ゴーグルの男 4
雄大な茜色のもとで、短い火花が何度も散る。
重なり合う刃がテンポよく音を鳴らすが、攻戦と防戦の差は開く一方である。
ゴーグルの男が、まるで身体の一部のように長い刀を振るい、ケンフェルが懸命に追いつく。しかし男からの攻撃を受けるばかりで、こちらから仕掛ける隙が徐々になくなってきた。
「てめえっ……、とっとと死ねや!」
己が圧倒されている事実を隠すように威勢のいい言葉を投げてはみるが、それで戦況が有利になるわけでもなく、ついに柄の頭によって腹部に強い衝撃を喰らってしまった。
思わず前のめりに傾いたケンフェルの顎に、今度は膝蹴りが入る。そして無理やり顔を上げられた状態のケンフェルの頬に、砲弾のような拳が走った。
「ぐっ……!」
殴り飛ばされたケンフェルが、そのまま倒れる。
決して驕っていたわけではないが、己の強さに自信がないわけでもなかった。相手が一筋縄ではいかないというのも、重々承知していた。
なのに、これほどまで力の差を見せつけられるとは、思ってもみなかった。厄介ごとや面倒ごとが仕事である警備隊の副隊長を務め、危険な目に遭う日もあった。しかし、それらが全て霞んでしまうほど、この男の強さはまさに〝異常〟だった。
実際に交えて感じた、単に武力に秀でているのとは違う、奥底に潜む脅威。言葉の通じない巨大な獣を相手に、届かない助けを乞うような絶望が襲う。
乱れた金色の髪が、殴られた頬を撫でる。
膝をつく屈辱に耐えていると、ゴーグルの男がすぐそこまで迫ってきていた。
男が、ケンフェルにトドメを刺すべく刀を高く上げる。疲労と、痛みと、そしてケンフェルは自覚していない恐怖が、膝を震わせて動けなかった。
刀身が、夕焼けの光で煌めく。
「!」
その瞬間、何かに気づいた男は刀を横に大きく振った。ガキィン、と金属のかたまりをはじく音が響き、地面に落ちる。
それは、数本のクナイだった。
さらに、
「こいつは挨拶代わりよ!」
『リグ』という名を与えられたダブルアクションの回転式拳銃から、敵を撃つための弾丸が飛び出す。男は移動して避けるが、その隙に間合いを詰めてきた二つの短剣が、男の首元へ伸びた。
背中から倒れるようにかわした男は、そのまま地面に片手をついて身体を一回転させる。大きな体格のわりには案外身軽で、討ち損なったライファットは、小さく舌打ちをした。
呆気に取られたケンフェルは、揺れる頭と視界をなんとか落ち着かせ、窮地を救ってくれた青年らに向けて叫ぶ。
「てめえら、なんでまだいんだよ!? 逃げろっつったろうが! 余計なお世話なんだよ!」
お礼ではなく無礼をもらってしまったが、そんなことは気にしないシリウスが、『リグ』を構えながら応じる。
「考えてみたら俺ら、別にあんたの部下でもないし。言うこと聞く義理はないんだよね」
「市民として遵行隊の言うことを聞けよ!」
「あー、突風が吹いたせいで全然聞こえねえー」
「ぶん殴るぞてめえ!」
嫌味を返す元気は取り戻せたようで、剣を支えにしながら、ケンフェルはなんとか立ち上がった。
それを見て内心ほっとしたシリウスだが、こちらから喧嘩を売った以上もう引き返せないと、ゴーグルの男を見据える。
シリウスとて、相手を軽んじているわけではない。むしろルイの言葉やケンフェルとの戦いぶりを前にして、甘く見ていたのはこちらのほうだったと自省する。
戦闘面においても信頼しているライファットが共にいれば、すんなりやられることはないだろうという思いを抱きつつも、殺される、もしくは瀕死の重傷を負うかもしれないという不安が視界を曇らせる。
逆にライファットは、主人から殺害の許可を得て心が一つに定まっている。敵を殺す以外のことは考えておらず、かといってその間シリウスを蔑ろにするつもりもない。
必ずシリウスを守って、討ち取る。
もはや誰のためでもなく、エゴに近い感覚で、ライファットは男に短剣を向けた。
「……」
己と対峙する三人を前に、ゴーグルの男は動きを止める。
楽に勝てる相手ではないと認めたのか、逃げる手段でも考えているのか。
男は、息を吸った。先程から一言も発さないことを不審がるシリウスは、ゴーグルの男の第一声に耳を集中させる。
放たれたのは、
「〜♪ 〜♪」
口笛だった。
ゆったりとした旋律は聴いたことのないものだが、頭の中で自然と切ない歌詞が思い浮かぶ、そんな雰囲気が漂う曲だった。
男が突如奏でた音は決して不愉快ではないが、太陽が沈もうとしている今の時間だと、かえって不気味さを感じてしまう。雪の寒さとは違う鳥肌が、じんわりと駆け上がる気がした。
