勇者パーティから追放された聖女は魔王に助けられる
「嵐を呼べ!」
「む、無理です」
シエルは震えながら拒否した。
「わたくしは聖女です。民に害をなすような行為には加担できません。ましてや、女神さまと王太子殿下の結婚式で嵐を呼ぶだなんて……」
「聖女といっても、勇者パーティから追放された聖女、だろうが」
「うぅ……」
ここは、薄暗い魔王城。
赤絨毯の先。玉座で憮然とした表情をしているのは、二本の黒い角を持つ銀色の髪と朱い瞳の美丈夫。
決して豪奢ではないが立派な装いは、彼が魔王であることを示していた。
(どうしてわたくしが魔王に助けられているのでしょう、神よ)
――話は少し前に遡る――
「シエル。君の力が偽物だと判った今、このパーティから出て行ってもらおう」
「お待ちください。どうか今一度、わたくしの話をお聞きください」
「往生際が悪い!」
魔王城を目の前にしての残酷な宣告。
勇者の隣にべったりと寄り添う女剣士は、蔑んだ目つきでシエルのことを見下ろしていた。
後ろでは戦士がおどおどと様子を窺っている。
この場に聖女の味方はひとりもいなかった。
「女神の結婚式前に、魔王は滅ぼさなければならない。役立たずは要らないんだよ」
「行きましょう、勇者さま」
去って行く3人の背中を、シエルは呆然と見つめた。
昼間でも光の射さない鬱蒼さが辺りを包んでいる。
シエルは思い出す。
勇者が戦闘中、魔物に襲われて傷を負った。
癒しの力を使おうとしたら、何も出なかった。
この森に入ってから聖なる力が弱まっているのはなんとなく感じていたが、突然のことにシエルは狼狽えた。
結果として女剣士が持っていた薬草で事なきを得た。
しかし、目覚めた勇者はまずシエルのことを突き飛ばした。そして容赦なく、聖女をパーティから追放したのだった。
どれだけの時間が経っただろう。
黒い森のなか、白いローブのシエルは顔を上げた。
ばさばさっと羽音がして黒い鳥が飛んでいく。
獣の呼吸音がシエルの耳に飛び込んできた。
「っ!」
悲鳴を上げないよう両手で口を押さえる。
目の前には彼女より大きな黒い狼が銀色の瞳を光らせていた。
一目で分かる。これは、かなり強い魔物だ。
(わたくしの命は、ここで尽きるのですね……)
覚悟を決めたシエルは両手を組み、瞳を閉じた。
ところが。
『誰が人間なんて喰うか』
「えっ?」
声の主は狼だった。
しかし口から言葉を発してはいない。直接、シエルの頭に話しかけてきているようだった。
『お前に頼みがある。聖女シエル』
――そして今に至る――
(連れてこられたのが魔王城だなんて。というかそもそも狼の正体が魔王だったなんて。あぁ、わたくしはこのまま操られて魔王の手先となってしまうのかしら……)
「おい、話をちゃんと聞け。嵐を呼ぶのには理由があるんだ」
「人間を滅ぼすため、ですよね?」
「だから違うって言ってるだろうが」
何回目かのやり取りは、明るい闖入者に遮られた。
「ルーヴちゃん、元気~?」
たおやかな女性。
豊かな金髪をなびかせて、肌が透けて見えそうな白いドレスを身にまとっている。
シエルはその姿を見て絶句した。
(女神デェスさま……!? どうして魔王城に……!?)
