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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
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残光


 カレスティア大陸、南のとある山。その中にひっそりと、人が集まる村があった。

 生活のほとんどを自給自足で成り立たせ、お金によるやりとりはあまりおこなわれていない。求められるのは労働力か、食材や素材による物々交換である。


 ありったけの緑が輝く森は枯れることを知らず、そこに住まうどんな生き物にも平等に、清らかな魔法を与えてくれる。

 そそがれる太陽は身体を突き抜けるほど強烈で、生命の奥底にひそむ活力がぐんと湧き上がっていく。

 それらによって生み出されるエネルギーが、今日も一人の少年を走らせた。


 白い髪に、赤い瞳。女の子のようにあどけない見た目をしているが、その腕や足は男の子のたくましさを育てている。シンプルなシャツと短パンが子どもらしさを際立たせ、手には一つの袋が握られていた。

 少年は息切れもよそ見もせずに、ただまっすぐと、石で造られた家々が並ぶ道を駆けていく。そして目的の一軒に到着するや否や、大きく息を吸って、吸った分の全てを声に変えた。


「おばちゃーん! 採ってきたよーっ!」


 玄関から発せられた大声は、家の隅から隅まで届きそうなほど、元気で満ちている。

 数秒だけ待つと、あらあらという声と共に、足音が聞こえてきた。


「まあ、もう帰ってきたの? 早かったね」


 中年の優しそうな女性が、少年を出迎える。

 走ってきたからね! と笑顔で報告する少年の両手や膝が土で汚れているのを見て、動物に襲われなかったかい? 怪我しなかったかい? と女性は(かが)みながら聞いた。


「動物いなかったよ。昨日おじいちゃんが、いつもの人たちと一緒に狩りに行ったから。動物もきっと、こわくて逃げちゃったんだよ」

「あら、そうなの? そっちのおじいちゃんはいつも元気よね。……そうだ。おやつあげるから、このまま家にあがりなさい」

「うん!」


 迷いなく頷いた少年だが、おじゃましますの一言は忘れなかった。

 少年はこの女性に頼まれて、山のすこし奥まで薬草を摘みに行っていた。もちろんただのお手伝いではなく、ちゃんとお礼も用意されているので、これは立派な〝仕事〟だ。少年は、いつもそう思って引き受けている。

 家の中では、一人の老婆がベッドで横になっていた。おばあちゃんこんにちは、と先程とはまるで違う、老婆を気遣った小さな声で挨拶をする少年に反応して、もそもそと起き上がる。


「ああ、こんにちは。来てたのかい?」

「うん、いま来た」

「そうかいそうかい。あれ……、あれだ。昨日干したリンゴあるから、ボクちゃんも食べるかい?」

「食べる!」


 老婆は自身の娘の名前を呼ぶ。今やってるよー、と台所から返事をした女性は、少年にこちらに来て手を洗うように言った。手ぬぐいを濡らし、足もしっかり拭いてやる。

 全身を綺麗にしてもらい、木でできた低いテーブルについた少年は、早速女性が用意した干しリンゴと冷たいお茶をご馳走になった。


「いただきます」

「あれま、ちゃんと上手に言えるんだねぇ」


 実の孫と接するかのように、にこにこと微笑む老婆。だってもう仕事できるトシだもん、とたくさん頬張りながら、少年は自慢げに言った。


「お仕事できるのかい? そうかい、えらいねぇ」

「だっておばあちゃん。おばあちゃんの使う薬草を採ってきてくれたの、この子なんだよ?」

「そうだよ。それ、おれだよ」

「ああ、そうだったの……。ありがとう、ありがとう」


 のんびりと頭を下げて感謝を伝える老婆に、少年はまた大人に近づいた心地になれた。

 この瞬間がたまらなく好きで、少年はいつも大人たちに、積極的に話しかける。何か仕事はないか、自分にできることはないか、と。そして一度引き受ければ、精一杯(つと)める。その、子どもならではのひたむきな姿に好感を(いだ)く者が、少しずつ増えていった。

 おかげで現在、この少年の存在は村のほとんどの大人たちに知れ渡り、少年がどこかへ行くたびに、よく声をかけられるまでになっていた。


「おいしかった。ごちそうさまでした」

「あら、じゃあ残ったやつは持っていきなさい。袋に入れてあげるから」

「やった、ありがとう!」


 女性は小さな袋に残りを入れて、少年の腰に結びつけた。手に持たせなかったのは、薬草摘みの報酬が大きくて重いからである。


「はい。じゃあこれ、お礼のスイカね。一人で持てるかい? 重くない?」

「大丈夫だよ、男だもん」

「いっぱい食べて、大きくなりなさい」


 玄関まで見送る女性と、ベッドから動けない老婆にもちゃんと届くように、おじゃましました! と少年は大きく言う。


「今日は助かったわ。本当にありがとう」

「また頼んでもいいんだよ」

「ふふ、そうね。また何かあったらお願いね」

「いつでもいいよ!」


 少年は無邪気に笑い、ずっしりと実の詰まったスイカを(かか)えて帰宅した。

 うんしょ、うんしょ、と口に出しながら一歩ずつ帰りの道を進んでいく。そんな少年を見つけた作業中の大人が、家まで持っていってやろうか? と声をかけるが、少年はハッキリと断った。


