」
男が手渡したのは、小さな皮の袋。その場で中身を確かめる。思っていた以上の報酬が入っていたので、ライファットは男に聞いた。
「役に立ったんだな」
「はい。おかげで救いたい命が救えそうだ、と」
エドウズからの言葉を伝えて、男は去った。
こうして任務を終えたライファットは、すぐさま荷物をまとめる。それから街でシリウスへのお土産を購入し、再び馬車を使って帰宅した。
「というわけで、お土産です」
ライファットは、買ってきたお菓子をテーブルに置く。じゃあコーヒーでも淹れるかとシリウスは言って、カウンターから離れた。ライファットはソファーに座った。
エドウズのような〝お得意さん〟は、他にも何人か存在する。食人家の女性、人体研究家の老婆、死体愛好家の男性……。しかしそれらの者はエドウズと違い、あくまでも〝個人の趣味〟として奴隷を望んでいるだけであって、今回のような報酬はほとんど期待していない。
言うなれば彼らは、いらない奴隷の後始末を引き受けてくれる『死体処理班』なのだ。
生きたまま渡すのには、ちゃんと理由がある。
医者であるエドウズの場合は、脳死後と心臓が停止した死後によって使える臓器が異なるため、その判断を彼に委ねている。
しかしいくら臓器を欲しているからと言って、栄養失調や不健康な者の臓器をもらっても、あまり嬉しくはない。なのでシリウスのように、奴隷にちゃんとした寝床と食事を与えている奴隷屋は、エドウズとしても都合が良かった。
そしてそれは、エドウズ以外のお得意さんから見ても同じだ。食べるなら、研究するなら、愛でるなら、健康なものが欲しい。
ちなみに他の『死体処理班』たちは、生きたまま解体したいという者もいれば、殺すのは嫌だからそこだけはシリウスとライファットに任せたい、という者もいる。
カレスティア大陸は奴隷屋という店の運営を許可しているため、奴隷の遺体や行方不明者がいくら出たところで、ろくな騒ぎにはならない。犬やカラスの死骸を始末するよりは多少厄介であるが、しかし所詮はそれと同等の扱いなのだ。
もし誰かの遺体が発見されて、身元がわからなければ奴隷と判断され、大陸遵行隊と呼ばれる治安維持組織が所持する専用の火葬炉に放り込まれる。そして墓も用意されず、都市の外の土に沈む。
そう考えると、わざわざ『死体処理班』に頼まずともこちらで好きに殺して、大陸遵行隊に任せたらいいのではないかとも思われる。
だが、犬の散歩で飼い主が犬の糞を責任もって片付けなければならないのと同じ。奴隷の処理も、他人に迷惑をかけず、公共の場や自然を汚さないようにおこなう最低限の義務がある。
シリウスも当初は、店の裏に奴隷用の墓場を設けようとしたが、奴隷屋の敷地はそれができるほど広くはない。なので考えた結果、ライファットの紹介のもと『死体処理班』が生まれた。不要になった商品を始末したあと、外に出ていちいち穴を掘って埋める手間を考えたら、これでいい。
例えるなら、いらなくなった古着を知人に無償で譲るような感覚と同じだ。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
店の奥にある簡易キッチンでコーヒーを淹れてきたシリウスが、熱いマグカップを置く。その間にお菓子の箱を開けたライファットが、どうぞとお菓子を勧めた。
「……ケーキか?」
「はい、パウンドケーキです。おいしそうでしょう?」
「お前が食べたかっただけなんじゃないのか?」
「まあ、そうとも言えます」
「やっぱり」
一つ取ったシリウスが食べるのを見てから、ライファットも食べ始める。しっとりとした食感と優しい甘みが、コーヒーと合った。
「旨いな」
「旨いですね」
まだ客が来るかもしれない状況であることをすっかり忘れた店主と従業員は、お菓子とコーヒーが生み出す空気にのんびりと浸る。止む気配のない雨の音すらも楽しんで、二人だけのティータイムを味わっていた。