奴隷屋と薬屋 3
男はダルマンという名で、【8番都市】で働く一般人だった。
ある日のこと。年老いた彼の両親が、揃って風邪をひいてしまったらしい。
家に残っていた薬を飲ませたが全く効果がなく、病院に連れていきたかったが二人とも動くのがつらいと言い、回復する様子もないまま、ダルマンは仕事以外はずっと看病を続けていた。
そのとき、ふと思い出した。この都市には評判のいい薬屋があると。
半ば藁にもすがる思いで来店した男を、店主であるトウコは優しく歓迎した。そして事情を知り、症状を聞いて、自身で調合した風邪薬を渡した。その薬を飲んだ両親は、苦しんでいたのが嘘のように元気になった。
感謝の気持ちに溢れたダルマンは、トウコに何かお礼をしたいと考える。だが、自分の見た目にコンプレックスを持つ彼は、今になって恥ずかしさを覚えた。最初に来店したときは、両親のこと以外何も考えられなかったので普通に行けたが、今また会ったとき、あの綺麗な女性は自分を見て嫌悪感を抱くのではないかと。
これまで周りから良い扱いを受けてこなかったダルマンは、女性に対しては特に、被害妄想に似た苦手意識を持っていた。自分なんかどうせ、という心を常に抱えながら人と接してきたのだ。
ダルマンは悩んだ末に、名前を伏せてトウコにプレゼントを贈ることにした。もし贈り主が自分だとバレたら、きっと気持ち悪がって受け取ってくれないと思ったからだ。〝おいしかったですか?〟という手紙も、居ても立っても居られなくなり、後日したためたものらしい。
それから本格的にトウコを意識し始めて、しかし面と向かう勇気が持てず、結果的にストーカーまがいの行動になってしまった。シリウスの名は、自分が後をつけられていると勘づいたトウコが、こちらを見ないまま警告するように告げたらしい。
諦めるべきかと散々迷ったが、男としての嫉妬の炎の揺らめきがいつまでも収まらず、意を決して奴隷屋までやってきた。
「……と、いうことですぅ……」
「と、いうことですぅ……じゃねえんだよ馬鹿野郎!」
多少落ち着きを取り戻したダルマンからの話を聞き終えて、向かいのソファーに座るシリウスが声を荒げた。ダルマンの肩が、びくっと跳ねる。
「お前さあ! ちゃんとした理由があるなら堂々と言えよ!〝あなたのおかげで両親の風邪が治りました、ありがとうございます〟って言って、そのままプレゼントも手渡ししろ! 差出人不明のものなんて、怖くて手ぇつけらんねえに決まってんだろうが!」
「そ、それができないから、こうなってるのにいぃ……!」
正論をぶつけられて、ダルマンは頭を抱える。その近くに立つライファットも、呆れた目を向けていた。
「で、でも、どうせぼくなんて……。トウコさんもきっと、嫌々接客してたに決まってる……! あんな綺麗な人が、ぼくなんかに優しくしてくれるはずないんだ……!」
「その口を開くたびに〝ぼくなんて〟って言うのもやめろ……。お前は自分の両親を大切にしてるし、真面目に働いてるし、十分立派だよ」
「シリウスさんの言う通りだ。恥じることはない」
「あ、あ、あんたたちはまだ若くて、しかも顔が良いから、そんなことが言えるんだっ! デブでブサイクな奴の気持ちなんて、わかりっこないよ!」
「なら痩せろやせめて……」
額を押さえて唸るシリウスは、再びどうしたものかと悩む。もう遵行隊に突き出しますか、とライファットが面倒くさそうに聞くが、シリウスはぎこちなく首を横に振った。
「遵行隊の手を煩わせるまででもないだろ、こんなもん」
「はあ、そうですか……」
口ではそう言っているシリウスだが、もしダルマンが捕まると、それを知った彼の両親が悲しむだろうと思ったのが本音だ。
