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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
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理想


 二日かけて、大雪が降った。


 それまでは暖かい日が続き、屋根の下に伸びる鋭いつららも、丸みを帯びてぽたぽたと水を垂らす。

 一時(いっとき)でも雪かきという北の地ならではの労働を免除され、冷たくも晴れ渡る空からの光に、人々は感謝をしていた。


 しかし、そうはいくかと言わんばかりに、突如雲の大群が押し寄せてきて、大粒の雪をもって街を潰した。

 結果、せっかく顔を見せた街路もたった二日で厚い雪に埋もれ、大陸遵行隊は朝からスコップを持って、外に駆り出されるはめになった。

 市民たちも重い腰を上げて、それぞれ作業に励む。



「ライファット、そろそろ合体させようか」

「はい」


 今日も雪は無音で降り続けている。既に開店はしているが、奴隷屋の前でシリウスとライファットは今、わりと大きな雪玉を転がしていた。

 窓からの真っ白な風景を見て、久々に雪遊びでもしたいとシリウスが呟いたのがきっかけで、それに乗ったライファットと一緒に、可能な限りの大きな雪だるま作りに挑戦していたのだ。


 まだ若いとはいえ、男二人が雪と(たわむ)れている姿は、そこそこ目を引く。通りゆく婦人に、がんばってね、なんて言葉をいただきながら、大きさの違う二つの雪玉を作り上げた。


「はいせーの……!」

「はいっ……!」


 同時に、頭部となる雪玉を持ち上げる。多少足をもたつかせながらも、壊すことなく無事に乗せることができた。

 数步離れて、全体を確認するライファット。そのあとにまた戻ってきて、手で削って形を細かく整える。


「ここが微妙にいびつだな……。こっち側に雪を足して調整するか」


 意外と細部にまでこだわりを見せるライファットに小さく笑ってから、シリウスは家にあったいらない物を使って、今度は飾りの準備に入った。

 随分前に客が忘れて、ずっと取りに来なかったままのマフラー。寒い土地ではほとんど使わないキャップ帽と古びた手袋。あとはその辺で調達した枝と石ころと木の実。


「ライファット、もういいか?」

「ちょっと待ってください。……はい、終わりました。完璧です」


 シリウスのほうを振り向いたライファットは、とても満足げだ。頷いたシリウスは、拾った木の実を目として、石ころを鼻とした。あとは細く短い枝で、にっこりとした口を作る。


「悪くない顔立ちだな。これはモテるぞ」


 今度は二本の長い枝を左右に差し、手袋をつける。それから帽子をかぶせて、マフラーをゆるく巻いて、完成した。


「これからしばらくは、お前がうちの看板娘だ。よろしく頼むぞ」


 雪だるまの、頬のあたりを撫でてやる。ライファットも真似して、背中を撫でた。

 二人とも、鼻や頬が赤く染まっている。長いこと外にいた証だ。達成感に浸りつつ、中でコーヒーでも飲もうかというシリウスの意見を聞き入れ、店内に戻ろうとした。


「あっ、雪だるま!」


 だがそのとき、同じく外で遊び回っていた男女混同の子どものグループが、完成したばかりの雪だるまを指さす。

 気づいたシリウスが気さくに手を振ってあげると、子どもたちは興味津々な様子で集まってきた。


「おっきーい!」

「かわいい!」

「ありがとな」


 シリウスがお礼を言う。すると男の子の一人が、張り合うように大きな声で主張してきた。


「昨日、ぼくとおとうちゃんとおじいちゃんで作った雪だるまのほうが、もっとおっきいよ!」

「おお、そうなのか?」  

「うん! えっとね、こんっ……ぐらい!」


 男の子は、まだまだ成長途中の短い腕を限界まで広げて、ついでにジャンプもして、大きさを表現した。シリウスは素直に褒める。


「それはすごいな、見てみたいよ」

「じゃあうち来るー?」

「また今度な」


 やんわりと断る。

 すると、まだまだ元気が有り余った子どもたちは、そのまま店の前で遊び始めた。


「はい雪玉、あげる」


 女の子が、ライファットにできたての雪玉を渡した。しっかりと固められていないので、簡単に崩れそうだった。それを受け取ったはいいがどうしたものかと考えたライファットは、とりあえず自分の手でぎゅっと固くし直して、雪だるまの近くに置いておいた。


