奴隷屋と萬屋 11
ガサガサッ
すると、前方の茂みが不自然に揺れた。
三人は同時に足を止めて、音が鳴るほうへ視線を集める。一気に森全体が息をひそめるような空気となり、状況を飲み込んでいない鳥だけが自由に歌っていた。
こんなとき、まず最初に動くのがライファットである。
ライファットはクナイを取り出して、いつでも放てる体勢をつくる。シリウスとイグリは初めの一撃を任せた状態ではあるが、のんきに傍観しているわけではない。シリウスは『シオン』に手を添えて、肉弾戦が得意なイグリは拳を握りしめる。
ガサガサッ
もう一度揺れた。そして、姿を現した。
地を這うように出てきたのは、七歳くらいの子どもだった。褐色の肌と透き通る水色の短い髪を持ち、服は厚着だがあちこち汚れや傷にまみれ、呼吸は全く整っていない。
明らかに何かから逃げている様子が伝わり、ライファットはまばたきをする。
「……ひっ」
子どもは、シリウスたちを見て声をうわずらせた。逃げたと思った先に新しい敵がいて、怯えているというような雰囲気だった。
どうしたものかと、シリウスとライファットは顔を合わせる。けれど、その答えを出したのはイグリだった。
「いったん引け、ライファット。ここはボクが相手をする」
そう言って前へと出ていくイグリを、ライファットは目で追う。
「お前みたいな見た目の奴だと、余計に怖がるだろ」
「そうかもしれないな。だが、お前に子どもの相手ができるのか?」
「無理だな。任せた」
あっさりと認めたライファットは、クナイをくるくる回してうしろに下がる。それから周囲を警戒しつつ、イグリと子どもを見守る。
イグリは子どもから近すぎない位置でしゃがみ、普段より多少柔らかな声音で話しかけた。
「はじめまして、ボクはイグリ。【8番都市】で萬屋を営んでいる。あの二人はシリウスとライファット。ボクの友人だ」
「どうも。とっても仲のいい友人です」
「……右に同じ」
シリウスがいたずらっぽく笑い、ライファットもぶっきらぼうに便乗する。
イグリは自分たちの軽い紹介と、この森へ来た目的を説明した。子どもはびくびくと身体を震わせながらも、イグリの話に耳を傾ける。
「さて。次は君の名前を聞いてもいいだろうか?」
「…………ベアタ……」
「ベアタ、か。良い名前だな。教えてくれてありがとう」
律儀に頭を下げたイグリを今度はきょとんと見つめる、ベアタという子ども。シリウスとライファットは、口を挟まずに見張りを続ける。
「なら、ボクにベアタのことを教えてほしい。この森で何をしている?」
こちらが一番知りたいことを、イグリは聞いた。ベアタは、自分の現状を思い出したかのようにハッとすると、今にも泣きそうな目と途切れそうな声で言う。
「べ、ベアタのパパ、人に殺された……。商品にするって言って、知らない人たちに殺された……。ベアタはママと一緒に逃げて、でもママは途中から、一人で逃げてって言って、それでベアタは……ここまでずっと走ってきて……」
「……商品ってことは、奴隷商人ですかね?」
「かもな」
シリウスとライファットが、淡々と話す。
シリウスは基本的に、顔が効く裏稼業人のツテや、各地を旅する仲のいい商人のコネで商品を流してもらっている。通常、奴隷商人が商品を得るために自ら手を汚すことはほとんどない。ベアタ一家を狙った者は、おそらく人を雇って襲わせたのだろう。両親と子ども、どちらも捕らえようとしたのかもしれないが、結果的に父親は死亡し、きっと母親も我が子を逃すための囮となった。
説明をする中で、ベアタは頬を伝う涙をごしごしとぬぐう。だがそのときに見えた小さな右手を、イグリは思わず掴んだ。
「ひっ!」
「……これは……」
ベアタの右手。袖に隠れて気づかなかったが、褐色とは別の、嫌に青白いものがじんわりと広がっていた。血管も浮き出て、爪も異様に長い。
「君は、人狼なのか?」
「……」
ベアタの無言は、肯定を意味していた。なるほど、とイグリは納得する。
人狼の奴隷は、普通の人間よりも高値で売買される。〝害悪種族〟と蔑まれてはいるが、彼らの能力は人間からすると恐怖の対象であり、そして魅力的なのだ。
ベアタの両親も人狼かはわからないが、もしそうであれば精一杯の抵抗、もしくは返り討ちができただろう。孤独だったベアタを拾った、心優しい人間の夫婦だった可能性もある。
そんなことを考えていると、森の白い静寂を汚すようなやかましい大声と足音が、こちらに近づいてきた。