家族を大切にする者を邪険に扱えないシリウスは、なんとか穏便に解決できる方法はないかと考えてみる。
「まあ、お前の口から正直に、トウコさんに告げるのが一番だよな。トウコさんは話せばわかってくれる人だし、お前の容姿を馬鹿にしたりもしないから、もう一回だけ勇気を持とうぜ」
「か、簡単に言わないでくださいよぉ……。ぼくが迷惑をかけてしまったとはいえ、普段から母親以外の女性とはまともに話ができないのに……。謝る前に、脳が破裂してしまいますってえぇ……」
「泣くなよもう……。俺も一緒に行ってやるから」
子どもの仲直りを手助けする親のように説得するシリウスと、そんな様子をただ眺めているライファット。
すると、店の扉が開いた。来客かとライファットが顔を向けると、
「はぁーい、奴隷屋さん」
かつかつと厚底ブーツを鳴らして入ってきたのは、美しい栗色の髪の人物。まさに会話の中心となっていた者。
「あ、トウコさん」
ライファットがそう言って、シリウスとダルマンも玄関を見る。
その瞬間、ダルマンの顔が見る見るうち青ざめていき、
「ひっ……、ひいいぃぃっ!」
悲鳴をあげて、ソファーのうしろに隠れてしまった。
「トウコさん、どうしたんだ?」
「ライちゃん久しぶり〜。確か奴隷屋さんって、この時間だととっくに閉店してるわよねぇ? なのにお店がまだ明るかったから、なんとなく気になって来ちゃった。かわいい坊やたちの顔も見たかったしね」
接客中だったかしら? とトウコは小首を傾げる。ちょうどいいと思ったライファットは、ダルマンを気遣うこともなく、そのままトウコに伝える。
「そこにいる男、トウコさんのストーカー」
「……あら、そうなの?」
髪を耳のうしろにかけて、トウコが近づいてきた。そして震えている犯人を見おろし、そっと呟く。
「……ふぅん……? あなたが、ねぇ……?」
まるで値踏みするような瞳を前に、ダルマンの呼吸が苦しくなる。床に額をこすりつけて謝罪をしたいが、声も身体も強張って、まともに動かすことができない状態だった。
「トウコさん、ちょっと待って! 一回話を聞いてくれないか?」
だが、そんな男をフォローするようにシリウスが両者の間に入り、代わりに説明をした。そして聞き終わり、トウコが複雑そうな表情で言う。
「そういうことなの……。ご両親が元気になったのは良かったけど、シーちゃんの言う通り、直接伝えに来てほしかったわね」
「ご……ごめんなさぁぁい……」
めそめそと両手を床について、ようやく謝ることができたダルマン。
こいつを許してやってくれ、とシリウスからもトウコに求める。
「……ま。反省しているようだし、今回は許してあげる。ただし、もう二度とこんなことしちゃだめよ? もちろん、アタシ以外の人にもね」
「は……、はいぃぃっ!」
申し訳ございませんでした! と心からの反省と感謝を込めて、ダルマンは頭を下げる。それを見て満足そうに頷いたトウコは、だからもう立ちなさいと優しく言った。
「にしてもあなた……。その満腹ボディはなんとかしようと思わないの? 容姿にコンプレックスを抱いているのなら、自分から変えようとしなくちゃ」
「そ、そうですね……。ですがどうしても、自分の心と両親に甘えてしまいまして……」
息子を大層かわいがっている両親は、いつもダルマンが食べたいと思うものを作ってあげていた。体型に関しても、よく肥えていいことだと、むしろ嬉しそうにしているらしい。
「両親を大事にして、愛されて。お前十分幸せじゃんか」
「りょ、両親を大事にするなんて、当然じゃないですか……! じゃあ、し、シリウスさんは、自分の両親を蔑ろにしてるんですか!? そんな人が、トウコさんと一緒にいるなんて……!」