当然、実物を見たことはない。
しかし彫像や絵画では子どもの頃から幾度となく目にしてきた、国の女神・デェス。
人間の王子と恋に落ち、さまざまな困難を乗り越えた末の結婚が決まっている。
ぽかんと口を開けたままのシエルに、女神が気づく。
「あら? 聖女シエルが、どうしてここにいるの?」
「……勇者どもが黒い森に置き去りにしていきやがったから、連れてきた」
「なんて優しいの。流石、ルーヴちゃん!」
女神は魔王の元まで軽やかに歩いて行くと、頭を撫でる。
「っていうか、魔王城へ遊びに来るなって何度言えば分かるんだ」
「だって」
女神が頬を膨らませる。
そして、ようやくシエルと視線が合った。
「はじめまして、聖女シエル。いつも美しい祈りをありがとう」
「……! わたくしのことを存じてくださっているなんて……。恐れ多いお言葉です」
「かしこまらなくてもいいのよ。ねぇ、ルーヴちゃん」
「気安く触るな。その手をどけろ」
「え、えっと……。女神さまと魔王は、お知り合いだったのですか」
(我ながら、まぬけな質問。でも。だって)
すると、女神はにっこりと微笑んだ。
微笑んだことにより女神の周りに精霊たちが現れる。
「わたしたち、双子の姉弟なの」
「そうでしたか……。って、えええ!!!」
聖女の絶叫をものともせず、女神は頬に手を当てて首を傾げた。
「建国神話には載っていたのに、いつの間にか消されてしまったのよねぇ。そしたらこの子がめんどくさいしこのままでいいって」
「仮想敵がいるくらいがちょうどいいだろ、人間どもは」
「もう、素直じゃないんだから。第一、人間に害をなしたことなんてないじゃない。雰囲気を出すために城をつくって玉座に座っているだけでしょ」
「やめろ。頬をつつくな」
シエルは呆然とそのやり取りを眺めていた。
やがて女神は満足したのか、ふわりと身を翻す。
「結婚式の衣装が決まったら見せに来るわね」
「要らねぇ。もう二度と来るな」
去り際、女神は名案を思いついたと言わんばかりに振り返った。
「そうだ。客室なんてないんでしょう? 聖女にはわたしの部屋を使ってもらってちょうだい」
女神が去った後。
魔王は眉間に皺を寄せ、盛大な溜め息を吐き出した。
「驚いただろ」
「……それはもう、いろいろと」
「見られちまったからには仕方がねぇ。嵐を呼びたいのには理由があるんだ」
「シスコンだから結婚式をぶち壊したい、ということですか」
「ちげぇよ。誰がシスコンだ。っていうか突然くだけた話し方をするな」
「申し訳ございません」
(しまった。庶民の出だからこそ、丁寧さを心がけているっていうのに)
「俺は結婚式には行けない。その代わりに、大きな虹をプレゼントしたいんだ」
魔王は付け加える。
どうせなら聖女の力で生み出した方が縁起いいだろ、と。
**
「昨日は悪かったな」
眉間の皺は深いまま魔王が言った。
一方、女神の部屋に案内されて一睡もできなかったシエルは首を横に振る。
「いえ。こちらこそ事情を聞こうともせず、不躾な態度を取ってしまいすみませんでした。わたくしは王都へ戻れませんし、是非、計画に協力させてください」
「いいのか?」
「はい。ただ、わたくしの力は弱まっているようなので、望むような規模の嵐は起こせないかもしれませんが」
「ありがとうな!!」
魔王の瞳が明るく輝いた。
「……なんだよ。笑うなら笑えよ」
「いえ。魔王も笑うんだな、と思って。……あ、すみません」
「魔王ってのは人間が勝手に呼んでるだけだ。ルーヴって呼べ」
「ルーヴさま」
「何だ?」
「いえ、呼んだだけです」
ルーヴは不服そうにしていたが、最終的にまぁいいと言い放った。
シエルは、何故だか笑いそうになるのを堪えた。
**
「この度は、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。人間と結婚するなんてありえないって散々言われたけどねぇ。わたしの幸せは、わたしが決めるもの」
華やかに微笑む女神はふりふりエプロンのメイドスタイル。
(この恰好、美しいけれど違和感がすごい……!)
