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俺のことを「アニキ」と慕ってくる妹分が可愛すぎる

作者: 墨江夢

 この町で俺・鷹城龍介(たかじょうりゅうすけ)の名を、知らない者はいない。

 それは数年前、この町を統べていた伝説のヤンキーの名前だ。


 鷹のような鋭い目付きと、龍のような強さを持つ男。自身の名前になぞらえて、当時はよくそんな自己紹介をしていたっけ。

 今思い返すと、恥ずかしさ極まれりだけど。

 

 しかしそんな中二病全開の自己紹介も、周囲にあっさり受け入れられた。

 理由は簡単。俺が強いからだ。


 三下クラスのヤンキー程度なら、ひと睨みするだけで泣かせることが出来る。

 幹部クラスのヤンキーでさえ、一発あれば事足りる。


 俺はその強さが故、最強のヤンキーでありながら一度たりとも喧嘩と呼べるものをしたことがなかった。


「喧嘩をしないヤンキー」。いつしか俺には、そんな二つ名が付いていた。


 しかし俺は、高校へ進学するのを機にヤンキーを卒業した。

 やんちゃしていたのも、若気の至りというやつなのだろう。あの頃の自分は、本当どうかしていた。


 普通の青春が送りたい。そう思い、高校に入学するやいなや一念発起したわけだが……悲しいことに、俺の穏やかな日常はたった一年で終焉を迎えた。


 通学路を歩いていると、一人の女子生徒が俺に駆け寄って来る。


「おはようございます、アニキ!」


 女子生徒は俺の前に立つと、綺麗なお辞儀をしながら挨拶をした。


 彼女は宗馬瑞香(そうまみずか)。今年の四月から高校に入学した、つまりは俺の後輩である。


 俺が挨拶を返すと、宗馬は顔を上げ、両手を差し出してきた。


「……催促されても、何もやらないぞ」

「物やお金をねだっているんじゃないッスよ。アニキの鞄、持たせていただきやす!」

「いや、自分で持つから良いって」

「いいえ! アニキの鞄を持つのは、妹分の役目ッスから!」


 ヤンキー全盛期の中学時代は、毎日のように舎弟たちに鞄を持たせていた。

 当時はそれが普通だと思っていたし、第一舎弟たちが日替わりで鞄を持ちたがっていたから、そうさせていた。

 

