ゴーグルの男 1
「ゴーグルの男。それが事件の犯人なの」
よく晴れた世界の中で、暇を持て余した奴隷屋の店内。カウンターに座るシリウスと、その付近に立つライファット。そして来客用のソファーには、若くて活発そうな一人の娘がいた。
彼女の名前はレガシー。大陸遵行隊の警備隊に所属する隊員で、シリウスたちとは普段から仲が良い。新緑の大きな瞳にベージュ色の髪を一つにまとめ、左手首にはミサンガを着けており、かわいくアレンジをした剣を携えていた。
レガシーはシリウスが淹れた熱いコーヒーを飲みながら、冒頭の言葉を言う。それは以前に少しだけ聞いた、各都市で発生する〝とある事件〟についてだった。
「なんだ、犯人はもう特定できてんだな」
「うーん、名前とかは全然だけどね。首からゴーグルを下げて、身長も体格も大きな男っていう外見の情報だけ。イグリさんみたいな感じ?」
「そうか、イグリが犯人か。あいつともそこそこ長い付き合いだったが、残念だ」
「ちょっ、ライファットさん! あくまでも〝みたいな感じ〟だってば!」
「もし本当にそうなら泣くぞ、俺は」
ライファットの冗談にすぐさまフォローを入れるレガシーと、『身内』の犯罪説を嘆くシリウス。真面目だったり素直な人をからかうのが好きなライファットは、思っていた通りの反応をするレガシーを見て、どこか満足そうな表情を浮かべたあと、他に特徴はないのかと聞いた。
「あっ! あとね、その犯人は大剣を持ってるの。まあ大剣っていうか、シリウスさんの刀をめっちゃ長くしたようなやつ? それを振り回して、市民も遵行隊も関係なく怪我させちゃってるんだ」
「へえ。てっきり遵行隊だけを狙ってんのかと思ってたけど、無差別なのか?」
「うん、目的が全然わかんないの。ただの快楽殺人ってわけでもなさそうだし……」
「ふーん。快楽殺人じゃないって思う根拠はあったりするの?」
シリウスの質問に、レガシーはコーヒーを机に置く。それから少し前かがみになって、両手を合わせながら説明した。
「誰かを探してるって感じ。目撃者の情報によるとね、犯人は〝お前じゃない、お前でもない〟って呟きながら斬ってるんだって。もちろん、その誰かっていうのもわかんない。別の都市の警備隊がね、お前の目的はなんだって聞いたの。そしたら犯人の返事が、〝十一人〟だったんだって」
「十一人……? なんだそれ」
「もおわかんないっ! わかんないことだらけで被害者ばっかりがどんどん増えて、マジ最悪っ! 近くの都市の救援とかで警備隊は大変だし重傷者で人手が足りなくなるし、そうなると整備隊とか他の部隊に色々補ってもらわなくちゃならなくて、支部はもうずっとピリピリしてるし、ほんとやんなっちゃうんですけど!」
ここしばらくの苦労がよみがえり、つい文句を吐き出してしまう若い隊員と、彼女には同情するが事件に対しては半分他人事で聞く市民二人。犯人の最後の目撃情報はどこなんだ、とライファットが尋ねると、思い出したと言わんばかりにレガシーの身体が跳ねた。
「そうだ! 最後が【3番都市】で、ここから近かったの! だからこの都市にも来るかもしれないから気をつけてって忠告するために会いに来たんだった! シリウスさんのコーヒーが久しぶりでおいしくて、忘れちゃってたよ!」
「さすが。シリウスさんの淹れるコーヒーはただおいしいだけじゃなく、人の記憶をまっさらにするほどの鎮静効果があるんですね」
「何かの治療法に使えるかな。今度エドウズ先生に言ってみるか」
そろそろ行かなくちゃ、と残ったコーヒーをなるべく味わいながら飲み干したレガシーは元気よくソファーから離れて、シリウスとライファットに笑顔を向ける。
「ごちそうさまっ! ずっと忙しくて正直ストレス溜まってたんだけど、空いた時間使ってここに来てほんとよかった! 色々愚痴っちゃってごめんね? でも何かあったらすぐ私に教えて、絶対に助けるからっ!」
「ありがとう、レガシーちゃん。そっちも十分気をつけて。またいつでも来るといいよ」
「とりあえずイグリをマークしておけ。こっちも、あいつの不審な動きを察したら、すぐに伝えよう」
「だから違うってばー! イグリさんが良い人だって、私も知ってるし!」