なお、シエルも同じ格好をさせられている。
ふたりは現在、キッチンにてマフィンを製作中。
マフィンはルーヴの好物らしい。
「ただ、誰にも心を許さないあの子が心配なの。わたしが王太子の妻となれば、ますます魔王への風当たりは強くなるでしょうから」
「そうですね……」
思い当たる節しかないシエルは苦笑いを浮かべる。
そもそも彼女がここにいる理由が、それなのだ。
「だからちょっとうれしかったの。きっかけは何であれ、あの子があなたをここへ連れてきたことが」
シエルは目を丸くしてデェスを見た。
女神は楽しそうにウィンクする。
「あの子を頼むわね」
「た、頼むだなんて……。わたくしは、いつまでもここにいる訳では」
「それでも、いいのよ」
デェスがガスオーブンへ天板を滑らせ、扉を閉める。
たちまち甘い香りがキッチンを包み込んだ。
**
「で、俺に顔を見せずに帰ってったって訳か」
かごいっぱいのマフィンをまじまじと見ながら、魔王がため息交じりに呟いた。
「はい。ということで、どうぞお召し上がりください」
「お前も食うだろ?」
シエルが首を傾げると、ルーヴは玉座から降りてきた。
「唯一、マシな場所がある。ついてこい」
「は、はいっ」
案内されたのは壁が本棚になっている、書庫のような部屋だった。
歴史を重ねた紙のにおいに、甘いマフィンの香りがわずかに溶け合う。
「すごい……すてき」
「好きに使っていいぞ。閉架も含めてここにない本は存在しない」
ぱちん、とルーヴが指を鳴らす。
するとテーブルの上に、ティーセットが現れた。
シエルは素直に疑問を口にする。
「魔法で何でもできるのに、どうしてキッチンがあるんですか?」
「それはあれだ。デェスが、ここでも人間みたいに料理したいって言ったからだ」
「なるほど」
双子の姉に頭が上がらないのは、この数日でシエルにもよく理解できた。
「あいつは昔から人間への憧れが強かった。だから人間と恋に落ちたのも、必然だったんだろうな」
言いながら、ルーヴは紅茶を注いだ。シエルは慌てる。
「わたくしがやります」
「気にすんな。マフィンを作ってもらったんだ。これくらいやるさ」
(ふしぎ。ちょっと前まで、滅ぼすべき対象だと思っていた御方と、こうしてお茶を飲んでいるだなんて)
「紅茶、美味しいです」
「おぅ。マフィンも美味い」
「はい。デェスさまはお料理も上手だなんて、すばらしいですね」
「あいつだけじゃここまで美味くはならない。お前も、上手なんだろ」
「えっ」
シエルは照れて、俯いた。
**
魔王城の外。
シエルが両手を空へ向けると、ぱらぱらと水滴が降ってきた。
「――雨よ」
(だいぶ力が戻ってきている。これなら、虹もつくれそう)
どぉんっ……!
大きな衝撃を地面に感じてシエルはよろめいた。
崖の向こうの橋に、見覚えのある顔を見つけて身を隠す。
(勇者さま……!)
石橋を、堂々と勇者パーティが渡ってくる。
「そのまま隠れてろ」
「ルーヴさま」
シエルの肩に手を置いたのは、いかにも魔王という装いのルーヴだった。
門前まで到着した勇者は、声を張り、大剣を掲げる。
「人々を恐怖の底へと追いやろうとする魔王よ! この勇者が貴様を滅しに来た!!」
「笑止」
対峙するルーヴは一切動じていない。
「〇△×」
ルーヴは黒い杖を振り、風を起こした。
「……っ!」
勇者パーティはその疾風を正面から受け止める。
剣士も戦士も、ここまで長い旅を続けてきたのだ。彼らの強さはシエルもよく知っている。
「世界のために、あんたはここで滅ぼすっ!」
剣士と戦士がルーヴへ向かって突進してくる。
ルーヴは近接戦を許し、火花が散る。数としては不利なのにルーヴは2人を圧倒していた。
しかし剣士と戦士の後ろから、勇者が大きく飛び上がって大剣を振りかぶる。
(ルーヴさまが危ないっ)
「――嵐よ!!!」
咄嗟にシエルが放ったのは、魔王を守るための力だった。
ぐわんっ、と空が唸る。
続いて大粒の雨と巻き起こる風。雷。雹。
「くそっ、一時撤退するぞ!」
勇者たちは防ぎようのない嵐に、一目散に去って行った。
(……戻ってきた。力が)
髪から雫が滴る。
シエルは空を見上げた。
雨は徐々に収まっていく。
ふわり、とシエルの頭上に布が舞い降りた。
「濡れたままだと体調を崩すんだろ、人間は」
それは先ほどまでルーヴが羽織っていたマントだった。
