店主と従業員 3
シリウスが処分を決める理由は、主に二つ。
一つは、売れる見込みがないと判断した場合。
もう一つは、仮の主人であるシリウスに、反抗的な態度をとった場合。
今回は、後者だった。
ある男の話である。職を失い、何もかもを売り飛ばし、いよいよ路上で飢えと寒さに耐えかねていたところを、シリウスに商品として拾われた。
最初は自分が奴隷という最底辺の身分になったことによる不安や恐怖を抱いていたが、月日を重ねるにつれ、それらの感情がどんどん薄れていく。特別な労働をしなくても衣食住を与えられる経営方針に満足し、堕落するようになったのだ。自分の当番を守らず、他の奴隷から食事を横取りし、入浴も面倒がり、睡眠を貪る。
そして、奴隷に対しある程度は寛容なシリウスに、ついに立場を弁えない生意気な口を叩いてしまう。
その瞬間、男の運命が決まった。
「【三号】、お前は今日から自由だ」
数日後。突如言い渡された解放。
最初は自分を買ってくれる客が決まったのかと思い、男は内心舌打ちをした。それは、この楽な生活が終わることを意味している。
他の奴隷たちが見送る中、男と共に一階へあがったシリウスは、ライファットに男の首輪をはずすよう指示する。
この首輪には薄い刃が仕込まれており、とある箇所を操作すると頸動脈に突き刺さる作りになっている。なので無理やりはずそうとすると誤って作動する恐れがあるため、奴隷たちは決して触ろうとしない。
男はシリウスに、俺を買い取った客は誰ですか、と無愛想に聞いた。それに対しシリウスは、笑顔を浮かべる。
「【10番都市】にいる。そこまでちゃんと、責任持って連れていってやるからな。……じゃあライファット、あとは頼む」
「わかりました」
しっかり頭を下げて、主人より与えられた任務を引き受けたライファットは、男を外へと誘う。
扉を開いた瞬間、びゅうと強く冷たい風が男の顔面に覆いかぶさる。思わず目を閉じて、うっと小さく唸ったあと、瞼の内側からでも十分に伝わる眩しい世界をはっきりと見た。
白い。しかし、それゆえに息を飲む美しさ。
なんてことないただの街中のはずなのに、命を宿した芸術が、自分をその世界へ迎え入れてくれたかのような、そんな感覚に男は陥った。
そうだ、これが、外の世界。
男は今、自分が数分前に思ったことを撤回した。
地下での生活になんて戻りたくない。俺はここで生きていく。
男の薄汚れた目は太陽の光を浴びたことで輝き、垢の残る頬は生気にあふれた血色を取り戻した。
「じゃあ、あの馬車に乗れ。あれで【10番都市】まで行く」
ライファットが指差す方向には、小さな馬車が停まっていた。雪の重みに耐えそうな屋根がついた車に、〝ばん馬〟と呼ばれる馬が一頭いる。ばん馬は体高が約180センチある大きな身体が特徴で、主に雪の地域で育てられている。
こちらに気づいた御者が、挨拶をした。若いがベテランの風格がある男性で、奴隷屋に頼まれてここで待機していたのだ。
【10番都市】……。そこが自分の、新たな生活の場所。
希望や期待を抱かずにはいられない男の様子を横目で見たライファットは、祝福の言葉など一つも伝えず、ただ淡々と、行くぞとだけ言った。