 現在の宗馬も、当時の舎弟たちと同じ顔をしている。もし彼女に尻尾があったのなら、左右にブンブン振られていることだろう。 


 しかしヤンキーを卒業した俺としては、正直「余計なことをしやがって」という気持ちの方が大きかった。

 その理由は、周囲の反応にある。


「ねぇ。鷹城くん、また後輩の女の子に鞄持たせてるよ」

「あの一年の子、可哀想に。先生に報告した方が良いんじゃないか?」

「バカ、やめとけって。相手はあの鷹城龍介だぞ? 先生たちも、怖くて口が出せないって」


 宗馬の方が鞄を持ちたがっているのだとしても、周りにとってそんなこと関係ない。この光景を見た生徒の、全員が勘違いをしていた。


 もしこれが他の生徒だったら、話も変わっていただろう。

 だが俺は鷹城龍介だ。ただそれだけで、俺が後輩女子をパシっているという先入観を植え付けてしまう。


 脱ヤンキーから1年。ようやく「鷹城、ヤンキー辞めたんだってさ」と町中が認知し始めたところで、宗馬の登場だ。迷惑なことこの上ない。


「俺はお前のアニキじゃない。お前も俺の妹分じゃない。だから、お前が俺の鞄を持つ必要はない。証明終了」


 宗馬が納得出来るように、論理立てて彼女の申し出を拒んだわけだが……そもそもヤンキーに、論理など通じるわけがなかった。


「そんなぁ。アニキは私のこと、嫌いになったんスかぁ……」


 瞳を潤わせ、さもこの世の終わりであるかのように嘆く宗馬。その否定しにくい問い掛けは、やめろ。


「私はこんなにアニキに尽くしているのに、いきなり捨てるなんてないッスよおおぉぉぉ!」

「ちょっ! 言い方!」


 こんな言い方を、それも大きな声でしたとなれば、周囲に更なる勘違いを誘発する。

「お金と乙女の純潔を奪って、用済みになったらポイ捨てする男」。そんな異名が校内に広まるのも、時間の問題だな。


 生徒たちの誤解は、もう解きようがないだろう。SNSが普及している現代、情報は光の速さで伝達する。

 ならばせめて、目の前にいる宗馬の誤解だけでも正しておくとするか。


「別に、嫌いになってねーよ」


 俺はそっぽを向きながら、宗馬に言う。

 俺に嫌われてないと知って安心したのか、宗馬は俺に抱き着いてきた。


「アニキ、大好きッス! マジでリスペクトッス!」


 ……異性にそんな簡単に、「大好き」とか言うなよ。そりゃあ勿論、「アニキとして」という枕詞が付くのはわかっているけどさ。


 あぁ、もう! 俺を「アニキ」と慕う妹分が、可愛すぎるだろ!





 宗馬瑞香という少女は、元はヤンキー社会とは最も縁遠い場所にいた。

 代々この町の地主を担っている名家・宗馬家の一人娘として生まれ、誰もが認めるお嬢様だった。


 今でこそ「――ッス」みたいな喋り方をしているが、出会った頃は「――ですわ」といったいった口調で。本当にこんな喋り方をする人間がいるのだと、腹を抱えて笑ったのを覚えている。


 そんな宗馬と出会ったのは、中学3年の頃。ヤンキーたちからナンパされていた宗馬を、俺が助け出したのだ。


「あの、本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが……」

「礼なんて、別に要らねーよ。俺が勝手にやったことだし」


 女の子が困っているのを見過ごせなかった。そういう理由もあるけれど、一番は見知らぬヤンキーに俺の縄張りで好き勝手されたくなかったからだ。


「そうですの。謙虚な方なんですよね。……でしたら、お名前だけでも教えてもらえませんか?」

「名前? ……鷹城龍介だ」

「鷹城さん……素敵なお名前ですね」


 素敵なお名前? そんなこと、初めて言われたぞ?

