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奴隷屋の日常  作者: 坂牧 祀
19/53

奴隷屋と萬屋 5


「事件って、なんだろうな」

「さあ……。遵行隊(じゅんこうたい)も手こずっているようですし、犯人もなかなかやりますね」

「何人も病院送りにしてるって言ってたけど、かなり強いのか?」

「かもしれませんね。この街に来たら勝負してみましょうか」

「〝勝負〟で済めばいいんだけどな、お互いに」


 初めて得た情報に多少興味を(いだ)く二人だが、どこまでも他人事である。余計な正義感は持ち合わせていないし、必要以上に出しゃばるつもりもない。

 餅は餅屋。そういった厄介ごとは、全て大陸遵行隊たいりくじゅんこうたいに任せておけばいいのである。



「……遵行隊(じゅんこうたい)も案外、役に立たないわね」

「ほんと。私たちの税金で食べてるくせに、こういうときに身体を張らなくてどうするのよ」


 奴隷屋の前まで来たところで、今しがた騒動を見にきたばかりの、二人の主婦の会話が耳に届いた。揃って眉をひそめ、手を添えてしゃべるにしてはなかなか大きな声量だった。


「それにしても、嫌になっちゃうわね。墜狼(ついろう)が現れるなんて」

「人狼が街にまぎれてるなんて、怖いし気持ち悪いわ。街をめちゃくちゃにしようって企んでいそうで」

「やっぱり〝害悪種族〟ね。まだいるんだとしたら、さっさと見つけて八つ裂きにしちゃえばいいんだわ」

「ええ、ほんとそう」


「……」

「……」


 話の内容に沈黙するシリウスとライファット。主婦二人はそんな青年たちの視線に気づき、途端に表情と声を明るくする。


「あらお兄ちゃんたち。確か人狼を倒してくれたのよね、どうもありがとう」

遵行隊(じゅんこうたい)よりずっと頼りになるわね。二人ともかっこいいし、おばちゃん年甲斐もなくドキドキしちゃう」

「私がもうちょっと若ければ、このあとお茶に誘っていたのにねぇ」

「でもこんなおばちゃんとのおしゃべりなんて、若い人は楽しくないわよ。ね?」


 ……シリウスは何も言わず、隣のライファットに目を移す。

 ライファットは、先程よりは露骨な雰囲気は出していない。ただその顔はほとんど感情を宿しておらず、口だけがまるで事務的に動いた。


「……こんな俺でも、あなたたちの胸を少しでも揺さぶることができたなら、男冥利(おとこみょうり)につきますよ」


 あらぁ、と同時に口元を押さえる二人の主婦にお辞儀をして、先に店内へ戻るライファット。シリウスもにこりと笑ってみせてから、扉を完全に閉めた。


「……人妻も一回遊んでみると、案外ハマっちまうかもしんねえぞ?」

「冗談じゃないですよ」


 吐き捨てるように否定したライファットを、少し意地の悪い笑みで見つめる。むっとした従者はささやかな報復として、主人の肩を小突いた。特に、痛くはなかった。


「所詮はこんな〝人狼(おれ)〟ですからね。女なんてすぐに逃げますよ」

「ひでえの。そんな〝人狼(おまえ)〟を選んだ俺の前で、自分を卑下(ひげ)されちゃあ悲しいぜ」

「まあ俺も、最初は隠してましたからね」

「俺としては、それこそどうでもいいけどな」


 ひっそりと交わす会話など耳に届いていないようで、おとなしく待っていた老婆が、おかえりなさいと歩み寄る。事は収まったと知らせるシリウスに、ほっと安心した様子を見せたキトリーは、再度胸の前で両手を握りしめた。


「お疲れさまでした、シ……。……シ……、あの、えっと……」

「うん?」


 口ごもる意味を察していないシリウスは、どうした? と素直に尋ねる。その青い両目から(のが)れるように顔を(そむ)けたキトリーは、一度そっと息を吐き、気を取り直して再び向き合う。


「お疲れさまでした」

「ん? おう。まあ、俺はほとんど何もしてないけどな」


 その様子にライファットは、やれやれと腕を組む。そして、自分よりもずっと歳下のキトリーを見上げる老婆が、にこにこと微笑みながら一言、こう呟いた。


「キトリーにだって、幸せになる権利はあるものねぇ」



 + + +



 改めて老婆とキトリーを見送ったわけだが、それ以降は客がぱったりと途絶えてしまった。解決したとはいえ、あのような出来事のあとなのだ。皆、せめて今日一日ぐらいは外出を控えようと思うだろう。

 使用した分の弾を詰め直したシリウスは、カウンターで頬杖をつきながらあくびをこぼす。またライファットも、ソファーに深くもたれながらぼんやりと天井を眺めている。


「暇だなぁ」

「暇ですね」


 朝は(よど)んでいた空が、知らないうちに陽の光を呼び戻している。街の雪が溶けるほどではないが、店内に差す淡い輝きが、余計に働く意欲を失わせた。


「シリウスさん」

「ん?」

「いっそ店を閉めて、昼ご飯食べに行きませんか? しばらく外食してなかったでしょう」

「閉めるって、さすがに時間早すぎじゃねえか?」

「どうせ誰も来ませんよ」


 ソファーの背もたれに(あご)を乗せながら提案するライファットに、シリウスはしばし考える。そんなシリウスに、俺さっきがんばったじゃないですか、とご褒美をねだり始めた。


「別にがんばったっていうほど苦戦してないだろ」

「そんなことないです。ほら、凍った地面を走るときなんか、滑って転ばないようにすごい気を遣って……」

「そこなのかよ」

「お腹が減りました」

「わかったわかった」


 一度身体を伸ばしてから立ち上がったシリウスは、じゃあ何が食べたい? とご褒美の中身を聞く。チーズ料理がいいです、と快活な返事が即座に飛んできた。


「実はつい最近、新しい店が開いてたんですよ。チーズを使った料理を扱うところで、行ってみたいなって思ってたんです」

「へえ、旨そうだな。なんか俺も腹減ってきたわ」

「なら行きましょう、すぐに」


 そうしてライファットも立ち上がり、せかすように玄関まで歩く。食事のこととなればいつも行動が早い従者に小さく笑いながら、シリウスも今度は『シオン』を持って、再び外に出た。



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― 新着の感想 ―
主婦たちの会話からも人狼がいかに生きにくい社会なのかをあらためて感じました。 キトリーが幸せになってくれることを祈ります!
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