「これ、さっき拾ったの!」


 別の女の子が、シリウスに見せる。ナナカマドという赤くて小さな木の実だ。

 こちらも、それを見せられたところでどう反応していいのかわからなかったが、おいしそうだなと笑っておいた。


「たべる?」

「いや……、いらない。食べちゃだめだぞ」


 今度は男の子が、熊を作ってと訴え始めた。大人だからなんでもできると思っているのだろう。しかし二人はそんな職人芸を持ちあわせていないので、俺たちが作れるのは雪だるまだけだよ、と言った。男の子は口先をとがらせ、ぶぅと鳴いた。


「俺たちちょっと疲れたから、休んでるわ。遊びたきゃ、このまま好きに遊んでいいぞ」


 店の前で騒ぐ許可を下した店主により、子どもたちはお言葉に甘えて、一層遠慮なくはしゃぎだした。なお、ここが奴隷屋だとはわかっていないようだった。


 シリウスとライファットは、数歩離れた位置で見守る。俺たちにもあんな時期があったんでしょうね、と年寄りじみたことを言うライファットに、ジジイか、と遠慮ない返しをした。


「つーか俺たちだって、今まさに雪だるま作ってただろ」

「確かに。俺たちもまだまだ若いですね」

「そうそう」


 吸って吐いた息が、白く映る。普段自分たちはこんなふうに呼吸を繰り返しているのかと、嫌でも実感する瞬間だ。


「……お前って、昔は遊び回る奴だったのか?」

「えっ?」

「いや、子どもの頃のお前って、どんな感じだったのかなと思って」


 唐突に(いだ)いた質問をぶつける。答えたくなければ別にいいと付け加えたが、ライファットは首を横に振った。


「……俺は川で泳いだり、山を駆けたりしてましたね。ここと違って、暑い場所でしたから」

「へーえ、そうなのか」

「はい」

「じゃあその頃のお前は〝ライファット〟はもちろん、〝シロ〟でもなかったってことか」

「……。どうでしょうね」


 ライファットはどこの都市でもなく、南の山の中にひっそりと存在する、小さな集落で育ったという。

 カレスティア大陸は28の都市で成り立ってはいるが、実は地図に載っていない、村里のような場所もいくつか存在している。もちろんそこに城壁はなく、学校すらも建てられていない。

 訳あって都市に住めない者、馴染めなかった者、大陸を牛耳る組織を嫌う者……。そのような者たちが集まって、自給自足の生活を送っているのだ。


「三人暮らしでした。俺と、おじいちゃんと……姉」

「えっ。お前、姉ちゃんいたの?」


 驚くシリウスに、ライファットは頷く。


「まあ、とりあえず、最悪な姉でした」

「……どう、最悪だったのか、聞いても大丈夫か?」

「……」


 肉体的、もしくは精神的な虐待を与えられていた可能性を示唆(しさ)して、シリウスは気遣う。

 ひとつ間を置いて、ライファットは雪の空を眺めながら当時のことを思い出し、嘘偽りなく主人に教えた。


「私塾で配られた俺の宿題に、でたらめな解答を書いて勝手に提出されました。川に突き落とされました。関節技の練習台にされました。薬がにがくて飲めずにいる俺を、外にある小さな蔵に閉じ込めて、そのまま忘れ去られました。家にあった小説の考察の食い違いで揉めた挙句、その本の(かど)でぶん殴られました」

「ライファット……」


 両手で顔を覆い、笑っているのか悲しんでいるのかわからない震えを抑えるシリウス。

 口が動くたびに、顔が険しくなっていることに気づいているのか、いないのか。ともかくライファットの中にある実姉との思い出は、不快極まりないようだ。


「まあ、あの女のおかげで学んだことといえば、〝どんな奴でも刺せば死ぬ〟ってことですかね。どれだけ相手の心がひねくれていようが、権力を振りかざそうが、血が流れている以上、刺せば等しく死ぬというのを教えてくれましたよ」

