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美学生 水咲華奈子Ⅳ -百点満点の答案-  作者: 茶山圭祐
第4話 百点満点の答案
3/4

解決編

        4


 15分をかけ、最後の問題は力を振り絞って書き終えた。

 1ページ目に戻って見直しをする。書き直すところは1つもなかった。まさにパーフェクトだった。ひょっとすると、本当に百点を取ってしまうかもしれない。

「30分経ちました。終わった人は送信してから退室して結構です」

 ちょうど美麗奈が見直しを終えたところで福実がそうアナウンスしたので、パーフェクトに加えグッドタイミングでもあった。

 美麗奈はデータを送信した。そして、パソコンの電源を切る。

 すると、美麗奈よりも先に立ち歩いている者がいた。水咲だった。彼女は静かに前のメインコンピュータに歩み寄っていた。そして、先生と何やらコソコソ話をしている。

 美麗奈はそれを遠目で見ながら、さっさと立ち去ろうとバッグを引っつかみ、早足で教室の後ろの出口から廊下へ出る。下へ伸びる階段へ向かう為、教室の前のドアを横切ろうとしたとき、そこから水咲が出てきた。

「柚木さん、お疲れ様。せっかく終わってホッとしてるところ悪いんだけど、ちょっとお話しない?」

「しつけーんだよ」

 美麗奈は水咲を押し退けた。

「柚木さん、ついに尻尾を見せたね。カンニングしたんでしょ?」

 その言葉は、美麗奈を引き止めるのに十分だった。むしろ、引き返して反論させる力があった。

「だから前から言ってんだろ! 証拠を見せろよ、証拠を!」

「じゃ、見せてあげる」

 その言葉は、美麗奈を黙らせるのに十分だった。

「たった今、柚木さんが証拠を出してくれたの。これ」

 ライトブルーが先端で光る細い指は、3枚の藁半紙をしっかりとつまんでいた。

 まさか、この前ここで印刷した問題? いや違う、そんなはずはない。この女が持っているはずがない。

 美麗奈はじっとその紙を見つめた。

「わたしとお話してくれます? 廊下で立ち話じゃ、テストやってる人に迷惑だから、こちらへどうぞ」

 水咲は美麗奈を隣りの教室へ通した。その教室は冷房が付けっぱなしで既に涼しかった。

 美麗奈は机に腰掛け、腕を組むと水咲に尋ねた。

「どうでもいいけど、あんた他の格好できないの? いっつもブラウスにミニスカね」

 以前水咲に、派手な格好をしていると言われたのをまだ根に持っていたのだ。

「ああ、それはたまたまよ。柚木さんと会うときは、いつもたまたまこの服装なのね。でも、わたし、結構これが好きなんだよね。だから、このスタイルが多くなるのは確かだと思うよ」

 ブルーのブラウスに黒のマイクロミニスカート。そして、黒のストッキング。今日もまた美麗奈に負けず劣らず長い脚を露出させている水咲がいた。

 そんな水咲は、椅子に座って長い脚を組むと雑談を始めた。

「あー、そうだ。柚木さんてミニが好きみたいだけど、階段登るときはスカートのすそを押さえるタイプ? 押さえないタイプ? わたしの場合は、好きで履いてるんだから見えてもしょうがないと思って、押さえたりなんてしないんだけど、男の人って、ミニスカートの女の人が階段なんて登ってたら、すっごい気になるみたいよ」

「それで、その紙が証拠なの?」

 美麗奈は冷たくあしらった。水咲と世間話などしたくなかったからだ。

 ちょっと服の話に触れたら食いついて来やがって。あんたは楽しいかもしれないけど、こっちは素性の知らないあんたに捕まって、いきなり初対面で犯人扱いされたヤツと、さも友達のようにお喋りをするなんて考えられない。こいつは友達でもなんでもないんだ。

 さっさと本題へいって、さっさと帰りたかった。

「ああ、そうそう。ごめんなさい。早く帰りたいよね。じゃあ、ササッと終わらせちゃおうか」

 ムカツク。まるであたしがすぐにカンニングを認めちゃうみたいじゃんか。絶対認めない。どんなことがあっても認めない。

「これ、柚木さんのテストの解答です。柚木さんが解答データを送信したのを見て、すぐに福実先生に印刷してもらったものです」

「ちょっとあんたね、人の解答用紙、勝手に印刷するなよ。プライバシーの侵害だよ」

「答え全部、埋まってるね。完璧だね」

 今度は水咲が話をはぐらかした。

「ほんとに完璧。完璧すぎるくらい」

 水咲はその3枚の紙を見つめながら言っていた。

「あのね、さっきも言ったけど、答えが完璧だからってカンニングしたとは言えねぇーんだよ」

 美麗奈は水咲をにらみつけ、口をとがらせて反抗した。

「ううん、それが言えるのよ」

 水咲は1、2ページ目のプリントを美麗奈に見せた。確かに水咲の言う通り完璧だ。何の落ち度もない。間違いなどあるはずがない。

 ところが、水咲はこんなことを言ったのだ。

「実はわたし、福実先生に頼んで、ちょこっと問題をいじったの」

 はっ? 何言ってんの? どこも変わってないじゃんか。と、危なく言いそうだったが、何とかこらえた。

「1問目見て下さい。間違い探しの問題だよね。でも、よく見て。あなたどういうわけか、間違っている文章に丸をつけてる。どうして? ちゃんと問題文を読まなかったのかな? この問題は、正しい文章に丸をつけるんですよ」

