奴隷屋と萬屋 6
熱々のチーズ料理を堪能し、満足げに帰宅をするシリウスとライファット。家に残っている食材も早く消費しようと話していると、奴隷屋の前で一人の男性が立っているのに気づく。
男性は〝臨時休業〟と書かれた吊り看板を見て、残念そうに頭を掻いている。お客かな、と顔を見合わせた二人は、その店の者として放置するわけにもいかないので、声をかけてみた。
「あの、うちの店に何かご用でしたか?」
「ん……? ああ、兄ちゃんたち!」
大きな顔に小さな目、いわゆるだんごっ鼻が特徴的なその人は、エンニオと名乗った。
エンニオは、自分は客ではなく頼み事をするためにここへ来たと話す。頼み事とは? と聞き返したシリウスに向かって、今度はどこか興奮した様子に変わる。
「さっき街に現れたっていう墜狼を倒したの、兄ちゃんたちなんだろ? 通りすがりのばあさんとお嬢さんに聞いたんだよ。でな、兄ちゃんたちの腕を見込んで、ひとつ護衛を頼みたいんだ」
「護衛……ですか?」
ばあさんとお嬢さんとは、おそらく老婆とキトリーのことだろう。
いわく、エンニオは動物専門の狩人として活動しており、これから仲間たちと食料調達に向かう予定だったらしい。なのに、先程の出来事が起きた。
墜狼の出現にも驚いたが、加えて最近広がっているという〝とある事件〟の話も聞き、しばらくは自粛すべきかと一度話し合った。しかし、仕事を休んでは自分らの生活および取引先の店にも支障が出るため、手を引くわけにはいかないと結論づけたとのこと。
「つまり、もしまた墜狼やその事件の犯人に出くわしたときは、俺たちで退治してほしいと……。そういうことですか?」
「ああ。もちろんこれは正式な依頼だから、後払いにはなるがきっちり礼はさせてもらうぜ。……本当ならこういうのは、遵行隊に相談するのが普通だけどよ。今は人手が足りてなさそうだし、何より墜狼が死んでからのこのこ現れる奴より、実際に倒した奴のほうが信用できるからな!」
「……なるほど」
話は理解したが、シリウスの反応はやや鈍い。
過去にライファットと二人で旅をしていたとき、路銀を稼ぐために何度か傭兵の真似事をしたことがある。その経験を既に経ているからこそ、〝誰かを守りながら戦うことの難しさ〟が、シリウスの中で引っかかっていた。
対象の討伐、だけならまだよかったものの、一般人を背に剣を振るうのは、うしろから常に髪を掴まれながら戦う感覚に等しい。好き勝手に動けないし、気にかけてやらねばならない。つまり、やりづらい。
シリウスは無言のまま、隣の従者をちらりと見る。彼も主人の胸中をなんとなく察したようで、
(俺はどっちでもいいですけどね。あんたが嫌だというなら断りますか?)
左指で短剣の鞘を小さくなぞり、そんな意味を込めたサインを送る。
ライファットの意見を汲んだ上で、もう一度考える。傭兵を生業としていない者にこのようなことを頼む時点で、エンニオもある程度の覚悟はしているはずだ。仮にしくじったとしても、その咎を過度に責める真似はしないと信じたい。しかし引き受ける以上は責任というものがのしかかり、下手をすれば今後の奴隷屋の営業にだって支障が出る可能性がある。シリウスには、それが難点だった。
やっぱり、断ろう。シリウスがそう言おうとしたとき、エンニオがぽろっと、こんなことをこぼした。
「一応〝萬屋〟ってのにも声をかけたんだけどな。まずこの街に萬屋なんてもんがあること自体知らなかったし、一人で営業してるみたいだから、いまいち心細くてよ……。見た目は結構たくましかったけどな」
その言葉に、シリウスはうつむき気味だった顔を上げる。ライファットも同じような反応をみせた。
「萬屋って……、イグリのことですか?」
「ん? ああ、確かそんな名前だったような……。兄ちゃんたち、知ってんのか?」
シリウスの表情が、ぱっと明るくなった。それから嬉しそうに頷き、自信を込めて言う。
「イグリは俺たちの知人です。真面目で頼りになるし、腕っぷしも保証しますよ」
「お、そうだったのか? こりゃあ良い偶然だ!」
もう一度ライファットを見ると、既に心は決まっているようだ。無言で頷き、シリウスもそれに応じる。
「わかりました、引き受けます。ただ、報酬は別々で用意していただけるとありがたいのですが……」
「ああ、わかってるって。奴隷屋と萬屋、それぞれに支払わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
先に城門の前で待っていると言ったエンニオといったん別れ、シリウスとライファットは準備を整えるため店に入る。
「イグリに会うのって、なにげに久しぶりだよな?」
「そうかもしれませんね」
「元気かなぁ、あいつ」
「元気でしょう、イグリなら」
まるでこれから、親戚のお兄さんに会うかのようにわくわくさせる主人に、一応仕事ですからね、と従者は釘を刺しておいた。




