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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
31/53

ゴーグルの男 2


 やがて、ライファットが奴隷を連れて戻ってくる。標準的な体格で、真面目そうな印象の若い男性だった。

 いかがですか? とシリウスが聞くと、ケンフェルは奴隷を一度見ただけであっさりと承諾した。気に入ったわけではなく、先ほど提示した条件さえ満たしていれば、あとはどうでもいいようだった。


「値段は?」

「……二十万です」


 シリウスがそう答えると、ケンフェルは部下の一人に声をかけて小切手を用意させる。そのままカウンターに置いてあるペンを勝手に取ってさらさらと書き、小切手をシリウスに渡した。


「あとで取りに来い、邪魔したな。……おらレガシー、お前も行くぞ」

「は、はいっ! シリウスさん、ライファットさん、またね!」


 自身を買うのが大陸遵行隊たいりくじゅんこうたいだと悟り、困惑の表情を見せる奴隷の男性。だがそんなことはおかまいなしに、ケンフェルは部下に奴隷を連行するよう指示して、足早に帰っていった。レガシーも、それに続いて出ていく。

 しんとした空気が、店内を包んだ。


「……大陸遵行隊たいりくじゅんこうたいが、奴隷を雑用係に、ねえ」

「雑用?」


 購入に至った理由をまだ知らないライファットに、シリウスが説明した。なるほど、と頷いたライファットだが、あまり腑に落ちてはいないようだった。


「まあ、人件費を損なう心配はないですよね。奴隷ならタダ働きさせればいいんですから。けど逆に、遵行隊(じゅんこうたい)がわざわざ購入してまで奴隷を使うのか? という疑問もあります」

「そうなんだよなぁ……。あの副隊長とやらの様子を見るに、何か別の用途がありそうな気もするけど……。ま、俺たちには関係ないか」


 と、ここでシリウスは、あることを思い出す。


「あ、しまった。契約書を書いてもらうの忘れてた。あと確認書も渡してねえや」


 相手が大きな組織だからといって、店のルールを曲げるわけにはいかない。シリウスは外に出るが、もう一行の姿はなかった。


「うーん、どうすっかな。小切手の換金もあるし、店が終わったら支部に行くか」

「そうですね」


 大陸遵行隊たいりくじゅんこうたいより発行された小切手は、隊の本部または支部にて換金ができる。入口に受付があるので、そこで手続きが可能だ。

 本日の営業は少しだけ短縮することにして、仕事を終えた二人は支部へ向かう。夕食にはまだ早い時間帯だが、雪の街の空はもうオレンジ色に染まっていた。

 支部は二階建てで、蜂蜜色の美しいレンガが特徴的だ。入ってすぐに受付があり、市民の依頼や相談などもそこで対応している。

 シリウスは受付の女性に小切手を渡した。女性は確認をするために一度奥へ下がり、戻ってきて手続きを済ませる。


「ケンフェル副隊長よりお話は伺っています。こちら、お気をつけてお持ち帰りください」

「ありがとうございます。あともう一つ、お伝えしたいことがあるのですが……」

「はい?」


 二十万のお金が入った小さな封筒を受け取ったシリウスは、続けて契約書と確認書が入った大きな封筒を見せた。説明を聞いた女性は、少し悩んだ口調でかしこまりましたと言う。