「いけません。こんな大事なもので」
「ただの布だ。お前がやらないなら俺が拭いてやる」
勇者パーティと闘っていたとは思えない優しい仕草で、ルーヴはシエルの頬にマントを当てた。
「ルーヴさま」
「……ん?」
「嵐、呼べました。力、戻ってきたみたいです」
「デェスが近くにいたからだろうな」
シエルは納得した。そして、微笑む。
「結婚式には、とびきりの虹をお見せしますね」
「馬鹿か、お前は」
「えっ?」
「こんなときまで周りのことばかり」
ほんのわずか、だったものの。
ルーヴが笑うのを、シエルは初めて見た。
(笑うと、かわいい)
「なんだよ」
「いえ。何でもありません。それより――」
シエルはとある提案を口にする。
それを聞いたルーヴはきょとんとした後、髪の毛をかきむしって溜め息を吐き出した。
「仕方ねぇな」
「いいのですか?」
「全部、デェスが無事に式を挙げるためだろう」
**
――女神デェスによって魔王は改心した。今後は神として、王国の隆盛を祈り続ける――
これがシエルからの提案。
当然、それを聞いたデェスは二つ返事で了承し、【儀式】として早々に国民の前で執り行うことになった。
『見た目が変わるだけで中身は変わらないのにな』
『時として、それが必要なこともあるのよ』
これでルーヴも民から受け入れられるとデェスは喜んだ。
さらにデェスからも提案があった。
「聖女シエルよ。勇者たちが諦めて逃げ出した一方で、何ものにも屈しない強い心で魔王に立ち向かったあなたは、真の聖女です」
祭壇に現れた女神と聖女に、人々は歓喜した。
魔王城で見せる朗らかさはなく、高潔で美しい女神。
デェスによってあつらえてもらった新たなローブを身にまとって、シエルは跪く。
「そのようなお言葉をいただき光栄至極です。女神さまの慈悲深い御心で、どうか、魔王の哀れな魂もお救いください」
「聖女の願い。人々の願いの総意として聞き入れましょう」
女神が何もない空間へ右手を伸ばすと、空中に、眠った魔王が現れる。
光の紐で縛られていて動くことはできない。
初めて目にする魔王に人々はどよめき、中には罵声を浴びせかける者もいた。しかしデェスはそれを微笑みで制する。
「女神デェスの名において、魔王の魂を浄化します。これからは黒い脅威が民を脅かすことはないでしょう」
デェスは人間では聞き取れない言語を紡いだ。
魔王の輪郭が光り、まず変化が現れたのは象徴ともいえる黒い角だった。
……ぱりんっ……。
黒い角から色が消え、水晶のように透けた瞬間――割れて飛び散った。
それだけで人々は拍手と歓声を上げた。
次の変化は銀色の髪の毛。頭頂部からみるみるうちに金色へと変わる。
女神と同じ、艶めく黄金。
眠っていた魔王の足が地面に降り立ち、光の紐が粒子となって消えていく。
やがて。
ゆっくりと瞳を開けた魔王の瞳は、濃いすみれ色。
これも女神と同じだったため、感動が神殿に巻き起こった。
中にはあまりの美しさに気を失う者もいた。
精霊たちが生まれ変わった魔王を祝福するように周りを飛び回る。
女神が魔王に向き合った。
「貴方の名は、ルーヴ。新たな生に、祝福を授けましょう」
魔王は女神を見つめてから、静かに跪いた。
「このルーヴ、たった今から永遠に、女神と王国のために存在し続けることを誓います」
王国の歴史に刻まれる出来事の一部始終。
事情を分かっているシエルですらその美しさに呼吸を忘れそうになる。
自然と、涙がシエルの頬を伝っていた。
**
魔王が女神の祝福を受けたということで、王国内はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
酒場では祝杯として酒が振る舞われていたが、その片隅でやけ酒のように煽っていたのは勇者だった。同じテーブルでは、女剣士が眉をひそめている。
「もっとだ! もっと酒を持ってこい!」
「ちょっと。それくらいにしておいたら?」
「飲まないとやってられねぇだろ! そもそもシエルを追い出すんじゃなかった」
「……薬を飲ませて力を弱めた筈だったのに。誤算だらけだわ」
「は? 今何て言った? つまり、全部お前のせいってことかよ」
「なんですって!?」
口論に発展したふたりを、酒場の店主は困ったように眺めていた。
そこへ、フードマントで顔を隠した男が割って入る。
「店が迷惑している。痴話喧嘩なら外でやるんだな」