 この町で「鷹城」なんて言ったら、魔王と同義である。


「……もしかして、俺のこと知らない?」

「えぇ、知りませんでしたわ。でも、覚えました」


「鷹城さん、鷹城さん……」と、宗馬は俺の名前を連呼する。


「因みに鷹城さんは、その……お付き合いしている方なんていうのは、おりますの?」

「それって、恋人って意味か? ……そんな相手はいないよ。俺は彼女は作らねぇ。今は部下だけで十分なのさ」

「部下、ですか……。でしたら、私もあなたの部下にして貰えませんの!?」


 ナンパされただけで若干涙目になっていた女の子が、俺の部下になりたいだって? 笑わせるなよ。


「お前みたいな箱入りお嬢様には無理だよ。どうしても部下になりたかったら、作法を身に付けてから出直してきな」

「作法を身に付けたら、部下にしてくれますの?」

「あぁ。なんなら俺の一番の妹分にしてやっても良いぜ」


 冗談で言ったこのセリフを、俺は後悔することになる。

 約束というのは、安易にするべきではないのだ。





 現在。

 お嬢様から妹分にジョブチェンジした宗馬は、毎日のように俺に引っ付いている。


 学年が違うので授業中も一緒というわけにはいかないが、登下校や休み時間はほとんど毎回俺のところに来ていた。


 昼食は、いつも一人で学食で取っている。

 食事は一人でしたいタイプなわけじゃない。友達がいないのだ。


 昼休みの学食だというのに、六人掛けの長テーブルには俺以外座っていない。他のテーブルは、全て埋まっているというのに。


 一人で六人分占領するのも悪いので、とっとと食事を済ませるとしよう。そう思い、急ピッチでラーメンを啜っていると、目の前の席に生徒が腰を下ろした。


 俺に友達はいない。いるのは妹分だけである。

 言うまでもなく、対面に座ったのは宗馬だった。


「アニキ、午前中もお疲れ様でした!」

「いや、別に大して疲れていないけど」

「あー。もしかして、フケてたッスか?」

「んなわけあるか。こちとら皆勤賞だ」


 今の俺は、ヤンキーではなく普通の男子高校生だ。授業を真面目に受けている。


「そうなんスね。てっきりアニキのことッスから、マフラー切ったバイクで校内大爆走してるのかと思ったッス」


 ただの迷惑行為じゃねーか。


「私は今年入学したんで、去年のアニキを知らないんスよね。私の中のアニキといえば、やっぱり喧嘩上等の最強ヤンキーなわけで。雰囲気変わりすぎッス」

「確かに、お前がアニキ呼びするまで、クラスメイトたちも俺があの「鷹城龍介」だとは気付かなかったみたいだしな」


 つまりはそれだけ、俺の印象が大きく変わっているということである。


「っていうか、今更だけどよ。お前俺の進学先、どうやって知ったんだ?」


 俺は普通の高校生活を送るべく、部下の一部にしか進学先を教えていない。


「うーん……あんま詳しくは言えないッスけど……宗馬家の力とだけ言っておくッス」


 あっ、ヤンキーもドン引きのヤバいことやっていたパターンですね。

 そういや去年末辺りに、「鷹城龍介の進学先を知っているか?」と聞き回っていた黒服集団がいたとかいなかったとか。


「今の俺は、いわば牙の抜かれた虎だ」

「名前が鷹と龍なのに、牙の抜かれた虎ってのは面白いッスね」


 喧しいわ。


「……俺が言いたいのは、ヤンキーを辞めた俺を今なお慕ってくれるのなんて、お前くらいだってことだ」

「何スか? 感謝してるんスか?」

「まぁ、多少はな」


 人間そう簡単に変われるものじゃない。どれだけ見た目を変えようとも、根っこの部分は当時と何も変わっていなくて。

 それなのに脱ヤンキー宣言したものだから、今の俺はどっちつかずの半端者だってことだ。


 そんな俺と仲良くしてくれる宗馬の存在に、救われている部分もある。……迷惑もかなり被っているけど。


 唐突に感謝された宗馬はというと、明らかに照れていた。


「そんなこと急に言うなんて……卑怯ッス」


 いつもの自信満々の姿から一転、しおらしくなった宗馬もまた、なんとも言えないくらい可愛くて。


 これが青春だというのなら、それを経験出来ているのは紛れもなく宗馬のお陰だと言えよう。





 翌朝。

 交差点を渡ったところで、いつもなら「アニキー!」と宗馬が駆け寄って来るところなのだが、今朝は彼女の姿が見受けられなかった。


 宗馬は毎朝俺の鞄を持つことを、使命のように捉えている。そんな彼女が寝坊するなんて、珍しいこともあるものだな。

 そう思いながら歩いていると、ふとスマホにメッセージが届いた。


 メッセージの送信主は、宗馬だ。しかしその文面を打っているのは、宗馬ではない。


『お前の妹分は預かった。無事に返して欲しければ、一人で町外れの廃工場まで来い』


 メッセージに続けて添付されたのは、椅子に縛られている宗馬の写真。……いつかはこうなると心配していたんだよな。


