奴隷屋と萬屋 1
せっかく誰も彼も一日を費やして雪かきをしたのに、そんな人間たちをからかうように、たった一晩でまたどっさりと雪が積もった。
雪をどかして一ヶ所にまとめたところは更に高さを増して、何かをきっかけに小規模な雪崩を起こしてしまいそうだった。
店をライファットに任せて、シリウスは気分転換も兼ねて買い物へ行く。自分がいなくてもライファットはしっかり接客ができるし、こんなことは今日が初めてではない。
いろんな店のチラシが貼られている、無人の広告所へ行く。今日は八百屋でリンゴが安いらしい。自分たちの分と、あとは奴隷たちにも買っていってやろうと、早速シリウスは八百屋へ向かった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
バンダナを巻いた若い娘から商品を受け取る。とてもおいしそうなリンゴは鮮やかな赤に染まり、見た目とかすかに伝わる香りだけで甘さが理解できた。
太陽は一所懸命その光を地上にもたらそうとしているが、意地悪な雲が徐々に圧をかけていく。歩道の除雪がまだ済んでおらず、ギュッギュッという雪を踏むときの独特の音が鳴る。
公共の場の除雪は、大陸遵行隊の中に分類される部隊の一つ、整備隊の仕事だ。しかし本日は、その整備隊の姿があまり見えない。代わりに市民たちが、普段の除雪の範囲を少しだけ広げていた。
「整備隊は何やってんだ。市民に仕事を押しつけやがって」
「何か事件でも起きたのかねぇ」
「だとしても、それは警備隊の役目だろ? ったく……。奴ら支部の敷地内で、雪合戦でもしてんのか?」
スコップを動かしたまま、男性二人がそう話す。
比較的治安の良い【8番都市】では、小さな揉め事はあっても大きな事件はほとんど起きない。暇を持て余す警備隊は街の雪かきやゴミ拾いといった、整備隊の手伝いをすることがよくある。本来の任務をおろそかにしているわけではないが、つまりそれくらい平和なのだ。なのでいきなり隊員の人手が足りなくなったということは、今までにない。
何か人員を割く出来事でも起きたのだろうかと、ぼんやり支部の方向へ顔を向けたシリウスだが、自分には関係ないのですぐに帰った。
その日の夕食後、シリウス特製のアップルパイが焼き上がった。やや焦げているが、味には全く問題なかった。
大きめのものを二枚作って、一枚を奴隷部屋へ届ける。ありがとうございますご主人さま、とみんな喜んでいた。
ちなみにこの奴隷屋は一階が店で、地下が奴隷部屋、二階がシリウスとライファットが暮らす家となっている。
「シリウスさん、今度はレモンパイというのを食べてみたいです」
「酸っぱいレモンがお菓子として合うのか……? まあ、気が向いたらやってみるか」
細身のわりに大食漢なライファットは、遠慮なく食べた。シリウスより二つ分多く食べて、最後に口についた生地のカケラを綺麗に拭き取る。
「また明日も食べたいです」
「それは……、面倒だな」
素直な感想を述べる従者に苦笑いで返し、そのあとは熱い風呂に入って眠った。
次の日の朝。起きてカーテンを開けると、空が暗く淀んでいた。これはまた雪が降るかもな、とシリウスは雪かきを覚悟してから厚い上着に腕を通し、リビングまで歩く。
「おはようございます」
「おはよう」
リビングでは、先に起きたライファットが朝食の準備をしていた。ふんわりと漂うご飯の匂いが頭に響いて、今日の始まりを祝福する。
シリウスがのんびりと顔を洗い終える頃には、朝食がテーブルを埋めていた。
卵が入ったスープと、北の大地で育った温野菜とパン。それに添えられたバター。とても良い具合に焼かれたベーコンとソーセージ。
向かい合って座り、談笑を交えながら食べる。朝から身体がよく温まった。




