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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
7/53

店主と従業員 4


 地図上から見て東側にある【10番都市】は、【8番都市】よりも大きな街である。人と物が豊かで、生活水準もぐんと高い。

 路上生活のときはひたすら憎いとしか思えなかった雪の景色も、今ではすっかり心を清く澄んだものへと変えてくれる。

 外ばかりに目をやる男に、ライファットは酒が入った小さな瓶を渡した。【10番都市】まではまだかかるから、これでも呑んで身体を温めておけ、と一言添えて。

 気の利いた心遣いに感謝した男は遠慮なく受け取り、その舌と喉で酒の味を堪能した。奴隷部屋では酒は禁止だったので、男にとってはいつかの日以来のたまらない祝酒である。

 そうして簡単に酔いが回った男は、馬車に備えつけられた毛布をかぶり、ぐおーぐおーと幸せな独唱を響かせた。

 たった一人の観客であるライファットは、特等席で目を(つむ)り、終始無言で馬車に身を(ゆだ)ね続けた。


 長い時間が過ぎる。やがて男が目を覚ますと、ちょうど【10番都市】の城壁が見えるところまで来ていた。

 ここで男は今更ながら、自分は誰に買われたのかを尋ねる。


「お前を買ったのは、病院に勤めている医者だ。そこでちゃんと、自分が買われた意味と役目を果たせ」


 医療器具が充実した立派な病院。そこに務める、エドウズという医者。彼は奴隷屋の知り合いだった。

 てっきりどこぞの屋敷の奉公かと想像していた男は、病院という意外な場所に驚いた。しかし、栄えている【10番都市】の病院勤務はさぞ給与も良いだろうと、まずまずの反応を見せる。自分に医療の知識は全くないが、恐らく病院内の清掃でも任せられるのではないかと、男はそう思い(えが)くことにした。


 街に入って馬車と別れ、ここからは徒歩で病院まで向かう。酒を呑んで十分に眠り、すれ違う誰もがおしゃれな服装で身を飾る風景を見て、すっかり上機嫌になった男は、口角を上げながら素直についていく。

 やがて到着した病院。ライファットは受付の女性に、エドウズとの面会を望む(むね)と自身の名を伝えた。事前に手紙を出していたので、面会の話は既に通っている。女性はライファットと男を、奥の応接室へと案内した。

 シンプルかつ清潔に保たれた応接室のソファーに座る二人。先程からライファットは男が聞いたことにしか答えず、しかも最低限の内容のみだった。ここで改めて詳しい説明を聞くのかと、男は一人思いふける。


 ただ静かに、待つ時間だけが続く。



 ガチャ、



 そうして、ようやく部屋の扉が開いた。入ってきたのは男を買った張本人、エドウズ。

 薄い銀色の髪に(ひげ)を蓄え、琥珀色の瞳を持つ。歳は既に六十を迎えているが、男らしいはっきりとした顔立ちが老いを感じさせない。紅色(べにいろ)のワイシャツにコードタイを結び、その上に白衣を着用していた。


「久しぶりだな、先生」

「元気だったか、ライファット」


 親しげに挨拶を交わす二人を見て、男はますます安心した。きっとここではシリウスやライファットの顔が通って、自分を安全に扱ってくれるだろう。奴隷屋での安全な地下生活で堕落(だらく)した心は、男の思考をどんどん楽観的な方向へと導く。


「その男が、そうなんだな?」

「ああ。今回もよろしく頼む」


 ソファーに座る男を、エドウズはじっと見つめる。そして、いつも助かるよ、とライファットへ笑顔を向けた。


「ちょうど探していたんだ。適合するといいが」

「そうか」


 短く答えたライファットに、報酬はいつも通りまたあとで、とエドウズは言う。それに頷いたライファットは一人で扉まで歩き、


「じゃあな」


 男に一方的な別れを告げて、部屋から出ていった。

 ぽつんと取り残された男は、自分を買ったのはあんたか、と念のため確認をする。

 エドウズは答える。


「ああ。だが正確にはお前自身ではなく……」






「お前の臓器だがな」


 エドウズがそう告げた瞬間、再び部屋の扉が開く。そうして入ってきたのは複数人の、とても病院のスタッフとは思えない屈強な男たちだった。



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― 新着の感想 ―
今回の話を読んでいてライファットさんの心境を考えていました。 奴隷屋の従業員として奴隷を売る側の立場にいるけれど、ライファットさんも人狼なわけで、もしかしたらライファットさんも奴隷側の立場だった可能性…
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