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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
25/53

奴隷屋と萬屋 11



 ガサガサッ



 すると、前方の茂みが不自然に揺れた。

 三人は同時に足を止めて、音が鳴るほうへ視線を集める。一気に森全体が息をひそめるような空気となり、状況を飲み込んでいない鳥だけが自由に歌っていた。

 こんなとき、まず最初に動くのがライファットである。

 ライファットはクナイを取り出して、いつでも放てる体勢をつくる。シリウスとイグリは初めの一撃を任せた状態ではあるが、のんきに傍観しているわけではない。シリウスは『シオン』に手を添えて、肉弾戦が得意なイグリは拳を握りしめる。



 ガサガサッ



 もう一度揺れた。そして、姿を現した。

 地を這うように出てきたのは、七歳くらいの子どもだった。褐色(かっしょく)の肌と透き通る水色の短い髪を持ち、服は厚着だがあちこち汚れや傷にまみれ、呼吸は全く整っていない。

 明らかに何かから逃げている様子が伝わり、ライファットはまばたきをする。


「……ひっ」


 子どもは、シリウスたちを見て声をうわずらせた。逃げたと思った先に新しい敵がいて、怯えているというような雰囲気だった。

 どうしたものかと、シリウスとライファットは顔を合わせる。けれど、その答えを出したのはイグリだった。


「いったん引け、ライファット。ここはボクが相手をする」


 そう言って前へと出ていくイグリを、ライファットは目で追う。


「お前みたいな見た目の奴だと、余計に怖がるだろ」

「そうかもしれないな。だが、お前に子どもの相手ができるのか?」

「無理だな。任せた」


 あっさりと認めたライファットは、クナイをくるくる回してうしろに下がる。それから周囲を警戒しつつ、イグリと子どもを見守る。

 イグリは子どもから近すぎない位置でしゃがみ、普段より多少柔らかな声音(こわね)で話しかけた。


「はじめまして、ボクはイグリ。【8番都市】で萬屋(よろずや)を営んでいる。あの二人はシリウスとライファット。ボクの友人だ」

「どうも。とっても仲のいい友人です」

「……右に同じ」


 シリウスがいたずらっぽく笑い、ライファットもぶっきらぼうに便乗する。

 イグリは自分たちの軽い紹介と、この森へ来た目的を説明した。子どもはびくびくと身体を震わせながらも、イグリの話に耳を傾ける。


「さて。次は君の名前を聞いてもいいだろうか?」

「…………ベアタ……」

「ベアタ、か。良い名前だな。教えてくれてありがとう」


 律儀に頭を下げたイグリを今度はきょとんと見つめる、ベアタという子ども。シリウスとライファットは、口を挟まずに見張りを続ける。


「なら、ボクにベアタのことを教えてほしい。この森で何をしている?」


 こちらが一番知りたいことを、イグリは聞いた。ベアタは、自分の現状を思い出したかのようにハッとすると、今にも泣きそうな目と途切れそうな声で言う。


「べ、ベアタのパパ、人に殺された……。商品にするって言って、知らない人たちに殺された……。ベアタはママと一緒に逃げて、でもママは途中から、一人で逃げてって言って、それでベアタは……ここまでずっと走ってきて……」

「……商品ってことは、奴隷商人ですかね?」

「かもな」


 シリウスとライファットが、淡々と話す。

 シリウスは基本的に、顔が効く裏稼業人のツテや、各地を旅する仲のいい商人のコネで商品を流してもらっている。通常、奴隷商人が商品を得るために自ら手を汚すことはほとんどない。ベアタ一家を狙った者は、おそらく人を雇って襲わせたのだろう。両親と子ども、どちらも捕らえようとしたのかもしれないが、結果的に父親は死亡し、きっと母親も我が子を逃すための囮となった。


 説明をする中で、ベアタは頬を伝う涙をごしごしとぬぐう。だがそのときに見えた小さな右手を、イグリは思わず掴んだ。


「ひっ!」

「……これは……」


 ベアタの右手。袖に隠れて気づかなかったが、褐色(かっしょく)とは別の、嫌に青白いものがじんわりと広がっていた。血管も浮き出て、爪も異様に長い。


「君は、人狼なのか?」

「……」


 ベアタの無言は、肯定を意味していた。なるほど、とイグリは納得する。

 人狼の奴隷は、普通の人間よりも高値で売買される。〝害悪種族〟と(さげす)まれてはいるが、彼らの能力は人間からすると恐怖の対象であり、そして魅力的なのだ。

 ベアタの両親も人狼かはわからないが、もしそうであれば精一杯の抵抗、もしくは返り討ちができただろう。孤独だったベアタを拾った、心優しい人間の夫婦だった可能性もある。


 そんなことを考えていると、森の白い静寂を汚すようなやかましい大声と足音が、こちらに近づいてきた。



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― 新着の感想 ―
ベアタちゃんを怖がらせないように優しく声をかけてあげるイグリさん、とっても素敵です! いかつい見た目なのに小さな子供に優しいとか、好感度が上がりまくる!!(*'ω'*) 人狼と分かったベアタちゃんをど…
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