 まさか……。1問目は間違った文章に丸をつけるっていう問題だったはず。

「けどあなたは、間違ってる文章に丸をつけてる。なんで間違った方に丸をつけたの? 普通、引っ掛け問題であってもそうでなくても、この手の問題は大抵の人は正しい方に丸をつけちゃうもんだよね。だけど、あなたはそうしないで、むしろ間違った方に丸をつけて、それで不正解だなんて滅多にないよ。なんで間違った方に丸をつけるって思ったんだろう?」

 美麗奈は問題をよく見てみた。問題文は少し変わっていた。水咲の言う通り、この問題は正しい文章に丸をつけるものだった。

「だけど、ここでわたしが一番言いたいのは、当初の予定ではこの問題は引っ掛け問題だったの。間違っている文章に丸をつけるっていう。偶然だね。あなたは間違った方に丸をつけてる」

 ちょこっと問題をいじった? そういういじり方をしたのか……。

「3問目見て下さい。絵が描いてあって、パソコンの各名称を答えさせる問題です。あなたが書いた答えは、エスケープキー、コントロールキー、オルトキー、リターンキー、ディスプレイ、プリンター。だけど、よく見て。あなたがエスケープキーって書いた空欄は、ほんとにそのキーを指してる?」

 空欄から絵に伸びた矢印は、エスケープキーを指してはいなかった。隣りのファンクションキーを指していた。

「あなたが書いたの全て間違ってるよ。本当の答えは、ファンクションキー、シフトキー、スペースキー、デリートキー。そして、ディスプレイではなくスピーカー。それから、あなたがプリンターだと思った絵、よーく見てみて。プリンターじゃないよね? これ、スキャナーだよね?」

 美麗奈は何も答えられなかった。頭が真っ白でパニックになっていた為だ。だが、少しずつ、水咲が一体何をしようとしたのか、何が言いたいのかがわかってきた。水咲は、空欄から伸びている矢印を全て変えたのだ。しかも、矢印の先端はどれも少しだけずらされている。

「どうして全部間違えたんだろうね? よく見なかったのかな? だけど、わたしがここで一番言いたいのは、当初の予定では、あなたが書いた解答がそのまま答えだったのよ。こんな偶然ってあるのかしらね?」

 しばらく沈黙が続いた。水咲は口が止まっても、笑顔を絶やすことはなかった。

 まさに、美麗奈は窮地に立たされた。水咲の言う通りだった。こんな偶然はないだろう。美麗奈は答えを知っていたので、ろくに問題も読まず、絵も見ずに答えだけを書いてしまったのだ。そのことを予測して、水咲は少しだけ問題を変えたのである。

 だけれども、言い逃れできないわけではない。

「そうだよ、偶然だよ。何が悪いの? あたしはただ、問題をよく見なかっただけだし、よく見てなかっただけじゃない」

 しかし、水咲は間髪入れずに突っ込んできた。

「そう、ここまでは『偶然だ』『見間違えた』って言い逃れできるけど、次のはどうだろうね? 4問目」

 空気は一気に張り詰めた。

「4問目は穴埋め問題。適切な語句を語群から選んで記号で書けという問題。ちなみにあなたの答えは、エ・カ・キ・ク・ウ・ア・オ・イ・コ・ケ」

 水咲は美麗奈の回答を読み上げると、より笑顔になった。

「ほんと不思議なんだよね。どうしてこんな答えになったのか。確かにこれが正解だよ、当初の予定では」

「…………」

「実はわたしね、記号と語句を変えたんです。例えば、記号『ア』は『インストール』っていう語句だったんだけど、これを違うのに変えたんです。また偶然だよね。どうしてあなたに、当初の予定だった答えが書けるんだろうね? それは、あなたは記号の順番しか覚えなかったからなんだよね。だからこんな答えになったんだよね」

 水咲の言葉は力強かった。少しでもひるんでしまったら負けてしまいそうだ。だから、こんな状況でもまだ水咲に抵抗できる隙間を見つけた美麗奈は、決してひるまなかった。

「だから何? こんな答えになってどこが悪いんだよ! 偶然だよ、偶然その答えになったんだよ!」

 確かに水咲の言う通り、こんな偶然起こるわけがない。1問目から4問目の全てが、当初予定されていた解答と同じになることなど万に1つもない。しかし、可能性がゼロではないのだ。絶対に起こらないとは言えない。偶然で事を済ませば全て逃れることができてしまうのだ。

