主人と従者 3
必要最低限の豆電球のみで照らされたそこは、まるで炭鉱の洞窟だった。店主は古びたランタンを片手に、慣れた足取りで進んでいく。シリウスは途中でつまづいた。
人工的に掘られた浅めの洞穴が、鉄格子で閉じられている。どうやらここに、奴隷を一人一人拘禁しているらしい。
奴隷は、合わせて四人いた。店主が牢の前に立って、簡単に商品の説明を始める。
一人目は、髪が極端に短い女性。
あまりにも短いので最初は男かと思ったが、身体つきはちゃんと女性のものだった。
「変な髪の色でしょう? みっともないから切ったんです。さすがに丸坊主にはしませんでしたが」
二人目は、顔面髭だらけの男性。
どことなく、腰を悪そうにしている。手元にあったパン屑を口の中に放り込んで、下品な咀嚼を繰り返しながらこちらを睨む。
「見ての通り、使い勝手に困る奴です。もし今月中に売れなければ、捨てるつもりでいます」
三人目は、まだ幼さの残る少女。
こちらをぼーっと見上げていたが、店主に気持ち悪いから見るな、と言われてすぐに頭を下げる。
「若さはありますが身体が貧相で……。少なくとも、慰めものとしての役割は果たせないでしょうね」
そして、四人目。
暗くて汚れているせいで銀髪にも見えたが、どうやら純粋な白髪で、シリウスと同年代くらいの青年だった。
「そいつはちょっと前に、知り合いの奴隷商人から譲り受けたものです。この中だったら一番、お客さんの要望に叶う奴かもしれませんね。戦えるかどうかは知りませんけど」
覇気のないセールストークをする店主を横に、シリウスはその奴隷を見つめる。すると奴隷は、シリウスからの視線をうっとうしそうにして、首を軽く動かした。
そのときにちらりと見えた、無造作に伸びた髪のうしろに隠れる〝色〟。シリウスは奴隷の持つ〝色〟に気づき、うっすらと口を開く。
「なあ、もうちょっとよく顔を見せてくれないか?」
シリウスが何を思ったのか店主にはわからないが、お客さまの要望なので聞かなければならない。
おら、こっち見ろ、と店主が鉄格子を雑に蹴る。白髪の奴隷は、ゆっくりとシリウスを見た。
「…………」
確認できたのは、赤い目。
白い髪に赤い目を持つ青年。
黒い髪に青い目を持つシリウスと、真逆の色だった。
おもしろい偶然だった。なんとなく旅の供を欲して、ふと立ち寄ってみた初めての場所で、こうも対極の〝色〟を持つ者に出会えるとは。
目を惹かれた理由はなんとも単純で、子どもじみてる。けれどシリウスは、それでいいと思った。あと、自分と同じ性別なのも都合がよかった。異性であれば、何かと気を遣う場面も出てくるだろう。
気に入った。思っていたよりも、ずっと。
「こいつ、いくらですか?」
値段を尋ねる。
店主は答えた。
「そうですね……。では、二十万で」
「……二十万か……」
シリウスは、しばし頭の中で己の財布と話し合う。それから申し訳なさそうに、店主に言った。
「すみません、今は持ち合わせがなくてすぐには払えないんですけど、こいつをキープすることはできますか?」
「……!」
まさか奴隷を買うのに、わざわざ〝キープしたい〟と言ってくる奴がいるなんて、と店主は内心驚く。
そこから数秒だけの間を置いて、皮肉や呆れとも取れる笑みを小さくこぼした。
「ええ、いいですよ。どうせあんたしか買う人なんていないでしょうし」
「ありがとうございます」
シリウスは真面目に礼を述べてから、改めて白髪の奴隷を見る。
「待ってろよ」
青年は、告げた。
奴隷は、何も答えない。
店主は、また少し驚いた。
この店主は奴隷屋を始めて数十年経つが、はっきりと〝これが欲しい〟という意を示した客は、今回が初めてだった。希望通りの商品がなければ、代わりのもので妥協する者ばかりだからだ。
奴隷とは、買う側の人生において、決して重要な存在にはならない。例えるなら、飲食店のコップと一緒だ。多少見た目は気にするかもしれないが、替えなどいくらでもあり、いくらでも選べ、いくらでも変更できる。
しかしこの青年は、他の誰かに横取りされることを拒んだ。旅の供にしたいとは言っていたが、所詮は奴隷だ。犬のほうがよっぽど選び甲斐がある。
そんな価値観を持っている店主だからこそ、この青年を〝物好き〟なんて一言で片付けられなかった。おかしいと思った。そして、どこか笑えた。
何故ならこの店主は、かつて民間人と奴隷が適度に交わって産み落とされた、石ころ同然の赤ん坊だったからである。
奴隷屋を出て、シリウスはまっすぐ宿屋へと戻る。それから女将に、三日間の宿泊と言っていたが急用ができたので明日には出ていくと伝えた。女将はこれも、優しく承諾してくれた。
シリウスは明日までの残り時間を使って、身体をしっかり休める。栄養のある食事を摂り、熱いシャワーを浴びて、『シオン』の手入れをして、綺麗なベッドで眠った。
そして、次の日の朝。ようやく朝日が昇りはじめた頃に宿屋を出る。門を通ると、この街に来て最初に挨拶をした、あの門番の男性が立っていた。
「おや、もう出ていかれるのですか?」
「はい。ちょっと野暮用ができまして」
「それは残念……。まだ来てくださいね。ちなみに、野暮用とはどういったもので?」
シリウスは腰の白い刀を軽く握り、爽やかに答えた。
「【2番都市】まで、小遣い稼ぎに行ってきます」




