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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
32/53

ゴーグルの男 3


【8番都市】は、騒然としていた。

 突如鼓膜を響かせた爆発音と、治安の良い街では見ることのない黒い煙。それらが、自分の生きているところで起きたという現実が未だ信じられないのか、外にいる市民たちはあまり動けずに、ただ呆然としている。


「みんな、避難して! できるだけ煙から遠くに離れて、建物の中に逃げて!」


 そんな中で、レガシーが必死に避難を呼びかけた。警備隊である彼女の一言でハッと我に返ったのか、市民たちはようやく顔を青くして、短い悲鳴を漏らしながら次々と逃げていく。

 上司の無事を願う思いが頭から離れないまま、懸命に己の務めを全うするレガシーに追いついたシリウスとライファットは、ケンフェルがいるという具体的な位置を尋ねる。


「副隊長の安否は俺たちで確認するからさ。レガシーちゃんは市民の誘導に専念しな」

「ううん。シリウスさんたちだって、その市民に含まれてるんだよ! 危ないから早く逃げて!」


 仲の良い知人だからと頼らずに、警備隊として当然の指示をする。だがそれに対し、ライファットが首を横に振る。


「普段なら、何も迷わずにそうしているだろう。お前だから手伝うんだ」

「ライファットさん……」

「ま、そういうことだな。もちろん俺たちだって、自分の身を最優先にはするから、あんまりヒーロー的なことはできないと思うけど」

「シリウスさん……。……うん、わかった」


 迷いながらも決意したように頷いたレガシーは、危ないと思ったらすぐ逃げてね、と最後に忠告をした。


「じゃあ、またあとでな」

「うんっ、またあとで!」


 ケンフェルの場所を教えてもらい、そこへ向かうべく再び走り出すシリウスとライファット。

 青年二人の背中を心配そうに見送ってから、レガシーも今自分ができることに専念した。



 + + +



 周りから人が、どんどん消えていく。

 皆が避難しているほうとは逆の方向へと急ぐ二人は、やがて足を止めた。

 見覚えのある金髪が、こちらに背を向けて立ち尽くしている。その付近には数名の隊員がうずくまっており、それぞれ怪我を負って動けない様子であった。

 奴隷屋でのやや横柄(おうへい)な態度を思い返し、この人物に丁寧な振る舞いは不要だと判断したシリウスは、普段通りの口調に切り替えることにした。


「おい、副隊長!」


 シリウスが声をかけると、金髪の男性は振り返る。そして二人の姿を見るなり、眉間に皺を寄せて面倒くさそうな感情を(あら)わにする。


「奴隷屋……。なんでいんだよ」

「レガシーちゃんの代わりに、あんたの無事を確かめに来たんだよ」

「そうか。ならさっさと帰れ」

「そうはいかねえな。だってもしかしたら、目を離した瞬間にあんたが死んでるかもしれないだろ?」

「んだとてめえ……」


 冗談で済ますには難しいシリウスの発言に、今にも殴りそうな剣幕で凄むケンフェル。だがシリウスには全く効いていないようで、一体何が起こったんだ? と状況の説明を求めた。


「余計な真似しようとすんな。邪魔だ」

「そのわりには、あんたの近くに部下が転がってるけど。ただの爆発じゃないのか?」

「……。そうだ」


 急に真剣な声に変わったケンフェルは、だからこそ早く離れるよう命じる。

 シリウスとライファットは、彼の厳しい視線の先を追った。そこには、一人の男が立っていた。

 高身長の、たくましい大きな身体。寒さを耐えるために着込んではいるが、あちこち汚れていたり一部が破損していたりと、まるで落ちている服を拾って、適当に重ね着をしたような格好だった。

 年齢は三十代くらいで、左の眉から頬にかけてまっすぐ伸びた古傷があり、うしろには槍ぐらいの長さの刀を背負っている。そして首からは、片方だけレンズがヒビ割れたゴーグルを下げていた。