「これ、おれのだよ!」

「別に盗らないっての」


 苦笑いしつつ、一所懸命あるく少年の背中にエールを送った。

 更に別の大人が全く同じ言葉をかけたが、やはり同じようにつっぱねた。


「ただいまー」


 それの繰り返しを経て無事に帰ってこれたが、家には誰もいなかった。とりあえず台所の、陽の当たらないところにスイカを置いた少年は、カラカラの喉を水で潤して居間に座る。


「……」


 待っていれば、家族は帰ってくる。けれど手に入れたばかりの報酬を、早く見せて自慢したい。褒めてもらいたい。

 うずうずが止まらない少年は立ち上がり、川へ向かうことにした。今日はそこで、魚を釣ると言っていた者がいる。



 + + +



 川には、一人の少女がいた。少年よりもいくつか歳上で、同じ白い髪と赤い瞳を持ち、髪は肩まで伸びている。

 涼しそうな上着とスカートを履いており、まだまだ身体は成長途中だが、顔は既に美女が約束されていると、村の誰もが認めているほどだ。

 少女は静かに、どんぐりの形をしたウキを見つめている。


「姉上!」


 少年が叫ぶ。すると姉上と呼ばれた少女は、あからさまに不機嫌な顔を作って、弟のほうを向いた。


「うっせえなハゲ。魚釣ってんのがわかんねえのか」


 その、綺麗な顔に似合わない口の悪さは、村でも随分有名である。

 一瞬、怖気(おじけ)づいて肩が跳ねる弟。しかし今更引き返せないので、干しリンゴの入った小袋を握って近づいた。


「これ、さっき仕事したお礼にもらった。食べる?」

「なに?」

「干しリンゴ」

「食べる」


 即答した姉に、どこか安心した様子の弟。となりに座って、小袋を渡した。


「……うまい」

「うまいでしょ」

「お前が作ったんじゃないだろ」

「そうだけど……」


 自分の働きによって手に入れたものを、ひと切れ、またひと切れと食べ進めていく姉をこっそり見る。嬉しい、誇らしい気分で表情をゆるませる弟に、姉はどんな仕事をしてきたのかを聞く。

 弟は、はずんだ口調で説明をした。

 姉は、なんならウサギの肉でも欲しかったと、口では弟の働きを絶対に褒めなかった。


 内心は、どうであろう。


「薬草かぁ……。うちもまたストックを溜めないと」

「あれ、もうなくなったっけ?」

「んー、なくなりそう」

「じゃあ、おれが明日行ってくる」

「いま行ってこいよ」

「えぇ……。もう疲れた」

「チッ」


 姉の横にある籠には、小さな魚が数匹入っていた。晩ご飯は魚だなと決めた弟は、今日残りの時間をどのように過ごすかを考える。


「お前、やることないの?」

「えっ、あ、うん……。どうしようかなって」

「じゃあ少しでも鍛錬しろよ。そのうち一人で、猪の相手をしてもらうんだから」

「ひ、一人で……!?」

「当たり前だろ」


 もちろん姉として、自分にできないことを弟に押しつける真似はしない。つまり弟がやる前に、それを成し遂げるのは自分だと信じている。

 猪の恐怖を既に知っている弟は無言になり、膝を(かか)えて先の未来に怯えた。


 空はまだ青みがかっており、夕方には早い。遠い頭上では(たか)が優雅に旋回(せんかい)して、二人の小さな子どもをやけに見守っている。

 弟が来てから竿の動きはぴたりと止まり、姉は軽く息を吐いて肩の力を抜いた。


「姉上はさ、将来どんな武器で戦うの?」

「武器? そんなん……」


 姉は眉を寄せて少しだけ考えてから、はじめから心に決めていたものを答える。


「わたしは剣一択だよ。いちばん無難でシンプルで、どこでも手に入るからこそ、そんな武器で最強になれたら最高だろ?」

「剣、一本?」

「そうだよ」

「……ふーん……」


 納得した様子で頷く弟に、お前もそうするか? と少しだけ姉気分で尋ねる。

 だが弟が次に繋げた言葉は、そんな姉の心を、ある意味無下(むげ)にするものだった。


「じゃあおれは、剣を二本にする。一本より二本のほうが、より最強になれそうだから」

「…………、はあ?」


 (あご)を高く上げて、にんまりと宣言する弟。

 竿を握る手に力が入る。そして、そのままへし折ってしまうのではないかという勢いで立ち上がった姉に、驚いた弟はわずかに後ずさった。


「てめえ、弟の分際で姉さまを超えようってか!? 調子のんなカス!」

「な、なんだよ!? 別にいいじゃん! ていうか怒んないでよ!」

「てめえがナマイキなこと言うからだろうが! やるか? 今から相手してやろうか!? おら立てよこの野郎!」

「いやだ! ただの暴力のくせに!」


 これまでの痛烈な経験が頭をよぎり、身の危険を察してすぐさま逃げ出した弟と、竿を放り投げて追いかけ回す姉。


 そして誰もいなくなり、ぽつんと残された魚と干しリンゴを、悠々(ゆうゆう)と舞い降りた(たか)がおいしそうにいただいていた。



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― 新着の感想 ―
ライファットさんのお姉ちゃん、想像以上に口が悪かった(笑) 弟を絶対に褒めないというのは、ライバル心みたいなものなのか姉としてのプライドなのか分からないけど、心の中ではライファットさんのことを認めてい…
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