「いや、俺もう家族いないから」
「…………。……ご、ごめんなさい……」
「……そうやってすぐ謝れるところも、立派だよ」
お前がただの良い奴でよかったと、シリウスは頭を掻く。
それを見たトウコとライファットが、視線を合わせる。そしてトウコが軽やかな足取りと共にシリウスの腕に絡みついてきて、ライファットもシリウスの真横に立った。
「でもシーちゃんには、ア・タ・シっていうベストパートナーがいるから平気よね〜! もちろんライちゃんも、イーちゃんもいるわよ! あとは一応〝あいつ〟もかしらね」
「シリウスさん。寂しいときはいつでも、俺の胸に飛び込んできていいですからね」
「いや……遠慮しとく……」
トウコの言う〝あいつ〟とは、拳銃屋の店主を指している。その者も『身内』の一人だ。
左右からのアピールに若干顔を引き攣らせるシリウスだが、その心遣いに対して素直な嬉しさを覚えた。
「そうか……。ぼくみたいな奴が介入する隙なんて、初めからなかったんですね……。シリウスさんもトウコさんも、邪魔をしてすみませんでした……」
「だから自分を卑下する言い方はやめろ。つーかちょっと待て。俺とトウコさんは恋仲ってわけじゃないぞ」
「え? そうなんですか?」
未だ地べたに座るダルマンが、きょとんとシリウスを見上げる。
「俺みたいな若造が、どう見てもトウコさんとは釣り合ってないだろ。トウコさんは昔からお世話になってる、恩人みたいな感じだ」
「あ……なるほど……」
「シーちゃんのばかっ! そんなはっきり否定するなんて酷いっ!」
「いや酷いも何も、事実だろうが……」
「シリウスさん。さっきこの男に〝卑下する言い方はやめろ〟と指摘したばかりじゃないですか。なのにあんたが〝俺みたいな〟なんて言葉を使っていいんですか?」
「ライファット! 余計なとこ突っ込むんじゃねえ!」
従者のいらない一言を叱り、ついでに腕を掴んだままのトウコをやんわりと離してから、話題をダルマンの体型に戻す。
「とにかくお前、健康も含めて絶対痩せたほうがいいぞ。今のその見た目からオサラバできたら、お前の心だって明るくなるはずだ」
「わ、わかってはいるんですけど……。ダイエットはきつくて、つい逃げ出してしまうんです……」
「両親も特に気にしていないんだろうな。そのままでいいと、どうせお前を甘やかしてるんだろう?」
「うっ……、その通りです……」
ライファットに言われて、がっくりと肩を落とす。
トウコならダイエットに詳しいのではないかとシリウスが聞くが、トウコの反応は微妙だ。
「そうねぇ……。でもアタシが知ってるのは食事管理や適度な運動くらいだし、この子だとすぐ怠けるんじゃない? 多少厳しくてもビシバシ指導してくれる人のほうが、この子にはぴったりなんじゃないかしら?」
「厳しく、か……」
と、ここでシリウスの脳裏に、ある案が浮かんだ。
「なあ、お前。金は持ってるか? 小銭じゃなくて、そこそこまとまった金額」
「えっ? あ、はい……。特に使い道がないので、貯金はしてありますが……」
素直にそう教えたダルマンに、シリウスが頷く。
「よし。なら明日、またここに来い。俺に良いアイデアがある」
「え?」
「いいか? 逃げんじゃねえぞ。これはお前のためでもあるんだからな。俺らに申し訳ねえって気持ちがちゃんとあるなら、明日忘れずに来い」
「わ……、わかりました!」
ようやく立ち上がったダルマンは、しっかりと承諾する。
「シーちゃん、どうするつもり?」
頬に手を当てて質問するトウコに、シリウスが振り向く。
「悩んだときは、他の人の手も借りるべきだよな?」
そう得意気に笑って、男のダイエットが成功することを今から願った。