「ケンフェル副隊長に伝えて参ります。少々お時間がかかるかもしれないので、あちらの席でお待ちください。あと、こちらの封筒はこのままお預かりしてもよろしいですか?」

「はい、お手数おかけします」


 特別急ぐ案件でもないので、指示された場所に座っておとなしく待つシリウスとライファット。気楽に雑談を交わしていると、元気よく二人の名前を呼ぶ声が届いた。


「やっほ! またすぐに会えちゃったね!」

「おっ、レガシーちゃん」


 嬉しそうに駆け寄るのはレガシー。話は既に理解しているようで、先ほどシリウスが受付の女性に渡した封筒を、じゃじゃーんと言って見せた。


「副隊長からサインもらったよ!〝奴隷屋のくせにこんなめんどくせえことしてんのか〟って文句言ってたけど、私がしっかりと書かせたから、安心して!」

「そっか。頼りになるな、レガシーちゃんは」


 お礼を述べてからその場でサインを確認して、さて帰ろうかと立ち上がるが、ライファットが興味本位で、あの奴隷は今何をしているのかを尋ねた。


「隊服に着替えてもらって、副隊長と一緒にまた外に出ちゃった。整備隊の代わりに雪かきとかを任せるから、具体的なエリアを教えるんだって。ギリギリ入れ違いにならなくてよかったー」

「副隊長が、直々に教えるのか?」


 シリウスの問いに、レガシーが頷く。


「うん、そう。てか私もさっき知ったんだけど、そもそも奴隷の人にお願いしようって提案したのが副隊長で、隊長に許可をもらった上でシリウスさんのお店に行ったらしいよ。副隊長、ちょーっと見た目がアレだけど、わりと律儀なとこあるから、ちゃんと自分が責任持って世話するんだって言ってた」

「……ふーん」


 同じく見た目のわりに律儀かつ真面目な男が『身内』の中にいるシリウスは、(いだ)いた疑義(ぎぎ)は単なる気のせいかもしれないと改める。

 何はともあれ、用事は済ませた。レガシーはまだ勤務中なので、おしゃべりもそこそこに切り上げて帰宅することにした。


「ねえ、今度みんなでご飯食べようよ! イグリさんとかも誘ってさ!」

「それはとても良い。少し前に旨いチーズ料理の店に行ったんだが、また食べたくなってきた。シリウスさん、帰りに寄りませんか?」

「今度レガシーちゃんたちとそこに行こう、じゃなくて、今俺たちだけで行くのかよ」

「いいなぁ、私も久々にがっつり食べたい! チーズおいしいよね、私も大好き!」


 両手を合わせて楽しそうにするレガシーに釣られて、笑顔になるシリウス。ライファットもこのあとの夕食と、みんなで行く食事に思いを馳せていた。

 そのときである。


「たっ……大変だ!」


 一人の男性が、慌てた様子で支部に入ってきた。どうしたんですか? とたまたま近くにいた女性隊員が聞くと、男性は冷や汗をかきながら伝える。


「ば、爆発が起きたんだ! ここから少し離れたところで……! 音が聞こえて見てみたら、煙が上がってて……!」


 それを聞いた瞬間、嘘でしょ!? と驚いたレガシーが外へ飛び出した。シリウスはとっさに近くを歩いていた受付の者に荷物を預けて、ライファットと共に後を追う。そうして見えたのは、美しい夕焼け空を(けが)す、黒と灰色が混ざった煙だった。

 民家で火事でも起きたのだろうかと推測するシリウスの横で、レガシーの顔色が、みるみるうちに青ざめていくことに気づく。


「あ、あそこ……。ケンフェル副隊長がさっき向かった場所なんじゃ……」

「……えっ?」


 震える指先で、開いた口を覆う。だが、信じたくないと強張(こわば)っていく身体を鼓舞して、レガシーはケンフェルの無事を確かめるべく一人で駆け出してしまった。


「……どうしますか? シリウスさん」

「ううん……、俺らも行くかぁ……」


 ケンフェルも一応気にはなるが、何より仲のいいレガシーを放っておけない。なるべく厄介ごとには首を突っ込みたくないと思うシリウスだが、今回ばかりはそうも言ってられないと、レガシーの背中を追いかけることにした。



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― 新着の感想 ―
うーーーーん、やっぱりアヤシイ! ケンフェルさんは本当にお手伝い用に奴隷を買ったわけじゃなさそう……。しかも爆発なんて、いったい何があったのか……(;´・ω・) ケンフェルさんも奴隷も無事だといいのだ…
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