店主と従業員 2
※作者は銃器には詳しくありません。ただただ〝かっこいい〟という理由で一所懸命に調べました。ご了承ください。
店の外では、大粒の雨が建物と地面をバシバシ叩いている。太陽は完全に厚い雲の向こうへと追いやられ、街に暮らす人のほとんどが、それぞれの自宅へ身を隠していた。
シリウスは今、拳銃の手入れをしている。
銃器は元々カレスティア大陸には存在せず、数十年ほど前に別の大陸から伝わった。
現在、銃器の種類も増えて普及しているが、未だ庶民には簡単に手にできない高値で売買されている。
銃器を専門に扱う店は武器屋などと比べると少ないが、そのうちの一軒が、この【8番都市】に存在した。しかもそこの店主とは、顔馴染みである。
シリウスはその店主の勧めを受けて、一丁を譲り受けたのだ。
シリウスが持っているのは7.62ミリ口径の、ダブルアクションの回転式。
薄い手袋を着用してカウンターの上にタオルを敷き、分解した部品を一つずつ置く。
最初に専用のオイルを、ウエスという布切れに染み込ませて部品に塗り、数分置いて乾かす。ただしグリップは木で出来ているため、あまりオイルが染み込むとヒビが入りやすくなる。なのでそこだけは塗らなかった。
乾いたあとに軽く拭いてから、今度はシリンダーの穴にブラシをかけ、パッチと呼ばれるコットンで更に細かいゴミを除く。最後に潤滑剤を染み込ませたウエスで、もう一度全ての部品を拭いた。
「綺麗になったぞ、よかったな」
弾を一つ一つ丁寧に詰めながら、シリウスは語りかける。
もし拳銃をメインの武器とするなら、回転式ではなく自動式のほうがいいかもしれないが、シリウスにとってこれはあくまでも護身用。脅しや瞬時に敵が現れた場面での、とっさの交戦でしか使わない。ゆえにその場ですぐリロードするつもりもない。
また、弾詰まりが発生する恐れがあり手入れも面倒な自動式よりも、弾詰まりの心配もなく、構造が単純で部品点数が少ない回転式のほうが便利なのだ。
シリウスが持っているモデルはソリッドフレームと呼ばれ、シリンダーが完全固定となっている。一般的な欠点としては、装填をする際はローディングゲートと呼ばれる箇所から一発ずつ空薬莢を捨てて、また一発ずつ弾を詰め直さなければならない。だが、先程の事情を持つシリウスにとっては、欠点に値しない。
加えてソリッドフレームの利点は頑丈で壊れにくく、このモデルは他の回転式よりも装弾数が一、二発ぶん多い。文句のつけようがなかった。
「何かあったらよろしく頼むぜ、『リグ』」
シリウスは己の武器となったものに、必ず名を与える。
拳銃は『リグ』、白い刀には『シオン』と名づけていた。
ちりんちりん、
ドアベルが鳴り、シリウスは顔を上げる。だが現れたのは客ではなく、
「ただいま戻りました」
「おお、お疲れ」
シリウスと同年代の青年だった。
顎くらいまで伸びた白い髪に、赤い目。あずき色のロングコートに黒いマフラーを巻いており、左右の腰にはそれぞれ短剣を下げている。
彼の名前はライファット。この店の従業員であり、シリウスの従者だ。
ライファットは傘についた水滴を玄関の外である程度払い、そのまま中へ入る。
「外、全然人が歩いてなかったですよ」
「そっか。じゃあ今日は早めに店じまいするか」
シリウスはそう言ってから、右の太腿につけたホルスターの中に『リグ』を収める。
ライファットはシリウスから与えられた〝仕事〟のため、ここから少し離れた都市まで行っていた。
数日ぶりに戻ってきた店内を軽く見回してから、自分がいない間に何か変わったことはなかったかを尋ねる。
「あの人狼の子、いただろ」
「はい」
「売れた」
「結局いくらにしたんですか?」
「四十万」
「もう少し高くてもよかったんじゃないですか?」
「んー。でも質をちゃんと確かめる前に、お客が来ちゃったからな……。広告所にさっさとチラシを貼ったのは俺だけど」
「六十万は行ってもいいでしょう」
「うーん……、まあいいさ」
売ってしまったあとにあれこれ言ったところで詮無きこと。店主である自分が納得しているのだからそれでいいと、シリウスは肩をすくめた。
「それより、そっちはどうだった?」
「とどこおりなく」
「よし」
ライファットは懐から小さな皮の袋を取り出し、シリウスの前に置く。シリウスは袋を開くと、ひゅうと口笛を吹いた。
「いつも思うけど、あの人はこういうのをどこで手に入れてるんだろうな」
「さあ。先生にしか知らないルートがあるんでしょう」
中に入っていたのは、小さな宝石や指輪。質屋に回せば、余裕で大金が手にできる。
シリウスは袋をコートのポケットにしまう。それから身体を伸ばし、あくびを一つこぼした。
「また新しい【三号】を見つけないとな」
「そうですね」
ライファットの〝仕事〟とは、商品の廃棄。
つまり、シリウスが不要と判断した奴隷を、処分しに向かっていたのだ。