「何だと!? 誰に指図してると思ってるんら。表に出ろ!!」
べろべろに酔って赤ら顔になった勇者が立ち上がる。
慌てて剣士も勇者を支えるように立ち上がった。
「金は置いていく。釣りは要らない」
フードの男が店主に渡した袋には金貨がどっさりと詰まっていた。
「あっ、ありがとうございます。えっ、こんなに!?」
勇者が先導してやって来たのは空き地だった。
「ここでなら思う存分やれるだろ……。誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやるれ」
すると、男が応じるようにフードを外した。
露わになった顔に勇者の瞳が大きく見開かれる。
剣士が叫んだ。
「……魔王!?」
「もう魔王じゃない」
「好都合ら。ここでお前をぶっころしてやら……あれ?」
勇者は鞘から剣を抜こうとして、腰元に何もないのに気づく。
「ちょっと!」
勇者と剣士の剣は、ルーヴの手の中にあった。
「×〇◇」
ルーヴが何かを唱えると、剣はまるで砂のようにさらさらと消えていく。
勇者と剣士の顔は真っ青。ふたりともぺたりとその場に座り込んだ。
「貴様をここで滅ぼしてもいいが、そんなことをしても喜ばないだろうからな……」
戦意喪失とみなして、ルーヴはその場を後にする。
「デェスも、――シエルも」
**
女神デェスと人間の結婚式は、雲ひとつない完璧な晴れ空の下ではじまった。
人間は、結婚式で淡い水色のドレスとヴェールを身にまとう。
それに倣ったのか、女神は水色のウェディングドレスを選んだ。
ドレスにもヴェールにも、銀糸で刺繍された国花が華やかに煌めいている。
(デェスさま、ほんとうにお美しい)
シエルとルーヴも正式な客として招かれ、神殿にいた。
シエルはすみれ色のドレス。髪の毛も結い上げて、すみれの花飾りを挿している。
ルーヴも同じく、デェスの見立てでライトベージュのスーツを着ている。周囲からの注目は集めていたが、誰も声をかけることができないでいた。
すっ、とルーヴが新郎新婦の前に歩み出る。
恭しく頭を下げた。
「あらためて、ご結婚おめでとうございます。女神と王太子殿下の結婚を、是非ともこのルーヴと聖女シエルから祝わせてくださいませ」
「あら。何かしら?」
ルーヴが肩越しに振り返って、シエルを見る。
シエルは頷いて、両腕を空へと向けた。
「――虹よ」
嵐の後に虹がかかることは多い。
しかし、必ずしも嵐が必要ではない。密かに練習しているうちにシエルは気づいた。
水と、光があれば虹は創れる。何も濡らすことなく、虹が創れる。
ぱぁっ……。
王国の端から端までを繋ぐように大きな虹がかかる。
鮮やかで、美しく、空を彩る。まるでプレゼントにかけるリボンのように。
その壮大さに、至るところから歓声が上がった。
「ご結婚、おめでとうございます」
聖女の創り出した虹は、その日一日消えることはなかった。
**
「ありがとな」
結婚式が終わった、神殿の隅。
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました。お二方のおかげで、わたしも王都へ戻ることができましたし」
視線が合い、同じタイミングで俯く。
「「あのっ」」
少しの沈黙。
先に口を開いたのはルーヴだった。
「俺はこれから神域へ拠点を移す。聖女にとっては黒い森よりも居心地がいい筈だ。……だから、その。これからも、一緒にいてくれないか?」
「……驚きました」
シエルはもう一度、ルーヴを見上げる。
「デェスさまからその話をお聞きして、わたしも、同じことを言おうとしていました。わたくしは、ルーヴさまのお傍にいたいです」
今度は微笑み合って。
ルーヴが両手を広げ。
シエルは、その胸に飛び込んだ。
しっかりと、ルーヴはシエルを抱きしめる。
「マフィン、また作りますね」
「おぅ」
「他のお菓子も作っていいですか?」
「当たり前だろ。お前は、お前の好きなことをやればいいんだ」
「言いたいことも?」
「ん? 何だ?」
シエルは顔を少し離して、潤んだ瞳でルーヴを見つめる。
「好きです。ルーヴさまのことが」
何故か少し泣きそうになってから、ルーヴは満面の笑みを浮かべた。
「俺も好きだ。シエル」
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