 ところが水咲は、こんな偶然絶対に起こらない、と今にも言い出しそうな表情をした。笑っていたのだ。

「ほら、やっぱり記号の順番しか覚えてないじゃん。書けるわけないんだよな、こんな答えが」

 水咲は問題用紙をヒラヒラして美麗奈によく見せようとした。

「4問目の語群をよく見て。そんな答えあるのかな?」

 目を凝らしてよく見てみた。語群には見慣れた語句が並んでいる。ところが、語群の記号は見慣れないものばかりだった。記号はすべてアルファベットで書かれていたのだ。

 こればかりは、美麗奈は太刀打ちできなかった。目の前の事実に呆然としてしまった。偶然、記号が片仮名に見えただなんて言い訳は通用しなかった。

「わかってくれたかな? わたしの言いたいこと。完璧すぎなんです。完璧すぎるほど答えを知っているんです。だから、こんなことになっちゃったんですね。問題を知り過ぎているっていうのも、良くないことね」

 さっき水咲が言った、カンニングしたから満点が取れないというのは、こういう意味だったのだ。

「この前柚木さん、小学生のとき、ドリルの問題がそのままテストに出るって聞いたら、答えだけを丸暗記したってお友達に話してましたよね? それを聞いてわたし、賭けたんです。答えを全て知っていた柚木さんはあの頃のように、答えだけを、記号の順番だけを覚えてくるんじゃないかなぁって。だって、覚えやすい並びしてるもんね。だめよ、そんな勉強の仕方じゃ。あとさ、先生に言われなかった? 問題はちゃんと読みなさいって」

 美麗奈はしばらく水咲をにらみつけると、机から降りて彼女に歩み寄った。

「カンニングして何か悪い? だって、全然わかんねぇんだもん。あいつの教え方が悪いんだよ」

 彼女は完全に開き直っていた。そうすることで、負けを素直に認めようとしない為だ。

「だいたい、あんたに関係ないじゃんか。あたしがカンニングしようと、あんたに何かあるわけじゃないでしょう? それとも何? あたしの不正を見つけて先生に言いつけて、自分の株を上げようとしたわけ?」

 美麗奈は、緊張を興奮へと一気に変えていった。

 しかし、水咲はさっきから一向に変わらず、冷静に答えた。

「関係ない? わたしがお世話になってる先生が殴られて倒れてたのよ。全く関係ないとは言えないわよ。それに殴った理由が、カンニングをする為ということを知れば、わたしは黙ってない」

 その気迫に後押しされて、美麗奈は少しの間、口が動かなかった。だが、すぐに自分を取り戻すと怒鳴り散らした。

「なら、大学にでも何でも言えばいいだろ! どうせあたしはバカだよ! 退学だよ!」

 そして、机に置いてあったバッグをつかみとり、教室のドアを勢いよく開けたときだ。

「でも、これだけはわかって!」

 後ろから水咲の声が鋭く飛んだ。美麗奈はその声に立ち止まった。

「あなたの不正を知っているのは、あなたとわたしと福実先生だけ。福実先生は、不正があったことは大学には報告しないって言ってるのよ」

 福実の心裏を聞いて、美麗奈はうつむき加減で耳を傾けた。

「試験問題だって言って、フロッピーを見せた自分もいけなかったんだって、先生反省してるのよ」

「…………」

「だから少なくても、退学はないよ。大学にはいろんな先生がいるけど、よかったね、いい先生で」

 美麗奈は胸を撫で下ろすと、水咲に背を向けたまま呟いた。

「でも、留年は間違いなしだな。これだけ間違いだらけなら、60点いかないから」

 すると、水咲は少し悲しそうな表情をした。

「でも、どうしてあんなことしたの? あなたの書いた5問目の答えを読む限りでは、そんなことをする人とは思えない」

 5問目は『コンピュータ犯罪について論ぜよ』という問題だった。

「柚木さん、立派なこと書いてるじゃない。あらかじめ準備してきたとは言っても、普通の人はここまでは書けないよ。あなたは物事を真剣に考えることのできる、賢い人だと思うんだけどな」

 水咲は後手で話を続けた。

「被害者にもかかわらず、福実先生は反省してるよ。あなたはどういう反省をするのかな?」

 それを聞いた美麗奈はしばらく背を向けていたが、ゆっくりと向き直ると、目線は水咲と合わせずにふて腐れながら口を垂れた。

「ああ、もう、めんどくせぇなぁ。先生に全部話して、謝ってくればいいんだろ」

 美麗奈は再び背を向けると、教室を出て行く際にもう1つ付け加えた。

「ああ、あとね、あたしもスカートは押さえないから。そこの考え方……あんたと一緒ね」

 水咲はにっこりと笑った。



 第4話 百点満点の答案【完】

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