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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
39/53

青と赤 4


 はつらつたる明かりが並ぶ中、酒を売っている露店を見つけた。

 天酒(あまざけ)という穀物を発酵させて作られたもので、アルコール度数が限りなくゼロに近く、ここでは子どもでも気軽に呑むらしい。


「よお、兄ちゃんら! おひとつどうだい?」


 誘いに頷いて、シリウスは二人分を頼んだ。

 白濁とした色は少しとろみがあり、店主いわく、天酒(あまざけ)は〝呑む美容液〟として女性には大人気とのことだった。加えて栄養価も高く、免疫力上昇にも繋がると説明する。

 一口目をゆっくりと呑み、唇を軽く舐める。それからシリウスが、感想を述べた。


「子どもでも呑めるっつーから、砂糖や牛乳でも入ってんのかと思ったけど、それとは違う甘さだな」

「そうですね」

「穀物本来の甘さを引き出しているから、優しい味がするだろ? 風邪をひいたときなんかにも効果があるんだぜ」

「へえ……。知っておくと、便利かもしれませんね」

「知りたいか? なら教えてやるよ。ご家庭でも簡単に作れるレシピがあるからな」


 店主は、天酒(あまざけ)のレシピを口頭で教えてくれた。シリウスはうんうんと頷きながら、律儀に旅の手帳に記入する。


「ありがとうございます。機会があれば、作ってみようと思います」


 するとシリウスのそんな姿勢を気に入ったのか、店主は向こうに本格的な酒を売った露店があると、その方向を指さした。

 せっかくなので行ってみることにし、また店主にお礼を言った。店主は手を振って、二人を見送った。


 酒が呑める場所というだけあって、大人の男がたくさんいた。しかもそれだけではなく、ツマミに合うような一品料理を売る露店も並んであった。立ち食いをしないための椅子やテーブルも、あちこちに設置されている。


「お前、酒は強いほうだっけ?」

「まあ、それなりには大丈夫です」

「そっか。じゃあ、酔い潰れない程度に楽しむか」


 ……そこからのシリウスは、まるで飛ぶことを覚えたばかりの鳥のようだった。

 あれやこれやと誘われてふらふら移動しては、店の人と会話して、売り物を買う。そしておいしそうに酒や食べ物を頬張っては、また別の店へ向かう。

 観光客として、初めて訪れた者として。人工的な光が眩しく歌う世界を、思う存分に楽しんだ。

 白髪(はくはつ)の青年は、そんな主人のうしろをただついていった。呑めと言われたら呑んで、食べろと言われたら食べる。

 喜んだり不快だったり、そういった反応は一切顔に出さず、従うままに手足を動かした。


 やがて、


「……はあぁーー……」


 酒気を多く含んだため息が、シリウスの口から吐かれる。()いた席に座り、テーブルに顔を伏せて、心底だるそうに身じろぎをした。


「我が主、さすがに呑み過ぎではないでしょうか。今日はもう宿屋に戻られることを推奨します」

「……うぐぅ……」


 聞いているのか、いないのか。どちらかわからない反応を見せると、そのままぐったりと動かなくなってしまった。


 いつの間にか花火は終わっており、あとは騒ぎたい者だけが騒ぐ、人の時間だけが残っている。

 次の日へと移り変わった夜空には、ずっと花火に舞台を譲り続けた星たちが、ようやく自分たちの出番かと好き放題ちかちか輝いていた。


 全く動く気配のない主人を前に、(かつ)いで宿屋まで運ぼうかと思った青年だが、無理に動かして吐かれたら困ると考え直した。

 南の地は真夜中でも気温が高く、加えて酩酊(めいてい)状態で体温も上昇している。だからといって一晩中外に放置するわけではないが、小一時間程度ならば酔いを覚ますのも兼ねて、このまま夜風に当たらせるのも良い。


