奴隷屋と萬屋 12
「見つけたぜ、このクソガキ!」
耳障りなほど濁った声と共にズカズカと雪を踏み荒らしてきたのは、三人の男。三人とも中年ではあるが目つきが悪く、身体が縦にも横にも大きくて、熊やイノシシの毛皮を見せびらかすように身につけている。シリウスたちから見て右から順番に、棍棒、斧、大剣をそれぞれ背負っていた。
イグリが、ゆっくりと立ち上がる。それとなくベアタを自分のうしろに誘導し、いつも通りの厳格そうな顔つきに戻った。
「何者だ?」
「はあ? てめえが誰だよ。俺たちはそのガキに用があるんだ、邪魔すっとぶっ飛ばすぞ」
棍棒を肩の上で軽く叩きながら、チンピラのように脅してくる男。初見でイグリにびびんない奴も珍しいな、とシリウスがこっそりとライファットに耳打ちをする。そうですね、と小さく返した。
腕を組みながら、イグリが尋ねる。
「人を見た目で判断するのはよくないと重々承知だが、お前たちはとてもこの子どもの保護者には思えない。加えてこの子どもは、ボクたちの前に現れたとき、何かから逃げている様子だった。これはあくまでボクの予想だが、この子はお前たちから逃げていたんじゃないか?」
「あーあーごちゃごちゃうるせえ。そうだよ、俺たちゃそのクソガキを拉致りに来たんだよ」
「ほう。何を目的に?」
「俺たちは雇われただけだ、奴隷商人にな。その人狼のガキが欲しいとかなんとかで、成功したら報酬をたんまり用意するってよ」
斧の男があっさりと白状し、他二人もニタニタと笑って肯定する。そうか、とあっさり返したイグリは、もうこれ以上聞くことはないとでも言うように腕組みを解いて、あからさまに靴紐を結び直し始めた。それを見たシリウスが、何かを悟ったように頭を掻いて、しゃがんでいるイグリの前に出る。
「なるほどね。誘拐の対象がどうしようもねえクズだったら見逃してたかもしんねえけど、小さい子どもなら話は別かもなぁ」
「まあ、俺たちは基本的に悪は許せませんからね。ここは正義の鉄槌を下してやりましょうか」
自分たちの生業が〝奴隷屋〟であることを棚に上げて、シリウスと、それに続いたライファットがおどけた口調で男たちと対峙する。イグリとは違い、お世辞にも〝立派な体格〟とは言えない青年二人に、大柄の男三人は馬鹿にした笑いで応えてみせた。
「おいおい坊ちゃんたちよ、本気かぁ? 痛い目見る前にさっさと母ちゃんの待つおうちに帰ったほうがいいぜ?」
「その〝母ちゃんの待つおうち〟をブチ壊した連中に言われてもな。あの子どもの両親を殺したのも、お前らってことだ?」
「へっ、報酬が魅力的でね。そのガキを連れてくるだけ、それ以外は殺していいっていう簡単なお仕事よ。まあ母親が美人だったら褒美の一つとして持ち帰ろうとは思ってたけどな。全く俺ら好みじゃなかったから殺した」
「ふーん。……お前は、人妻は特に興味なかったんだっけ? ライファット」
「シリウスさん風に言うなら、〝クソどうでもいい〟ですね」
「ははっ」
そこから徐々に二人だけで盛り上がっていき、身振り手振りを交えて談笑をする。いつの間にか蚊帳の外にされたことに苛立った男たちが、怒号を浴びせて再度自分らに意識を向かせた。
「おい舐めてんじゃねえぞてめえら! 上等だよ、ここでてめえらもボコボコにして、雇い主の手土産にしてやる! 奴隷人生待ったなしだな!」
「……奴隷人生、ねえ……」
大剣の男の言葉を静かに反復したシリウスは、そっと口角を上げる。そんなシリウスのうしろには、ベアタ一人だけがいた。
「ある意味もう送ってるから、遠慮しとくわ」
「……は?」
「立場は違うけど。……そうだよな、ライファット」
「はい。まあ俺は、実際に経験してましたけど」
「あ、そうだった」
「ああ? 何わけわかんねえこと言ってんだ!?」
「ん、別にわからないままでもいいぞ。……俺たちとお前らなんて、もうこれっきりだろうしな」
シリウスがそう言った瞬間である。斧の男の肩を、ぽんとうしろから誰かが叩いた。反射的に振り返る。それと同時に、左頬に強すぎる衝撃が男を襲い、そのまま吹き飛んで気絶した。
「えっ?」
突然のことであまりしっかりと驚いていない、むしろ呆然としている他の二人の男の顔面に、今度は肘と拳が炸裂する。二人とも鼻が折れて、一人は同じように気絶し、一人は倒れながら悶絶している。
「あ、がぁぁ……」
激痛を言葉にできず、代わりに涙と鼻血を流している棍棒の男は、気づかないうちに背後に回っていた者を見上げる。
「言っただろう? 〝正義の鉄槌が下る〟って」
「その鉄槌は、俺たちじゃないけどな」
ライファットが得意げに言い、シリウスがポケットに手を入れながら続ける。そして男たちを一撃で殴り倒した者、イグリは、鼻を押さえながら横たわる棍棒の男の胸倉を掴み、無理やり上体を起こす。
「請け負う仕事の内容に、いちいち口出しをするつもりはない。何故なら、ボクとお前たちは他人だからだ。だが、ボクたちに出会ったのが災難だった。まあこれに懲りたら、少しは真っ当な仕事でも探してみろ」
男は情けない声を出しながら、首を横に振る。イグリが今言ったことを否定してるわけではない。もうこれ以上は勘弁してくれということと、日暮れの雪の森で気絶しては危険だということを主張したいのだろう。
イグリは、それを察した。察した上で、こう言った。
「文句があるなら、目が覚めたあとにボクのところへ来い。ボクは【8番都市】の萬屋、イグリだ」
そうして棍棒の男が最後に聞いたのは、めご、という己の顔が潰れる音だった。




