奴隷屋と萬屋 4
墜狼が完全にこの世から消え去るところを見届けたライファットのもとまで、シリウスは小走りで駆け寄る。怪我がないことを確認し、早々にこの場から離れようとした。
「あ、あのーっ! そこのお二人!」
すると、焦茶色の隊服を着用した一人の青年が、へなへなとした足取りでこちらにやってきた。胸には警備隊の紋章がついているが、ひと目見ただけで新人だというのがよくわかる雰囲気を醸し出していた。
「あ、あ、ありがとうございました……。お二人のおかげで、凶暴な人狼から、街を守ることができました……」
隊員は、乱れる呼吸の中から感謝を述べる。まさか能力を見られたか、と一瞬警戒をする二人だが、ライファットに対しても丁寧な対応をするので、おそらく倒し終わったあとに来たのだろう。
ご立派な剣を腰から下げているわりには使い込まれた形跡はなく、やっぱり新人なんだな、とシリウスは思った。
「……街の中に墜狼が現れるなんて、びっくりしましたよ。警備隊の手をわずらわせなくてよかったです」
一応は驚いたふりをし、ついでに警備隊が来なかったことを遠回しに皮肉るシリウス。だがそんなことに気づかない新人隊員は、そうなんですよ! と墜狼が現れたことだけに同意した。
いわく、ここ最近各都市で〝とある事件〟が発生しており、解決に動く大陸遵行隊が次々と負傷し、【8番都市】の隊員も近隣の都市へ派遣されているとのこと。急に隊員の姿が減ったのは、そういう理由らしい。
「そちらの方も、お怪我はしていませんか?」
「ああ、まあな」
せっかくの気遣いを適当にあしらうライファット。しかしそんな態度にも気づかないのか、はたまたなんとも思っていないのか。そうですか! と爽やかさと人懐っこさを兼ねた笑顔で頷いた新人隊員は、この流れで突然、身の上話をし始める。
「……自分、妹がいるんですけどね。妹に尊敬してもらえる良き兄ちゃんになりたくて、数年前から遵行隊に入ったんですけど……。子どもの頃からろくに剣に触れてこなかったせいで、周りに置いていかれて、役立たずと言われて……。それでも必ず自分にできることはあるって信じて、ずっと剣を振り続けてきたんです。そしてようやく候補生から卒業できて、まだ新人ですが警備隊と名乗ることができたんです! 自分はやっと、ここからがスタートなんです! 新しい剣と一緒に切磋琢磨して、もっともっと強くなるんです! だから初めて配属されたこの【8番都市】のために、精一杯働きたくて……!」
「あ、ああ、そうなんですね……。まあ、あまり気負わずにがんばってください」
もしこれが来店した客であれば、店主としてもう少しまともな受け答えをしていたであろう。しかしここは店の外で、彼は客でもない。いきなり熱い思いをぶつけられても、困るだけである。
ライファットに至っては、もはや面倒くさいという感情を隠そうともしていない。どうでもいい人間の自分語りなど、聞くに値しないからだ。
今にも舌打ちしそうな従者をこっそり小突き、上辺だけは良い顔をした主人が、それじゃあ俺たちはこれで、と強引に話を打ち切った。
「あっ、あのっ! あなた方のことを、上に報告してもよろしいでしょうか? あと、できればお名前も……」
「だってよ。どうする? 一番の功績者」
「どうでもいいです」
「だ、そうです。なので俺たちのことは、忘れてくれて結構ですよ。なんなら、そちらの手柄にしても構いませんし」
大陸遵行隊に恩も媚も売るつもりはない二人はそう返す。しかし正直な新人隊員は、それは無理ですよ! と慌てて拒否をした。
「ま、要は好きにしていいってことですよ。それじゃあ、お疲れさまです」
ぺこりと頭を下げて去るシリウスのあとを、ライファットが続く。肩を並べて歩く二人の背中を眺めながら、新人隊員は敬意を込めて呟いた。
「かっこいいなぁ……。同い年くらいに見えたし、俺もがんばらないと」
一人で気合いを入れ直した若き隊員は、そのまま支部へと駆け足で戻っていった。




