主人と従者 6
【22番都市】の宿屋に、二人の青年が入っていく。一人は黒髪、もう一人は白髪だった。
黒髪の青年は黒シャツに白のジャケット。左の腰には刀を下げ、その柄の頭には紫色の羽飾りが揺れている。
白髪の青年は白シャツにヒノキ色の上着を身につけ、武器は持っていない。しかし服の裾の丈が微妙に足りておらず、逆にこういうデザインなのかと思えなくもない。伸びた髪は邪魔にならないよう、適当に結われていた。
カウンターに立つふくよかな体型の女将に、二泊三日の滞在を申し込む。場合によっては日数が増えたり減ったりするかもしれないと伝えると、女将は優しく承諾してくれた。
黒髪の青年は、女将が出した手続き用紙に自分たちの名前を書く。
〝シリウス〟と、あともう一つは……、
「お前さ、得意な武器って何?」
ツインルームの中で、ベッドに腰をおろしたシリウスが唐突に尋ねた。
それはまるで、白髪の奴隷がかつて戦闘を得意としていた者と認識している、そんな口ぶりだった。
シリウスの発言を受けて、ドア付近に立つ奴隷はぴくりと指先を動かした。だがそれを悟らせず、あくまでも淡々とした態度で答える。
「両短剣です」
「両短剣? ……ああ、あの二本でワンセットのやつか」
じゃあ明日にでも武器屋に寄ってみるか、とシリウスは当然のように言って、窓の向こう側を見る。美しい夕焼けに染まっていた。
奴隷は、どうしてわかったのか、とは聞かなかった。
「あと、お前の名前な。受付では適当に書いたけど、あとでちゃんとマシな名前を考えておくから」
「……。ありがとうございます」
奴隷屋での会話を振り返る。
店を出る際、シリウスは白髪の奴隷に名前を聞いた。返ってきたのは〝シロ〟。
「シロって……、本当の名前か?」
「本当の名前はありません。でも俺は、ずっとそう名乗ってきましたから」
このシロという名は店側でつけたのかと店主に尋ねたが、首を横に振る。商品、ましてや奴隷にわざわざ名前をつける酔狂な奴なんていないからだ。
「……だめだ、俺が恥ずかしい。俺が呼んでも恥ずかしくない名前を決めよう」
いや、ここにいた。
「へえ、どんな名前ですか?」
店主が、どことなく興味を持って言う。
「それは……。……まあ、パッとは思いつきませんけど、きっと良い名前が見つかりますよ」
それよりも、とシリウスは自分のものとなった奴隷に、新品の服を渡した。汚い服で外を歩かせるわけにはいかないので、奴隷がシャワーから戻ってくる間にさっさと購入してきた服だ。
着替え終わる。あちゃ、とシリウスが呟く。
腕と足の裾の丈が、しっかり届いていなかった。シリウスと同じ身長であればこうはならなかったかもしれないが、この奴隷はシリウスよりも、少し背が高かった。
「服もあとで、ちゃんとしたものを買うか」
一人で決めて頷いたシリウスを前に、白髪の奴隷は何も言わない。〝拒否権〟や〝自分の意見〟を知らないどこかに捨ててきた奴隷は、お金を出して己を買ったこの主人に、ただ従うだけなのだ。
「では、ありがとうございました」
最後にシリウスは、店主にお礼を伝えた。
店主は眉を八の字に曲げて口角を上げて、どうも、とだけ返した。
「あ、そうだ」
ベッドの上で身体を伸ばしたシリウスは、自身のことを少しと、旅の目的をしっかり白髪の奴隷に説明した。奴隷は立ったまま全てを聞いて、わかりましたと頷く。
「ここ以外にも、どこか良いところはないかなぁ……。お前は、何か知ってるか?」
そう問われて、奴隷は少し考える素振りを見せる。
「……ここから西に向かった【26番都市】は、古くて歴史のある建造物が残されていて、名所の一つとなっています。東にある【18番都市】はカニの名産地で、毎年決まった時期にはカニ祭りという催しが開かれます。あとは……」
間を置いて、奴隷は言う。
「北にある【8番都市】は、過ごしやすさで言えばきっとここと同じくらいで、評判の良い薬屋があったのを覚えています」
「……ふーん?」
カレスティア大陸で暮らしているからといって、全ての人間が28都市の情報を持っているわけではない。自分が生まれた都市、もしくはその周辺しか知らない者だっている。
だがこの奴隷は、全ての都市を事細かに説明したわけではないが、おおまかな地理や情報は心得ているようだ。
自然と、シリウスの顔はにやけていた。
この奴隷が元々どういった人間だったのか気にならないわけではないが、今は重要ではない。
戦える。従ってくれる。この大陸の案内人にもなる。
(こいつはきっと、俺の想像以上に、俺の役に立つ)
シリウスは今、奴隷を買うという賭けに勝ったことを確信した。
「……んじゃあ、今お前が言った街を、次の目的地とするか。一番近いのは?」
「【26番都市】です」
「よし」
ぱんっと膝を叩いたシリウスはそのまま立ち上がり、とりあえず夕飯でも食いに行くかと言った。
「お前は、何か好きな食べ物はあるか?」
「えっ……」
「遠慮すんなよ。これから長い付き合いになるかもしれないし、味の好みくらい、お互い知っといたほうがいいだろ?」
「俺は……、俺はなんでもよく食べます」
「ほんとか? まさかトカゲとかも食えんのか?」
「食べたことはあります」
「マジか……」
シリウスの言った通り、二人はこれから長い付き合いになる。
各都市を巡り、定住する場所を決め、やがて店を開く。
今はまだ成立したばかりの主従。気心の知れた間柄になるのは、まだもう少し先。
「最後にもう一つ」
一階の酒場へと続く階段をおりようとして、シリウスが足を止める。
「お前、今後は他の人から身分を聞かれても、奴隷って答えるなよ。理由は、俺が嫌だから。〝奴隷〟と〝シロ〟はお前の中から捨てろ。いいな?」
だから無礼講を許す、というわけではない。奴隷を連れ歩いていると知ったときの、周りの反応がいちいち面倒だと思ったからだ。
今後宿屋で泊まるときも、武器を買うときも、〝奴隷はお断りだ〟なんて言われかねない。
「わかりました」
この瞬間から彼は奴隷を捨てて、シリウスの従者兼ただの青年となる。
二人の青年は、酒場で夕食を摂った。魚介類がたっぷり入ったパエリアとおいしい酒を、とてもよく味わった。
そして、新たな旅が始まる。