「……なるほど。もしかして奴が、レガシーの言っていた〝例の事件の犯人〟か?」


 ライファットが短剣の鞘を握る。シリウスも、いつでも愛銃を抜ける状態に入った。

 各都市で死傷者を出す事件。目的はわからず、大陸遵行隊たいりくじゅんこうたいが束になっても捕えられない、謎多き犯人。

 それが今、目の前にいる。


「じゃあ、さっきの爆発もあいつが?」

「いや……」


 シリウスの疑問を否定したケンフェルが、犯人の足元に落ちている一つの物体を指差した。

 距離があるのと煙のせいで、それがなんなのかシリウスにはすぐ理解できなかったが、ライファットは気づいたようだ。


「誰の首だ? あれは」

「えっ?」

「……お前らのところで買った奴隷だ」

「……え?」

「犯人に一発ブチ当てるための、捨て駒になってもらった」


 ケンフェルが奴隷を購入したのは、整備隊の代わりを(にな)ってもらうためではない。

 犯人を殺すための〝道具〟として、だったのだ。


 生かして捕えることは不可能と判断した隊の上層部は、一刻も早く事件を収束させるために、犯人殺害の許可を出す。しかし桁違いの強さを持つ犯人を誰も仕留めることができず、考えたケンフェルは奴隷を一人用意し、その者に爆弾入りのポーチを持たせ、犯人に接近させたあと、もろとも爆発させるという作戦をたてた。

 奴隷には隊服を着せたのみで、武器は(たずさ)えていない。敵意も殺意も宿さないまま、ただケンフェルに命じられるままに、犯人に近づいた奴隷の男。


「……あんた、例の犯人がここに来るってわかってたのかよ? だったら市民に外に出るなって、あらかじめ通告すればよかったのに」

「いつか来るとは思ってたが、まさか今日出くわすとは思ってなかったんだよ。爆弾入りポーチを念のため用意して正解だったぜ。……って、言いたかったんだけどよ」

「生きているな」

「ああ……」


 遵行隊お手製の爆弾は、起動してから約一分後に爆発する仕組みになっている。

 周囲の状況やタイミングをうかがい、成功したかと思いきや死んだのは奴隷の男のみで、犯人は火傷一つ負っていない。


「あの野郎、爆弾が起動する前に刀で奴隷の首を刎ねたあと、その勢いのまま(むね)の部分を使って、残った身体を吹っ飛ばしやがった」

「へえ」

「んで、猪みてえに俺たちに突っ込んできて、部下が全員やられちまったってわけだ」


 簡単に説明をしてはいるが、ケンフェルの表情は忌々しげだ。

 結果的に、最も近くで爆発の被害を受けた奴隷の男の身体は、今は離れた街灯の下でただの黒いかたまりとなっている。仮に首がついていたとしても、もはや親ですら判別できないほど、惨酷(さんこく)に焼け焦げていた。


「そんな使い方をするんじゃ、レガシーちゃんには言えねえよな」

「言うんじゃねえぞ」

「わかってるよ。そんで、部下が全員倒されて、あんただけが無事だったと」

「ああ、俺だけが無事だった。だから……」


 ケンフェルは、鎌のように(ゆる)い湾曲を(えが)いた大剣を構える。


「今度は俺が、奴の首を獲る」


 警備隊副隊長の意気込みを前にして、シリウスとライファットも加勢しようとする。だが、協力するつもりがあるのなら、戦うのではなく部下の撤退を援護するよう指示された。


「もしてめえらになんかあったら、立場的に俺がやんや言われるんだよ。……特にレガシーにな」

「そのレガシーちゃんは、あんたの心配をしてたぞ」

「お前らの身も案じてたんじゃねえのか?」

「……まあな」

「だからせめて、お前らだけでも逃げろっつってんだよ」


 ぶっきらぼうだが市民と部下を守る意志はあるようで、シリウスたちが逃げるまでの時間稼ぎをする気らしい。

 そこまで言われては出しゃばるのも無粋というもので、シリウスとライファットは一旦さがることにした。

 倒れる部下たちに手を貸して、撤退を開始する。すると、部下のうちの一人がシリウスを見て、あれ、と小さく声をこぼした。


「もしかして、奴隷屋さん、ですか……?」

「えっ?」


 よく見るとその者は、以前堕狼(ついろう)が現れたときに少しだけ会話をした、あの新人隊員だった。


「お久しぶりです……。すごく、情けない姿ですけど……」


 無理して笑う新人隊員は、頭から血を流していた。共に切磋琢磨すると言っていた剣も、活躍する機会を得られずに、ただ冷たい地面に伏せている。


「……」


 シリウスはそんな剣を拾い、新人隊員の代わりに鞘に収める。


「……名前、聞いてもいい?」

「え……。あ、はい……、ルイっていいます……」


 肩を貸して、ゆっくりと立たせる。そして、痛みと己の無力さを引きずって唇を噛む彼に対し、


「俺はシリウス。……ルイくん、よくがんばったな」


 激励(げきれい)を送った。

 シリウスは、ルイの戦いを見てはいない。ケンフェルの言葉では、ルイを含めた部下たちはおそらく、剣を向ける隙もなく一撃でやられた。はっきり言って、役に立っていない。利用されたとはいえ、奴隷の男のほうがまだ、(たた)えられる死に様だったと判断する者もいるだろう。

