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安藤ファームの危機

 一方、彩花は、この時期になるとキャベツの苗の植え付けもほとんど終わり、その後の除草剤の散布は、毎年お願いしている人達に任せておけば何の問題もないため、朝の段取りだけを済ませると修一の店に出向き、お昼のひと時は店を手伝うことになり、南美は安心して2学期を迎えた。


 修一と彩花は、お昼が済んで、店を閉めた後、失った過去を取り戻すかのように幸せなひと時を過ごした。二人にとっては、これまでのことを考えれば、それだけでも十分すぎるほど幸せだったのだが、南美はまだ満足できなかった。


(親子がどうして一緒に暮らすことができないのよ…… 1週間たっても何も変わらない、だいたい、父さんは何考えてんのよ )

 怒りのこみ上げて来た南美は、いつか東京へ乗り込もうと考えていた。


 しかし、そんなある日、

「今日はね、隣の畑を買い取る話があるから、これで帰るね」といって彩花がお昼の片づけをするとすぐに帰ってしまい、修一はなぜか不安になった。

 翌日、彩花によると

 毎年、安藤ファームの20%のキャベツを買い取ってくれている老舗の料理店、【雲海】から、隣の畑1haを買い取り、生産量を増やさないかと言う提案があった。購入に必要な資金、七百万円は関連会社から無利子で貸し付けるので、そこで生産されたキャベツは全てを【雲海】におろして欲しい、と言うことだった。

 【雲海】のGMによると、今後は更にキャベツを使った創作料理を予定しているのだが、本店支店合わせて4店舗のキャベツが全く足りない。その情報を聞きつけたある大規模農家から、全面的にキャベツの納品を任せて欲しいという話があって、社内では安価なその農家に乗り換えようという話があるのだが、安藤ファームとは先代の時からの長い付き合いでもあるし、何とか増産をお願いしようではないかと言うことで話がまとまり、こうした提案になったらしく、借金は払えるときに払えるだけ払ってくれればいいということだった。


 話を聞いた修一は、彩花が前向きに考えていることを知って「やばい」と思った。

「彩花さー、その借金の契約書にも、無利子で支払いは無期限って記載してくれるの?」

「いや、税務署のことなんかもあるから、『形の上だけは、利率も償還期限も記載するけど、長い付き合いなんだから、そんなことは気にしなくていい』って言ってたから……」

「彩花、駄目だよ、それは乗っ取りの時によく使う手だよ」

「ええっ」

「以前にさ、知り合いの町工場があってね、細かい金属部品を作る会社で、その精度は国内でも最高級だった。だけどある時、売り上げの30%を占めている企業から、増産の話があって、信じた社長は3千万円を、そこの子会社から借り入れして機械を購入したんだ」

「……」

「俺が話を聞いた時にはもう遅かった。1ヶ月後に契約を打ち切られて、『借用証書に記載の通りの利息と元金の一部を払え』って…… 社長が言うには、最初は『借用書は形だけなんだ、何も心配しなくてもいい』って言われて、それに長い付き合いだし疑いもしなかったらしい」

「それでどうなったの?」

「俺がすぐに『3千万を用意するから』って言ったんだけど、『払える見込みがない、社員の給料を払えなくなる前には、手放す』って…… 結局、その会社に引き取ってもらった、と言うか乗っ取られたっていうか……」

「そうなの…… やっぱり私は駄目ね」

「でもさ、借用書に無利子、無期限を記載してくれるのであれば問題ないと思うよ。そこをお願いして、駄目なら諦める…… それか七百万円は俺が出してもいいよ」

「そんなの駄目よ、でも生活が厳しくなるかも……」彩花が目を伏せると

「いいじゃないか、生活はすべて俺に任せてくれよ」修一が微笑んだが

「駄目よ、あなたはまだ奥さんがいるのよ」彼女は、今の立場をよくわかっていた。


「ただね、この話を断るとするでしょ、でも、俺の言うとおりだったら、その【雲海】は契約を切らないか、あるいは一度切ってももう一度取引したいって、戻って来るよ」

「えっ、そうなの?」

「だけどさ……」

 修一はいくつかの対応策を彩花に示した。


 そして二日後、契約書に無利子無期限を明記してくれるのであれば、前向きに考えたいと話した彩花だっだが、

「それはこの前も話したように、税務署の関係があって難しいのです。それにもし、この話が進まないとすればわが社はお宅との取引を停止することになってしまうんですよ、それでもかまわないのですか?」【雲海】のGMがやや語気を強めた。

「それは仕方ないです。でも、今後はお店のメニューに書いてある【安藤ファームのキャベツを使っています】という文言は削除してくださいね」彩花が眉をひそめると

「も、もちろんです。それでは来春からの納品は結構ですので…… それから、御社の契約者の中にはうちに続くものもいますので、覚悟していてくださいよ」彼が強い口調で脅すと、彩花は驚いたが、

『どんなに脅されても屈したら駄目だよ』と修一から言われていたこともあり、不安ではあったが

「わかりました」と唇を噛み締めた。


 その様子を見ていた【雲海】のGMは、

「まっ、取引相手がどこもいなくなって、困ったらもう一度話し合ってもいいですよ、お宅とは長い付き合いなんで……」不気味な笑いを残して席を立った。


 この話を聞いた南美は

「もしもう一度買いたいって言って来たら、1ヶ五百円よ、いい?」怒りを露わにした。

「ははは、修一さんも同じこと、言ってた」

「だいたいさ、父さんに面倒見てもらえばいいじゃないの、お好み焼きの店は道楽でも、役員報酬はくれるんでしょ」

「だけどね、奥さんがいる人にね……」

「そんなの関係ないよ、形だけじゃないの」

「そうもいかないわよ、店の手伝いに行っているだけで気が引けてるんだから……」


 南美は前に進めようとしない母に苛々していた。


 そして、【雲海】のGMが去ってから3日後、【雲海】を含めて35人いる契約者のうち7人から電話が入り、そのうちの5人は引き続き購入したいが、【雲海】には内緒でお願いしたいと話があり、これは了解したのだが、残りの二人は、一方的に「今後は取引しない」とだけ連絡を入れて来た。

 その結果、35%が納入先を失ってしまったのだが、話を聴いた修一が、すぐに矢田コーポレーションの営業課長に相談を持ち掛けると

「支社長、うちですべて引き取らせてください。安藤ファームのキャベツなら、1ヶ500円出してもいいからってところが何社かあります」

「ええっ、そりゃ助かるよ、だけど、もう支社長じゃないよ」

「あっ、失礼しました。でもありがたい話です。今まで、安藤ファームのキャベツを取り扱って欲しいっていうゲストがたくさんいたんですけど、全て予約済みでどうにもならなかったんです」

「そりゃ嬉しいよ、それでそれは今後も継続的にお願いできるかな?」

「もちろんです。毎年、責任をもって対応させていただきます」

「それでその【雲海】なんだけど、支社と付き合いがあるよね」

「はい、長い付き合いがありますが、最近理不尽な要求ばかりされて、担当者は参っています」

「そうなの…… じゃあ、今後契約が無くなったとしたら?」

「全然問題ないです。担当者には、機会を見て手を切るように言ってありますので……」



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