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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
34/53

ゴーグルの男 5


 強烈な刃鳴りが、耳をつんざく。

 ゴーグルの男による一撃を受け止めたシリウスは、両手が痺れる感覚に顔を歪ませながらも、なんとか払いのけた。


「くそっ……、イグリと手合わせをして以来だな。こんな馬鹿力を味わうのは」

「そうですね。でもイグリと違うのは、これは正々堂々の勝負ではないということです」


 男と距離をとって呟くシリウスの前に立ったライファットは、右手にだけ短剣を握っている。


「つまり、どんな手を使ってもいい」


 ライファットはそう言って走り、コートの中から取り出した小さな玉を数個、男の足もとへ投げる。ぼんっと爆発した玉は白い煙を噴き出し、男の視界いっぱいに広がる。


「お?」


 手品師のショーを観るような感覚で、男は次の一手を待つ。てっきり目眩(めくらま)しに乗じて突撃してくるのかと思っていたが、何も起きない。


「……」


 その場から全く動かない男だったが、研ぎ澄まされた意識が〝それ〟を捉える。

 くるくると円を描くように頭上から高く降ってきたクナイたちが、音を消して男を殺しにかかる。しかも刃には、毒が塗られていた。

 はじいたり、かわしたりしてやり過ごした男だが、途端に数発の銃声が聞こえ、鉛玉が一つ左腕を貫いた。


「……当たったかな?」

「どうでしょうね」


 再度『リグ』を使用したシリウスと、隣にいるライファットが、煙が晴れるのを待つ。これで終わってくれたらどれだけ良いかと願いながらも、油断せずに相手の様子を(うかが)う。


「!」


 二人は、同時に反応した。右と左にそれぞれ飛ぶ。ほとんど消えかけた煙から姿を現した男が、左手を(ひたい)にかざしながら言った。


「おお、適当に投げても飛ぶもんだなぁ」


 男はライファットのクナイを拾って、力任せに投げたのだ。左腕からは血が流れており、弾丸とクナイのどちらかが命中したのだと確認するシリウス。けれど、蚊に刺された程度だと言わんばかりに平気な顔をしている敵を見て、痛覚もイカれてんのかと悪態をついた。


「シリウスさん、ここは俺に任せてください」

「ライファット」

「大丈夫です」


 左の短剣も抜いて、ライファットがゆっくりと前に進む。一対一を望む従者の背中を、若い主人は静かに見守った。


「……」


 短く息を吸い、ぴたりと止めた瞬間に駆け出す。

 夜風のような速さであっという間に距離を詰め、真正面から待ち構える男を見上げた。


「おらぁっ!」


 男は豪快に刀を振りおろす。だが地面の雪が無駄に舞い上がるだけで、獲物の姿はどこにもなかった。

 男の死角で、銀色の刃がひらめく。首を斬り裂くためのそれは男の髪を軽く()ぎ落とすだけに終わり、大きな体躯には似合わない反射神経で応戦してきた。

 刀を水平に動かし、ライファットの胴体を真っ二つにしようとする。後方転回でかわしたライファットは、なおも近距離で攻めていく。槍のように長い武器を持つ相手には、とにかく間合いに入って戦うべきと判断したようだ。


 それから何合と激しく斬りあう二人を、離れた位置から見つめるシリウスとケンフェル。その戦いぶりを前に(なか)ば呆然としていたケンフェルは、ふと我に返り、お前らただの奴隷屋じゃねえな、とどこか憎らしげに言った。


「いや、ただの店主と従業員だよ。平穏を望む、ただの市民だ」

「どの口が……」

「……俺もあいつも、昔が結構しんどかったからさ。ようやく手にしたこの日常を、誰にも崩されたくないだけなんだ」


 シリウスの目と声に、かすかな(かげ)りが生まれたことに、ケンフェルは気づいた。

 しかしそれも一瞬でなくなり、取り(つくろ)うようにシリウスは笑みを向ける。


「だからまあ、本来であれば、こんな厄介ごとにむやみやたらと首を突っ込みはしないんだけど、レガシーちゃんとは普段から仲良くさせてもらってるからな。……あんた、あとでレガシーちゃんに礼言っとけよ?」

「……ふざけろ。市民の手なんぞ借りてちゃあ、副隊長の肩書きに唾吐かれんのと一緒だ」

「もう手遅れだと思うけど」

「うるせえなとっとと帰れよ!」


 プライドがどうしても邪魔をしてしまうのか、ケンフェルは今になっても助力を素直に受け取ろうとしない。死ぬよかマシだろ、とシリウスが胸の中で反論したときである。



 ガギィン、



 鈍く、不快な金属音が辺りに響いた。

 今だけ天が世界の針を意図的に操っているかのように、その光景が遅々(ちち)として動く。

 ライファットの短剣の刃先が一つ、宙に浮いている。男の怪力によって破壊されたのだ。

 目を見開いて驚いた表情に変わっていくライファットに、男の強烈な蹴りが炸裂した。とっさにもう片方の短剣で直撃を防いだが、獣のように荒々しい一発は、ライファットの身体を簡単に吹き飛ばした。