そんな和やかなやりとりをしていると、店の扉が開いた。重い足音がいくつもかさなって、複数人が入ってくる。
「邪魔をするぞ」
先頭の男がそう言うと同時に、レガシーの目が大きく開いた。
「ふ、副隊長!?」
「え?」
どうやらその男性は、レガシーが所属する警備隊の副隊長らしい。
小麦色の肌に、濃い金髪。短い顎髭を生やしており、隊服を少し着崩しているのもあって、ガラが悪そうな印象が目立つ。
副隊長は、レガシーがこんなところにいることにやや驚いたようだが無視をする。そしてカウンターに座るシリウスを店主と判断して、一人ずかずかと進む。
「大陸遵行隊第8警備隊の副隊長、ケンフェルだ。奴隷屋、奴隷を一つ購入したい」
「……奴隷、ですか?」
「それ以外の商品を売っているのか? ここは」
腕を組みながら見おろすケンフェルのうしろでは、レガシーが疑問と共に首を傾げる。どうして警備隊が奴隷を欲するのか、その理由を彼女は持っていないようだ。
突然のことで一瞬返事に詰まるシリウスだが、とにかく仕事だと気持ちを切り替えて、立ち上がってケンフェルと向き合う。
「……かしこまりました。どのような奴隷をご希望されますか?」
「なんでもいい。……いや、男だな。なるべく若い奴だ。身体つきは貧相でも構わん、すぐに用意してくれ」
「はい、男ですね。……ライファット、頼む」
「わかりました」
いつものように指示をして、応じたライファットが奥の部屋へと下がる。普段ならこの間シリウスは紅茶の準備をするのだが、さすがに人数分は無理なので、レガシーも抱いている疑問を尋ねてみることにした。
「どうしてまた、奴隷を?」
「そちらには関係ない。余計なことは聞くな」
「……そうですか」
「じゃあ、私に教えてくださいよ!」
大きく手を挙げるレガシーに、どこか厄介そうな、面倒そうな顔を浮かべたケンフェル。正面にいるシリウスだけがそれに気づいた。
ケンフェルは振り返ると、腰に手を当てて大きなため息をつく。
「お前がたまに仲のいい奴隷屋の話をしているのは知っていたがな、こんなふうにさぼっていやがったのか。今日は残業するか?」
「ご、ごめんなさい、残業します……。い、いやそれより、なんで奴隷を……!」
「必要になったからだ。……人手不足を補うためにな」
「えっ?」
ケンフェルの説明によると、例のゴーグル男の事件にて欠けた隊員の数を埋めるために、奴隷を使うことになったらしい。使い先は主に整備隊で、手が回らない街の雪かきやゴミ拾いなどをさせるという。その代わり、正規の整備隊員を警備隊にあてると言った。
てっきり必要なのは一人だけだと思っていたシリウスは、そういうことであればもっと奴隷を用意したほうがいいかとケンフェルに聞く。
「いや、一人でいい。とりあえず、今回は様子見だ。また必要になれば来る」
「そう、ですか……」
これはあくまでもシリウスの勘だが、ケンフェルから〝詮索をするな〟という強い意思を感じる。市民が首を突っ込むな、とはまた違う牽制が、今の言葉に含まれていると何故か思った。
レガシーは特に何も察していないようで、ケンフェルの言うことを素直に信じている。
「なるほど……。まあ確かに理由が理由なので、バイトを募集するわけにはいきませんよね~。みんな怖がっちゃうし」
「隊員はバイトじゃねえよ。奴隷だったら給料を払う必要がないってだけだ」
「そういうの、あんまよくないと思いまーす。だって、シリウスさんを見てくださいよ! ちゃんと奴隷の人たちにあったかいご飯とお風呂とベッドを与えて、優しくお世話してるんですよ! せめて全部の奴隷屋さんがこうだったらいいなって、前に話しましたよね?」
「あ? そうだったか?」
レガシーは、売れなかった場合の奴隷の処分方法を知らない。良いと思うところしか見えていない彼女は、純粋な心でシリウスの経営方針を応援しているのだ。
黙るシリウスに再び目を移したケンフェルは、なんとなく訝しげだ。本当にレガシーの言う通り優しい奴隷屋なのか? と疑っている視線だった。
それに対しシリウスは、余計な詮索はするなという意味を込めて、にっこりと微笑んだ。




