奴隷屋と萬屋 5
「事件って、なんだろうな」
「さあ……。遵行隊も手こずっているようですし、犯人もなかなかやりますね」
「何人も病院送りにしてるって言ってたけど、かなり強いのか?」
「かもしれませんね。この街に来たら勝負してみましょうか」
「〝勝負〟で済めばいいんだけどな、お互いに」
初めて得た情報に多少興味を抱く二人だが、どこまでも他人事である。余計な正義感は持ち合わせていないし、必要以上に出しゃばるつもりもない。
餅は餅屋。そういった厄介ごとは、全て大陸遵行隊に任せておけばいいのである。
「……遵行隊も案外、役に立たないわね」
「ほんと。私たちの税金で食べてるくせに、こういうときに身体を張らなくてどうするのよ」
奴隷屋の前まで来たところで、今しがた騒動を見にきたばかりの、二人の主婦の会話が耳に届いた。揃って眉をひそめ、手を添えてしゃべるにしてはなかなか大きな声量だった。
「それにしても、嫌になっちゃうわね。墜狼が現れるなんて」
「人狼が街にまぎれてるなんて、怖いし気持ち悪いわ。街をめちゃくちゃにしようって企んでいそうで」
「やっぱり〝害悪種族〟ね。まだいるんだとしたら、さっさと見つけて八つ裂きにしちゃえばいいんだわ」
「ええ、ほんとそう」
「……」
「……」
話の内容に沈黙するシリウスとライファット。主婦二人はそんな青年たちの視線に気づき、途端に表情と声を明るくする。
「あらお兄ちゃんたち。確か人狼を倒してくれたのよね、どうもありがとう」
「遵行隊よりずっと頼りになるわね。二人ともかっこいいし、おばちゃん年甲斐もなくドキドキしちゃう」
「私がもうちょっと若ければ、このあとお茶に誘っていたのにねぇ」
「でもこんなおばちゃんとのおしゃべりなんて、若い人は楽しくないわよ。ね?」
……シリウスは何も言わず、隣のライファットに目を移す。
ライファットは、先程よりは露骨な雰囲気は出していない。ただその顔はほとんど感情を宿しておらず、口だけがまるで事務的に動いた。
「……こんな俺でも、あなたたちの胸を少しでも揺さぶることができたなら、男冥利につきますよ」
あらぁ、と同時に口元を押さえる二人の主婦にお辞儀をして、先に店内へ戻るライファット。シリウスもにこりと笑ってみせてから、扉を完全に閉めた。
「……人妻も一回遊んでみると、案外ハマっちまうかもしんねえぞ?」
「冗談じゃないですよ」
吐き捨てるように否定したライファットを、少し意地の悪い笑みで見つめる。むっとした従者はささやかな報復として、主人の肩を小突いた。特に、痛くはなかった。
「所詮はこんな〝人狼〟ですからね。女なんてすぐに逃げますよ」
「ひでえの。そんな〝人狼〟を選んだ俺の前で、自分を卑下されちゃあ悲しいぜ」
「まあ俺も、最初は隠してましたからね」
「俺としては、それこそどうでもいいけどな」
ひっそりと交わす会話など耳に届いていないようで、おとなしく待っていた老婆が、おかえりなさいと歩み寄る。事は収まったと知らせるシリウスに、ほっと安心した様子を見せたキトリーは、再度胸の前で両手を握りしめた。
「お疲れさまでした、シ……。……シ……、あの、えっと……」
「うん?」
口ごもる意味を察していないシリウスは、どうした? と素直に尋ねる。その青い両目から逃れるように顔を背けたキトリーは、一度そっと息を吐き、気を取り直して再び向き合う。
「お疲れさまでした」
「ん? おう。まあ、俺はほとんど何もしてないけどな」
その様子にライファットは、やれやれと腕を組む。そして、自分よりもずっと歳下のキトリーを見上げる老婆が、にこにこと微笑みながら一言、こう呟いた。
「キトリーにだって、幸せになる権利はあるものねぇ」
+ + +
改めて老婆とキトリーを見送ったわけだが、それ以降は客がぱったりと途絶えてしまった。解決したとはいえ、あのような出来事のあとなのだ。皆、せめて今日一日ぐらいは外出を控えようと思うだろう。
使用した分の弾を詰め直したシリウスは、カウンターで頬杖をつきながらあくびをこぼす。またライファットも、ソファーに深くもたれながらぼんやりと天井を眺めている。
「暇だなぁ」
「暇ですね」
朝は淀んでいた空が、知らないうちに陽の光を呼び戻している。街の雪が溶けるほどではないが、店内に差す淡い輝きが、余計に働く意欲を失わせた。
「シリウスさん」
「ん?」
「いっそ店を閉めて、昼ご飯食べに行きませんか? しばらく外食してなかったでしょう」
「閉めるって、さすがに時間早すぎじゃねえか?」
「どうせ誰も来ませんよ」
ソファーの背もたれに顎を乗せながら提案するライファットに、シリウスはしばし考える。そんなシリウスに、俺さっきがんばったじゃないですか、とご褒美をねだり始めた。
「別にがんばったっていうほど苦戦してないだろ」
「そんなことないです。ほら、凍った地面を走るときなんか、滑って転ばないようにすごい気を遣って……」
「そこなのかよ」
「お腹が減りました」
「わかったわかった」
一度身体を伸ばしてから立ち上がったシリウスは、じゃあ何が食べたい? とご褒美の中身を聞く。チーズ料理がいいです、と快活な返事が即座に飛んできた。
「実はつい最近、新しい店が開いてたんですよ。チーズを使った料理を扱うところで、行ってみたいなって思ってたんです」
「へえ、旨そうだな。なんか俺も腹減ってきたわ」
「なら行きましょう、すぐに」
そうしてライファットも立ち上がり、せかすように玄関まで歩く。食事のこととなればいつも行動が早い従者に小さく笑いながら、シリウスも今度は『シオン』を持って、再び外に出た。