「……!」


 シリウスとしては、信じられない光景だった。

 他者より一回りも二回りも剣技に優れていると知っているからこそ、ライファットがやられたことに声すらも出なかった。

 しかし、吹き飛ばされながらも上手く受け身をとって身体への損害を抑えたライファットは、心を乱すことなく次の一手に備える。


「おらおら! どんどんいくぜ白髪(はくはつ)ぅ!」


 男が踏み込んで、今度は自分から距離を詰めようとした。そのとき、銃声が鳴った。

 男は足を止めて、己に向かってきた弾丸を全てはじく。男と、ライファットと、ケンフェルは、発射された弾丸の出どころを探す。


「……『リグ』が(から)になっちまった。あとはもう『シオン』で戦うしかねえな」


 妙に落ち着いた声をはらんではいるが、内心では心臓が(わめ)いている。従者を目の前で傷つけられた動揺と、一人で任せた後悔が、今になってふつふつと湧いてきた。

 そうだ、そうだった。あのゴーグルの男は〝異常〟の枠を超えた、予測も力量も理解不能の狂人だ。殺人鬼だ。

 何も遠慮することはない。殺してしまっても問題ない。そもそも、殺せと従者に命じたのは自分だ。


「副隊長」

「……」


 だからこそシリウスは、晴れやかに開き直ることができた。


「俺たちを帰らせたけりゃあ、さっさとあの男をブチのめすしかねえぜ!」


 そう叫んだシリウスは『シオン』を抜いて男に斬りかかり、ライファットも呼応するように参戦した。

 シリウスとライファットによる息の合った斬撃の波は、ゴーグルの男を防戦に転じさせる。接近することで伝わる男の異様な体臭に眉をひそませながらも、シリウスは従者と共に挟撃を繰り返す。

 しかしこれだけ打ち合っているにも関わらず、男は衰えを見せるどころかますます勢いを増しているように思える。いや、勢いというよりは、楽しんでいるほうが近いかもしれない。

 その証拠に、男の顔から笑みが離れない。


「おめえら、やるじゃねえか! ここまでやり合ったのは久しぶりだと思うぜ! よく覚えてねえけど!」

「そりゃありがとよ! お礼にとっととくたばってくんねえかな!?」


 嫌味を入れるシリウスにも動じず、むしろ友達が発した冗談を流すように、男の口角は上がったままだ。


「ああ、いずれくたばるだろうぜ。……おれの『十一人』を集めたらな!」


 一瞬の隙をついて、男がシリウスの胸を貫こうとする。だが横から割り込んだ剣に(さえぎ)られ、甲高い音と火花が散った。


「てめえの『十一人』なんざ知らねえんだよ……! いい加減死にやがれ!」


 シリウスを(かば)ったのは、ケンフェルだった。いつまでもおとなしくしているわけにはいかないと、己を鼓舞して敵に立ち向かう。

 風は、シリウスたちに吹いていた。このまま三人で息つく暇もなく攻撃をし続けていれば、いずれ相手も疲弊し、決着がつくと思っていた。


 しかし、相手は正真正銘の〝バケモノ〟であった。


「おおぉっ!」


 トドメを決めたい一刀が、ケンフェルによって振るわれる。それを受け止めるかと思われたゴーグルの男は、上手く流してケンフェルの歩調を崩し、よろめかせた。

 その隙に刀の峰を使って、身体を強く投げ飛ばす。投げ飛ばした先には、ライファットがいた。


「うっ……!」


 ぶつかって、支えきれずに二人とも倒れてしまう。

 ライファット、と声を上げて油断したシリウスの首に、男の右手が伸びる。掴まれ、地面に叩きつけられた。


「ぐぅっ……!」


 痛みと苦しさに歪むシリウスの顔を、男は(つか)(かしら)で容赦なく潰そうとした。シリウスに、逃げ場はなかった。

 やられる。そう、思った。


「……!」


 しかし、男が突然手を止めた。

 シリウスの顔を見下ろして、じっとしている。仕留めることを 躊躇(ためら)っているというよりは、何かを思い出している様子だった。


「…………青い目……」


 男は呟く。緊張と痛みで全身をこわばらせるシリウスは、ただ海のように透き通った目を見開いていた。



 どすんっ……



 男の右肩から、重く生々しい音が聞こえた。

 男はゆっくりと視線を動かす。己の肩に、サソリの尻尾のような刃が突き刺さっていた。

 刃は、長く伸びている。なぞるように辿(たど)ると、その先にいたのは、 白髪(はくはつ)の従者。


「…………触るな……」


 従者の中の冷たい激情が、(うな)り声を言葉に変える。

 頭が、胸が、喉が、一気に熱くなる。

 息が震える。視界が揺れる。

 口の奥で、歯の(きし)む音が鳴る。


 ゴーグルの男は、まばたきをした。


「その人に……触るなと言っている!」


 他者の前で隠すべきはずの牙を剥き出しにして叫ぶ青年に、男は 嬉々(きき)として言った。


「おめえ……人狼だったのか!」


 ライファットという名の人狼は、主人を傷つけた許されざる凶漢を相手に、血光を走らせた。



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― 新着の感想 ―
シリウスさんの青い目に何かを思い出しているような様子、そしてライファットさんが人狼だとしって嬉しそうにするところからも、このゴーグル男にまだまだ秘密が隠されているような気がします。 もしかして「守りた…
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