 宗馬が俺をアニキ呼びし始めたことで、校内の生徒たちは俺があの鷹城龍介だと気付いた。

 そしてそれは、校外の人間に対しても言えることで。


 中学卒業以来行方をくらませていた鷹城龍介が、再び現れた。その噂は、ヤンキーたちにも知れ渡っていた。


 そうなると、中学時代に良いようにやられたヤンキーたちが、俺への報復を考えてもおかしくない。

 俺に直接挑んでも、返り討ちに遭うのは目に見えている。そこで、俺にいつも引っ付いている宗馬の存在に目を付けた。


「俺に復讐する為の、人質ってわけか」


 確かにヤンキーは引退した。だけど、その強さまで失ったつもりはない。

 どうやら少し、教育してやる必要があるみたいだな。

 俺は通学路を引き返し、廃工場に向かうのだった。


 廃工場に着くと、三十人ほどのヤンキーたちが俺を待ち構えていた。


 一番奥で踏ん反り返っているのは、中学時代同級生だったヤンキー・島原(しまばら)。何度か喧嘩を売ってきたので、その都度ワンパンでノックアウトしてきたっけ。


「よう、鷹城。久しぶりだな」

「あぁ、中学の卒業式以来か? 元気にしてたか?」

「元気も元気よ。なにせこちとら今やこの町最強のヤンキーなんだからよ。……でも、だからこそあの日お前に負けたままの自分が許せねぇ」


 成る程。現在最強だからこそ、俺に敗北したという汚点を拭い去りたいというわけか。

 確かに俺に負けたままでは、「島原? あぁ、鷹城がいなくなって最強に繰り上がった男ね」と言われかねない。


「俺はお前に勝って、真の最強になるんだよ!」

「そうか。お前の気持ちはよくわかった。その上で、俺も一つ言わせて貰う」


 俺はその場で地団駄を踏んだ。

 その音は、最早轟音とも言えて。コンクリートじゃなかったら、地面が破損していたかもしれない。


「俺の女に、手ェ出してんじゃねーよ」


 復讐したけりゃ、勝手にやれ。過去の始末くらい、いくらでもしてやるさ。

 でもその為に宗馬を危険に晒すなんてこと、あってはならない。それだけは、どんな理由があっても許せなかった。


「てめぇら、覚悟出来てるんだろうな?」


 敵は三十人。俺の振るった拳は、全部で十八発。

 一人につき一撃なんて、俺の拳はそんなに安くない。

 鷹城龍介の伝説に、久方ぶりに新たな1ページが刻まれた。


 島原たちを倒し終えた俺は、宗馬を縛っていた縄を解く。


「悪いな、宗馬。危ない目に遭わせた」

「いいえ。怖かったッスけど、アニキなら必ず助けに来てくれると思ってたッスから。それより……」


 宗馬は頬を赤らめながら、上目遣いで俺を見る。


「「俺の女」って、どういうことですの?」

「!」


 しまった。激昂するあまり、ついそんなことを口走っていた。


 というか宗馬も混乱しているのか、素のお嬢様口調に戻ってるし。


「……鷹城さんは、彼女なんて作らないって言っていた気が」

「……それはヤンキー時代の話だろ。今の俺は、普通の高校生だ。恋愛だってしたくなる。……近くにこんなに魅力的な女の子がいたら、特にな」


 すごくベタなセリフではあるけれど。

 俺はいつの間にか、宗馬を妹分とは見られなくなってしまっていた。





 島原の一件から、一夜が明けた。

 今日も今日とて、宗馬が駆け寄って来る。


「アニキー!」

「……」

「どうしたんスか?」

「いや、相変わらずアニキ呼びなんだと思ってよ」


 一応付き合っているわけだし、もうアニキ呼びはやめると思っていたんだけどな。

 例えば、互いに下の名前で呼び合ったりとか。


「そんな……いきなり「ダーリン」は、流石に恥ずかしいッス」


 下の名前呼びを通り越して、まさかのダーリン呼びかよ。

 しかし顔を真っ赤にしている宗馬は、なんとも可愛らしかった。


「なんで、当面はアニキ呼びを継続するッス」

「……構わねーよ」


 俺もまだダーリンと呼ばれる心の準備が出来ていないから、寧ろその方が助かったりする。


「そういや、アニキ! 3ヶ月くらい前、アニキの家で手取り足取り教えて貰いながら、一緒にやったアレあるじゃないッスか! そしたらなんとッスね、出来ちゃったんスよ!」


 一緒にやったアレとは、宗馬の数学の勉強のことである。

「難しすぎて、全然わからないッス〜」と嘆いていたから、勉強を見てあげたのだ。


 しかし……狙ってかそうでないのか、宗馬のやつ、重要な部分をぼやかしてやがるな。そんな言い方したら、十中八九――


「え? 出来ちゃったって……そういうこと?」

「鷹城くん、もしかして無理矢理後輩の女の子に……」

「あの子、可哀想……」


 ほら、周囲の皆さんが見事に勘違いしているじゃねーか!


 伝説のヤンキー・鷹城龍介。俺が普通の彼氏として振る舞えるようになるには、どうやらもう少し時間を要するらしい。

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