 そう決めた白髪(はくはつ)の青年はどこへも行かず、鳴りやまないお祭りの音を背景に、おとなしく待ち続けた。




「おいっ! そこのてめえ!」


 すると、この陽気な雰囲気の邪魔をする、怒気を含んだ呼び声が青年の耳に届いた。

 周りの人々が声がするほうを向いて、道をのける。その先に立っていたのは、【26番都市】に来る途中の森でシリウスと青年が相手をした、あの三人組だった。


「見つけたぞこの野郎……。昨日の借り、倍にして返してやるぜ!」


 刺青の男が、歯を剥き出しにしながら指の関節を鳴らす。他の二人も同じように、敵意を込めた視線を青年に浴びせる。どうやら報復をするために、わざわざ追ってきたようだ。

 戦利品として男たちから回収した物は、まだ宿屋に取ってある。しかしそれらを返却したからといって、見逃してもらえるわけではないだろう。奴らは、戦う気に満ちている。


「……ふぅ」


 死んだように眠るシリウスを一度確認してから、白髪(はくはつ)の青年はそっと席から離れて、男たちと向き合う。

 あのとき手足でも折っておけばよかったかな、なんて、ぼんやりと考えながら。


「ああ? てめえだけかよ。もう一人はどうした」

「お休み中だ」

「なんだとぉ!?」


 白髪(はくはつ)の青年は、だから相手をするのは自分一人だと告げた。それを受け、三人の男は怒りで顔面を紅潮させる。


「ふざけやがって……! 舐めんじゃねえぞこらぁ!」

「そのスカしたツラ、原形がなくなるまで潰してやる!」

「今度はてめえの身ぐるみ剥いで、全部売り飛ばして俺らの酒代にしてやっからよ!」

「奴隷商人に引き渡すのもアリだな!」

「臓器売買はもっと金になるぜぇ!」

「まあ、どの道てめえを……、ぶっ殺してやるけどな!」



「……」



 見下された屈辱を恨みに変えて、思い思いに叫び散らかす。

 青年は彼らの言う通り、すました顔で全てを受け流していた。


 ……だが、最後の〝ぶっ殺してやる〟の一言が、彼の赤い目をすうっと動かす。


「俺は昔から……〝前言撤回〟というものを認めていない」

「ああん……? なんか言ったか!?」

「〝一度でも自分に殺意を向けた者は逃さなくていい〟と、そう教わった」

「ぼそぼそ聞こえねえんだよ! このシラガ野郎!」

「それが結局、自分のためになると、俺は知っている」

「だから聞こえねえっつってんだろ!」


 青年の瞳から、光が消えていく。そのことに、彼らは気づいていない。


「久々だ。本当に、久々だ」


 青年は腰の短剣を、静かに握った。


 喧嘩か? 喧嘩が始まるのか? と周りの男たちがざわつく。だが、酒とお祭りに飲まれているせいで、むしろ楽しげにわいわいと騒ぎ、無神経に(はや)し立てた。


「男なら拳で行けよ!」

「花火の次は喧嘩祭りだ!」

「俺はでけえ兄ちゃんたちに賭けるぜ!」

「じゃあ俺は白い兄ちゃんな!」


 勝手に賭け事も始まり、辺りは一層騒がしくなる。

 三人は暑苦しい熱気をうっとおしく思いながらも、男として、段々と喧嘩心が刺激される。


〝闘気〟ではなく〝殺気〟を(ゆる)やかに渦巻かせる白髪(はくはつ)の青年など、露知らずに。


「……」


 だが、ここで青年はふと思った。もし自分が今考えていることを素直におこなった場合、この歳の近い主人は、どういった反応を見せるだろうか、と。


 怒るか、許すか、呆れるか、怯えるか。


 どれでも構わないが、分岐する未来の一つとしてあるのが、ここで二人の旅が終わるという可能性だ。

 名残惜しいとか、寂しいとか、申し訳ないとか。そういったものは持ち合わせていない。自分をすっぱり切り捨てるなら、それでもいい。

 ただ、自分を奴隷屋から買ってくれたせめてもの礼として、〝彼を捨ててこの場から逃げる〟という選択肢だけは取らないことにした。それよりあとは、別にどうなったって構わない。