 だからこそルイは、シリウスからの励ましを、素直に受け取ることができなかった。せめて一矢報いてやりたかったと、悔しそうに目を閉じる。


「奴隷屋さん、俺……」


 ルイが自分の思いを吐露(とろ)しようとしたとき、激しい金属音が辺りに響いた。

 振り返ると、ケンフェルとゴーグルの男が刃をぶつけ合っている。部下をやられた恨みを晴らそうと、ケンフェルが相手の頭を叩き割る勢いで大剣を振り下ろすが、ゴーグルの男に難なく跳ね返され、苦々(にがにが)しく舌打ちをする。


「ど、奴隷屋さんっ!」


 上司の戦いぶりを見たルイが、急にシリウスの服を掴んで大きな声を出した。


「うおっ、どうした?」

「あ、あの、仮にも遵行隊が、市民の方にこんなこと言うのは、情けないにも程があるのですが……」

「……なんだ?」


 一瞬、口に出すのを躊躇(ためら)うルイだが、それでも恥を忍んで頼み込む。


「ケンフェル副隊長を、助けてください!」

「……」


 ルイは、シリウスの服を掴む力を強める。


「副隊長は強いです、負けたところなんて見たことありません。……けど、嫌な予感がするんです。副隊長の腕を信じていないわけではないのですが……。それ以上に、あのゴーグルの男が、とにかく怖いんです……」


 やられる直前、ルイはゴーグルの男と目が合った。

 ルイたちのことが見えているからこそ向かってきたはずなのに、まるでこちらの存在など認識していないような、深い穴の底を思わせる黒い瞳。

 雨に濡れた獣、腐敗した食べ物、血まみれの死体……。どの表現も上手く当てはまらない、もしくはその全てが該当するような、とにかく鼻腔(びこう)を不快にさせる臭い。

 異常を通り越した恐怖。戦いの経験が浅いルイですら感じた、胃袋が痙攣(けいれん)する、吐き気に似た戦慄。

 そのときのことを思い出して話すルイは、悪夢の中に放り込まれたように震えていた。


「……そんなおっかない相手なら、素直にこのまま逃げたい気分だけど……」


 ルイ以外の他の部下たちも、皆同じく怯えている。ただ遠目で(うかが)うだけでは伝わらない得体の知れなさが、あの男にはあるということだ。

 シリウスは、ライファットを見た。いつも通り落ち着いている。それからレガシーの顔を思い浮かべ、ついでにケンフェルも確認し、最後にため息をつく。


「……あんま、期待はしないでくれよ」


 それだけを伝えたシリウスに、ルイは頷いた。

 自分たちの不甲斐なさを嘆き、うしろ髪を引かれる思いを(いだ)きつつ、隊員らはなんとか撤退する。

 見届けたシリウスは静かに息を吸い、愛刀である『シオン』に一度触れた。そうして、(かたわ)らに控える従者へ告げる。


「ライファット」

「はい」

「俺からお前に、三つの命令だ」

「はい」


 既に何かを悟った従者は、ただ淡々と、主人からの言葉を待つ。


「一つ、深追いはするな。二つ、自分の命を優先しろ。俺に目を配るのは、余裕があるときだけでいい」

「……はい」

「そんで三つ」


 シリウスは、強いと言われていたケンフェルを徐々に圧倒していくゴーグルの男の姿を、その青い目に(とら)える。


「殺せ」


 予期していた、望んでいた(めい)を受けて、腰の短剣を鋭く引き抜く。

 そして、


「了解です、我が主」


 ライファットの赤い目から、一瞬だけ。感情の光が消えた。



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― 新着の感想 ―
この犯人、すごく怖くて得体のしれない不気味さというのが伝わってきます。 ただの愉快犯とか快楽殺人のようなものとは全然違う感じ(;´・ω・) ケンフェルさんに買われた奴隷の使い道を、囮にでもするのかな…
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