「……おれにはよ、夢があるんだ」
おもむろに開いた男の口から出た、初めて聞く声。低くしゃがれていて、どこか無邪気さもある。それは野生的な見た目の男にぴったりで、今この場にはそぐわない言葉だった。
次に男は、空を見上げた。
いつの間にか東の端からは紺色が襲来し、このあとの世界を支配しようと企んでいる。そしてそれに従う星と、うっすらと色づく白い月が、少しずつ夕焼けを西へと追いやる。
「おれの生まれた都市で、おれの集めた『十一人』で、きれいな月とでけえ星空をみんなで見て、この歌を歌うんだ」
話の意図がわからず、シリウスたちの反応が鈍くなる。死傷者を多数出している犯人とは思えないほど、素朴で無垢な夢の内容。
「……その『十一人』とは、一体なんなんだ」
警戒したまま、ライファットが言う。
ガンッ! と刀で地面を強く打ち鳴らした男の顔つきが、凜々しく勇ましいものに変わった。まるで門を守る番人のような立ち方で、シリウスたちに鋭く告げる。
「『守りてえ奴、十一人』」
その『十一人』を見つけて、命懸けで守るのが自分の役目なのだと。男は、そう主張した。
「もう七人、決まってる。だからあと五人、見つけなきゃならねえ」
「……それだと、十二人にならないか?」
「お? ありゃ?」
格好つけた振る舞いを見せたかと思いきや、シリウスに簡単な計算のミスを指摘されて、ころっととぼけた表情になる。
それからイチ、ニィ……と自身の指を使って数え直し、間違いに気がつくとガハハと笑った。
「わりぃ! おれ人の顔を覚えたり、頭使うのが苦手なんだわ!」
「……」
豪快に馬鹿を認める男に、ペースが乱れてしまう。
舐めたこと言いやがって、とケンフェルは余計に苛立っているが、シリウスはルイが怯えていた恐怖のイメージと男が一致しないことに、少し動揺していた。
「……嫌な感じですね、あの男」
シリウスの近くにいたライファットが、細く睨みながら言う。
「あの副隊長みたいに、はっきりと脅してきたり敵意を示してくれたほうが、俺としてはいい。一番嫌なのは、あの男のように何を考えているのか理解できない、読めない奴です」
「……。そうだな」
前者ならば、相手を宥めたり逆に強気な態度を示したりと、方法がいくつか思いついて実行できる。
後者の場合だと、こちらの出方や挙動を、どうすればよいかわからなくなる。
人によって感情の風船は様々で、どんな言動が針となってそれを破裂させてしまうかなど、知る由もない。だが、その風船自体が見えていれば、針が触れないように注意を払うことはできる。
あの男の場合は、それすらもできない。
「……なら、こっちから踏み込むしかないのかもな」
「えっ?」
シリウスは一歩、前へ出る。そして男にこちらを向くよう促すと、なるべくいつも通りの声と口調で話しかけた。
「なあ、あんた。どうしてあちこちで人を殺し回っているんだ?」
「んあ?」
男は気の抜けるような返事をすると、説明するのが煩わしそうに頭を掻いた。
「今言ったろ? おれは人の顔を覚えんのが苦手だって」
「そうだな」
「だからよ、たとえばこいつは『十一人』じゃないって判断した奴ともう一回会ったら、またこいつは『十一人』か? って最初から考えなきゃいけねえ」
「……二度手間を省くために、殺すのか?」
「おうよ。そのほうが間違えないだろ?」
「……」
ふんぞり返って鼻を鳴らす男に、今度はシリウスが無言になる。
手当たりしだいに人を殺しているような者に、まともな理由などないとは思っていたが、それでも想定外の回答を堂々と提出されては、マルやバツを判断する思考が止まってしまうというものだ。
「なるほど、イカれてる」
ライファットが、率直な感想を述べる。ケンフェルも、奴を殺したいという気持ちがより強くなっていた。
「……その『十一人』を集めたら、あんたは自分の都市に帰るってことか?」
「おうよ、待ってる人もいるんでな。……だから」
ゴーグルの男は刀を大きく回し、風を唸らせる。そのまま肩に担いで、シリウスたちを値踏みするかのようにギラリと瞳を光らせた。
「おめえらは、おれの『十一人』に入るかな?」
ここからが本番。何故か、そんな気がした。
改めて覚悟を決めなければならないと悟ったシリウスは、『リグ』をホルスターに収める。
そしてライファットとケンフェルを交互に見つめて、息を吸い、無意識にぎこちない笑顔を作ってこう返した。
「んなもん、こっちから願い下げだね!」
地上の出来事に興味を向けた星々が見守る中、『シオン』の白い刃がシリウスを奮い立てた。