 だからこそ、


「……あなたに感謝します。空の煌めきを、再び俺に見せてくれたことを」


 目の前の三人にも、周りの見物人にも、そしてシリウスにも。

 誰にも聞こえない言葉を、白髪(はくはつ)の青年は祈るように囁く。


 そうして心を白く澄ませ、赤い魂を開眼させた。






「…………おい」


 その瞬間、不自然なほどの低い声が、青年の背後から聞こえた。振り向く前に肩を掴まれたかと思うと、そのままやや強引に、うしろに下げられた。


「我が主」

「……」


 いつの間にか目を覚ましていたシリウスは、ふらりふらりと、危なっかしい足取りで前へ出る。青年は止めようとしたが、それよりも先にシリウスが言う。


「誰だぁ……? お前を殺そうとしてる奴は……」

「えっ?」

「……ああ……。あいつらだな……」


 再び会った男たちを、ぎろりと睨む。どうやら青年から漂う殺意を、わずかながらに感じ取ったようだ。思考がうまく定まらないせいで、勘違いをしているが。

 明らかに酔っ払っているシリウスを見て、三人は鼻で笑い、お返しと言わんばかりに馬鹿にしてきた。


「おいおい、すっかり祭りを楽しんでたようだな。そんな状態で大丈夫かぁ?」

「これじゃあ一方的なイジメになっちまうよ!」

「その青い目から、ぴーぴー涙を流すさまを、酒の肴代わりにすんのも一興だな!」


 げらげら、げらげらと笑いが止まらない三人。

 それに対し、シリウスはあからさまに舌打ちをして、不快な表情を浮かべる。


「クソだりい……。うるせえんだよ、腐れたツラ並べたチンカス野郎共が……。マジ誰のもんに手ぇ出してんだよ……調子乗んなクズ……」


 黒髪を雑にかき上げて、ぶつぶつとあまりよろしくない言葉を並べる。

 それから揺れる身体をしっかりと両足で支え、髪の隙間から青い光を二つ、強く宿らせた。


「汚ねえ笑いでイキリ飛ばしてんじゃねえよ、束になってもゴミにしかならねえ雑魚が。もういっぺん潰してやるからまとめてこい」


 左の親指を下に突き刺したシリウスに、三人の笑いがぴたりと止まった。

 そして、


「……上等だガキ! 死ぬまでぶっ殺してやるよ!」

「おおかかってこいやビチグソ共がぁ! タマ切り落として、てめえのケツ穴にねじ込んでやらぁ!」


 そう啖呵を切って、一気に駆け出した。しかも素手で。


「あっ、ちょっと……!」


 青年は制止するために右手を伸ばした。けれど、勇ましく走る主人の背中を見ていると、どうしてか殺意が薄れ、段々と心が凪いでいく。

 そうして最後には、そっと無意識に手をおろしていた。


「うおらぁ!」


 刺青の男が殴りかかる。酔っているとは思えないほど、シリウスが華麗な動きでかわす。そうしてがら()きになった男の鼻に、まっすぐと力強い拳を入れた。


「……いぎゃあぁっ!」


 痛みに悶える男の頭を蹴り飛ばして、早々に一人目を潰す。

 その流れるような攻撃に、帽子の男と眼鏡の男は、たじろいだ。


「ふ、ふざけんな……。俺らがまた負けるなんて……、あっちゃいけねえんだよ!」


 語尾を震わせながらも己を鼓舞した帽子の男は、大声を出して仲間の仇討ちに挑んだ。

 ゆらりと身体を立たせたシリウスは、酒を売る屋台の横にあった、(から)の小さな酒瓶に目をつける。それを一本手に取ると、男へ向けて力いっぱいぶん投げた。


「うおっ! あぶねっ!」


 間一髪でかわしたが、その数秒間は、全ての意識が酒瓶に集中してしまっていた。

 シリウスはすぐそこまで間合いを詰めて、今度は店主から奪った酒が入ったコップを、相手に投げつけた。


「おぶっ!」


 顔に酒をぶちまけられ、反射的に目を閉じた帽子の男。その隙に、



 ゴンッ!



 前へ出た白髪(はくはつ)の青年が、同じく(から)の酒瓶で男の(すね)を打つ。激痛で立っていられなくなり、叫びながら倒れた男に追い討ちをかけるように、青年が瓶でその頬を殴った。


「おお! ナイスコンビ!」


 周りが称賛の手を叩く。

 あっという間に残り一人となった眼鏡の男は、やっぱり自分だけでも逃げてしまおうと背を向ける。だが、それはあまりにもかっこ悪くて情けないと、見物人たちがこぞって邪魔をした。