「そうだな……その通りだ」


 いくら聞こえていないとはいえ、無垢な子どもたちの前でする話ではない。

 ライファットは忌々しげに語っているが、シリウスとしては、そのような暴君がこの青年の姉という事実に、わりと納得していた。


「じいちゃんは? どんな人だった?」

「おじいちゃんは優しい人でしたよ。良いことをしたら褒めてくれて、悪いことをしたら叱る。当たり前ですけど、その〝当たり前〟がちゃんとできる人でした」

「家族みんな、やっぱ人狼だったのか?」

「いや、姉は人狼でしたが、おじいちゃんは人間でした」

「ん?」

「おじいちゃんは、まだ幼い俺たち姉弟が行く当てもなくさまよっているところを、拾って育ててくれたんです」

「……ふーん、なるほど」


 じゃあ人狼だとバレなくてよかったな、とシリウスが言うと、本当にそうですね、とライファットはしみじみと返す。


「ヘンピな山奥だったからっていうのもあると思います。普通に友達もできましたし。おじいちゃんが天寿を全うして、それをきっかけに姉と家を出るまで、周囲に人狼だと悟られることはありませんでした」

「一緒に出たのか?」

「途中までは。山を降りて、一番近い都市に着いてから別れました。それきりずっと、会ってません」

「最後は、どういう言葉を交わしたんだ?」

「いや……たいしたことは言ってないですね。言う必要もないですし」


 照れ隠しをしている様子はないので、本当に取るに足らない内容だったのだろう。

 子どもたちの遊びは、いつの間にか雪合戦に変わっている。


「ああでも……。最後に一緒に肉を食べました。おいしい肉」

「おっ、いいね」

「けどメインの肉以外に、余計な物を頼みすぎて……。サラダとかスープとか、パスタとか。よくわからない煮込み料理までありました」

「お前なら、全部食べられたんじゃないのか?」

「余裕でした」

「やっぱし」


 姉がメニュー表の上から下までを注文して、弟が次々と運ばれる料理を平らげる。加えて姉も、かなりの大食いだった。今日の売り上げ目標が早々に達成してしまうな、とその料理屋の店主は豪快に笑っていたらしい。

 しかし色々と頼んだはいいが案の定お金が足りなくなり、姉に奢ってもらえる約束だったのに、結局ライファットも半分ほど支払うはめになって終わったという。


「最後まで最悪でしたよ」

「ははっ」


 声を漏らして笑う。

 楽しそうな家族で何よりだと、シリウスは数年間を共にして初めて知った従者の過去を、自分のことのように喜んだ。


「シリウスさんは……」


 そこまで言いかけて、ライファットの口は止まった。

 思い出したのだ。シリウスにも、義理の姉や妹がいたことは知っている。けれど、彼女たちはもう、過去の存在だ。

 ライファットの姉も、もしかするとどこかで野垂れ死んでいるかもしれない。だが、少なくともシリウスよりは、再会の希望は残っている。



 シリウスには、ない。



「ん? どうした?」

「……どうして姉という生き物は、弟をおもちゃにしたがるんですかね」

「……」


 義弟と弟は肩を並べて、子どもの遊ぶ声を通して、己の過去を見た。

 目の前の一部が(かす)んでゆく。胸に収めた記憶を開く。形には残らない宝物。


「そうだなぁ……。本当に、そうだった」


 彼らの話を静かに聞いていた雪だるまに、再び顔を向けたシリウスは声をかける。当然、返事は来ない。


 揺らめく瞳の中にある光がけむる。大きく息を吐いた。白い。

 改めて、じんと沁みる。家族に愛されていたのだと。もちろん、全てが良い思い出だけで彩られてはいない。喧嘩もしたし、嫌なこともあった。

 しかし、それらを含めてもたまらなく眩しくて、美しい。今の自分を作り上げるために、必要な存在だったと言える。心から感謝できる。



 だからこそ、今はそばにいる人を大切に。


 二人が思うのは、そればかりである。



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― 新着の感想 ―
ライファットさんが奴隷になる前のこと、気になっていましたが、お姉さんがいたとか少しずつ明らかになってきて嬉しいです!(*'ω'*) どこにでもいそうな姉と弟という感じがして、とても微笑ましく読みました…
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