「ど、どけよっ! 殴られてえのか!」

「お前も行けよ! それでも男か!?」

「う、う、うるせえっ!!」


 だが、ごちゃごちゃと揉めている間に、シリウスが背後まで迫っていることに、男は気づいていない。


「くたばれや短小野郎!」

「ぎゃあぁっ!」


 男の股間を蹴り上げたシリウスは、前屈(まえかが)みによろめく相手の正面に回る。

 そうして男の首を左脇で固定し、右手で背中を掴んだ。


「ひいっ!」

「黙らせてやるよ」


 とどめの技を決める。その場で跳んで背中から倒れ、相手の顔を地面に叩きつけた。

 男が戦闘不能となり、三対二の再試合は後者に軍配が上がって終了した。


「うわー、あれは痛いよ」


 見物人の一人が、若干引きつった顔で呟く。

 あいつマジで喧嘩慣れしてんな、とその隣にいる男が、感心したように言った。


「……うげ」


 しかし、その一撃により共に倒れたシリウスが、今になって嘔吐しそうな表情で横に転がり、眼鏡の男から離れる。

 白髪(はくはつ)の青年が駆け寄り、大丈夫ですか、とシリウスの背中をさすった。


「終わりましたよ、我が主。もう宿屋に戻りましょう。……立てますか?」


 すっかり殺気の抜けた声で尋ねる青年。シリウスは何度かまばたきを繰り返してから、両手を地面につけて身体を起こす。



 そして。



「……ライフラント」

「え?」

「……」


 突然出てきた、何かの名前。

 全く聞き慣れないものに、青年は一瞬きょとんとしてしまった。


「……いや、でもこれは……」


 シリウスはゆっくりとうつむいて、また動かなくなる。

 かと思いきや、急に飛び跳ねるように頭を上げて、青年に顔を近づけた。


「な、なんですか」


 相手が酔っ払いとはいえ、さすがに戸惑いを隠せない青年。そんな彼をよそに、シリウスはその青い両目で、すぐ近くの赤い両目を捉える。


「ライファット」

「……はい?」

「ライファット……。うん、やっぱりこれだな! 悪くない、かっこいいぞ!」


 どうやらそれは、青年に授ける名前らしい。

 腕を組んであぐらをかき、うんうんと一人で何度も頷くシリウスに、ライファットという名をおそらく与えられた青年は、何も言えずにいた。


「頼りになる、信頼する……だから……。……うん、まあいいや」


 どうやら独自の納得ができたようで、シリウスはおぼつかない足で立ち上がろうとする。とっさに手を貸した青年の腕を掴み、そのまま離さずに言った。


「これからもよろしくな、ライファット」

「……あ、はい……」


 にっこりと清々しく告げられ、ぎこちない頷きで応える。

 そうしてシリウスは嬉しそうにまた笑い、膝から崩れ落ち、なんとも満足げな表情で眠ってしまった。


「…………ライファット……」


 一人で呟く、白髪(はくはつ)の青年。

 眠る主人の横で片膝をつく。しばらく停止し、そのうちゆっくりと、真上の夜空を見た。


 欠けた月が、孤独に浮かぶ。

 その周りを、数え切れない星々が、寄り添うように光り輝いていた。



 + + +



 夜が明ける。三日目の朝。

 酔いが覚めたシリウスに待ち受けていたのは、なかなかしつこい頭痛だった。ベッドの上で痛いと唸る主人に、従者の青年は荷物を持って立ち上がる。


「あの三人から取った物を売ってきます。ついでに、今後の旅に必要な物も買ってきます」

「……ああ……よろしく……」


 片手で頭を押さえながら許可を出す。部屋を出て行こうとした青年に、お前は二日酔い大丈夫か? と一応聞いてみた。


「俺は平気です。……お気遣い、ありがとうございます」

「そっか……。つくづく頼りになる奴だよ」


 ふっと自虐気味に小さく笑って、青年に背中を向けて寝転がる。その背中を見つめた白髪(はくはつ)の青年は、少し口ごもりつつ、やがてはっきりと伝えた。


「これからも〝頼りに〟してください、我が主。俺の名は、そのためにつけられたのですから」

「……ん?」

「ライファット……良い名前ですね。とても気に入りました」


 ではいってきます。そう告げて青年は、静かに部屋の扉を閉めた。


 残されたシリウスは、一体なんのことかわからないといった表情で、軽く呆然としている。

 しかし徐々にうっすらと、思い当たる記憶が脳内に再生されていく。そして仰向けに体勢を変えて、両腕で目を隠しながら、天井に声を上げた。


「ライファット……。そうか、言ってたのか俺……」


 やっちまった、というような反応を見せているシリウスだが、この名前を与えたこと自体に後悔はしていない。ただ、


「〝頼り〟か……。確かにそれも大事だけど……」


 腕を元の位置に戻し、しばらく天井の照明を凝視する。そして、感情のこもった独り言をこぼした。


「違うんだよなぁ……その名前に込めた〝意味〟は……」


 うっかりその〝意味〟まで口走らなかった自分を最低限に褒めて、シリウスは名を与えた従者がここに戻ってくるまで、また目を閉じることにした。



 空は今日も、よく晴れている。



※シリウスが最後に決めたのは『DDT』というプロレス技です。

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― 新着の感想 ―
名前をもらった時から、ライファットさんが変わったように感じました。 それまではシリウスさんから質問されたら答える。言われることに従っているだけだったのに、翌朝からは自分から買い物に出ようと決めて動けて…
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